過激な表現に潜む、この世への愛情『工藤哲巳回顧展』

眼球や鼻がトランジスタなどの電気回路と共生し、乳母車には大きな脳が鎮座するなど、ちょっと恐ろしくも好奇心をそそる光景の数々。1960年代からパリに渡り、挑発的な表現を繰り広げた前衛アーティスト・工藤哲巳の作品世界は、テクノロジーと人間の暮らし、さらに人と自然との関わりについての示唆に満ちています。それはときにグロテスクな迫力を帯びながら、必ずしも人間・文明批判だけに収まるのではなく、むしろ「逆説的なパラダイス」の風景でもある? 活動の大半をヨーロッパで過ごしたこともあり、いまだ「知られざる巨匠」感もある彼の全貌を紹介する『あなたの肖像―工藤哲巳回顧展』が今、東京国立近代美術館で開かれています。同館研究員の桝田倫広さんを案内役に、今だからこそ見ておきたい「工藤哲巳ワールド」の扉をくぐってみましょう。

(メイン画像:工藤哲巳『人間とトランジスタとの共生』1980-81年 国立国際美術館蔵 撮影:福永一夫 ©ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2013)

「反芸術」の旗手にして、孤高の存在感を放つ学生時代

会場に入ると、出迎えてくれるのは、どこか呪術的な雰囲気も漂う絵画・彫刻群の数々。後の代表作によく見られる蛍光色や、テクノロジーを思わせるオブジェはまだ見られず、原始的な印象の作品が並びます。

『あなたの肖像―工藤哲巳回顧展』展示風景 ©ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2013
『あなたの肖像―工藤哲巳回顧展』展示風景 ©ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2013

桝田:工藤の両親は二人とも美術教師で、高校時代には昭和期に活躍した洋画家・小磯良平のアトリエに通って、絵画を習っていました。ただ、そうした背景もあってか、東京藝術大学に入ってからは、今さら基礎練習をやらせられるのが嫌で学校側に反発し、自分なりの表現を探る日々が始まったようです。

在学中から、赤瀬川原平など当時の日本前衛アーティストによる活発な表現の場となっていた『読売アンデパンダン展』にも参加。その動向や、フランスから流入してきた新しい抽象絵画の動向「アンフォルメル」旋風にも影響を受けつつ、独自の作風が形作られていきます。また、美術一辺倒ではなく、最先端の科学の分野にも興味を持ちながら、工藤は挑戦を続けます。

桝田:当時注目された原子物理学に着想したような作品も多く見られます。といっても科学理論を厳密に応用したというより、「増殖」「融合」といった考え方を、自己と作品制作の関係になぞらえるようなアプローチだったように見えます。たとえば、オブジェに無数の釘を打ち付けた作品『増殖性連鎖反応』などは、釘を打つという行為が、次のアクションを誘発し、その連続のプロセスで出来上がっていったかのようです。彼自身、作品は行為の残滓にすぎないと考えていたようですね。

工藤哲巳『X型基本体に於ける増殖性連鎖反応』1960年 東京都現代美術館蔵 ©ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2013
工藤哲巳『X型基本体に於ける増殖性連鎖反応』1960年 東京都現代美術館蔵 ©ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2013

『X型基本体に於ける増殖性連鎖反応』(部分)1960年 東京都現代美術館蔵 ©ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2013
『X型基本体に於ける増殖性連鎖反応』(部分)
1960年 東京都現代美術館蔵 ©ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2013

ボクシングペインティングの篠原有司男らと共に注目を集めながらも、衝動的なだけで終わらない緻密な作品

『読売アンデパンダン展』では、後に過激なパフォーマンス「ボクシングペインティング」などで知られる篠原有司男らと共に注目を集めます。この時期の工藤作品も、一見すると衝動渦巻く「暴れん坊アート」的な気配。ただ、同時にどこか思索的で、緻密な一面もありそう。たとえば怪しげな塔を思わせる彫刻も、よく見ると表面には荒縄の結び目が、きっちり同サイズに切られて整然と並べられています。工藤の友人の談話によれば、ある夜訪ねていくと、工藤が奥さんとひたすらその縄素材を作っていたこともあったそうです。

