壮絶な貧困が生んだ、オンリーワンなチャップリンの喜劇に迫る

「かたり」のプロがうらやむパントマイムの王様・チャップリン

喜劇王チャーリー・チャップリンが監督・主演・脚本・音楽などを手がけた映画『黄金狂時代』(1925年)が、『新日本フィルの生オケ・シネマ』シリーズ第3弾として、5月26日、すみだトリフォニーホールにて上映される。また、この公演に先立ち、4月1日に同会場の小ホールにて、タレント・俳優の山田雅人による『かたりの世界~チャップリン物語』公演が開催された。

映画『黄金狂時代』のチャップリン / The Gold Rush ©Roy Export S.A.S.
映画『黄金狂時代』のチャップリン / The Gold Rush ©Roy Export S.A.S.

山田雅人の『かたりの世界』は、山田がライフワークとしている公演。スポーツ選手や芸能人の半生、スポーツや競馬の名場面にスポットを当て、まるで目の前で起きているかのようにマイク1本で再現する、落語でも漫談でもないオリジナルの話芸である。

この日はマクラ(本題への導入部)で客席を温めた後、チャップリンと映画『黄金狂時代』について、およそ40分たっぷりと語り尽くした。そこで本コラムでは、喜劇王としてのチャップリンの魅力について、彼の証言を交えながら紹介したい。

山田雅人が、『かたりの世界~チャップリン物語』公演で敬愛するチャップリンについて40分語り尽くした
山田雅人が、『かたりの世界~チャップリン物語』公演で敬愛するチャップリンについて40分語り尽くした

チャップリンは、同年代に活躍したコメディアン、バスター・キートンやハロルド・ロイドと並び、「世界の三大喜劇王」と呼ばれている。3人はいずれも「スラップスティックコメディ」という、体を張って笑いを取るスタイルで有名になった。パントマイムなどを駆使して、叩いたり叩かれたり、追いかけたり追いかけられたりする演技は、映画にまだ音声のないサイレント時代に流行し、その後トーキー映画が主流となるにつれて、セリフによる笑いに主役の座を奪われていくことになる。

しかし、言葉を必要とせず笑いを取るスラップスティックコメディは、マルクス兄弟(アメリカのコメディアン。5人兄弟のうち、チコ、ゼッポ、グルーチョ、ハーポの4人を指す)を経て、たとえばモンティ・パイソン(1960年代~1980年代に活躍したイギリスのコメディグループ)や、Mr.ビーン、日本ではコント55号(萩本欽一、坂上二郎)、ドリフターズの作品などに受け継がれていった。

チャップリンの短編映画『アルコール先生ピアノの巻』(1914年)

山田:チャップリンの魅力は、パントマイムにこだわり続けたところですね。僕のやっている「かたり」なんて、いくら頑張ったところで日本語を理解している人にしか届かない。たとえ英語でやったとしても、今度は英語を理解している人にしか通じない。でも、パントマイムなら万国共通です。日本人、アメリカ人、フランス人が同時に笑えるわけですよね。世界中の人と一緒に笑えるって、すごいことだと思いませんか?

山田雅人
山田雅人

ビートたけし、松本人志にも通じる、「笑って泣ける」喜劇はどう生まれたか?

表情を一切顔に出さない「偉大なる無表情」と、アクロバティックな命がけのアクションで知られるバスター・キートン、カンカン帽とセルロイドの丸ぶち眼鏡をトレードマークに、指を吹っ飛ばすほど過激なアクションが、後のジャッキー・チェンにも影響を与えたハロルド・ロイド。

彼らは純粋に「笑い」のみを追求したのに対し、山高帽にちょび髭、ドタ靴とステッキをトレードマークとするチャップリンの笑いには、下町に住む庶民の怒りや悲しみ、社会風刺などが含まれ一線を画している。特に、「笑いと悲しみ」の描き方は日本人の琴線に触れるものがあり、たとえば『男はつらいよ』(山田洋次原作・監督 / 一部作品除く)シリーズや、ビートたけし、松本人志の笑いなどは、直接の影響はなくとも共鳴するところがあるだろう。

