世界へ、いまここから。 ——クリエイター支援基金が支える、日本の次世代の才能たち

個人の創作は世界に届くのか?ひらのりょう×かつしかけいたが語る海外挑戦のリアル

日本のアニメーションやマンガが世界中で熱狂を生む現在。その一方で、個人での活動をベースとするインディペンデントなクリエイターが自力で海外進出を果たすには、資金や言語、コネクションなど数多くのハードルが存在する。「自分の作品を海外へ届けるにはどうしたらいいのか」——そんな孤独な闘いになりがちな作家の思いを後押しし、世界への扉を開く取り組みがある。

アニメーション作家のひらのりょうと、マンガ家のかつしかけいたは、「クリエイター支援基金」による2つのプロジェクトを通じて、それぞれ海外での活動を経験した。短編アニメーション作家を対象に、企画開発から海外展開までを一体的に支援する「New Way, New World: Program for Connecting Japanese Animators to the World」(以下、NeW NeW)と、マンガ家や編集者のグローバルな展開を支援する「Manga International Network Team」(以下、MINT)だ。

インディペンデントな活動をベースに、新たな道を切り拓こうと模索する、ひらのとかつしか。2つのクリエイター支援プログラムは両作家にどのような影響を与えたのだろうか? 映画祭やコミックイベント、海外の観客や読者との交流、自作のプレゼンテーションなど、クリエイター支援のプロジェクトを通した海外での経験を振り返りつつ、作家としての「これから」を語ってもらった。

創作は「個人的な引っ掛かり」から始まる

―まずはお2人の作品制作について教えてください。ひらのさんはアニメーションやマンガなど、さまざまな作品を発表されていますが、どのようなスタンスで制作をされているのでしょうか。

ひらのりょう(以下、ひらの):僕が普段作っているアニメーションはインディペンデントな作品であり、商業的なシーンからはかなり遠いところにあると自覚しています。経済的に大きなプラスをもたらすものでもないので、ときどき自分でも「僕はいったい何をやってるんだろう?」と思ったりします(笑)。でも、それは言い換えれば、純粋に「作りたくて作っている」ということでもあるので、個人的な思いや経験を作品にこめられる。実際、日常のなかで感じた、極めて個人的な引っ掛かりを起点に創作が始まることが多いです。

ひらの:例えば、NeW NeWで企画・制作中の新作アニメーション『NIGHT IN THE EYEWALL』も、長野県富士見町に活動拠点を移した経験がアイデアの種となりました。家族旅行中、ある少年が交通事故で鹿が角を失う場面を目撃するところから物語が始まるのですが、これは僕が実際に近所で車を運転していて、鹿を轢きそうになってしまった経験にもとづいています。

―かつしかさんはマンガを中心に、イラストのお仕事なども手がけられています。活動を開始した当初から、現在のようなスタンスだったのでしょうか。

かつしかけいた(以下、かつしか):私は、2010年前後からマンガを描き始めたのですが、最初はある程度の長さのあるストーリーものではなくて、1コマで完結する、イラストとマンガの中間のような作品を描いてはTumblr(※)にアップしていました。内容は、下町と呼ばれる東京の東側のエリアの風景と人です。それを見てくれた方からお声がけいただき、雑誌でイラストを描いたりと商業的な仕事も徐々に増えていきました。

※ブログとSNSの機能を合わせた、写真や動画などを自由に投稿・共有できるマイクロブログサービス

かつしかは街の風景などを題材に多くのマンガやイラストを発表している

―そうした活動が、まさに東東京を舞台にしたマンガ作品『東東京区区(ひがしとうきょうまちまち)』(リイド社)へとつながっていったわけですね。

かつしか:はい。担当編集者さんからお声かけいただいたときには内容がまだ決まっていませんでした。だったらこれまで同様、東京の東側を舞台にした作品を描かせてもらおう、と。私自身、東東京で育って、現在もほぼ同じエリアに住み続けていることもあり、ちょっとずつ町の風景や住んでいる人の顔ぶれが変わっていくところに、長らく定点観測的な面白さを感じてきました。これを、マンガのかたちで読者の皆さんと共有できたら、という思いで続けています。

10分ほどのアニメーション制作に数年がかかる。1人の活動では得られないものを求めて支援プログラムへ

―NeW NeWは公募というかたちをとっていますが、ひらのさんが、このプログラムに手を挙げられた理由は何だったのでしょうか。

ひらの:僕のような個人でアニメーションを作っている人間からすると、1本の作品を作り上げるだけでも非常に大変なことなんです。わずか10分〜20分ほどの作品を作るのに何年もかかるうえに、それが完成したとしても、それほどお金になるわけでもありません。つまり、根性だけでやっていくには過酷すぎる現実がある。

