ルールを考え直すことは創作的で楽しい。安堂ホセがスポーツをテーマにした『獣走』で伝えたかったこと

走りたくなる衝動、両手両足で走る新しいスポーツ、ルールとは何か──。『DTOPIA』(河出書房新社)で第172回芥川賞を受賞した安堂ホセ。受賞後第1作となる『獣走』(KADOKAWA)は、著者が初めて挑んだエンタメ小説だ。

ごく普通の会社員・高木サニーは、ランニング中にふと坂に手をついたことをきっかけに四足歩行に興味を持ち、「獣走」という新しいスポーツと出会う。仲間内の遊びから始まった「獣走」は徐々に広がり、やがてルールの策定を迫られる。新しいスポーツを生み出していく過程でサニーたちは、「ルールとは何か」「スポーツの本当の面白さとは何か」を問いはじめていく。

制約や抑圧といった、安堂がこれまで発表してきた作品のテーマを引き継ぎながら、より多くの読者に届くかたちを探ったという本作。スポーツという身近な題材に託したものと、ルールや抑圧との向き合い方を聞いた。

これまで書いてきたテーマを、よりハードルなく読んでほしい

─本作は四足歩行で行う「獣走」という新しいスポーツを、ルールを決めるところから作っていくことが物語の軸になっています。獣走という競技の着想はどこから生まれたのでしょうか。

安堂ホセ(以下、安堂):獣走という競技も、最初はパッと思いついた感じでした。四足歩行のアイデアも自分でイチから考えたというよりは、両手両足で歩くことが人間の自然な動作のなかで、まだあまり解禁されていない部分である気がなんとなくしたんですよね。

たとえば子どもってハイハイしますよね。そうでなくても、動物になりたいという軽い気持ちでビーチや原っぱを駆けてみた経験はきっとみんなあるはず。そういったことを考えながら、最初はけっこう軽はずみに書き始めた気がします。

─『DTOPIA』 で芥川賞を受賞されたりと、いわゆる純文学のフィールドで書かれてきた安堂さんですが、今回はエンタメ寄りで、とても読みやすい作品になっています。なぜエンタメ小説として『獣走』を書いたのでしょうか。

安堂:これまで書いてきた小説も、いろんな方が読んでくれました。ただ、小説は好きだけれど、人を殺傷する描写や性描写、あるいはその両方が合わさったシーンがつらいという方もいて、つらいながらも私の作品を読んでくれている方もいる。

だから、いままで書いてきたテーマの延長にありながら、スポーツの話にすることで、同じような内容をよりハードルなく、いろんな方に読んでもらえるんじゃないかと思い、スポーツをテーマに据えました。

ただ、最初からスポーツの話にしようとは考えていたのですが、特定のスポーツというよりも、スポーツそのものを小説にしたいと思っていたんです。 だから、エンタメ小説というかたちで、新しいスポーツを生み出す『獣走』という物語を書きました。

安堂:エンタメをやろう、純文学をやろうというのは、自分で決めるというよりも、編集の方や出版社の性質による部分もあるんです。デビューしたのが河出書房新社という純文学のところだったので、純文学として紹介されて、そういうかたちになっていた。今回の担当の方はKADOKAWAで「エンタメをぜひやりましょう」と言ってくれたんです。だから、やりたい小説のなかでも、この「獣走(仮)」ならエンタメとして合うんじゃないか、というふうに決めました。

─絶対に純文学をやりたい、というこだわりはなかったんですね。

安堂:というか、最初に『ジャクソンひとり』(河出書房新社)という小説を文学賞に応募をするとき、候補にしていたのが河出書房新社の『文藝賞』と、KADOKAWA の『横溝正史ミステリ&ホラー大賞』だったんです(笑)。

エンタメ小説ど真ん中の賞と、純文学のなかでもコアな賞、その二つがなぜか自分に合いそうだと思ったんです。いま思えば、極端すぎるものって、似てくるのかもしれないですね。だから最初から、エンタメと純文学どちらの可能性も全然あったんです。

スポーツはフィクションっぽい。スポーツと文学の交差

─作中にも主人公やそのパートナーが文学賞について話す場面も出てきます。スポーツ的なものと、芥川賞のような文学の世界が重なっているようにも感じました。

安堂:文学だけではなく、世の中のいろんなものがスポーツに似ているという気がします。というか、スポーツすらも「スポーツ的な何か」の構造下にあるだけですよね。いまスポーツと呼ばれているものも、それが本当の姿とは限らないと思う。

作家である自分にとっては、スポーツってすごくフィクションっぽいですね。たとえばバスケットボールやサッカーでも、よく考えたらゴールがある意味もよくわからないし、すごく熱狂させられる一方で、まったく何も起きていない感じもする。ただカゴや枠をボールが通過していっただけで、コートには何も残らない感じとかね。何かを見立てて、架空のものとしてルールを一から作り直してみる。それはフィクションを作ることとも似ています。

