イタリア文学の巨匠が日本での過酷な生活を経て描いた女性の物語

「フェミニズム」と聞いてドキッとしたり、自分に都合の悪いことが書かれているのでは……!? と身構えてしまった男性読者の方は、できればそのガードを下ろして読んでみてほしい。

今年6月、16世紀に活躍したスコットランド女王、メアリー・ステュアートと、イギリス女王エリザベス1世という、二人の女王の生き様を描いた舞台『メアリー・ステュアート』がパルコ劇場で上演される。中谷美紀、神野三鈴の二人の女優によって演じられる同作品は、イタリアの女性劇作家、ダーチャ・マライーニが1980年に書いた戯曲を元にしたもの。これまで、15か国語に翻訳され、日本でも宮本亜門を始めとする様々な演出家の手によって繰り返し上演が行われている。

そして同作品を語るうえで外せないのが、「フェミニズム」というキーワードである。それは、前述のダーチャ・マライーニが世界的に著名なフェミニストであることも大きいが、何故2015年の今、「フェミニズム」をクローズアップするのか? という問いも当然あるだろう。今原稿では、あらためて「フェミニズム」の今を振り返りながら、ダーチャ・マライーニが今作品で描こうとしたことや、「ネオ・フェミニズム」という新たな潮流について触れていきたいと思う。それらを紐解くと、女王、女優、女性作家など、「女性」をめぐる様々な問題が浮かび上がってくる。

『フェミニスト・オブ・ザ・イヤー』に輝いた、女優エマ・ワトソンの憂鬱

なんとなく感じていたことだが、「フェミニズム」というモノに対する世間一般のイメージはあまり芳しくないらしい……。Googleで検索してみたところ、「フェミニスト」の関連キーワードとして、「フェミニスト うざい」「腐フェミニスト」などの文言が眼に飛び込んでくる。

匿名で書き込まれたネットの情報だから、割り引いて考える必要があるのはもちろんだが、そこには「フェミニスト」とカテゴライズされたが最後、何やら「面倒くさい」という烙印を押されてしまうような風潮が見え隠れする。そして、それはどうやら、ここ日本だけの傾向ではないらしい。

ダーチャ・マライーニ原作『メアリー・ステュアート』イメージビジュアル
ダーチャ・マライーニ原作『メアリー・ステュアート』イメージビジュアル

映画『ハリー・ポッター』シリーズで有名な女優・エマ・ワトソンは、「自分をフェミニストであると認識する」と公言しており、昨年、女性に対する差別や社会問題解決のために活動するチャリティー団体「Ms. Foundation for Women」が主催する『フェミニスト・オブ・ザ・イヤー』にも輝いた。しかしながらそんなエマも、フェミニズムが置かれているイメージが非常に悪いことを認めており、そのイメージを改善する必要性を説いている。性差別撲滅キャンペーン「HeForShe」のために国際連合で行ったスピーチで、彼女は次のように語った。

フェミニズムについて話す機会が多くなるにつれ、女性の権利を主張することが男性嫌悪に繋がってしまうことが問題であるとひしひしと感じています。女性の権利主張=男性嫌悪、という世の中の意識を変える必要があります。
(ログミー『【全文】「今こそフェミニズムを見直すべき」女優エマ・ワトソンが国連で“男女平等”を訴えたスピーチ』より)

エマの主張はこうだ。単純な「男性嫌悪」に陥ってしまいがちな従来型のフェミニズムの主張を避け、シンプルな枠組みの「新しいフェミニズム」を構築しなければならない。彼女にとって、フェミニズムとは「女性の権利を主張すること」ではなく、「人間が自由を求める」という普遍的な欲求の1つであり、社会の枠組み以前に、個人が自立するために求められるものなのだ。『ELLE JAPON』2015年2月号でも「ネオ・フェミニズム宣言」と題した特集が組まれ、エマを始めとした新しいフェミニズムの盛り上がりを取り上げている。

「女性の」ではなく、「個人」の自由を求める「ネオ・フェミニズム」

1960年代、カウンターカルチャーの隆興とともに世界各地で盛り上がった「フェミニズム運動」は、これまでも社会状況の変化にあわせて、その戦い方を変え続けてきた。そして、エマがスピーチした内容と呼応するような作品をずっと作り続けてきたのが、舞台『メアリー・ステュアート』の原作者でもあるイタリア人作家、ダーチャ・マライーニである。


