カーディ・B、Lil Nas XらのMVを手がけたタヌ・ムイノ監督。最新作PARCO広告に通じる「ポジティブさ」の源泉

カーディ・B、ハリー・スタイルズ、エルトン・ジョン&ブリトニー・スピアーズ、ケイティ・ペリーなど、錚々たる大物ミュージシャンたちのミュージックビデオ(以下、MV)を手がけてきた、ウクライナ出身の映像ディレクター、タヌ・ムイノ。Lil Nas X“MONTERO”のMVで昨年の『グラミー賞』にノミネートされるなど、世界でいまもっとも勢いに乗っている映像ディレクターといっても過言ではない。

そんな彼女が初めて日本企業の広告を制作した。2023年1月16日に公開された、PARCOの2023年春夏シーズン広告動画だ。本記事では、彼女がいま世界的な評価を得ている背景を代表的な作品群とともに紹介したうえで、最新作PARCOの広告動画の見所にも迫る。それらを踏まえて、独創的でポジティブな作風の魅力を考察していく。そこから見えてくる「個性の肯定」の源泉とは。

ウクライナの寓話「トンボとアリ」がモチーフ。ムイノが制作したPARCOの広告動画

タヌ・ムイノが制作したPARCOの2023年春夏シーズンの広告動画

日本の「アリとキリギリス」という童話だが、ウクライナでは「トンボとアリ」として知られる悲しい物語だ。あたたかい季節に歌や踊りを愉しんでいた遊び人のトンボは、厳しい冬で生命の危機を迎える。一方、夏に備蓄を整えていた働き者のアリは、冬をこすことができる。アリから支援を断られたトンボはようやく勤労の価値を学ぶが、ときすでに遅し……。

このシビアな寓話がポジティブな解放の物語に生まれ変わったと聞いたら、誰もが驚くだろう。「トンボとアリ」をモチーフにしたPARCOの2023年年間シーズンの広告動画「NEW DEPARTURE」は、サナギから羽化したトンボが新たな世界に出逢っていくショートムービーになっている。一方のアリは真面目にパソコン作業をしているが、今回公開されたのは前半となる春夏パートなので、物語が急展開する後半の秋冬パートにも期待したい。

地中海のマヨルカ島で撮影された本作を監督したのは、日本企業とは初コラボとなる世界的なMV監督のタヌ・ムイノ。多様なルーツのキャストたちがさまざまな衣服、ロケーションで踊り遊んでいく映像は、まさにコロナ禍の自粛規制がゆるんだ2023年の「NEW DEPARTURE(新たな出発)」を彩ってくれる。

この「NEW DEPARTURE」は、ムイノの作家性のひとつの総決算としても見ることができる。古典文学や芸術をポジティブに変換するストーリーテリング。「新たな出発」という普遍性と時事性をかねそなえたメッセージ。解放感に満ちたファッションと音楽、ダンスの脈動。映画的な奥深さ……こうした魅力は、ムイノが手がける世界的スターたちのMVと共通するものなのだ。

カーディ・Bからワンオクまで。幅広く手がけるムイノ作品の特徴と魅力とは

1989年にウクライナで生まれたタヌ・ムイノは2021年、アメリカの人気ラッパー、カーディ・Bの“Up”のMVで国際的に話題を集めた。

カーディ・B“Up”のMV

“Up”のMVは、フランスの写真家パトリック・マゴーを参照した墓地でのランジェリー姿、マリリン・モンローやTLCを模した未来的なキューティースタイルなど、アイコニックな画を連発させていく。この曲の全米ナンバーワンヒットとともにMVも注目されていき、世界中の人々の度肝を抜いたのだ。

「Up」を連呼する同曲と呼応するかのように、ムイノのキャリアはのぼり調子だ。2年間でコラボレーションしたスターは、ケイティ・ペリーからONE OK ROCKまで幅広い。

タヌ・ムイノが手がけたケイティ・ペリー“Small Talk”のMV

日本人アーティストの楽曲では初めて、タヌ・ムイノがMV監督を務めたONE OK ROCK“SAVE YOURSELF”

シンガー兼ラッパーのLizzo(リゾ)とカーディ・Bのコラボ曲“Rumor”のMVでも象徴されているように、ムイノの作風のインパクトは、クラシカルとポップネスを両立させた世界観にある。

加えて、カーディが参加したノーマニ“Wild Side”にも見られるように、センシュアルな魅惑、優雅にビートに沿うダンスシーンの演出も印象的だ。

リゾとカーディ・Bがコラボした“Rumor”のMV

ノーマニとカーディ・Bがコラボした“Wild Side”のMV

『グラミー賞』ノミネート作品で描いた、挑発的なクィアネスの意図

世界的なアーティストのMVを手がけてきたムイノだが、もっとも世に知られている代表作は、Lil Nas X(リル・ナズ・エックス)の“MONTERO (Call Me By Your Name)”だろう。