安堂:観客がたくさんいて、みんなが均一なスタートから一生懸命何かを頑張って、優劣をつける。それは本来、スポーツにとっても本当の姿ではないし、文学にとってもそうではない気もしますが、そうしたスポーツ的な構造の影響下に、芥川賞もあるんじゃないでしょうか。

この小説はスポーツの小説であると同時に、スポーツを諦めた人の小説にもなりました。スポーツを諦めていた人が、別のかたちでもう一度身体を動かし始める。どういう理由でスポーツを諦めていたのかということも、前半の大きな要素になっています。だからそうした部分が小説や表現を諦めている人にもクロスオーバーして、主人公たちから応援ができるんじゃないかと思って、文学についての話も少し交えました。

サニーの「ノリ」が、スポーツの臨場感を運んでくれた

─獣走という新しいスポーツが身体性や臨場感とともに描かれていて、グイグイと読んでしまいました。試合の場面など、スポーツを文章で伝えるために工夫したことはありますか。

安堂:サニーという主人公の設定と語りが決まったことに、すごく助けられました。この人はめちゃくちゃいいやつだし、話がわかりやすい。たぶんいままで書いた人物のなかで一番おしゃべりが上手で(笑)。わからないことを素直にわからないと認めるところもある人だと思います。

安堂:小説は読者を引き連れて走るマラソンだという言い方があるじゃないですか。語り手のなかには、ガンガン先頭を走っていく主人公もいるけれど、サニーは「疲れた」と言って休憩したり、わからなかったら立ち止まったりする。書いているうちにそうなったのか、この語りに引き出されてそうなったのかはわからないけれど、それで一気に書きやすくなりました。

描写がうまいかどうかというより、誰のノリを使うかが大きかったんだと思います。そこは自信があるというか、いい感じなんじゃないかなと思っています。書いていても無理なく書けました。

─以前のインタビューでも、主人公の声が決まったから書けた、とお話しされていました。今回は主人公であるサニーがカチッと決まった、と。

安堂:サニーがカチッと決まりましたね。最初は、夕方に走りたくなる気持ちについて、デッサン的に書いていったんです。社会人がいて、会社を抜けて走り出すシーンを、三人称で書くか一人称で書くかを試したりしながら。

その時点ではまだ明確に「サニー」という感じではなく、全部がもう少し溶けている感じでした。そこから、この肉感的な感じならいけそうというのがなんとなく出てきて、サニーについて行った。

─人物を先に決めるというより、気持ちを書いていくなかで人格が立ち上がってくるんですね。

安堂:夕方のそわそわする気持ちみたいなものを書いてかたちにしていくと、人格になってくる感じですね。デッサン的に主人公のことを書いていったのは執筆の最初期のことで、そのパートもたぶんそのまま入っています。

身体を動かすことで、自分のありたい身体や生き方を叶える

─最近はランニングコミュニティが流行していたり、クロスフィットやHYROX(ハイロックス)といった新しいスポーツが生まれたりもしています。そうした社会の空気も意識されましたか。

安堂:身体を動かしたい気持ちは、やっぱり普遍的だと思っています。ただ、小説のなかにも出てきますが、運動をするなら何かのスポーツでなければいけないような感じがあるじゃないですか。身体を動かしたい気持ちがあると、人はスポーツを必要とする。でも、スポーツを諦めてしまった人には、それができない。そのことがこの本を書く最初のきっかけにもなっています。

クロスフィットやHYROXはちょうど執筆中の時期に少しだけやってみたことがあるんです。特にクロスフィットは、分解した動作を組み合わせて、カスタムしていくことができるのがすごく面白かった。勝ち負けというよりも、自分の人生をこうしたい、自分の身体がこうありたいというものを叶えるための手段として、みんなが使うようになってきていますよね。

安堂:『獣走』の主人公たちは私と同じ世代なのですが、彼らはそういう気持ちで獣走をしていくんです。いま二本の足で立っている自分ではない姿が、本当の自分なんじゃないかという根拠のない理想に駆られていく。

それは、セクシュアルマイノリティの人が「自分の身体の使い方はこうではないんじゃないか」と思う気持ちとも重なるところがあって。そういう意味では、いままで書いてきたテーマとずっと変わっていないといえば、変わっていないんです。

すでにあるものを作り直すことは、創作的で楽しいこと

─既存のスポーツではなく、自分たちでスポーツを一から作っていくところが面白いと感じました。競技のルールを作ることは、小説のプロットを作ることにも似ているのではないでしょうか。

安堂:何かを作ることは、素直に素晴らしいと思うんです。新しいものを作ること、新しいことをやることを、素朴に応援する小説にしたかった。スポーツのルールを作ることはプロットを書くのとも似ていると思いますし、小説を作ることともそんなに違わないと思います。