ウンベルト・エーコや、村上春樹らと並び、最も『ノーベル文学賞』に近い作家の1人に数えられるダーチャ・マライーニは、作家としてのみならず、フェミニズムの旗手としても世界中に名が知れ渡っている。第二次世界大戦下のイタリアを舞台に14歳の少女アンナを描いたデビュー作『ヴァカンツァ』(1962年)や、使い捨てられるように様々な男と関係を持つ17歳のエンリーカを描き『フォルメントール国際文学賞』を受賞した『不安の季節』(1962年 / 日本語訳は1970年)などの功績により、彼女はデビュー直後から一躍文壇の寵児となった。

以降もフェミニズムの代表作と言われる『闘う女』(1975年)や、女性たちへの呼びかけとして書かれた詩集『わたしの女たち』(1974年)など、一貫して、性、生活、政治といったあらゆる文化的な負荷と女性をテーマにした作品を発表している。そして、重要なポイントが、マライーニがずっと主張してきた「フェミニズム」も、エマが「問題点」として指摘した「女性の権利拡大」を必ずしも意味するものではないということだ。

マライーニの母国であるイタリアでは、アメリカやイギリスよりも少し後、1970年代に女性解放運動の機運が高まった。『メアリー・ステュアート』の原著を翻訳した望月紀子によれば、女性の権利拡大を主張し、政治的側面が強かったアメリカ、イギリスの「女性解放運動」に対して、イタリアのフェミニズムは「男の圧力で消し去られ、捉え難くなってしまった『女性像』をよみがえらせる」(『海』1983年新年特別号)という、むしろ文化的側面への視線が一貫して強いものだったらしい。マライーニ自身も、フェミニズムの目的を「女性形の文化の創造」と掲げているように、政治的な意味ではなく、個人的・内的な意味で捉えており、エマ・ワトソンや『ELLE JAPON』の特集で掲げられた「個人の自由を求める」運動としての「ネオ・フェミニズム」と共鳴する部分は多い。

演劇の世界に今も残る、女性蔑視の現状

そんなフェミニストの自覚を一貫して持ち続け、作家活動を行ってきたマライーニが、戯曲の創作を始めたのは1960年代後半から。彼女にとって演劇作品を創作することも、フェミニズムと深く関わっている行為だった。

演劇の世界はある意味、文学以上に女性蔑視の傾向が強い。ギリシャ時代から舞台は神聖な空間とされており、そこに女性が足を踏み入れることは禁じられていた。すべての役は男性によって演じられ、女性が舞台に上がるようになったのは15〜16世紀に勃興したルネサンス以降のこと。それまで「女優」という職業は存在すらしなかったのだ。それは劇作家も変わらない。「女が勉強したり、劇を書きたいと思ったら、結婚しないで修道女になるしかなかった。事実、中世のドイツ、16世紀末の英国、17世紀末のメキシコなどで何人かの修道女が劇を残しています」(『海』1983年新年特別号)と、マライーニは演劇史における女性蔑視の傾向を説明している。

『メアリー・ステュアート』メアリー・ステュアート役・中谷美紀
『メアリー・ステュアート』メアリー・ステュアート役・中谷美紀

そのような伝統を持つ演劇界は、現代になってもなお男性中心主義を根強く残している。マライーニが女性だけによる演劇集団「マッダレーナ座」を設立した1973年当時のイタリア演劇界において、女性の役割は女優や衣装係などごく一部の仕事に限られていた。彼女は照明、音楽、演出、劇作などあらゆる役割すべてが女性の手で行われる劇団を設立し、作品を発表するだけでなく、中絶や売春などをテーマとしたシンポジウムの実施や、ニューヨーク、ロンドンなどで活動する女性劇団を集めた演劇フェスティバルの開催など、多岐にわたる活動を展開。「マッダレーナ座」は、ローマにおけるフェミニズムの拠点として位置づけられるとともに、多くの演出家やスタッフが、同劇団を通じてイタリア演劇界に羽ばたいている。

このように、「フェミニズム」において、あらゆるシーンに大きな影響力を及ぼしているマライーニ。ではいったい何が、彼女をフェミニズムへと導いたのだろうか? そのルーツは、意外にも日本に存在した。

日本での「強制収容所」体験がルーツだった、ダーチャ・マライーニのフェミニズム

ダーチャ・マライーニと日本との関係は非常に深い。1936年にフィレンツェで生まれたマライーニは、アイヌ民族研究家の父、フォスコ・マライーニとともに1938年に来日。2歳から10歳までの多感な8年間を日本で過ごしている。しかし、その生活は彼女にとって過酷そのものだったようだ。時代は第二次世界大戦の最中、リベラルだった父親の反ファシズム運動によって、マライーニ一家は外国人強制収容所に送られ、東京、名古屋、豊田などを転々とする2年間を余儀なくされたのだ。