チャップリンの短編映画『チャップリンのお仕事』(1915年)

「笑いと悲しみ」を描くチャップリンの表現スタイルは、どのようにして確立されたのだろうか。それは、彼の生い立ちに拠るところが大きい。両親はともにミュージックホールの役者だったが、彼がまだ1歳のときに離婚し、その後、母親のもとで育てられる。初舞台は5歳。喉を潰してステージに立てなくなった母親の代わりに歌を歌い、大喝采を浴びたという。

しかし、翌々年に母は精神に異常をきたし、施設に収容。生きるためにチャップリンは、ありとあらゆる職を転々とし、自らの芸を磨いていった。どんな状況でも「笑い」を忘れなかったチャップリン。そう、チャップリンにとって「笑い」とは、生きるための原動力だったのだろう。

山田:僕の師匠は高田文夫さん(『ビートたけしのオールナイトニッポン』を手がけた放送作家)と、チャップリンのことを教えてくれた永六輔さん(坂本九『上を向いて歩こう』の作詞家、放送作家)。高田さんから言われたのは、「辛いときほど笑え」「地獄の底でも笑ってこそ芸人だ」ということでした。チャップリンもそうですよね。お金がなくて餓死しそうでも、決してユーモアを忘れない。むしろ、ユーモアを忘れなかったからこそ、生き延びてこられたのかもしれないですね。

山田雅人

撮影日数400日以上。完璧主義者チャップリンの名作『黄金狂時代』

そんなチャップリンの名作である『黄金狂時代』は、1925年に製作されたアメリカ映画。ゴールドラッシュ時代のアラスカを舞台に、飢えや寒さ、孤独と戦いながら、金脈を探し当てて一攫千金を狙う人々の、悲喜交々を描いたサイレント映画である。本作をチャップリンの最高傑作に挙げる人は多く、映画評論家の淀川長治をして「チャップリンの何たるかを知るにはこの名作を見ないでは語れまい」(『ビバ!チャップリン』パンフレットより)と言わしめた。

作品の見どころのひとつは、飢えをしのぐためにチャップリンが、履いていた靴を鍋で茹でて食べるシーンだ。これは、1846年にシエラネバダで発生した「ドナー隊(開拓民)の悲劇」がもとになっている。遭難し、仲間の死体を食べて生き延びたという凄まじいエピソードを、誰もが笑い転げる喜劇に昇華させてしまうところが、チャップリンのチャップリンたる所以だろう。

『黄金狂時代』で、靴を食べるチャップリン / The Gold Rush ©Roy Export S.A.S.
『黄金狂時代』で、靴を食べるチャップリン / The Gold Rush ©Roy Export S.A.S.

ちなみに彼が食べる靴は、いくら目を凝らしても本物にしか見えないが、革を甘草で、釘を飴細工、靴紐をイカ墨スパゲッティで作り上げたという。完璧主義者であるチャップリンは、この場面を何度も撮り直しては修正を重ね、撮影に3日、63テイクも費やした。

サクラメントでの撮影は悪天候にみまわれ、冒頭のシーン以外はスタジオに大がかりなセットを組んで撮影されたという。雪山や町のセット、特撮を用いた雪崩のシーンなど、いま観ても何の遜色もないほどリアルだ。さらにヒロイン役は、それまでの常連だったエドナ・パーヴァイアンス(アメリカの女優、サイレント時代の映画で数多く活躍した)から紆余曲折を経てジョージア・ヘイル(アメリカの女優)を抜擢。全て撮り終えるのに1年3か月を要し、「チャップリン映画で最も気合いの入った作品」とも言われた。

『黄金狂時代』のフォークとパンでダンスをするチャップリン / The Gold Rush ©Roy Export S.A.S.
『黄金狂時代』のフォークとパンでダンスをするチャップリン / The Gold Rush ©Roy Export S.A.S.