でも、NeW NeWのようなプログラムに参加できれば、ものづくりのための環境作りをはじめ、さまざまなバックアップを受けられます。また、世界各国で開催されているアニメーションの映画祭に参加して、プロデューサーや配給関係者などとつながることができれば、自作を上映する機会を得られるかもしれません。正直、応募したときはそういったことまでは考えていなかったのですが、ダメ元で「えいや!」と応募したら、運よく採用していただきました。

―MINTはマンガ家・編集者を選出して海外展開の支援を行っています。かつしかさんはMINTに選出された際、どのように感じましたか。

かつしか:新たにスタートするプロジェクトの第一期生だったこともあり、「自分は、ここで何をすることになるんだろう?」というのが正直な気持ちでした。一方で、海外のコミックイベントに参加する、という説明があり、大いに心惹かれました。10代の頃から海外コミックを熱心に読んでおり、作風的にも影響を受けていましたから。

なんといっても、『東東京区区』の表紙デザインは、ベルギーのバンド・デシネ作家(※)である、エルジェの代表作『タンタンの冒険』にオマージュを捧げているくらいですからね。実際、海外で活動したときに私の本の表紙を見て「あ、これ『タンタン』だよね。いいね」と言ってくれるお客さんがたくさんいて、「ああ、この場には、同じマンガを好きなもの同士が集まっているんだな」という感動がありました。

※バンド・デシネは、フランスやベルギーをはじめとするフランス語圏のマンガ。日本の漫画やアメリカン・コミックスと並ぶ世界的なコミック文化

海外イベントの熱気。映画祭とコミックイベントの現場で目にしたもの

―プログラムの一環で、ひらのさんはヨーロッパと北米ツアーを、かつしかさんは北米ツアーをそれぞれ敢行されたそうですが、現地では主にどのような活動をされたのでしょうか。

ひらの:特に印象に残っているのはアヌシー国際アニメーション映画祭です。この映画祭はフランス南東部の都市アヌシーで毎年6月に開催されていて、世界最大規模のアニメーション国際見本市「MIFA」も併設されています。NeW NeWでの活動のひとつとしてこの映画祭に参加し、これから海外で活動するにあたって協力してくれるパートナーを探すというミッションのもと、自作のプレゼンテーションに臨みました。

ひらの:スピーチの持ち時間は10分間。自分が作りたい作品とはどういうものなのか。それを見た観客は、どんな気持ちになるのかなど、自作に対しての考えを具体的、かつ戦略的に言葉にしなくてはなりません。これまで自分は、そんなことをやったこともなければ、やる必要があると考えたことすらもなかったので大変でした。くわえて、当然英語でそれをやり通さなければならなくて。

かつしか:私も、言葉の面ではとても苦労したので、気持ちはよく分かります……。パネルトークの際、翻訳はこちらからの発言のみで、相手の言葉はそのまま翻訳なしで話をする場面もあり、英語を聞き取るのに必死になったりもしていました。ひらのさんが英語のみでプレゼンテーションをされたのはほんとうにすごいです。

ひらの:プレゼンテーションは、下手でもいいからお客さんの顔を見ながら自分の言葉で話せるように工夫と練習を重ねましたね。そのおかげもあり、100%の出来には程遠いものの、なんとかやり通すことができました。プレゼン後はいろいろな人に声を掛けてもらったり、パーティーに招いてもらったり、SNSのアカウントを交換して友だちになったりと、素敵な出会いがたくさんあり、楽しく実りある経験でした。

かつしか:私は、2025年はオハイオ州コロンバス、2026年はカナダのトロントに行きまして、同地でのコミックイベント、カートゥーン・クロスローズ・コロンバス(CXC)とトロント・コミック・アーツ・フェスティバル(TCAF)に参加しました。いずれの会場でもMINTでブースを出していたので、ほかのMINTの作家さんたちと一緒に、それぞれ自分のマンガの一部を英訳してまとめたサンプル本を配布しつつ、お客さんたちと交流をしました。

かつしか:コミックイベントでは、MINTから参加した作家同士や、ときには海外の作家さんたちを交えて、3、4人でパネルトークもしました。客席からの質問もバンバン上がるなど、非常にリアクションが大きかったのも印象的でした。

―どのような質問が多かったですか?