桝田:たしかに、どこか理路整然と作っていた一面も感じますね。『読売アンデパンダン展』などで台頭した当時の前衛作家の作品は、その後、破棄されたり崩壊したりで残っていないものも多い。でも工藤作品は意外なほどしっかり作ってあって、作品を後々まで残そうという意識が垣間見えます。「アンフォルメル」の推進者であるミシェル・タピエに評価され、自ら「世界アンフォルメル絵画選手権者」と名乗ったり、美術評論家の東野芳明にも評価されて「反芸術」の旗手と目されたり、セルフプロデュースの意識も高かったのではないでしょうか。

『あなたの肖像―工藤哲巳回顧展』展示風景 左:工藤哲巳『融合反応 585B』1955-56年頃 青森県立美術館蔵、中央:工藤哲巳『精神に於ける流動とその凝集性 No.5811』1958年 広島市現代美術館蔵 ©ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2013
『あなたの肖像―工藤哲巳回顧展』展示風景 左:工藤哲巳『融合反応 585B』1955-56年頃 青森県立美術館蔵、中央:工藤哲巳『精神に於ける流動とその凝集性 No.5811』1958年 広島市現代美術館蔵 ©ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2013

コッペパンや男性器を模したオブジェを部屋中に吊り下げた衝撃的インスタレーションで、注目を浴びる

続いて辿り着いたのは、ちょっと怪しげな(?)小空間。中を覗くと、黒テープでぐるぐる巻きにされた無数のフラッシュバルブ(先端には電球)が壁や天井から垂れ下がり、そこへなぜかコッペパンが加わります。一隅には透明な球体が垂れ下がり、その先に大きな男根を模したオブジェが……。工藤が『第14回読売アンデパンダン展』に出品した『インポ哲学―インポ分布図とその飽和部分に於ける保護ドームの発生』です。今どきの言葉で言えば、インスタレーションでしょうか。

桝田:出品料を払えば誰でも参加できる同展のルールを利用して、工藤は当時の会場、東京都美術館の1部屋分の「壁面出品料」を払い、この作品を展開しました。現在、床面には白い紐が置かれていますが、発表当初はそこにうどんがまき散らされていました。ネットやオブジェは、当時のものを使用しています。タイトルは中々晦渋(かいじゅう)ですが(苦笑)、「不能の哲学」と読み替えれば、単に性的な意味を超えて、色々な示唆があるのではないでしょうか。

工藤哲巳『インポ哲学―インポ分布図とその飽和部分に於ける保護ドームの発生』展示風景 1961-62年 ウォーカー・アート・センター(ミネアポリス)蔵 ©ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2013
工藤哲巳『インポ哲学―インポ分布図とその飽和部分に於ける保護ドームの発生』展示風景 1961-62年 ウォーカー・アート・センター(ミネアポリス)蔵 ©ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2013

『インポ哲学―インポ分布図とその飽和部分に於ける保護ドームの発生』(部分)1961-62年 ウォーカー・アート・センター(ミネアポリス)蔵 ©ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2013
『インポ哲学―インポ分布図とその飽和部分に於ける保護ドームの発生』(部分)
1961-62年 ウォーカー・アート・センター(ミネアポリス)蔵 ©ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2013

名物公募展のルールを逆手にとった展示手法や、その異様な作品光景、また刺激的なタイトルも相まって物議を醸した同作品。美術評論家の瀧口修造はこれを「意味有りげなオブジェを記号性に昇華しようとしている」として注目しました。また後年の工藤自身はこの作品について、当時ヨーロッパから「人間性の回復・解放」という概念が輸入された状況を、反語的な「人間性の喪失」という形で批評したいと考えたとも語っています。

同世代の芸術家たちがニューヨークを目指す中、パリでさらなる独自の展開を見せはじめた工藤哲巳

続く空間には、1962年よりフランスへ活動の中心を移してからの作品が登場します。彼がかの地に赴いたきっかけは、『第2回国際青年美術家展』大賞の副賞として得た、半年間のパリ留学でした。