本来のスポーツの姿と、本来の表現やアートの姿も、そんなに変わらないんじゃないかな。アートのグループ展ではないですが、ささやかな完成や、現状の発表をするというテンションでスポーツを作っていってもいいのではないかと。

─ガチガチのルールのなかで勝ち負けを競うのではなく、やってきたことや自分の身体の表現を披露する場としてスポーツをとらえているんですね。

安堂:そうそう。よく言われるように「スポーツは人生に似ている」のなら、血と汗と涙だけがすべてな訳ないよね。

「獣走」のようにスポーツを辞めてしまった人たちが新しいスポーツを作るとなると、ルールが考え直されるきっかけになるし、さらに参加する人が増えれば、またルールを見直すことになる。

新しい人がやってきて、今あるものをアレンジしたり、新しく作り直したりするのは、面倒くさいことでも、苦痛なことでも、迷惑がかかることでも全然ない。むしろめちゃくちゃ創作的で楽しいことなんだよ、というのを書きたかった。

─ルールというものは、ときにはその人を縛る制約にもなると思います。目に見えないものに縛られることは、これまでの作品でも安堂さんが書かれてきたテーマのひとつだと思いますが、ルールや、外側から人を縛るものについてはどう考えていますか。

安堂:これまでの作品で描いてきた制約や抑圧やルールと同じで、スポーツのルールも人間が作っている。ということは、同じ人間が参加して作り直しても全然おかしくないですよね。

獣走をしている主人公たちは、勝ち負けに必死になることも諦めていないし、でも遊びの要素も手放さないんです。彼らがやっているのは、たぶん「スポーツ」という言葉のそもそもの意味をさがすような行為なんだと思います。

─とはいえ、普段はルールや抑圧をあまり意識せずに過ごしている人も多いと思います。それに気づき、クリエイティブに変えていくためには何が必要でしょうか。

安堂:社会の仕組みはもう変えられないし、そこから出られない、ということもあるじゃないですか。でもたとえばスポーツのルールなら、何もないところから1人で作り始めることもできますよ。

ルールに気づかないのも、それで幸せならいいと思うんです。でも、いまの状態がなんだか居づらいと感じるなら、何らかのかたちで存在しないものに触れる方法を探ってみたり、自分の手の及ぶ範囲で一から何かを作ってみたりするのはいいかもしれない。

服を選ぶことだって、一から自分で何かを決めるという意味では創作的ですよね。何をするにしても、実は気づいていないだけで自分でルールについて考えたり、それを変えていっているはずだと思います。

排外主義が強まるいまだからこそ、明るくて楽しい小説を

─最後に、この作品を読者にどんなふうに読んでほしいですか。

安堂:この小説をエンタメ寄りの作品にしようということと同時に考えていたのは、いま排外主義がすごく強まっているからこそ、逆に奔放なエネルギーの、明るくて楽しいだけの小説を書きたい、ということでした。それをぶちまけたら、すごくスッキリするだろうな、と。

芥川賞を取ったときも、結果的に排外的な空気を加速させてしまった面もあるので(笑)。 私のことをナニジンかわからない、なんか 攻撃的な小説を書いている人がいる……と思った人が寄り付かなくなった場所で、もし彼らが知ったら拍子抜けするぐらい楽しい小説を書けたらすっごく平和だろうなと思ったんですよね。どちらにとっても。

安堂:なのでこの作品の裏テーマは、いわゆるエンタメ小説という日本に昔からある風土に、これまで僕が書いてきた人たちを融合させるということだったんだと思います。

だからいままで以上に、普通のシーンや普通の設定をたくさん入れています。居酒屋で喋る場面なんて今まで書いたことがなかったし、オフィスのシーンも、隣の席の人と「昨日の合コンどうだった?」みたいなよくある普通のやりとりを書いてみました。そういう日本の昔からある光景みたいなものをこの登場人物たちでやったら、きっとそれだけで特別なものになると思うから。当事者の人にも、「日本での普通の人生」というのをイメージしてもらいやすいだろうし。

とにかく、この小説を書くことが本当に楽しかったので、どんなふうに読んでもらえるかが楽しみです!

書籍情報
『獣走』

著:安堂ホセ
発売日:2026年9月30日
発行:KADOKAWA
価格:2,200円(税込)
プロフィール
安堂ホセ

1994年、東京都生まれ。2022年『ジャクソンひとり』で第59回文藝賞を受賞しデビュー。同作は第168回芥川賞候補となり、フランス語版「Juste Jackson」は2024年にマルキ・ド・サド賞の候補となった。2023年刊行の『迷彩色の男』も第170回芥川賞候補となり、2025年『DTOPIA』で第172回芥川賞を受賞。



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