黒木華、野呂佳代が初タッグを組み、回を重ねるごとに話題になっていった選挙ドラマ、『銀河の一票』が6月29日に最終回を迎える。政治経験ゼロのスナックのママ・あかりと、永田町を追い出された政治家秘書・茉莉(まつり)が都知事選に挑む本作は、「選挙」をエンタメとして届けながら、政治と日々の生活が地続きであることを観る者に伝えてくれる。
プロデューサーの佐野亜裕美が、冤罪をテーマにした『エルピス—希望、あるいは災い—』に続く題材に「選挙」を選んだ理由とは何だったのか?
ボランティアを経て見つけた選挙の面白さ、「綺麗事」と言われてしまいそうな理想を真っ直ぐ語る主人公像にした背景、プロデューサーを「辞めなかった理由」——。世の中をうっすら覆う諦めの空気のなかで、それでも「現状維持しようとすると落ちていく」と語る佐野の言葉から、本作に込めた思いを聞いた。
「持たざる者が選挙に挑む」物語の構想
佐野亜裕美
―まず、ドラマの構想をどのように練り上げていったのか教えてください。アメリカ留学中、ホームステイ先で親子が政治についてフランクに議論していた姿を見たことがきっかけとのことですが……。
佐野亜裕美(以下、佐野):アメリカ留学のあと、『エルピス』の撮影を経て、産休を取ったんですが、いつ復帰できるか不確定な状態だったので、せめて取材でもしておこうと思って選挙事務所でボランティアスタッフをやったり、政治家の子息の話を聞いたり、ドキュメンタリーを見たりしていました。そうやって積み重ねていくうちに、「政治ドラマ」という敬遠されがちなテーマでも、「選挙」という切り口ならエンタメにできるかもしれないという感覚が生まれてきました。
選挙ドラマというと、木村拓哉さん主演の『CHANGE』(2008年放送)みたいな、政治とは別の世界にいた風変わりな主人公が総理大臣になるという物語がありましたが、やるなら「裏方」の話をやってみたいなと思い、選挙の参謀を主人公にする企画を本作の脚本家の蛭田直美さんのところに持っていきました。
黒木華演じる茉莉
―そこから、政治家の娘の茉莉とスナックのママのあかりという女性二人を主軸にした物語になっていったんですね。
佐野:最初、あかりは「ママタレ」という設定だったんです。知名度がある状態からどうやって政策を練っていくかという、全然違う切り口を考えていたんですが、蛭田さんと話していくうちに「持たざる者の戦いを描くべきじゃないか」という会話になっていきました。茉莉という人物も世間から見たら「持っている側」で、絶壁に立ってはいるけれども父親に謝れば住む家も職もある。そういう人の戦いが今本当に見たいものなのか? という問いがあって、そこから市井の人であるあかりというキャラクターが生まれました。
蛭田さんからは、「バディものは孤独と孤独がぶつかり合う話」だとも言われました。なるほどと思ったんですが、じゃあそれぞれが抱えている孤独はどういうもので、それが政治や社会とどう結びついているのか? そうやって茉莉とあかりのキャラクターを掘り下げていきながら、作品のテーマが固まっていきました。
都知事選に出馬するあかり役を野呂佳代が演じる
「投票率が0.1%でも上がるように」ドラマにかける思い
―実際に選挙事務所でボランティアをされたとのことですが、そこで発見した面白さとはどんなものでしたか?
佐野:はじめは高齢男性の政治家とそれを支える妻が中心で、みたいな印象を持っていたんですが、全然そうでもなくて。たとえば、行きつけのスナックで歌いに来る女性がその政治家を推しているからという理由で手伝いに来ている50代の男性とか。別に政治思想を共にするから来ているわけではなく、ある種推し活の一環で、「推しの推しが推し」という感覚で来ている人がいたんですよね。あとは毎日アイスを買ってくる地主のおじいさんとか(笑)。人間模様も含めて知られていないことがたくさんあって、これはエンタメになると思いました。
それと、平日の朝から晩に選挙活動の手伝いに来るって、会社員だと現実的に難しくて、他に収入源がある人が多いじゃないですか。毎日の生活に必死な人がなかなか手伝いに来られないという現実も見えてきました。
あと、私がボランティアをしたうちの一つが再戦を目指す与党の現職議員の事務所だったんですが、戦略らしい戦略がほとんどなかったんですよ。翌日のビラ配りの場所が前日の23時に決まる、みたいな。会社であればプロジェクトマネージャーみたいな人がいて、その人がゴールまでの道筋を描くということが当たり前だけれど、一大プロジェクトであるはずの選挙なのにまったくそれがなかった。
―なるほど……。ちなみにその候補者は当選したんですか?