桝田:同世代の芸術家たちが前後してアメリカに旅立つ中、工藤も当初は現代美術の中心地であったニューヨークに行きたかったようです。しかし結果的にはパリで約20年にわたって居住することになり、生涯アメリカの地を踏むことはありませんでした。しかし、当初の意図はともあれ、パリだったからこそ、彼独自の展開がなされたという面もあるのではないでしょうか。

『あなたの肖像―工藤哲巳回顧展』展示風景 手前:工藤哲巳『コンプレックスのルーレット』1962年 倉敷市立美術館蔵 ©ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2013
『あなたの肖像―工藤哲巳回顧展』展示風景 手前:工藤哲巳『コンプレックスのルーレット』1962年 倉敷市立美術館蔵 ©ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2013

パリでも、前述の『インポ分布図』を再展示して自らパフォーマンスを披露するなど、精力的な活動を展開。その作品の変遷を眺めていくと、挑発的・刺激的な傾向は変わらずも、素材やモチーフは抽象的なものからより具体的になり、またある種の洗練さも帯びて変化しているのがわかります。たとえば、赤ん坊のソフビ人形を瓶詰めにした一連の立体作品や、中央にルーレットを配したゲームボード風の『コンプレックスのルーレット』など。

工藤哲巳『あなたの偶像』1962年 東京国立近代美術館蔵 ©ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2013
工藤哲巳『あなたの偶像』1962年 東京国立近代美術館蔵 ©ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2013

『あなたの偶像』(部分)1962年 東京国立近代美術館蔵 ©ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2013
『あなたの偶像』(部分)1962年 東京国立近代美術館蔵 ©ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2013

桝田:このころ現地で謳われていた人間中心主義の復興的な動向への反意も感じさせます。それまで「自分対マテリアル(素材)」であった作品のあり方が、「自分対他者」にシフトしていく印象もある。単に攻撃的というより、観る者とのコミュニケーション、視線の交差が考えられている。これは後代のアートで語られる「関係性」の問題にもつなげて考察できそうな、興味深いところです。

管理された生殖や人生、といった現代社会を想わせるアイロニーが漂うなか、ここにもそこへ一直線に反発するのではない気配があります。桝田さんいわく「『僕らはこんなに悲惨だ……』という深刻な訴えより、『今、僕らはこうだけど……どうする?』といった問いかけを観る者へ訴えかけているように思えます」とのこと。また、サイコロやルーレットを形どった作品など、随所にゲーム性を感じさせるのも、工藤が作品をただ深刻ぶるだけのものにはしたくなかったからでしょうか。

『コンプレックスのルーレット』(部分)1962年 倉敷市立美術館蔵 ©ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2013
『コンプレックスのルーレット』(部分)1962年 倉敷市立美術館蔵 ©ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2013

観客とのコミュニケーションを意識して作られた作品

会場中もっとも広い空間には、主に1960年代にフランスで制作された作品が。本展の見どころの1つです。工藤のトレードマークともいえる、どぎつい蛍光色を用いたオブジェ群、肥大した大脳同士がキスをする『愛』、やはり大きな脳と眼球だけになった人間(らしきもの)がデッキチェアでバカンスを楽しむような『あなたの肖像』の連作。さらに繭から生まれた脳がベビーカーからはい出す『若い世代への讃歌——繭は開く』など、グロテスクながら、しかしある種の優雅ささえもって陳列されます。

桝田:デッキチェアの上には、溶解した手足の痕跡も見えますね。これは原爆への言及ではという解釈もあったようです。展示台上の作品配列は、当時の展示にできるだけ近づけたのですが、照明で生まれる影は肉体の「不在感」を思わせます。それは、人間もまた変わっていくもの、不可逆的な存在である、と語るようでもある。工藤は作品のことを「コミュニケーションのだし」とも言っていて、観る側の反応もかなり意識した作品作りをしていたようです。

『あなたの肖像―工藤哲巳回顧展』展示風景 ©ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2013
『あなたの肖像―工藤哲巳回顧展』展示風景 ©ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2013

