マーベルは再び熱狂を蘇らせることができるか? MCU「マルチバース・サーガ」発表を紐解く(後編)

メイン画像:ケヴィン・ファイギ Gage Skidmore on flicker

※この記事は後編です。前編はこちらより(記事を開く

サノスに代わる大型ヴィランの存在を示唆。「マルチバース・サーガ」の期待と課題

2022年7月23日(米国時間)、マーベル・シネマティック・ユニバース(以下MCU)の「マルチバース・サーガ」構想が発表された。

2021年1月から2025年11月までの約5年間で、マーベル・スタジオは映画16本、ドラマ12作以上という怒涛のラインナップを連続でリリースすることを決定。その締めくくりとして、2025年5月・11月に『アベンジャーズ』シリーズの新作映画2本を米国公開することを明らかにしたのである。

『サンディエゴ・コミコン2022』(以下コミコン)における発表は、『アベンジャーズ/エンドゲーム』(2019年)以降のMCUが指摘されてきた方向性の欠如を十分に補うものだった。2025年まではマルチバースのコンセプトで駆け抜けること、再び『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』(2018年)や『エンドゲーム』に匹敵する超大型作品を用意していることのほか、サノスに代わる大型ヴィランの存在を示唆したからだ。

『アベンジャーズ』第5作のタイトルは『アベンジャーズ:カーン・ダイナスティ(原題)』。日本語で「カーン王朝」という意味で、フェーズ5の幕開けを飾る『アントマン&ワスプ:クアントゥマニア(原題)』で初登場するヴィラン「征服者カーン」の名につながっている。その正体は、『ロキ』シーズン1の最終話に登場した「在り続ける者」の変異体。ジョナサン・メジャースが演じるこの人物が、おそらく以前のサノスのように、今後は時折その姿を見せることになるのだろう。

『ロキ』より「在り続ける者」のキャラクターポスター

すなわちフェーズ4で描かれたあらゆる要素は、「マルチバース」と「アベンジャーズ」、そして「征服者カーン」というキーワードに紐づき、いずれ大きな爆発を呼ぶことになる。なにしろ『アベンジャーズ/カーン・ダイナスティ』および『アベンジャーズ/シークレット・ウォーズ(原題)』というタイトルはコミックの大型ストーリーを指しており、前者はカーンとアベンジャーズの全面対決を、後者はアベンジャーズとファンタスティック・フォー、X-MENらの共演を描いたエピソードだからだ。

しかもフェーズ5~6ではデアデビルやブレイド、ファンタスティック・フォーなどが参戦するほか、いずれはX-MENやデッドプールも合流する計画。否応なしに『エンドゲーム』以上の興奮を期待してしまうのがファン心理というものである。

かつて『エンドゲーム』で世界中に巻き起こった熱狂を、マーベル・スタジオは再び実現することができるのか……。コミコンで提示された今後の方向性はファンの興奮を呼んだが、ビジョンを具体化し、実際に観客の心をつかむのは一つひとつの作品だ。あえて言えば、その成否は、いかにフェーズ5がフェーズ4の迷走を挽回できるかにかかっている。

人気を拡大してきた、スーパーヒーロー映画と他のジャンルの融合

課題の鍵を握るのは、マーベル・スタジオ社長のケヴィン・ファイギによるクオリティーコントロールだ。フェーズ4では作品数の急増に伴い、それぞれの質にばらつきが出たほか、MCUにおける存在意義を問われた作品もあった。しかし、そもそも「この作品は何のために存在するのか?」という疑問は、作品自体に十分な魅力があれば生まれない。フェーズ4で一度沈んだ評価を、フェーズ3当時の水準に戻すことは喫緊の課題だ。