一日、50グラムにも満たないご飯を一杯与えられるだけ。半年後にはビタミン不足のために壊血病や脚気などにかかってしまいました。どんぐり、草の根、近くの病院の残飯、母親のお腹で死んでいた仔羊など、何でも食べました。蛇でも見つかるとお祭り騒ぎでした。 (『海』1983年新年特別号)

と、当時の生活を述懐するマライーニ。幼少期に人権を剥奪された強制収容所での経験は、彼女の作品の舞台設定としてたびたび登場する寄宿学校や精神病院、修道院となって現れ、「ひとりひとりの女のうちにある閉ざされた世界、隔離を見究める文学」(望月紀子『海』1983年新年特別号)へと発展していく。「フェミニズム」とは、彼女にとって強制収容所と同様に、閉ざされた世界から自由をつかみとるための運動でもあったと言えるのではないだろうか。

「キャラ立ち」するメアリーとエリザベス、「嫉妬が女だけの特性だなんて、とんでもない間違い」だ。

ドイツの代表的な詩人・劇作家であり思想家、フリードリヒ・フォン・シラーが『マリア・シュトゥーアルト(Maria Stuart)』を発表したのは、1800年。スコットランド女王でありながら、恋多き女として自由奔放に生きたメアリー・ステュアート(1542〜1587年)と、「国家と結婚した」イングランド女王エリザベス一世(1533〜1603年)の実話を元に、二人を対比させた物語を描いた。

『メアリー・ステュアート』エリザベス一世役・神野三鈴
『メアリー・ステュアート』エリザベス一世役・神野三鈴

登場人物の組み合わせとして、この二人ほど「キャラ立ち」したケースも珍しい。スコットランドとイングランド、カトリックとプロテスタント、「自由奔放で恋多き女」と「国家と結婚したヴァージンクイーン」、処刑される者と処刑する者……。歴史的に実在した人物でありながら、水と油ほどにかけ離れた二人の対比は、その後も作家たちの関心を惹きつけてやまない魅力的な題材として、数々の文学や映画、音楽に描かれている。

しかし、その「キャラ立ち」ゆえに、男性作家たちが描いてきたメアリーとエリザベス一世は、マライーニにとって違和感を感じることもあったようだ。シラーの原作を翻案し、マライーニが『メアリー・ステュアート』を発表したのは1980年。これまでの男性作家たちは、二人の女王の間に横たわる「嫉妬心」を中心に描いてきたが、マライーニはその解釈を「それらは、男が作った『女の敵は女』という偏った考えからきたもの。嫉妬が女だけの特性だなんて、とんでもない間違いです」(『朝日新聞』1990年12月7日)と否定する。その代わり、彼女が二人の間に読み取ったものは、「女同士の友情や思いやり」という男性作家が見落としてきた関係性であり、男性が女性に向ける特別な眼差しから、彼女たちを取り戻すことだったのだ。マライーニによる『メアリー・ステュアート』は発売以来、世界15か国で翻訳されるベストセラーとなった。

社会からの被害者として女性を描くのではなく、女性が人間として自立する姿を描く

そんなマライーニによる『メアリー・ステュアート』は、日本でも絶賛を持って受け入れられている。1990年には宮本亜門演出、白石加代子と麻実れい出演によって舞台化され、3度の再演を繰り返すロングランヒットとなり、2005年にも同じく宮本亜門演出で、南果歩と原田美枝子の二人の女優による作品へと発展を遂げている。そして2015年の今年、10年ぶりに舞台化される『メアリー・ステュアート』。メアリーを演じるのは、近年舞台にも活躍の幅を広げている中谷美紀、そしてエリザベス役には実力派女優の神野三鈴が控える。


今回のプロデューサーである毛利美咲は、20年以上にわたって同作品の制作チームに携わっており、彼女自身の思い入れも強い。しかし、日本初演から25年、前回の上演からも10年の時間を経て、この戯曲から読み取れるメッセージは少しずつ変わりつつあると語る。

「1990年の白石加代子・麻実れいバージョンでは、『牢獄に囚われている女性』というイメージが強く打ち出されていました。終盤、処刑台に向かうシーンでメアリーが初めて牢獄から出るのですが、その解放は観客をとても悲しい気持ちにさせる演出でした。一方、2005年の南果歩と原田美枝子バージョンでは、メアリーとエリザベスの背後に『社会』の姿が見て取れる作品となり、ポスターには『女は社会の奴隷か!』というキャッチコピーを考えました」