2021年にリリースされたこの曲のMVは、『MTVビデオミュージックアワード』の最優秀ビデオ賞を受賞し、『グラミー賞』の最優秀短編ミュージックビデオ賞にもノミネートされた。

Lil Nas X“MONTERO (Call Me By Your Name)”のMV

「君が闇に生きていようと ぼくは自分を偽れない 堂々と 罪を犯すためにここにいる 楽園にイヴがいなくても 君ならできるだろ」
- Lil Nas X“MONTERO (Call Me By Your Name)”

YouTubeで5億回再生を超える本作は、2020年代もっとも話題になったMVと言っていい。ここで描かれたのは、同性愛者であることをカミングアウトしたアーティスト本人の解放だ(※関連記事「過激で大胆な表現に込められた誇りと痛み。Lil Nas X『MONTERO』」)。

ムイノが画家のヒエロニムス・ボスを参照した世界観は、Lil Nas Xらしい光沢ポップネスが上塗りされた聖書モチーフ。

神がつくったエデンの園で同性の蛇に誘惑された主人公は「禁断」の関係を持ち、裁判にかけられて地獄に堕ちる。しかし、彼はそこでも自分を誇り、悪魔相手にセクシーなラップダンスを披露するのだ。

同性愛を「禁忌」とする向きのあるキリスト教の世界観で挑発的なクィアネスを描いたこのMVは、当然、激しい政治的議論を巻き起こした。

一方、ムイノが重要としたものは、センシュアルな描写ではなく、作中のすべての役をアーティストが演じていることだった。

「このビデオが語っているのは、Lil Nas X自身の物語です。己の解放を決断して、人々になんにでもなれると伝える。頭のなかや夢のなかで見せたい自分があるなら(旧約聖書のエデンの園で罪を犯した人間の)アダムにも、蛇にも、囚人にも、自分自身の裁判官にもなれる。うちなるものの開示を恐れなくてもいい」(*1)
-
タヌ・ムイノのInstagramより。2021年『UK Music Video Awards』にて、“MONTERO (Call Me By Your Name)」)”の最優秀ポップ・ビデオ賞(インターナショナル部門)などを含む計3部門にノミネートされた際の投稿

「ウクライナ出身」によって芽生えた信念。ポジティブな解放に満ちた作風が多いワケ

自己肯定とエンパワメントを重視する「MONTERO」論は、ムイノ自身にもあてはまるだろう。ウクライナで生まれ育った彼女は、自身の作風について、以下のように語っている。

「私の作品は、つねにとてもエモーショナルで、楽しいものになっています。ウクライナの歴史は悲しいものなので、より良いもの、より美しいなにかを見せたいのです。そうした表現は、人々にただ悪いものばかりに目を向けなくてもいい、とインスピレーションを与えられるでしょう」(*1)

ムイノの世界には、いつだってポジティブな解放に満ちている。2022年、英国バンドFoals(フォールズ)がウクライナに敬意を表するため彼女と制作した楽曲“2am”を観ても、その信念が伝わるだろう。

Foals“2am”のMV

そして、人々を鼓舞するムイノの作風を語るうえで、新たな代表作となったのが、2022年にメガヒットしたハリー・スタイルズの“As It Was”だ。

「重力がぼくを引き留めようとする 君の手のひらを差し出してほしいんだ」「わかってるよね 前とは違うよ」
- ハリー・スタイルズ“As It Was”

愛する人をあらたな一歩に誘い出すこのアップチューンは、新型コロナウイルス危機下の自粛規制が緩和した世相において、人々を街へといざなう「再出発」のアンセムとして受容されていった。

そうしたメッセージ性をより引き立てるのが、バービカン・センターやペンギンプールといったロンドンのランドマークを解放的に駆けめぐる映像だ。楽曲の内容とMVの物語性が相まって、2020年代を象徴する歌になったといえる。

ハリー・スタイルズ“As It Was”のMV

ゆくゆくはマーティン・スコセッシのようなキャリアも? 自身の夢に紐づく映画的な作品づくり

ストーリーテリングの巧妙さが垣間見えるムイノ作品は、今後もますます期待できるだろう。過去作においても、短編映画のような奥深いMVも多い。

なかでも世界最大のポップスター、ポスト・マローンとThe Weeknd(ザ・ウィークエンド)のコラボ曲“One Right Now”のMVは、まさに映画的といえる。

ポスト・マローンとThe Weekndのコラボ曲“One Right Now”のMV

歌の内容は浮気した恋人に対する自暴自棄な愚痴だが、映像のほうは、ジョン・ウー監督を想起させる1990年代アジア映画風ガンアクションになっている。トリッキーなギャップを含めて、ムイノ流のクールでユーモラスなセンスを感じられる。

映画的なMVもつくる背景には、「いつかミュージカル映画を監督したい」という自身の夢も関係しているかもしれない(*2)。

2019年にムイノが監督した、ロシアのグループ、СБПЧ(SBP4)の楽曲“Часы(CLOCK)”のMVが『ロミオ+ジュリエット』(1996年)のオマージュだったように、ムイノが敬愛する映像作家はバズ・ラーマン監督だ(*2)。