今回の展覧会タイトルにも冠された「あなたの肖像」。工藤はこのタイトルの作品をいくつも作っています。その1つには、当時の展示会場で狭い箱の中に自らが入り、展示会場で観衆を見つめ返すという一品も(今は等身大のリアルな工藤人形がそこに鎮座します)。若くして異端の芸術家としてデビュー、またパリでは異国からのエイリアン的存在でもあった背景を考えるにつけても、工藤にとって観察し・される関係がどんな意味を持ったのか気になります。

また、こうしたド派手な見栄えの作品の一方で、「ろう」でかたどった男性の顔や女性のドレスにアイロンをあてて溶かしていったシックな外観の『あなたの肖像』も。日本でよく知られる作品以外にも、工藤がさまざまなスタイルでこの主題に取り組んでいたのがわかります。

工藤哲巳『あなたの肖像―種馬の自由』1973年 米津画廊蔵 撮影:福永一夫 ©ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2013
工藤哲巳『あなたの肖像―種馬の自由』
1973年 米津画廊蔵 撮影:福永一夫 ©ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2013

さらに、これも「工藤作品といえば」的な、鳥かごのオブジェも登場します。当時のテクノロジーの象徴とも思われるトランジスタの回路の上で、養殖されるかのように蠢く(ように見える)、眼球や鼻、男性器。実は工藤作品は国内各地の美術館にも多数収蔵され、これらのシリーズはそこでよく見られるものでもあります。よくこれが収蔵できたな~、と(勝手に)感心してしまいました。


人間・科学・自然への視線から、やがて内省的な世界へ

展示はさらに、1969~70年の一時帰国で房総の山壁に刻まれた、高さ25mの巨大彫刻『脱皮の記念碑』も紹介。タイトル通り、サナギ(とやっぱり男根)を思わせるそのフォルムは、工藤一流の変化・進化の美学を自然に刻み付けたようでもあります。本展では写真や資料でその様子を紹介し、会期中、貴重な記録映画の上映も行われました。なお当時の工藤はパリの五月革命にも刺激を受け、日本の学生運動の現場も積極的に見に出かけたとか。

『あなたの肖像―工藤哲巳回顧展』展示風景 左:『巨大なサナギの化石 予想図A 現在発掘中・鋸山にて』『巨大なサナギの化石 予想図B 現在発掘中・鋸山にて』『巨大なサナギの化石 予想図C現在発掘中・鋸山にて』3点とも1969年 青森県立美術館蔵、右:『脱皮の記念碑』1969年 岸壁モニュメント、鋸山(千葉県房総) 撮影:吉岡康弘 ©ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2013
『あなたの肖像―工藤哲巳回顧展』展示風景 左:『巨大なサナギの化石 予想図A 現在発掘中・鋸山にて』『巨大なサナギの化石 予想図B 現在発掘中・鋸山にて』『巨大なサナギの化石 予想図C現在発掘中・鋸山にて』3点とも1969年 青森県立美術館蔵、右:『脱皮の記念碑』1969年 岸壁モニュメント、鋸山(千葉県房総) 撮影:吉岡康弘 ©ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2013

続く部屋では、そこから欧州に戻り、デュッセルドルフ、アムステルダムでの個展を成功させた時期の意欲作が並びます。特に目を引くのは、色とりどりの花々と、切り取られた人体の部位が接ぎ木のように同居するインスタレーション『接木の花園/環境汚染―養殖——新しいエコロジー』。

桝田:やはり公害など当時の社会状況もふまえての作品で、ここでは、人間とテクノロジーに加え、自然との関係が扱われていますね。これも単なる『人間対自然』の二元論ではありません。見た目はまさにディストピアのようでも、人間を上位にも下位にも置かず、人間とテクノロジーと自然とが渾然一体となった新しいエコロジーを提示しているというか。

工藤哲巳『接木の花園/環境汚染―養殖―新しいエコロジー』展示風景 1971年 ポンピドゥー・センター(パリ)蔵 ©ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2013
工藤哲巳『接木の花園/環境汚染―養殖―新しいエコロジー』展示風景 1971年 ポンピドゥー・センター(パリ)蔵 ©ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2013

一方で、高名な劇作家・イヨネスコとコラボした経験をふまえ、欧州のインテリ層とその階層社会を揶揄するような作品も同時期に作成。鬼才の刃の切っ先はこんなところにも、というのがうかがえます。あるいはそれは、躍進を続ける自分自身にも向けられた問いだったのでしょうか?