テンポや間が重要な喜劇ならではの、チャップリンの音楽へのこだわり

さらにチャップリン作品の大きな特徴として、音楽まで本人が手がけていることが多い。たとえば、『街の灯』(1931年)や『サーカス』(1928年)、『ライムライト』(1952年)。「笑い」にとってテンポや間が重要なことは明らかだが、言葉を使わないスラップスティックコメディなら尚更だ。そのため、チャップリンの頭の中には、常に「音楽」が流れていたのではないか。さすれば、その音楽を人に頼むわけにはいかなかったのだろう。

山田:私もそう思います。演じている段階で、「こんな音楽が流れて欲しい」というのがあるんでしょうね。だから、他人に音楽を載せられても困る。実際にチャップリンが書いたスコアは、彼の動きとシンクロしています。

僕はミュージシャンを目指して上京した過去があるのですが、僕の「かたり」も、実は言葉を「音」だと思っているんです。抑揚やテンポもありますし、「お客さんが笑ってくれたとき、どこまで待てるか?」っていう。せっかくお客さんが笑っているのに、次にいったらダメなんですよ。そこで待てるようになるためには経験が必要。それって、ジャズに近いのかなとも思いますね。お客さんとセッションしているというか。チャップリンもシンガーだった。だからきっと、作品の中で音楽が重要な位置を占めているんでしょうね。

昨年の『新日本フィルの生オケ・シネマ』の様子
昨年の『新日本フィルの生オケ・シネマ』の様子

5月26日に開催される『新日本フィルの生オケ・シネマ Vol.3 「黄金狂時代」』は、フルオーケストラによる生演奏をバックに上映され、チャップリン作品が彼のこだわった音楽とともに蘇る。指揮を務めるのは、チャップリン映画の音楽を譜面に復元したティモシー・ブロックが前回に引き続き登場(参考記事:80年の時を超えて、チャップリンが現代の労働者へ贈る皮肉と癒し )。デジタル修復版の高画質、幅10メートルを超える巨大スクリーンでの上映と、生オケをシンクロさせることによって、これまでにない「映画体験」を届けてくれるはずだ。

山田:前回の『街の灯』も、その前の『モダン・タイムス』(1936年)も観たのですが、生のオーケストラによって、チャップリンが蘇るんですよ。それを体感して欲しいですね。大勢で観て、一緒に笑うというライブ感も最高に楽しい。僕の「かたり」も、テレビで見ても面白くないと思うんですよ。お客さんとのジャズだから。チャップリンの生オケも、そういう臨場感が味わえると思います。

『新日本フィルの生オケ・シネマ Vol.3 「黄金狂時代」』ポスター
『新日本フィルの生オケ・シネマ Vol.3 「黄金狂時代」』ポスター(サイトを見る

イベント情報
『新日本フィルの生オケ・シネマ Vol.3 「黄金狂時代」』

2018年5月26日(土)全2公演
会場:東京都 錦糸町 すみだトリフォニーホール
上映作品:『黄金狂時代』(監督:チャーリー・チャップリン)
出演:
ティモシー・ブロック
新日本フィルハーモニー交響楽団
山本光洋(オープニングパフォーマンス)
料金:一般6,000円 ペア券9,600円 高校生以下1,000円

プロフィール
山田雅人 (やまだ まさと)

1961年生まれ、大阪府出身。1983年、芸能活動を開始。2009年より、ひとり舞台「かたり」を定期的に公演し、2010年は全国で80ステージ以上開催。ひとり芝居でも、漫談でも、落語でもない、聞き手と一緒に想像の世界を作り上げる「かたり」は、聞き手の頭の中に映像を浮かび上がらせ、各地で好評を得ている。



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