佐野:落選しました。結構厳しい戦いだったんですけど、戦い抜くための戦略らしい戦略がほとんどなかったように感じました。もちろん事務所にもよると思いますが、そういった洗練されていないところに未開拓の面白さがあると思いました。
ただ、取材したとある政治家の方には「選挙ばかりが祭りごととして注目される現状はよくない」とも言われました。それはわかりつつ、まずは選挙にもっと注目が集まって投票率が上がらないと議論の土俵にも上がれないと感じていて。それで投票率が0.1%でも上がるようにと思いながら作り始めました。
不完全さを自覚して、補う人を配置できる。考えついた「理想のリーダー像」
―選挙エンタメで女性二人のバディものという設定はあまり見たことがなかったので、それも新鮮でした。
佐野:まず、このドラマをやるにあたっていろんなリーダー論の本を読んだんですが、どんな人にリーダーになってほしいか考えても、なかなか答えが出ませんでした。つまり、完璧なリーダーなんてものは存在しない。私にとっては完璧に見えるリーダーでも、別の人からしたらそうじゃないかもしれない。それは当たり前ですよね。
そう考えたとき、いろんな欲望や事情が渦巻く今の社会の中でリーダーたり得る人というのは、自分の不完全さや足りないところをちゃんと自覚したうえで、それを補ってくれる人をしっかりと配置できる人が理想的なリーダーなんじゃないか、と思いました。
そんなことを考えていた頃にアメリカの大統領選があって、あちらでは副大統領候補を指名して戦うんですよね。だから副大統領候補のスキャンダルも選挙戦に影響する。もちろん選挙の仕組みも社会の制度も全然違うので、アメリカを見習わなきゃいけないと思っているわけではないんですが、一蓮托生で戦っていくスタイルには影響を受けました。自分の足りないところを自覚し、サポートしてくれる人と一緒に立つという戦い方はすごく今に合っているのではないかと。
―第7話で描かれた出馬会見では、あかりが茉莉、五十嵐、蛍を副知事に指名しますが、チームで選挙を戦うという構想がこの物語の軸になっているんですね。
佐野:そうですね。それを正解とするわけではなく、一つのトライとして提案できたらいいかもしれないと思い、出馬する人は自分が不完全であることを自覚している人にしたいとは企画当初から考えていました。
理想を語って何が悪いのか。憧れていた「サブカル的姿勢」からの脱却
―茉莉は、宮沢賢治の「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」という一節を座右の銘にしています。あかり陣営が「誰もが生きやすい世の中に」という理想を真っ直ぐに掲げているのも印象的なのですが、そうした人物像にした理由は?
佐野:これは個人的な反省なんですが、私は今43歳で、いわゆるサブカルに憧れて育った世代です。いろんなものを斜めに見てきたというか、学校で一番楽しそうにしている人たちからは距離を置いて、「あいつらお気楽でいいよな」みたいに斜に構えた姿勢でいることを「素敵なもの」として生きてきてしまったんですよね。努力していることは表に出してはいけない、とか。
映像業界に入ってみるとやっぱり上の世代にはそういう価値観があって、私もそれを良きものとしてきたんですが、30代後半ぐらいから「おかしいかも」と思い始めました。作品についてインタビューを受けることに色々言われたこともあったんですが、一生懸命やっていることをなんで隠さなきゃいけないんだろう? と思ったし、頑張ったことを頑張ったと言ってなぜ悪いんだろう、こういうふうにしたいと理想を語って何が悪いんだろう、と。
そう生きることが幸福な人はそれでいいと思うし、誰かの思想や生き方を批判したいわけではないんですが、私はもうそれじゃ立ち行かないなと思うから、そこから脱却したいと思っているんですよね。
現状維持しようとすると落ちていく
―そう思うようになったのは何かきっかけがあったのでしょうか?
