Netflix『ウェンズデー』はなぜ傑作になれたのか。両親への不信、「陰キャ」と「陽キャ」の共存

メイン画像:MATTHIAS CLAMER/NETFLIX

昨年11月、Netflixが配信したあるドラマ作品が世界を席巻した。『ウェンズデー』。配信開始から1週間で3億4120万時間の再生時間を叩き出し、『ストレンジャー・シングス』シーズン4の記録を突破。Netflixで最も視聴されたドラマシリーズ歴代第2位に浮上し、すでにシーズン2製作決定の報せも届いた。

『シザーハンズ』(1990)『ナイトメアー・ビフォア・クリスマス』(1993)で知られる鬼才ティム・バートンが監督を務める同作は、スピンオフ元の『アダムス・ファミリー』の世界観を受け継ぎつつも「ティム節」が全開。ゴシック、耽美、そして「悪趣味」な世界観が展開される。

主人公に選ばれたウェンズデーは、「変人 / 狂人」を地で行くパーソナリティーを持ちながら、なぜか登場人物、そして視聴者たちの心を奪う。その秘密は何なのか? ライターの嘉島唯が、摩訶不思議な作品世界を深く読み解く。

「大きくなったらどうなっちゃうんだ?」衝撃だった「ウェンズデー」との出会い

『ハリー・ポッター』シリーズの第8作目が2016年に発行され、『ストレンジャー・シングス』があと1シーズンで長い歴史に幕を閉じる。私は何かに飢えていた。

もう十分大人だというのに、ファンタジー要素が散りばめられた学園モノが大好きだからだ。それも、現実のどこかに存在するかのように感じさせてくれる摩訶不思議な世界にはとくに興奮する。だからこそ『ストレンジャー・シングス』が配信されたときは夜通し一気見したし、キャスト陣が成長していく様を眺めては「みんなが大人になっていく」と、幕引きを感じて寂しい気持ちになった。

そういう焦りを知ってか知らずか、Netflixが新しい名作を供給してくれた。『ウェンズデー』だ。11月末に全世界で配信が始まると各国でまたたく間に評判となり、私もその虜になった。

『ウェンズデー』は『アダムス・ファミリー』のスピンオフ作品として、アダムス一家の長女ウェンズデーを主役に据える。

ネタ元となる『アダムス・ファミリー』は、1937年にチャールズ・アダムスが雑誌『ザ・ニューヨーカー』にて連載を開始した1コマ漫画がオリジナルだ。テレビドラマ、実写映画、舞台、アニメ化などさまざまなかたちで作品が発表され、世界中で愛され続けているシリーズだ。

アダムス一家は、人並外れた身体能力を持つ父・ゴメズ、魔女の血を引く母・モーティシア、サイコパスな長女・ウェンズデー、間抜けな弟・パグズリーに加え、叔父や執事、手の生き物・ハンド君など、不気味な面々で構成される。拷問や嫌がらせなどを愛する風変わりな家族で、ダークユーモアあふれる会話が飛び交う。

私が『アダムス・ファミリー』を知ったのは幼稚園に上がる前だったように思う。90年代初頭に実写映画2作がヒットし、日本でもホンダ・オデッセイのCMに起用されるなど、お茶の間にはテーマソング“Addams Family Theme”が鳴り響いていたからだ。まだ自意識が芽生える前にもかかわらず、私はアダムス一家のゴシックな風貌に心を奪われた。

とくに好きだったのが、クリスティーナ・リッチ演じるアダムス家の長女・ウェンズデーだった。皮肉屋で賢く闇深いキャラクターは底知れない魅力をはらんでいた。「この子が大きくなったらどうなっちゃうんだ」。そんな風にも思っていた。

ウェンズデーを甦らせたのは、「自由を求めた鬼才」

それから約30年の時を越え、アダムス一家が帰ってきたのである。しかもメガホンをとるのはティム・バートン。

折しも配信が始まったのは、氏が映画『ダンボ』(2019)の製作を巡って、ディズニーのことを「スタジオは均一化し、異なる作品を受け入れる余地がなくなってしまっている」と批判し、決別宣言をしたと米Deadline(*1)に報じられていたタイミングだった。

『ウェンズデー』の製作は2021年に決定していたので決別宣言と直接関係しているとは思えないが、宣言の内容にはバートンがディズニーの製作環境で苦しんでいたことが滲み出ていた。

もっとも自叙伝『ティム・バートン[映画作家が自身を語る]』(フィルムアート社)では、長年仕事をしてきたディズニーのことを「あそこで働くときに契約するってことは、雇用されている間に思いついたことは何でも、思想警察が所有しちゃうってことを意味している」とも綴っているぐらいなので、積年の恨みもあったのかもしれない。

