「あかり、信じてるからな」。シンプルな材料を大胆な行程で調理するようすとともに、XなどのSNSで投稿されているネットミームだ。この「あかり」こと、料理家で管理栄養士の長谷川あかりのレシピを「信じて」料理を楽しむ人々が、たびたびネット空間をにぎわせている。
そんな長谷川が、Podcast番組『聞くCINRA』にゲストとして登場してくれた。10歳で芸能界入りし、子役として活躍した経歴を経て、料理家を志した理由とは? 聞いていくと「レシピは救い」という一貫した思いのもと、目標や信念を実現するために奔走する長谷川の姿が見えてきた。
「私が出しているレシピって、私が私を救うために出しているものなんです」
「自分はもう必要のない人間なんじゃないか、そんなメンタルでいたとき、レシピ本に出会って……」
「料理と同じくらい一貫性のある生き方をしようって」
料理と救い、そして志を実現するための情熱。その独自の価値観を、存分に語ってもらった。
ネットミーム「あかり、信じてるからな」誕生秘話
—長谷川さんのレシピで料理をしていると「こんなにシンプルな材料で、本当にできるのかな!?」と思うときがあります。ネットでは、長谷川さんのレシピで調理する写真とともに「あかり、信じてるからな」と投稿するミームも生まれていますね。これは、どこから始まったんでしょう?
長谷川あかり(以下、長谷川):2年前の夏に出した、鶏肉とズッキーニを炊き込むレシピと、茄子を丸ごと炊き込みにするレシピがあるんですよね。それで、とある人が「長谷川あかりのレシピは、まず信じることから始まる」って投稿してくださったんです。
長谷川あかり(はせがわ あかり)
1996年、埼玉県生まれ。10代で芸能界入りし、子役タレントとして活躍。22歳で引退し、大学で栄養学を学ぶ。2022年より、料理家・管理栄養士として発信をスタート。『クタクタな心と体をおいしく満たす いたわりごはん』(KADOKAWA)、『時間が足りない私たちの新定番「私、天才かも!」レシピ』 (講談社の実用BOOK)など著書多数。2025年10月末に『シンプルだから悩まない! ワンパターン献立』(ダイヤモンド社)出版。
長谷川:いま思えば、あの方が最初に「信じる」というワードを使ってくださって、その投稿がバズっていて。私もそれを見て「そっか、信じないとつくれないのか」と。たしかに客観的に見ると、へんてこりんには見えるから、「そうだよね」みたいな(笑)。
そのあと、白菜のクリームスープを出したときに、調味料が少ないということに対して、不安な気持ちを抱く人がすごく多くて。いま世の中にあるレシピは調味料を「足し算」していくものが多いですよね。そんななかで、私の師匠である有賀薫先生は「塩だけで1回つくってみて味をみると、だしがしっかり出ているから。足りないと思ったら、それを補強するために調味料をちょっとだけ入れるといいよ」といったことをおっしゃっていたんです。
私も実際に、基本的にすべてのレシピを一度、塩だけでつくっています。だからこそ、「信じられない」といった声ももらうんですけど、「1回つくって食べてみたら、大丈夫だって自信がつくはずだから!」という意味で、白菜のクリームスープを発信するときに「信じてください」って自分でも書いたんですよね。するとまた誰かが「信じるぞ」っていってくださって、そこからすべてのレシピに「信じる」がついてくる感じになりました。
「レシピは救いになる」その体験をシェアしたくて
—長谷川さんのPodcast番組「長谷川あかりのシャニカマでごめんなさい」も聞いています! 長谷川さんに抱く勝手なイメージとして、丁寧な暮らしをされているような(?)雰囲気かと思っていたんですが、実際はバイブス高めにたくさんお喋りをする感じで、そのギャップも素敵に思いました。
長谷川あかり(以下、長谷川):料理に込めるメッセージと人間性については、もちろんその人からつくられるレシピなので一致しているはずなんですが、伝え方が難しいんですよね。
私が出しているレシピって、私が私を救うために出しているものなんです。「こんな料理があったら救われるのにな」「こんなレシピがあったら自分はすごくハッピーだな」というレシピを、願いを込めて出しているような状態なんですが、それを誠実に伝えようとすると、そういう「丁寧な生活をしている人」に見えちゃうんですよね。
スタンスとしては、皆さんと一緒……というのもおこがましいんですけど、私も「このレシピに救われたい」と思って生きているだけの人間で。自分自身が気持ちとして苦しかった時期にレシピという媒体によって救われてきた、という実感がすごくあるんです。
技術を伝えたり、美味しいご飯をシェアしたりしたいということももちろん大前提にはありますが、というよりどちらかというと、「レシピは救いになるぞ」ということを、私がプロダクトとして皆さんにお渡しして、その体験をシェアしたい……。それが、料理家になってレシピを出したいと思うようになった、大きな要因の一つだったんです。
—苦しい時期にレシピに救われたということですが、具体的にはどんな経験だったのでしょう?