佐野:脚本家の渡辺あやさんとの出会いは大きかったです。「上の世代の、あのモラトリアムを引きずっている感じって何なんだろう」とか、「もっと働けって思うよね」という話で盛り上がって、「それを言ってもいいんだ」と気持ちをたしかめ合った感じがありました。それから、全部わかったようなふりをして何も言わないとか、自分の理想が叶わなかった時の防御策として冷めた態度をとるようなことはやめようと思うようになりました。
……あとはやっぱり日本社会の状況も大きくて、なんとか現状維持ができているとみんな思っているかもしれないけど、じつは現状を維持しようとすると落ちていき、むしろ悪化していくじゃないですか。ハッと気づいたときには没落しかねない状態になっている。成長させようと頑張って、頑張って、ようやく現状維持ができると何に対しても思っています。だから、「何言ってんだ」と思われたとしても、やっぱりもっと頑張ろうとか、ちゃんと日本のドラマを世界に売っていこうとか、大きな声で言っていくべきだと思っているんです。チャンスが来るかもしれないし、言ったからには頑張らなきゃという気持ちにもなる。
そういったことを個人的に考える機会が結構あって、それが全部入っているのが今回のドラマでもあります。
―茉莉とあかりが、理想を掲げることについて「綺麗事じゃなくてきれいなことだよ」というシーンもありますよね。
佐野:蛭田さんは、綺麗事をまっすぐ言うことのほうがずっと大変だし強いということを信じていらっしゃる方だと思います。私も一緒に作りながらそこに賛同していますし、共鳴しています。
これから世の中が良くなることはないんじゃないかという諦めみたいなものが、うっすらみんなの中に漂っている気がします。「諦めない」と言うことで何が変わるかわからなくても、少なくとも自分のモチベーションは変わるんですよね。一人が変わることが、社会を変えることになるかもしれないという思いでやっています。
ワンオペ中の救いだったドラマを見る時間。プロデューサーを「辞めなかった」理由
―『エルピス』のあと、プロデューサーを辞めることも考えたとお聞きしました。その背景と、それでもまたドラマを作ろうと決めた理由を聞かせてください。
佐野:5〜6年抱えてきた『エルピス』をようやく世に出せた達成感とか、他にも色々なことが重なって、燃え尽き症候群みたいになってしまって。この先すぐに同じ熱量で連ドラをやろうという気持ちが自分の中に生まれるのか、正直微妙だなと感じていました。
ちょうど40歳で、20年近くこの仕事をしてきたタイミングでもあり、どうしようかなと思ったとき、留学するか、憧れていた弁護士になるための勉強をするか、妊活するかという選択肢がありました。年齢的にも肉体的にも制限がある妊活に本腰を入れてやってみることにして、出産して、産休を取ることになって。
もちろんそのあともいろんな選択肢があったと思うんですが、ワンオペが続いている時期に、子どもが寝ているわずかな間に音を消して字幕でドラマを見るようになり、そのことに救われている時間がありました。子育てをしていると長い映像作品って見られないんですよね。精神的に映画を観る気持ちにもなれなくて。こういうところでテレビドラマって誰かの生活に役立つんだなとあらためて気づいて、また作りたいという気持ちが戻ってきました。
あと、友人と立ち上げた会社で企画を募集したら、今まで会ったことのない若い脚本家の方々からいっぱい応募が来て、ものすごいエネルギーをもらいました。まだまだやれることがあるなというか、終わった気になってはいけないと思って。とりあえずあと5年は続けてみようと思って、戻ってきた感じです。
―最終回を前に、反響をふまえてどんなことを感じていますか?
佐野:取材で『エルピス』や『17才の帝国』(2022年にNHKで放送)との連続性を語られることも多いんですが、毎回ゼロから違うチームで作っているし、前作でこれをやったから次はこれを深めようといった発想はまったくないんですよね。いわゆる「自分印」みたいなものがあるとは思っていないんですが、そう語られることは多いので、むしろそこから脱却して全然違うことをやりたいというあまのじゃくな気持ちもあります。
ただ、ちゃんと作ればちゃんと見てもらえるという手応えは、今回あらためて感じています。テレビが終わったと言われて10年以上経ちますが、配信のオリジナル作品と比べて劣っているとは全然思わないですし、潤沢とは言えない制作費や日数の中でみんな本当に頑張っている。そこに甘えず、新たな座組みで制作費を増やす努力をしたり、作品をより広げていくやりかたを模索したりすることが、好き放題やらせてもらった自分に課されている課題だと思っています。
- 『銀河の一票』
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最終回となる第11話は6月29日(月)に放送。FODプレミアム、Netflixでも配信されている。 (C)カンテレ/MYRIAGON STUDIO
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