自由を求めた鬼才と冷酷非道なウェンズデーの組み合わせ。誰が発案したのだろうか。どんな企画書が書かれたのだろうか。その会議に出てみたかった……と製作側への想像を掻き立てられるほどに私は年齢を重ねていた。

「SNSは魂を吸い取られる」。孤高なのに共感できるウェンズデーの言葉

本作の舞台はSNSが一般化した現代。ウェンズデーは、一般的な学校に通っていたが、弟をいじめた男子学生たちへ報復としてプールにピラニアをばらまいてしまう。そんな衝撃的なシーンから、このドラマは幕を開ける。なぜプールにピラニアを? 男子学生たちの子孫繁栄を止めるためだ。

この一件でウェンズデーは退学処分となり、「ネヴァーモア学園」へ編入することになる。

ネヴァーモアは、セイレーン、人狼、吸血鬼、ゴルゴンなど、一般の世界では「のけ者」と呼ばれる生徒たちが通う学校だ。かつてはゴメズとモーティシアも生徒だった名門校である。「全寮制、両親の母校、不思議な力……まるで『ハリー・ポッター』ではないか!」と、この設定だけで胸が躍る。

「のけ者」たちが在籍する学校においてもウェンズデーは孤高だった。ルームメイトのイーニッドには「幼稚でありきたりな青春群像劇に参加する気はないの」とピシャリと言い放ち、男子学生に優しくされると「騎士道精神ってやつね、感謝を引き出すための男社会のツール」と拒絶感を示す。

こんなウェンズデーの毒舌ぶりに周囲はドン引きするのだが、この2つの発言以外にも的を射た名言が多い。例えば「SNSは意味のない承認のために魂を吸い取られる」というセリフには、思わずうなずいてしまう。

名作リブートの課題を解決。ティム・バートンが施した「一気見してしまう仕掛け」

物語は、サイコパスな主人公が学校に馴染んでいくという単純な青春群像劇ではない。その縦軸を「連続殺人事件」というミステリーが支えており、1話たりともダレることがない。

過去の名作をリブートする際の課題としてあげられる「若年ファンの獲得」も、その反響を見ると上手くいっているようだ。ウェンズデー自身は、前述の発言の通りSNSやデジタル機器に対してまったく興味関心がなく、タイプライターを使って小説を書いたり、チェロを弾いて夜を過ごしたりしている。

一方で同級生はTikTokを愛用していたり、自己啓発系アプリに悩まされたりと、デジタル世代ならではの悲喜こもごもを抱えている。現代らしさのなかにウェンズデーが飛び込むことで、それぞれのコントラストが際立つ。また、劇中にはTikTokウケするダンスシーンもあり、これは現実世界で「wednesdance」としてバズっている。

本作はホームコメディー的だった映画版『アダムス・ファミリー』から大幅に路線変更している。しかし、バートンは「核となる要素からは逸脱しないように心がけた」と語っており、全編を通して過去作へのリスペクトを感じられる。

映画『アダムス・ファミリー』(1991)、『アダムス・ファミリー2』(1993)でウェンズデーを演じたクリスティーナ・リッチも本作には重要な役として登場しており、新生ウェンズデーに向かって放つ「私たちって似てると思うの」というセリフまで用意されている。

唯一残念なのは、あの“Addams Family Theme”が劇中で流れないことぐらいだが、苦肉の策なのか「指を2回鳴らす」仕草は物語でキーとなる。

「ファンタジー×学園×ミステリー」という方程式のなかに、過去へのリスペクトと現代的要素を絶妙なバランスで取り入れており、見ていてとても心地よい。その結果が、世界中でのヒットにつながっているのだろう。

「90%の子どもが抱える問題だ」。バートン作品の根底にあるもの

劇中では、親子と友人という2つの関係性が象徴的に描かれる。

ウェンズデーの両親は不気味ではあるものの、どこか華やかで社交性がある。母・モーティシアはネヴァーモアでは優秀な生徒で、父・ゴメズとは在学中につき合い始めたという。そんな両親をウェンズデーは疎ましく感じ、両親の母校へ転入させられたことを不服に感じている。

ティム・バートン作品には『チャーリーとチョコレート工場』(2005)や『シザーハンズ』(1990)など、「親子間の不和」を抱えた「陰キャ」が多数登場する。ウェンズデーは両親から愛情を受けて育てられたにもかかわらず、その両親に不信感を募らせている。その点では、過去作の陰キャたちと同類だ。