長谷川:子役をやっていた時代に忙しい時間を過ごさせてもらって。そのあとレギュラー番組を卒業して、芸能コースがある高校に入学したとき、仕事がぱったりとなくなってしまったんです。
そのとき、自分はもう必要のない人間なんじゃないかという喪失感というか、そんなメンタルでいたとき、レシピ本に出会って。料理を自分のためにつくり、「食べたい」と言ってくれる人のためにつくることも、自分のためになっていました。
自分のためにつくって、美味しいと感じること。そして、レシピ本を見て「私、きょうはこれが食べたい」と思うことで、いまの身体の状態がわかるような、セルフカウンセリングのようなものとしても使わせてもらっていたんですよね。そういう過程から、レシピや料理に救われてきた実感が強くあります。
—そのあと、結婚と同時に短大にも入学されて、とても忙しい時期を過ごされます。そのころ、料理を嫌いになってしまったこともあるそうですね。
長谷川:結婚して、料理が家事に——生活のための料理に変わった瞬間に、料理がめっちゃ嫌いになっちゃったんです。
それまで、すごく浅瀬で料理のことを好きだと言っていたなって、ちょっと反省したんですよね。それでも、「料理が自分を救う」感覚は嘘じゃないと思って。だって、自分がクリエイトした食べ物——作品を、自分のなかに取り込んで、それがまた明日の自分の身体をつくるって、すごくクリエイティブな一連の行程ですよね。
でも、家庭料理はしんどい、どうしよう。そうなったときに、それこそ「ズボラ飯」みたいなものをたくさんつくってみたり、まったくつくらない時期があったりしたなかで、「中間のレシピ」を考えるようになりました。家庭料理なんだけど、そうは言ってもつくれない日もあるから、軸は「自分のため」にあるもの。サブの選択肢として「きょうは自分のためにつくれるかも」という日に選んでもらえるプロダクトとしてのレシピを考えるようになりました。
料理家を志して書いた「マンダラチャート」。生活スタイルも記入した理由
—本格的に料理家になりたいと思ったのは、どんなタイミングだったんでしょうか?
長谷川:一度、料理を嫌いになっちゃった経験が大きかったように思います。
当時は、結婚して、短大に通い始めた時期。奨学金をもらうためには成績優秀者でいる必要があったので、勉強は抜かりなく完璧にやりたかった。その一方で、お金を生み出しているわけではないから、家事は私がやらないと申し訳なく感じていて。夫は「無理しなくていいよ」と言ってくれていたし、「やってあげたい」という気持ちもあった。でも次第に、純粋な「やってあげたい」が「しなくてはならない」にすり替わってしまいました。
そして、家事のなかでも料理だけは「しなくてはならない」に変わったことがすごく辛くて、頭のなかもぐちゃぐちゃになってしまって。だから一度、全部辞めたんです。
しばらくつくらずにいると、「やりたい」という純粋な希望が戻ってきました。容量がパンパンだったから、やりたいか・やりたくないかすらもわからなくなっていたんですよね。そこから少しずつ、好きな料理家先生のレシピで、つくりやすいものから再開していきました。
自分にとって心地いい料理との付き合い方を振り分けていったら、「クタクタのときでもこのレシピだったらつくってもいいかも」というレシピが見えてきて。そうしてまたレシピや料理家さんに救われてきたから、私もそうなりたいと、その時期くらいから明確に意識しはじめましたね。
—料理家を志すにあたっては、大谷翔平選手のようにマンダラチャートを書かれたそうですね。夫さんからのアドバイスで、マーケティングの視点も取り入れたと聞きました。
長谷川:24、5歳のときですね。料理家ってどうやってなるのかわからなくて。好きが高じてなった人もいれば、お店で修業した人もいるし、経歴がバラバラなんですよね。
ただ、SNSで人気が出てから本を出すというルートは想像ができたんです。その一方で、私はテレビや雑誌に憧れがあって。自分に興味のない人にリーチできる媒体にいたかったんです。また、芸能界にいた経験も影響して、雑誌というたしかな審美眼を持った人に選んでもらいたかった。
高校生のとき、オーディションに受からなくて辛かった経験に対しての、自分なりのリベンジだったようにも思います。だから自分を「商品」だと考えたうえで、マンダラチャートを書きました。
—具体的にどんなことを書いたんですか?