2005年といえば、1999年の男女雇用機会均等法改正を受けつつ、ようやく日本全体が女性の社会進出に重い腰を上げ始めた時代。女性を取り巻く問題は、社会的な問題であるとして活発な議論が交わされていた。しかし、2005年から10年を経て、いっそうの人口減社会を迎えた日本では、もはや女性の社会進出は「考えるべき」問題ではなく、早急に「解決すべき」問題に変わった。そんな時代背景を反映して、2015年版の『メアリー・ステュアート』は、「女性はどう生きるのか?」という、個人の生き方へとシフトしていくだろうと毛利は予想している。「社会からの被害者として女性を描くのではなく、女性が人間として自立する姿を描くこと」、それが彼女の目論見だ。

「メアリーとエリザベスは、歴史の渦に巻き込まれながらも自分の人生を生きていました。今回の上演で伝えたいのは、女性に冷たい社会的な枠組みではなく、彼女たち自身が持つエネルギーなんです」


宮本亜門から、イギリスが注目する若手演出家へとバトンタッチ

毛利プロデューサーの狙いは、これまで2度にわたって同作を手がけてきた宮本亜門ではなく、あえてイギリスの若手演出家、マックス・ウェブスターに作品の演出を依頼したことにも現れている。

「イギリス演劇というと、台詞を朗々と喋ることが特徴ですが、マックスはパリの『ジャック・ルコック演劇学校』でマイムやフィジカルシアターを勉強し、村上春樹の短編小説を基にした『The Elephant Vanishes』(2004年)や、谷崎潤一郎の作品をモチーフにした深津絵里主演の『春琴 Shun-kin』を手がけたサイモン・マクバーニーの演出助手を長く務めてきた人物です。彼ならば、女優が二人だけで演じるこの『メアリー・ステュアート』という作品を、身体と言葉をつなげて演出してくれるのではないかと期待しています」

舞台『メアリー・ステュアート』メインビジュアル
舞台『メアリー・ステュアート』メインビジュアル

かつて「二人だけの芝居だから、一歩足を踏み外すと取り繕う時間もなければ、間もない。舞台の上で丸裸にされているような気分になる」(2005年10月29日『東京新聞』)と、原田美枝子が語っているように、この作品で女優に求められる責任の重さは並みの演劇作品の比ではない。毛利は「演技が上手いだけでは成立しません。この作品を上演するためには、女優の持つ魅力を最大限発揮する『女優力』が求められているんです」と、その難しさを表現する。

いったい、二人の女性たちはどのような「女優力」で、この舞台を展開していくのだろうか? そして、その舞台を観ながら、観客たちはどのようなエネルギーを見ることができるのだろうか? メアリーとエリザベス、そして中谷と神野、舞台に上がる女性たちが生み出すエネルギーは、あらためて女性という存在の豊かさや奥深さを考えさせてくれるだろう。

イベント情報
PARCO Production
『メアリー・ステュアート』
フリードリッヒ・シラー作『メアリー・ステュアート』の自由な翻案

作:ダーチャ・マライーニ
訳:望月紀子
演出:マックス・ウェブスター
衣装デザイン:ワダエミ
出演:
中谷美紀
神野三鈴

東京公演
2015年6月13日(土)~7月5日(日)全26公演
会場:東京都 渋谷 パルコ劇場

大阪公演
2015年7月11日(土)、7月12日(日)
会場:大阪府 シアター・ドラマシティ

広島公演
2015年7月15日(水)
会場:広島県 アステールプラザ・大ホール

名古屋公演
2015年7月18日(土)、7月19日(日)
会場:愛知県 名古屋 ウインクあいち・大ホール

新潟公演
2015年7月24日(金)
会場:新潟県 りゅーとぴあ 新潟市民芸術文化会館

福岡公演
2015年7月30日(木)
会場:福岡県 キャナルシティ劇場

プロフィール
ダーチャ・マライーニ

1936年生まれ。イタリアの小説家・劇作家・詩人。主にフェミニズムや反ファシズムに焦点を当てた作品で知られ、イタリア文学界最高の賞とされる『ストレーガ賞』を受賞(1999年)。ウンベルト・エーコや村上春樹らと並び、最も『ノーベル文学賞』に近い作家の一人に数えられる。1980年に執筆された『メアリー・ステュアート』は、一人の女性として生きるメアリーとエリザベス一世の生き様を描き、15か国語に翻訳された。父は写真家、登山家、人類学者、東洋学者のフォスコ・マライーニ。



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