水上文&フーウェイが語るクィアな本と家族。文学で戦うこと、カミングアウトのこと

渋谷PARCOで6月19〜21日にかけて開催された、多様なアイデンティティを祝福する企画「PRIDE 2026」。そのコラボレーション企画として、CINRAが運営するPodcast番組『聞くCINRA』の公開収録が行われました。

ゲスト登壇したのは、クィアやフェミニズムの視点から文芸批評・エッセイを執筆する水上文さんと、Netflix『ボーイフレンド』シーズン2に参加し、大学院でクィアや文化人類学を研究しているフーウェイさん。

「クィアな本に出会いたい!」をテーマに、お二人にそれぞれ2冊ずつ、今おすすめしたい本を紹介してもらいました。お二人のカミングアウトの経験や、家族との関係について話す場面も。公開収録の内容をレポートします。

「文学で戦っている人がいる」差別と向き合う小説―李琴峰『言霊の幸う国で』

「文学を使って戦っている人がいる。それがすごく勇気づけられる」

水上文さんが1冊目に選んだのは、芥川賞作家・李琴峰さんによる長編小説『言霊の幸う国で』(筑摩書房)。水上さんは、この作品について「今苦しんでいる当事者にとって、大きな力になる本」だと語ります。

主人公は李さん自身と重なる部分を持つ、台湾出身でレズビアンの女性作家・L。Lは芥川賞受賞後の1年間、排外主義的な激しいバッシングや誹謗中傷を受けたり、明かしていなかった性別移行の経験をアウティングされたりと、いくつもの苦難に見舞われます。その姿が、日本社会で実際に起きているさまざまな出来事と重ね合わせながら、事細かに描かれています。

たとえば作中では、2018年に杉田水脈氏(当時は衆議院議員)が月刊誌『新潮45』への寄稿で、性的マイノリティについて「生産性がない」と綴った問題など、あらゆる人物や発言が取り上げられています。

同性カップルが結婚できないことは憲法違反だとして、同性カップルが国を訴えている裁判(「結婚の自由をすべての人に」訴訟)など、国内で起きている権利運動の歩みについても詳しく伝えられています。

水上:実際の人物や発言が出てきて、現在の日本社会で起きている差別のありかたというものと、それに対する反論も、しっかり書いてある。今苦しんでいる当事者の人にとっても、こんなふうに文学を使って戦っている人がいるというのは、すごく勇気づけられると思います。私自身も性的マイノリティの1人として、この本を読んでたくさん力をもらいました。

小説の主人公と著者のプロフィールが重なる部分があるので、読んだ人はどこまでが本当で、どこからがフィクションなのかわからない。だから、ある意味で、著者は自分をさらけ出すというすごく危険なことをしている。でも、その危険なことをしなければならないくらい、状況が悪化している。そのリスクをとってでも伝えたいことがあったということではないかと思います。そして、自分を晒してはいるものの、同時にこの物語は「小説」でもある。小説であるということが、リスクと同時に、一つの戦い方の手段になっているとも思います。

レズビアンの娘を持つ母の視点から描く―キム・ヘジン『娘について』

水上さんが2冊目に紹介したのは、韓国の作家キム・ヘジンさんによる『娘について』(亜紀書房)。レズビアンの娘を持つ母親の視点から描かれた小説です。娘とその恋人と3人で暮らすことになった母親は、二人の関係を認めきれず、葛藤します。

水上さんは、この本を自身の経験と重ねながら、「当事者の視点だけでなく、親の視点を考えるきっかけになった」と語りました。

水上さんはこの本を選んだ理由について、自身の経験と重ねながらこう語りました。

水上:私自身がこの本に出てくる娘と少し似たような立場にいて、文学を専攻して大学院に行って、母にカミングアウトしたとき、『普通に幸せになってほしかったのに』と言われました。ほかにも、『勉強しすぎてしまったんじゃないか』みたいに言われたこともあります。勉強しすぎて、いろいろ考えすぎて結婚できなくなってしまったんじゃないか、と。

母親にそういうことを言われてショックだったんですが、この小説を通して、お母さんはどう考えていたのかということを、距離を置いて考え直すことができました。やはり当事者としてショックを受けている最中で、親の視点から考えることはなかなか難しいと思います。でも小説としてなら読める、そして考えることができる。その意味で、私にとっては、すごく重要な気づきを与えてくれたと思っています。

『娘について』は、母娘が今後どのような関係を築いていくのか、読者に想像の余地を残しながら結末を迎えます。

水上:肯定と否定のあいだを揺れ続けるところがリアルだと思います。あと、当事者と親の関係で言うと、例えば私はこうしてオープンに過ごしているわけですが、カミングアウトされた親は、自分の娘をどう受け取ったらいいのかわからなくて、悩んでいるけれど、誰にも相談できないかもしれない。性的マイノリティが自分のことを明かさないでいる状態を「クローゼット」と言いますが、ある種、親の方がクローゼットに入るような状況になるかもしれない。それはこの小説でも描かれていて、すごく重要なことだなと思っています。

二人が語るカミングアウトと親との関係

フーウェイさんも、カミングアウトした自身の経験を振り返りながらこう語ります。

フーウェイ:僕がカミングアウトしたときに一番思ったのが、自分が持っていたカミングアウトというものを母親に与えてしまった、という感覚でした。僕自身はここで堂々として発言して、それをいろいろな人が聞いてくれる。だけど、僕の母親の声を聞いてくれる人はいるのだろうか。彼女の困難や抱えていた悩みが取りこぼされているとしたら、やっぱり自分の母親なので、それを見るのはつらい。だけど、自分が(カミングアウトしないで)そこで生きていくのもつらい。人との関わりってそういうものだなとも思います。