対して1970年代後半の工藤は、それまでの挑発的ともいえる作風から、内省的な表現へと移行します。前述のイヨネスコの顔をモチーフに、しかし自画像的でもある連作『危機の中の芸術家の肖像』。おなじみの鳥かごを用いつつ、その中には陰鬱な男のうつむき顔が並びます。そこは、これまでとはまた違う質の異様さに包まれた空間でした。

『あなたの肖像―工藤哲巳回顧展』展示風景 ©ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2013
『あなたの肖像―工藤哲巳回顧展』展示風景 ©ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2013

桝田:この時期、工藤の母が他界し、オイルショックによって社会全体が不景気に見舞われたり、アルコールに溺れて体調を崩したりということがありました。それらはここでの作品展開と深い関係があると思います。

さらには、鳥かごからカラフルな糸が無数に垂れ下がり、籠の中の人物がその糸で「あや取り」をする姿も。これはアルコール依存症に苦しむ工藤の、顔から糸が出てくるという幻視(?)体験から生まれたともいいます(ちなみにここでは、数学者のパスカルの顔が使われているとか)。

工藤哲巳『未来と過去とのエンドレステープの間での瞑想』1979年 青森県立美術館蔵 撮影:内田芳孝(ノマディック工房) ©ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2013
工藤哲巳『未来と過去とのエンドレステープの間での瞑想』1979年 青森県立美術館蔵 撮影:内田芳孝(ノマディック工房) ©ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2013

ついには入院となる工藤ですが、その直前にポンピドゥー・センターで『灯は消えず』と銘打ったセレモニーを行っています。白装束で鳥かごを前に黙想し、七色の糸であや取りを行う工藤。籠の中のろうそくにともる火は、吹き上げる泡で消えそうになるものの、最後まで灯り続けたといいます。その後、入退院を経て、東京の草月美術館で個展を開催。そこでの一部の作品からは「鳥かご」が消え、代わりに鮮やかな糸を巻き付けたボール状、円筒状のオブジェが姿を現しました。この時期の作品には、どこか工芸品のような静謐さが広がっていきます。

桝田:工藤は記憶や生い立ちといった事象に目を向け、父親の故郷で、自身も少年時代のひとときを過ごした青森にも関心を寄せていきます。現地の土着的なものに、自らのルーツを感じ取ってもいたようですね。

『あなたの肖像―工藤哲巳回顧展』展示風景 左:工藤哲巳『縄文の構造=天皇制の構造=現代日本の構造(天皇制の構造について―聖なるブラックホール)』1983年 国立国際美術館蔵、右:工藤哲巳『ブラックホールとワルツをどうぞ…』1982年 個人蔵 ©ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2013
『あなたの肖像―工藤哲巳回顧展』展示風景 左:工藤哲巳『縄文の構造=天皇制の構造=現代日本の構造(天皇制の構造について―聖なるブラックホール)』1983年 国立国際美術館蔵、右:工藤哲巳『ブラックホールとワルツをどうぞ…』1982年 個人蔵 ©ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2013

1980年代からはフランスと日本を行き来し、青森で暮らした時期もあったそう。そんな時期の作品でも「天皇制」「ブラックホール」など刺激的なキーワードが目を引きますが、権力構造うんぬんの議論より、より根源的な人間の営み、渦巻くエネルギーの運動などに向けた言葉だったようです。グロテスクさやパワフルさは影をひそめ、削ぎ落とされた深淵な世界が、そこに顔をのぞかせています。

描き続けた「あなたの肖像」が、今問いかけるもの

1987年、工藤は母校の東京藝術大学で教鞭をとることになります。しかし当時すでに癌を病んでいたようで、90年に55歳の若さで亡くなりました。展示の最後を締めくくるのは最晩年の2作品。工藤自身を思わせる、帽子をかぶったドクロの周囲に糸玉たちが寄り添い、傘が差される『前衛芸術家の魂』。そしてほぼ同じ構成ながら、背後に金屏風が立てられた『若き芸大生の魂のために』です。