真ん中に「2030年までに書籍を出す」って書いていました。
―前倒ししていますね。すごい。
あと、料理のことだけじゃなくて、生活スタイルについても書きました。自分が好きな家具はどんなものか、ファッションスタイルはどういうものか……。それを言語化できていないと、レシピの説得力も薄まると思ったんです。
ファッションと料理って、通じるものがあると思うんです。例えば、私のレシピを見たときに、私が超ミニスカギャルだったらなんだかやっぱりギャップがあるじゃないですか。いやミニスカギャルは大好きなんですけどね!(笑) レシピと「長谷川あかり像」に一貫性がないと覚えてもらえないから、料理と同じくらい一貫性のある生き方をしよう、という内容も書いていましたね。
自分がいなくなった100年後を思う「理想のかたち」とは?
—料理雑誌などのメディアに対して、熱い思いがあったんですね。
長谷川:Xにレシピを流して見てらもうことも、この時代の料理家としては大事だと思うからやりつつ、野望というか……思っていたこととしては、自分自身が救われてきた料理雑誌の世界に飛び込みたいという気持ちがずっとありました。
例えば料理雑誌に出演すると、おこがましい話なんですけど、SNSで私を知ってくださった人が雑誌のほうにも興味を持ってくれるかもしれない。そこで、その雑誌に出ている「本当に合った」料理家さんへの出会いにつながるかもしれない。その人に本当に合っている料理家さんは、私じゃないかもしれないんですよ。
雑誌って、ネットのように検索ワードを入れなくても情報がいっぱい入ってくる。しかもアルゴリズムではない、多種多様な、自分でも知らなかった自分の需要にすっと入ってきてくれると思うんです。だから、私をきっかけに雑誌を買ってくださった人が、本当に合う料理家さんを見つけてくれたらうれしいですし、料理家マッチングサービスとか、本当にやりたくて。
—「料理家マッチングサービス」、需要がありそうです。これから長谷川さんは、何を目指していくのでしょう?
長谷川:数年内に実現したいなと思うのは、海外……アジア圏に日本の家庭料理と、私のいま思っているマインド——料理をつくることで自分が救われるみたいなこと——を発信できたらいいなっていうのが一つあります。
韓国語訳版のレシピ本を出すなどして、新しい料理との付き合いかた、新しい料理があるライフスタイルや、メンタルとの付き合い方みたいなことを、海外でも発信できたらいいなと思っています。
もう一つは……自分がいなくなったあとのことですかね。
—いなくなったあと!?
長谷川:私がつくったレシピがどこかの家に残っていて、しかも、そのご家庭の好きな味に少しカスタマイズされた状態で「これが我が家のハンバーグです」「我が家のシチューです」みたいな感じで。
100年、200年後、私のレシピから生まれたそのご家庭のレシピが受け継がれていって、そのおうちの食文化になっていったら、うれしいなって思います。
—すごい...…!
長谷川:だから、できることとしては、なるべく自分らしい、「長谷川あかりっぽいね」という私が好きなレシピを出して、そこに共感してもらって。それが刺さった人のおうちで、そのレシピをベースに「我が家の⚪︎⚪︎」みたいな感じで残っていくということが、いろんなところで起こっていたら、私は結構ハッピー、っていう感じですね。
- 書籍情報
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『長谷川あかりの「あたらしい」きほんの料理 自由で作りやすい、誰でもおいしくできる。』
2026年1月26日発売(一部地域を除く)
著 : 長谷川あかり
発刊:株式会社オレンジページ
- プロフィール
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- 長谷川あかり (はせがわ あかり)
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1996年、埼玉県生まれ。10代で芸能界入りし、子役タレントとして活躍。22歳で引退し、大学で栄養学を学ぶ。2022年より、料理家・管理栄養士として発信をスタート。『クタクタな心と体をおいしく満たす いたわりごはん』(KADOKAWA)、『時間が足りない私たちの新定番「私、天才かも!」レシピ』 (講談社の実用BOOK)など著書多数。2025年10月末に『シンプルだから悩まない! ワンパターン献立』(ダイヤモンド社)出版。
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