思えば、MCUフェーズ1~3における拡大と発展の歴史が、作品のクオリティー向上と、スーパーヒーロー映画というジャンルを新しい観客層に提示する作業とともにあった。前編でも触れた通り、フェーズ1~2では作品の質に波があったが、フェーズ3では(観る側の好みこそあれ)ほとんどの作品が高い水準で製作されている。そしてMCU映画がクオリティーを高めていくとき、特に大きな効果を発揮したのが、スーパーヒーロー映画と他のジャンルを融合させる方法論だったのだ。

『キャプテン・アメリカ/ウィンター・ソルジャー』予告編

この手法はフェーズ1『キャプテン・アメリカ/ザ・ファースト・アベンジャー』(2011年)の戦争映画路線の時点で表れていたが、フェーズ2の中盤でひとつの完成を見ている。たとえば『キャプテン・アメリカ/ウィンター・ソルジャー』(2014年)はポリティカルスリラー、『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』はスペースオペラ、『アントマン』(2015年)は犯罪コメディだ。

続くフェーズ3では『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』(2016年)がサイコスリラー、『ドクター・ストレンジ』(2016年)がゴシックホラー、『スパイダーマン』シリーズが青春コメディ……という具合に、MCU映画は既存のジャンルの要素を活かし、コミックやスーパーヒーローに関心のない観客にも訴えかける強度を獲得したのである。

『ウィンター・ソルジャー』『シビル・ウォー』を手がけたのち、『インフィニティ・ウォー』『エンドゲーム』を任されたアンソニー&ジョー・ルッソ監督は、この方法論と特に相性のいいフィルムメーカーだった。

『インフィニティ・ウォー』では、宇宙のあちこちにあるインフィニティ・ストーンをサノスが集めて回るという荒唐無稽な物語を「強盗映画」としてとらえ、『アウト・オブ・サイト』(1998年)を参考に撮るという慧眼ぶりを発揮。気候変動の問題なども視野に収める政治的・社会的アプローチも、スーパーヒーローのブロックバスター大作に独自のリアリティーと説得力をもたらすことに成功した。

『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』予告編

ルッソ兄弟だけではない。『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』シリーズのジェームズ・ガン、『スパイダーマン』シリーズのジョン・ワッツ、『ドクター・ストレンジ』(2016年)のスコット・デリクソン、『アントマン』シリーズのペイトン・リードといった、ジャンルの融合に長けた監督たちはMCU作品の品質向上に大きく貢献した。

ファイギ率いるマーベル・スタジオ陣営のコントロールも巧みだったのだろうが、それにしても彼らが活躍したフェーズ2中期からフェーズ3の作品群には目を見張るものがある。

フィルムメーカーの交代で、気鋭監督にスポットライトが

しかしながら、いまやルッソ兄弟やワッツ、デリクソンはMCUを去ったほか、ガンも『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー Vol.3(原題)』をもってMCUを離れる予定。リードも『アントマン&ワスプ』第3作のあと関与するかはわからない。スーパーヒーローの世代交代を描いてきた舞台裏で、MCUを支えてきた「ヒーロー」たちの交代も進んでいるのだ。

マーベル・スタジオはフェーズ4で、『ブラック・ウィドウ』(2021年)にケイト・ショートランド、『シャン・チー/テン・リングスの伝説』(2021年)にデスティン・ダニエル・クレットン、『エターナルズ』(2021年)にクロエ・ジャオら新たな気鋭監督を起用。

フェーズ5では『ザ・マーベルズ(原題)』にニア・ダコスタ(2021年作『キャンディマン』など)、『ブレイド(原題)』にバッサム・ターリク(2019年作『シュガーランドの亡霊たち』など)、『キャプテン・アメリカ:ニュー・ワールド・オーダー(原題)』にジュリアス・オナー(2019年作『ルース・エドガー』など)という新鋭たちが続々と登場する。彼らがどのような作品をつくり、クオリティーコントロールを底上げするかは大きなポイントだろう。