桝田:肖像写真でご覧の通り、工藤はスキンヘッドの強面でしたが、生徒たちに対して、ああしろこうしろと指導するより、一緒に展覧会を開くなど、芸術家として対等に接しようとしたようです。普通の師弟関係ではなく、ライバルのようにとらえていたのかもしれません。

『あなたの肖像―工藤哲巳回顧展』展示風景 左:工藤哲巳『縄文の精子の生き残り』1986年 青森県立美術館蔵 右:工藤哲巳『若き芸大生の魂のために』1986-87年 個人蔵 ©ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2013
『あなたの肖像―工藤哲巳回顧展』展示風景 左:工藤哲巳『縄文の精子の生き残り』1986年 青森県立美術館蔵 右:工藤哲巳『若き芸大生の魂のために』1986-87年 個人蔵 ©ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2013

なお、工藤は生涯「画家」を名乗った人でもあったそうです。この回顧展でも数々のオブジェ作品やパフォーマンスの様子が印象的ですが、それらも「ビジョンを示す」意味において絵画的なものだったのでは、と桝田さんは言います。

工藤哲巳 1971年 撮影:工藤弘子 ©ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2013
工藤哲巳 1971年 撮影:工藤弘子 ©ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2013

国際的に日本戦後美術の再評価がなされる近年、工藤もあらためて注目されてきました。しかし、特定の動向やグループに属さず、異国で孤高の活動を続けた彼は、必ずしも十分に紹介、評価されてこなかったとの見方も。実は東京での本格的な回顧展は今回が初めて(国内では20年ぶり)、という事実もそれを物語ります。

しかし、工藤がその生涯をかけて手がけた「あなたの肖像」たちは、今でも無数の「わたし」たちに、無言で、しかし雄弁に問いかけます。あるときには「それって、そんなに悪いことでもないのでは?」と、また別の場面では「果たしてそのままでよいのだろうか?」と。その声なき声に、美術館で耳を傾けてみてはいかがでしょう?

イベント情報
『あなたの肖像―工藤哲巳回顧展』

2014年2月4日(火)~3月30日(日)
会場:東京都 竹橋 東京国立近代美術館 1階企画展ギャラリー
時間:10:00~17:00、金曜10:00~20:00(入館は閉館の30分前まで)
休館日:月曜(3月24日は開館)
料金:一般850円 大学生450円

『講演会「工藤哲巳―自動生産の工学」』
2014年3月1日(土)14:00~15:30(開場は開演30分前)
会場:東京都 竹橋 東京国立近代美術館 地下1階講堂
講師:沢山遼(美術批評)
定員:先着150名(申込不要)
料金:無料

ギャラリートーク
2014年3月14日(金)18:00~19:00
会場:東京都 竹橋 東京国立近代美術館 1階企画展ギャラリー
講師:桝田倫広(東京国立近代美術館研究員、同展担当者)
料金:無料(要観覧券)
※申込不要

『講演会「工藤哲巳と草間彌生」』
2014年3月15日(土)14:00~15:30(開場は開演30分前)
会場:東京都 竹橋 東京国立近代美術館 地下1階講堂
講師:中嶋泉(美術史家、明治学院大学研究員)
料金:無料(要観覧券)
※申込不要

プロフィール
工藤哲巳 (くどう てつみ)

1935年大阪生まれ。青森、岡山育ち。東京藝術大学在学中から、『読売アンデパンダン展』を中心に作品の発表を開始。「反芸術」の代表格として注目される。1962年渡仏。以来、1980年代半ばまで、欧州を中心に活躍。1987年には、母校の東京藝術大学の教授に就任。1990年、55歳の若さで他界。2007年にはメゾン・ルージュ(パリ)、2008年にはウォーカー・アート・センター(ミネアポリス)で回顧展が開かれるなど、近年世界的に再評価の機運が高まっている。



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