かつしか:私の場合は『東東京区区』で、異なるバックグラウンドを持つキャラクターを描いているので、そうしたキャラクターを描く理由や、それに対する日本国内での反応はどうだったか、といった質問が多かった気がします。トークが終わったあとも、直接話しかけてくれる人や、「自分もこういうマンガを描いていて」と自作を手渡してくれる人などもいて、現地のマンガファンたちの発する熱気を肌で感じることができたのもよい思い出です。

どのようにお客さんに届けるか。海外の出版事情や映画配給を学ぶレクチャーも

—それぞれのプログラムにおいて、海外の市場理解や展開戦略に役立ったレクチャーやメンタリングはありましたか?

かつしか:MINTがスタートしてから、まず最初にアドバイザーの方たちの講義が何回かあり、そこで北米の出版事情や、日本のマンガ出版との仕組みの違いなどについてレクチャーを受けました。ほかにも、北米での「MANGA」「コミックス」「コミックブック」「グラフィックノベル」などの言葉の意味や使われ方など、ジャンル分けに関する話も非常に興味深かったです。

日本と北米、特にアメリカとの違いで特にびっくりしたのは、図書館の影響力の大きさです。日本の図書館ではそこまでマンガが重視されている印象を受けませんが、アメリカでは選書が戦略的に練られていて、実際に読者とマンガとの出会いの場として図書館が重要な位置を占めているそうです。そうした話を事前に聞いていたこともあり、CXCの会場だったオハイオ州立大学のマンガ専門図書館(※)で昔の新聞マンガなどの貴重なコレクションを解説を受けながら見学できたのはとてもよい経験でした。

Billy Ireland Cartoon Library & Museumを指す。オハイオ州立大学はアメリカにおけるコミックス研究の拠点で、コミックスに関する世界最大規模のコレクションを有する専門図書館と、ミュージアムを持つ。

ひらの:NeW NeW組も、海外からアドバイザーが来日して、直接レクチャーを受ける機会がありました。個人的には、フランスのアニメーション制作会社Miyu Productionsの配給を担当しているMiyu Distributionの方たちのお話が特に印象に残っています。配給の仕組みなどは、普段アニメーションを制作しているだけの自分には完全に抜け落ちている領域なので、創作以外の観点から「どうやって観客に届けるか」ということを考えるきっかけとなり、視野が大きく広がったように思います。

それから、映画祭がどのように成り立っているのかについてのレクチャーも非常に勉強になりました。インディペンデントなアニメーションはどうしても上映の機会が限られてくるので、映画祭はジャンルにおける重要な起点であり、なくてはならないものなんです。一方で、実際に現場に立ってみて実感したのは、映画祭はそうしたある種のビジネス的な側面もありつつも、根本のところではアニメーション好きのためのお祭りである、ということです。同好の士が集まって、作品を見たり、意見を交換したり、新たな仲間をつくってパーティーをしたりする——そういう「楽しい場」であることが大前提なんです。だから、普段は家にこもってコツコツ作品を作っている作家たちが、ここぞとばかりにはっちゃけるという(笑)。

作品の「届け先」が具体的になった。海外読者の顔が見える経験

―海外での作品展開について学んだり、実際に海外で活動するなかで、ご自身の表現自体には何か変化が生まれましたか? 例えば、海外に作品を届ける際に、制作スタイルや表現自体を変える必要というのもあるのでしょうか。

かつしか:私がお話を聞いたMINTの海外アドバイザーは、「わざわざ作品を北米仕様にする必要はない」と強くおっしゃっていました。つまり、北米で作品が読まれるからといって、ことさら北米の読者に合わせたりおもねる必要はない、ということですね。これはレクチャーを受けたなかで印象に残っていることのひとつです。

実際に海外で活動して、かの地の読者の方たちの反応を目の当たりにしたり、言葉を交わしたりするなかで、「ああ、こういう人たちがマンガを読んでいるんだ」と知れたことは大きかったように思います。海外における、自分にとってのマンガの届け先がより具体的になった。これは、今後の創作を続けていくうえで、ひとつの大きな指針になると思います。

ひらの:映画祭は、とても幅広い画風のアニメーションが一堂に会す場なんですよね。本当に、みんなそれぞれぜんぜん違うスタイルで、己の道を突き進んでいる。なかには、僕が言うのもなんですが「いったい、どういうつもりでこれを作ってるの?」と聞きたくなるような、ぶっ飛んだ作品もあります。

そんな人たちの作品を見たり、作家本人と話したりしていると、そんなつもりはなかったけれども、自分のなかで凝り固まっていた価値観がほぐされていくような感じがして。「僕自身も、もっともっと自由にできるんじゃないか?」「うん、できるはずだ!」と鼓舞されるようなところもありました。