実際、バートンはオフィシャルインタビューで「ウェンズデーに自分を重ねるのはとても簡単なことだった」「私の精神年齢は14歳の女の子くらいなんだ(笑)。いまの私のメンタルはちょうどそのあたりなんだよ」と語っている。

なぜ、このようなキャラクターが生まれるのか? それは監督自身が親と良好な関係を築けなかったことが大きい。この経験が多くのティム・バートン作品の主題を支えているという。前出の自叙伝では「両親とうまく行っていないってのも、かなり月並みな事態だね。90%の子がそんな風に感じていると思う」とも綴っている。

監督の父は、若き日にマイナーリーグで活躍したプロ野球選手だったこともあり、現役引退後には地元の少年野球チームなどで采配を振るう明るい人物だったという。

そんな社交的な親とは正反対の性格だったティム・バートン少年は、早く実家を出て親と距離をとったそうだ。後年、親との関係を修復しようと歩み寄ってみたものの「遅すぎた」と語る。

といいつつも、母が他界する前に実家を訪れた際には、自分が手がけた作品のポスターがたくさん保管されているのを目の当たりにし、心を震わせるほど感動したそうだ。

「ぼくらはほとんど気持ちを通わせ合うことができなかったけど、そんな状態であっても母はぼくの仕事を確かに追いかけていてくれた」。

このような親との関係を「ぼくは自分の両親を、人間だとはまるでみなしていなかった」と顧みる。

この複雑な問題意識がティム・バートン作品に漂う哀愁にもなっている。それは『ウェンズデー』でも遺憾なく発揮されており、ネヴァーモア学園の生徒たちのなかにも親への複雑な思いを抱えたキャラクターが複数登場する。

「陰キャ」と「陽キャ」は手を取り合えるのか

アダムス夫妻と同様にウェンズデーに大きな影響をもたらすのが、ルームメイトのイーニッドだ。イーニッドはVlogをアップすることを生きがいとする人狼で、つねに多くの友人に囲まれている。カラフルなものを好むため、白と黒しかないウェンズデーとは対照的な存在だ。

初対面でウェンズデーの偏見と毒舌を浴び、「あなた陽キャへの軽蔑心が本当に底なしなんだね」と返す。

親にもルームメイトにも牙をむくウェンズデーだが、物語が進むごとに良い関係を築けるようになっていく。イーニッドの「友だちになりたい」という意識と、ウェンズデーの「友だちの存在は重荷」という価値観が、独自の着地点を見つける。

イーニッドによる「正反対だけどうまくいく。ちょっと変わった友情」というセリフが印象的だ。すべて一緒なことだけが友情を育むわけではない。自分たちが心地よい関係性を築くのが何よりも大事だ。

バートンの自叙伝には、父親との関係についてこのような記述がある。

父のことを思い返すと、いい関係は結べていなかったけど、僕が幼い頃は二人の関係もかなり魔法めいたものだった。つまり、父さんは入れ歯をしていたんだけど、そのうちの2本が尖っていて、満月になると狼男になったふりをよくしていたんだ
- 『ティム・バートン[映画作家が自身を語る]』(フィルムアート社)

幼少期における父親との「魔法めいた関係」が、監督にとって幸福な影響を与えているというのだ。狼人間はティム・バートン作品ではお馴染みのキャラクターではあるが、イーニッドのモデルは監督の父親なのかもしれない。

両親との関係……翻って、「陰キャ」と「陽キャ」との共存が、本作には描かれている。ストーリーの終盤にかけて、ウェンズデーは少しずつ人間関係を構築できるようになっていくが、それは決して「丸くなる」という単純なものではない。

自分を曲げなくても、良い関係は築ける。たとえ「のけ者」だと感じることがあっても、恥じることはない。自分の信じた道を進めば、仲間も生まれる。

『ウェンズデー』には監督自身が成し遂げたかったものが詰め込まれているのではないだろうか。10代のころの生活は人生で最も濃密だ。いつまでも心に14歳の女の子を住まわせたい。

*1:Tim Burton Addresses “Surreal” U.K. Politics; ‘Beetlejuice 2’ & Why ‘Dumbo’ Will Likely Be His Last Film With Disney – Lumière Festival Tim Burton Jamboree Continues - Deadline.com
https://deadline.com/2022/10/tim-burtonl-uk-politics-beetlejuice-dumbo-disney-lumiere-festival-1235152608/

作品情報
『ウェンズデー』

監督:ティム・バートン
原作・制作:アルフレッド・ガフ、マイルズ・ミラー
出演:ジェナ・オルテガ、エマ・マイヤーズ、クリスティーナ・リッチ、グウェンドリン・クリスティー、リキ・リンドホームなど


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