僕の母親は『ムスリムのお嫁さんを連れてきて』とずっと言っていて、カミングアウトしたときは『夢はもうなくなった』というような反応でした。ただ、タイの田舎に帰って、自分の住みたい家に住むという別の夢もあるので、その家を建てるために何か支援をするとか、それが自分にできる親孝行なのかなと思っています。僕の場合はですが、母親に恩返しもしたいし、折り合いをつけられるかどうかはわからないんですが、とりあえず前に進もうとか、自分にできることをやろうと思っています。

水上:フーウェイさんのお話を聞いて、すごいなと思いました。私自身は、異性愛者として生きる代わりに親に与えられるものをまだ見つけられていない状況です。ひとまず私のやれることとしては、自分が幸せになること。 お母さんは、私に普通に幸せになってほしかったって言うけれども、でも、私も幸せになれるし、私はこういうかたちで、自分の幸せを見つけられるんだよと言えるように生きることが、自分がやるべきことなのかなと思っています。

語られづらい性的マイノリティと風俗の関係。もちぎ『あたいと他の愛』

後半では、フーウェイさんがセレクトした2冊が紹介されました。

1冊目は、ゲイ風俗で働いた経験を持つもちぎさんによるエッセイ『あたいと他の愛』(文藝春秋)。幼少期から大学入学までの記憶をたどりながら、出会ってきた人々との「愛」の記憶がつづられています。そして、カミングアウトを機に家を追い出された経験など、「家族」というテーマも色濃く描かれています。

この本を選んだ理由について、フーウェイさんはこう語ります。

フーウェイ:男性の同性愛者というマイノリティをめぐって、売春の問題は見過ごされがちです。マイノリティであるゲイとして、そして、売春をする性労働者としての物語という意味でも、この本を色々な人に知ってもらいたいと思いました。ゲイ風俗で働く背景には経済的な理由の場合もありますが、それだけではなく、「自分自身の性を認識する」という過程において、ゲイ風俗が機能してきた側面もある。そういったことを考えるきっかけにもなると思います。

水上さんも、ゲイ風俗をめぐって「白黒ではない複雑な側面が書かれていた」ことに注目しました。

水上:もちぎさんが同級生にカミングアウトして、その相手の同級生が、自分以外にも(男性が恋愛対象の人が)いたんだ、他に誰もいないと思ってたと言って泣き出してしまうシーンがあります。でも、もちぎさんはすでに性的なサービスを通して男性を性的に愛する人たちと知り合っていて、自分は一人ではないとは知っていた。問題のある側面も書かれてはいるんだけれど、白黒ではない、複雑な側面がいろいろと書かれていて、それもすごくいいなと思いました。

また、エッセイの中には、母親との確執について綴ったパートなど、ショッキングな場面もあります。一方で、もちぎさんの語り口はどこか軽妙で、読みやすいことも印象的です。

フーウェイ:もちぎさんは作家になって、自分の人生にすごくプライドを持っているんだなと、この文章を通して感じとりました。だからこそこれだけ読みやすいんだと思います。すごく知的で強い方で、他の人が同じ境遇にあったとき、これだけ自分の強さを発揮できるだろうかと思うと、やはり難しいんじゃないかと思います。「書くことができる」ということが、すごく強い証しだと思いました。 一方で、個人的には、ここまで書いているからこそ、ここに書かれていないものもあるかもしれないということにも想像力を働かせてみたいとも思います。

欧米ではなく、アジアの言葉でクィアをみる―『東南アジアとLGBTの政治』

2冊目は、性的マイノリティをめぐる社会運動をアジアの文脈から読み解くアカデミックな一冊、『東南アジアとLGBTの政治』(日下渉、青山薫、伊賀司、田村慶子編著/明石書店)です。

フーウェイさんはこの本を紹介した理由について、「性的少数者の社会運動は欧米中心に語られてきたけれど、アジアでクィアとして生きるとはどういうことかを考えるヒントになる」と話しました。

フーウェイ:地域ごとにどうやって性的マイノリティが表象されてきて、そして今に至るのか、グローバリズムとローカルの両方の視点から見られる本でもあります。例えば、「ジェンダー」や「セクシュアリティ」という語彙を表現する日本語に、「性」という言葉がある。この「性」という言葉には、セックスやジェンダー、セクシュアリティ、すべての意味が含まれる。そしてそれがすごくフィットするなと思うんです。

フィリピンだったら『バクラー』という言葉があったり、タイには『カトゥーイ』という言葉があったり。そういう、色んなローカルな言葉がどういう意味づけを与えられてきたのかということにフォーカスして書かれていて、すごく面白いなと思っています。

水上:今までジェンダーやセクシュアリティの本を読むとき、そこに書かれている歴史って、当たり前のように「アメリカの歴史」で。だけど当然、アメリカがすべてではない。そのことに改めて気づかせてくれる、本当にいい本だと思いました。

言葉の問題で言うと、今回のイベントでも私たちは「クィア」という言葉を使っていますが、これもそもそもアメリカの運動、英語圏の運動の中で生まれた言葉です。私自身も、自分のセクシュアリティを説明するときに『クィア』という言葉を使っていますし、本の中でもそういう言葉を使っています。でも同時に、いま自分がこういうふうにこの言葉を使うのはどういうことなのか、ということをずっと考えていて。この本で、また新たなヒントをもらえたような気がしました。

 ◇

知らなかった現実を知り、想像力を広げていくために、本は今も変わらず重要な手段のひとつです。クィアをめぐる社会や家族、言葉について考えるための入り口として、二人が紹介してくれた本をぜひ手に取ってみてください。

渋谷PARCO『PRIDE 2026』の一環として行なわれた公開収録の全編は、PodcastやYouTubeチャンネルで配信しています。



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