個人で海外に行くのとは密度の高さが違う。強制的に自分の殻を破らされる支援プログラムの日々

―最後に、これから海外展開を考えているクリエイターに向けて、NeW NeWやMINTのような支援プログラムを活用する意義について、あらためて教えてください。

かつしか:まずは、個人レベルでは絶対に不可能なことを、このプロジェクトを通して経験させてもらったということは間違いありません。それから、少なくとも北米のマンガシーンに関しては「もうこれ以上の人たちはいない!」というくらいのスペシャリストがアドバイザーとして参加してくださっていたので、あとはここで学んだことを糧に自ら結果を出すしかない、という感じでしょうか。

ひらの:同感です。僕も、ただのお客さんとして映画祭に行っていたら、こんなにも密度の高い経験はできなかったはずですから。

かつしか:実際に作品を海外で展開するということに関してはこれからの話なので、まだ未知の領域ではあります。しかし、先ほどもお話ししたように、このプログラムを通して「読者」の存在が具体的にイメージできるようになったことのメリットは、個人的にはかなり大きいと感じています。海外の読者に自分の作品を届けたいという気持ちを持っている方には、これだけでも十分に参加する意味があると思いますね。

ひらの:NeW NeWのプログラムには、自作の制作過程を関係者に開示して、フィードバックをもらうというプロセスがあります。でも、インディペンデントのアニメーション作家って、個人で作業している人も多いので、そういうことが苦手な人もけっこういると思うんですね。

途中経過を人に見せるのって恥ずかしくて嫌じゃないですか。「もっと、出来が良くなった状態をみてもらおう」とか、「本当はもっと面白いんですよ」などと自分の作品をつい必要以上に擁護してしまったりしがちですが、NeW NeWではそんなふうに格好をつける暇は一切与えられませんでしたし、それがよかったなと。

プログラムに参加したことで、いい意味で、強制的に自分の殻を破らされるような機会がたくさんあったように思います。だって、英語ができるかどうかとか無関係に、いきなり海外に行って英語でプレゼンしてきてください、みたいなことを普通に言われるわけですからね。でも、失敗できる環境の素晴らしさ、というのも今回学んだ大事なことです。仮に失敗したとしても、その経験自体に意味がある。少なくとも自分は、ちゃんと失敗できる場をいただいたことで、これまでビビってできなかったことにも挑戦できるマインドを獲得することができたように思います。あとは、かつしかさんがおっしゃるように、僕も日本だけではなく、海外でも多くの人に作品を観てもらえるように頑張りたいですね。

プロフィール
ひらのりょう

アニメーション作家・マンガ家。1988年埼玉県春日部市生まれ、長野県富士見町を拠点に活動。フルカラーコミック『FANTASTIC WORLD』(リイド社)など、人間と人間以外のあわいをテーマに作品を発表している。また、アニメーション作家として、オリジナルの短編アニメーション作品『パラダイス』(2014)や『KRASUE』(2021)などで国内外のアニメーション映画祭に参加。NHK「みんなのうた」のアニメーション制作なども手がける。

かつしかけいた

東京都葛飾区出身・在住のマンガ家、イラストレーター。2010年代より同人誌『ユースカ』『蓬莱』などに漫画を発表。2022年より『東東京区区』を連載。イラストレーターとしても雑誌や書籍の装画などを制作する。

サイト情報
クリエイター支援基金
文化庁の補助金により日本芸術文化振興会に設置された基金。国内外で活躍するクリエイターの育成およびそのための文化施設の機能強化を弾力的かつ複数年にわたって支援している。令和7年度からは、教育機関や企業・関係団体による育成プログラムの構築・実践を支援する「クリエイター等支援事業(育成プログラム構築・実践)」もスタート。このほか、経済産業省の補助金による「クリエイター・事業者海外展開促進事業」も行われている。


記事一覧をみる
フィードバック 0

新たな発見や感動を得ることはできましたか?

  • HOME
  • Art,Design
  • 個人の創作は世界に届くのか?ひらのりょう×かつしかけいたが語る海外挑戦のリアル
CINRA Inspiring Awards Edition 2026

Special Feature

CINRA Inspiring Awards Edition 2026

これからの時代を形づくる作品の創造性や芸術性を讃えるCINRA Inspiring Awards。審査員6名(朝井リョウ、おかざき真里、大島依提亜、三宅香帆、吉田恵里香、山中遥子)に、意欲あふれる作品を選出していただいた。

詳しくみる

CINRA JOB

これからの企業を彩る9つのバッヂ認証システム

グリーンカンパニー

グリーンカンパニーについて
グリーンカンパニーについて