СБПЧ “Часы”のMV

もともとMV畑での経験を持つ著名な映画監督は珍しくない。ムイノをMVに目覚めさせた存在はマイケル・ジャクソン(*3)だが、彼の代表作“BAD”のMVを監督した人物も、現代映画史を代表するマーティン・スコセッシである。

ムイノの夢であるミュージカル映画づくりが本格化すれば、ゆくゆくは偉大な映画監督として名を馳せる未来もくるかもしれない。

「服とはムード、音楽とはエモーション」。どの作品にも共通するのは、ファッショナブル

ここまで挙げてきたように、あらゆるMVを手がけてきたムイノだが、多くの作品に共通しているのがファッショナブルな点だ。ムイノいわく「服とはムード、音楽とはエモーション」(*4)。彼女のMVは、この二つを躍動させる。

アーティストがMVに出演していないエルトン・ジョン&ブリトニー・スピアーズ“Hold Me Closer”は、その魅力を強く感じさせる作品だ。

一見、ファッションムービーのような構成だが、軽やかな衣服とメキシコ建築がかもしだすムードは、ダンスとともに音楽のエモーションを感動的にまで引き立てている。まさに、ムイノにしか演出できない音楽の豊穣がそこにある。

エルトン・ジョン&ブリトニー・スピアーズ“Hold Me Closer”のMV

映像作品のなかでムイノならではのファッション性を表現できるのは、彼女自身がモデルやスタイリスト、フォトグラファー、アパレルブランド運営などを経験してきたという背景も大いに影響しているのだろう(*2)。実力者が揃うMV監督業界でも、彼女ほど熟練した服の映し手はいない。

その証明として、2021年にラグジュアリーブランド「GUCCI」の広告動画も手がけている。本作においても、ブランドの個性を活かしながら見事な作家性を発揮している。

そんなムイノの最新作が、冒頭で紹介したPARCOの2023年の年間シーズン広告動画だ。ここまで述べてきたムイノらしさが全開で、ファッショナブルかつストーリー性に富んだアプローチが盛り込まれた内容になっている。

前述のLil Nas X“MONTERO”のように、歴史的に知られる物語が多様な個性を肯定し祝福する「ポジティブな解放」のコンセプトに転換されている。多様なルーツのモデル陣が織りなす空間には、ハリー・スタイルズ“As It Was”で描かれたような、コロナ禍の抑圧から抜け出した先の「新たな出会い」が広がっている。

そしてもちろん、エルトン・ジョン&ブリトニー・スピアーズ“Hold Me Closer”と同じく、脈動するのは、音楽のエモーションであり、ファッションのムードだ。贅沢で奥深き映画のような映像を目にすれば、ポジティビティーに突き動かされて、街に出たくなるに違いない。

*1:GQ「The Ukrainian Filmmaker Behind Harry Styles’ “As It Was” Video on the Invasion, the Grammys, and Growing Up in Odessa」より
https://www.billboard.com/music/pop/tanu-muino-lil-nas-x-montero-director-interview-9553409/

*2:BFI「Tanu Muino has conquered the music video world – and she’s just getting started」より
https://www.bfi.org.uk/sight-and-sound/features/tanu-muino-music-videos%E2%80%93lil-nas-x-cardi-b

*3:shots「Playlist: Tanu Muino」より
https://shots.net/news/view/playlist-tanu-muino

*4:METAL「Jealousy - All about mood」より
https://metalmagazine.eu/en/post/interview/jealousy-all-about-mood

プロジェクト情報
「NEW DEPARTURE」

季節の美しさを謳歌するトンボ。
生きるために働きつづけるアリ。
二人は出会い、新しい世界に旅立ちます。

四季を通して紡がれるのは、
窮屈さを乗りこえ、新しい道をさがす物語。
わかり合い、与え合うことで見つかる、美しい世界。

そこで出会う刺激とインスピレーションが、
人生にみずみずしく彩りをそえる。
いま、新しい出発を祝福しよう。
プロフィール
Tanu Muino (タヌ・ムイノ)

映像監督、フォトグラファー。1989年、ウクライナ生まれ。ウクライナの最高のパフォーマンスを祝うアワード『YUNA』にて、2016年から2018年まで3年連続でBest Video Clipを受賞。2018年にはウクライナの音楽番組『M1 TV』が主宰する『M1 Music Award』で、監督したMONATIK のMV『LOVE IT ритм』がMusic Video Maker of the Yearを勝ち取る。2022年には、Harry Stylesの『As It Was』のMVを手がけるほか、Lil Nas Xの『MONTERO (Call Me By Your Name)』でグラミー賞の最優秀ミュージック・ビデオにノミネートされる。1990年代の映像作品やダンスなどのカルチャーにインスパイアされたユーモアのあるハイパーリアルな世界観を自身の作品に落とし込んでいる。



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