沖縄で生きる女性たちの肖像 第1回:金城幸子

沖縄に暮らしはじめて8年。取材を通じて、また、2人の子どもを育てる日々の中で、たくさんの素敵な沖縄の女性に出会ってきました。

中でも私がとてつもなく惹かれるのは、60、70歳を過ぎてもなお、仕事にやり甲斐を持ち、オシャレも忘れない、今が青春と言わんばかりにイキイキと生きるお姉様達の存在です。彼女たちに共通する、太陽のような笑顔をもらうたびに、私はいつもパワーをもらい、年を重ねることが楽しみになります。

沖縄の戦後を生き抜いた、決して平坦ではなかった人生。とびきりの笑顔の裏には、どんな経験や思いがあるのか? 大先輩たちから、おおらかに、幸せに生きるヒントをもらいました。

※本記事は『HereNow』にて過去に掲載された記事です。

ベストを尽くせば“なんくるないん(なんとかなる)”と、経験上、知っている。

「毎朝4時半に起きて、市場へ仕入れに行くのが私の仕事」

と話すのは、ホテルサンパレス球陽館の名物女将・金城幸子(きんじょう・さちこ)さん。御年75歳。若い頃は、モデルやスタイリストとしても活躍し、雑誌『週刊朝日』の表紙の絵のモデルになったこともある。いつも前向きでエネルギーに満ちあふれ、そこにいるだけで彼女の周りはパッと明るくなる。太陽のような人とはこんな女性を指すのだろう。

「私はね、太陽が大好き。だから毎朝拝んでいるし、ほら、ホテルの名前だって、陽の字が入っているでしょ?」

サンパレス球陽館は、1948年、戦後の焼け野原の中、金城さんの父がバラック小屋からスタートさせた。

「沖縄戦当時、私は7歳。その時、母のお腹には妹がいたものだから、凄まじい艦砲射撃の中、北部へ逃げ、母は名護の山の中で妹を産みました。逃げる途中、炎に包まれる中で何度も豚が焼け焦げているのを見たものだから、そのショックで、私は小学校に入るまで豚肉を食べることはできなかったのよ。」

金城さんは、8人兄弟のうち、2人の兄弟を戦争で亡くした。敗戦後、アメリカの統治下になった沖縄。大混乱の中で、父は必死の思いでホテルを建てた。今年で創業67年。これまで風評被害や海洋博後の経済の落ち込みなど、様々な困難があったけれど、その度にスタッフと家族ぐるみで取り組み、乗り越えてきた。

「逆境? そんなものはあってもあまり気にしないわね。今、すべきことをしていれば、『なんくるないん』(なんとかなる)ってことを、何度も経験しましたから。だから自分を信じられるの。でも重要なのは、『頑張っていれば』ということ。何もせずに、棚からぼた餅というのはないのよ。」

できない理由を考えるのではなく、決断したら、できる。

ホテルにはたくさんの出会いがある。出会いが金城さんの教科書だった。22歳のとき、世界一周をしているおじいさんがお泊まりになった。

「旅の面白い話を聞きながら、『私にはそんなお金も時間もないわ』なんて言ったら、おじいさんがこう言ったの。『きみ、そんなことはない。決断したら行けるんだよ』って。それで憧れていたハワイへ半年間、観光業の勉強に行ったんです。そこで得たことはとても大きな収穫でした。」

沖縄のホテル業界、観光業界、ファッション界、経済界と多岐に渡る分野で活躍しながら、4人の子どもを育て上げた。あのおじいさんの言葉を、まさに人生を通して貫いてきた。

今、若い人に伝えたいことがあるとすれば、「常に、自分はどうありたいのかを考えて。」

20〜30代は仕事も子育ても大変な時期だけれど、金城さんは「やりたいことにどんどん挑戦して」と若者へエールを送る。自分に対して、こうありたいという姿を問いかけ、そのために必要な行動を起こす。それが、自分が決めた山の頂に登るための道程となるのだ。

朝は太陽を、夜は月を拝む。自然に勝るものはなし。

沖縄を知り尽くすホテルの女将が沖縄を案内するとしたら、どんな旅を提案するのだろうか。

「私はね、前もってバゲットとワインを買っておくの。それで、空港からそのまま海へ連れていって『はい、広いお風呂でどうぞ〜』って言うのよ。」

さすが、大きくてかっこいい。

大好きなオシャレもまだまだ現役。お気に入りのコレクションは紅型のスカーフやネパールのアンティークビーズ、ハワイのネックレスなど国際色豊か。シンプルな洋服でアクセサリーを楽しむ主義だから、旅先ではいつも面白いアイテムがないかを探している。その年齢だからこそのファッションを最大限に楽しむ。

「74年間生きてきて思うのは、ファッションも料理も、遊びも癒しも何もかも、自然に勝るものはなし。自然が一番。自然が私の先生よ。」

朝日が出てきたら、「今日一日、家族もスタッフも、みんなが平穏に過ごせますように。いつもありがとうございます」と感謝をする。朝は太陽を、夜は月を拝む。これがパワーの源だ。

「神様だってみんなにお願いされたら大変でしょ? だから自分でできることはきちんとやって、その上で“力を貸してください”ってお願いするの。」

朝は太陽を、夜は月を拝む。忙しい日々の中で、数分間、祈りを通して、心安らかな時間を持つことが、「一日の中で一番幸せな時間」と話す。

自然を敬い、手を合わせる。

これこそが、太陽のような女性のパワーの源だった。

プロフィール
かいはたみち
かいはたみち

「沖縄の編集工房アコウクロウの空」代表。編集者・ライター。東京での出版社勤務後、雑誌『沖縄スタイル』、地元紙『沖縄タイムス』を経て現職。著書に『ていねいに旅する沖縄の島時間』(アノニマスタジオ)など。

垂見おじぃ健吾
垂見おじぃ健吾 (たるみ おじぃ けんご)

沖縄在住、南方写真師。文芸春秋写真部を経てフリーランスになる。JTA機内誌『Coralway』の写真を担当。 共著本に『タルケンおじぃの沖縄島案内』文・おおいしれいこ(文芸春秋社刊)、『みんなの美ら海水族館』文・かいはたみち (マガジンハウス刊)、『沖縄の世界遺産』文・高良倉吉(JTBパブリッシング刊)など。



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