現時点で特に評価が高いのは、『シャン・チー』を中国武侠ファンタジー風につくり上げ、批評的・興行的成功に導いたクレットンだ。コミコンでの発表の3日後には『アベンジャーズ:カーン・ダイナスティ』の監督を務めると報じられたほか、すでにマーベル・スタジオと複数年の包括契約を結んでおり、ドラマシリーズ『ワンダーマン(仮題)』の製作も手がけるといわれている。

マーベル・スタジオの新たな挑戦。絶対に失敗できない2作品

コミコンの壇上にて、ケヴィン・ファイギはフェーズ4を「MCUをリセットし、新しいキャラクターを登場させる」ものだと説明した。しかしながら現時点では、その狙いはある程度成功し、また失敗したと言わざるをえない。

コミコンに登壇した、マーベル・スタジオ社長のケヴィン・ファイギ

スーパーヒーロー映画をつねに外側へ開こうと試みたのがMCUのフェーズ1~3だったが、フェーズ4は既存の文脈を利用し、新旧のキャラクターを映画・テレビに登場させ、それらをマルチバースのコンセプトで格段に複雑化させることになった。ファンさえ混乱するほどのハイコンテクスト化は「リセット」とは程遠かったし、そんななかでストーリーとキャラクターを制御しきれなかったことも事実だろう。ここからMCUは多少の軌道修正を行なうのか、それともこのまま突き進むのか。

いずれにせよフェーズ5の作品に起用されたフィルムメーカーは、こうしたなかで作品の質と間口の広さを両立する任務を負っている。マーベル・スタジオ陣営も、その高みを目指して「つくり手」をコントロールしつつ、「方向性がわからない、一貫性がない」と指摘されないよう全体をハンドリングせねばならない。

この双方にとって極めて高いハードルを、マーベル・スタジオは「インフィニティ・サーガ」より短いスパンで、しかも作品数を大幅に増やしながら超えようとしている。これは以前とは比較にならないほどハイレベルな挑戦だ。

「マルチバース・サーガ」の発表はファンの期待を高めることに成功したが、コンセプトの明瞭化や作品クオリティーの回復、全体的なストーリーテリングの改善など、現在のMCUが抱える問題点を根本的に解決したわけではない(そもそも、それはたった一夜でなせることではないのだ)。しかし、そのビジョンが判明したことで見えた光明はあるだろう。

今後を占う意味で現在もっとも重要なのは、フェーズ4の最終作『ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー』と、征服者カーンが登場するフェーズ5の第1作『アントマン&ワスプ:クアントゥマニア』。「マルチバース・サーガ」に観客を巻き込んでいくため、絶対に失敗できない2作品だ。映画として質が高いことは当然で、ここでは「マルチバース・サーガ」の方向性をさらに具体化することも求められる。

『アントマン&ワスプ:クアントゥマニア』コンセプトアート

なかでも目が離せないのは『ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー』だろう。監督・脚本のライアン・クーグラーは、ブラックパンサー / ティ・チャラ役のチャドウィック・ボーズマンが2020年に逝去したことを受けて作品の方向性を転換した。製作陣は本作をチャドウィックに捧げる意向を示しているが、コミコンで公開された予告編には、一本の映画としても稀に見るほどの美しさと荘厳さがある。ファイギが言う「リセット」はここで完了するわけだが、本当にこの一作で風向きが変わるかもしれない……という期待さえ抱いてしまう仕上がりだ。

『ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー』特報

もっとも驚くべきは、怒涛のラインナップのおかげでずいぶん先に思える『アベンジャーズ:カーン・ダイナスティ』『アベンジャーズ:シークレット・ウォーズ』の公開が、じつは早くも3年後に迫っていることである。

おそらくマーベル・スタジオは、すでに『シークレット・ウォーズ』を監督する人物も選んでいるはずだ。『カーン・ダイナスティ』のクレットンと同じく、過去にMCU作品を手がけた監督が起用されるとみられるが、果たして誰が撮るのか、どんな内容になるのか……。いまからそんなことを考えているとき、すでに筆者は「マルチバース・サーガ」の虜になっていることを自覚するのである。



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