『picnic album 1』コトリンゴインタビュー

カバー・アルバムを制作する背景には、色々な理由があるだろう。例えば、今日本で一番有名なカバー・アルバムである徳永英明の『VOCALIST』だったら、歌い手としての自分を見つめ直すという意味があったし、他には創作活動のリフレッシュ的な意味合いがあったり、素晴らしい曲を世に広めたいという目的意識があったり、もちろん、コマーシャルな理由があることもあるだろう。坂本龍一のお墨付きでデビューした、バークリー音楽院出身の才女であるコトリンゴの邦楽カバー・アルバム『picnic album 1』も、当然彼女なりの理由があり、葛藤もあったという。しかし、完成したアルバムは、コトリンゴらしい繊細さと大胆さを併せ持った素晴らしいカバーの数々と、原曲への変わらぬ愛情に溢れた、素晴らしい作品だった。

(インタビュー・テキスト:金子厚武 撮影:柏井万作)

前向きになる曲が多いのはいいことですけど、目を避けたくなるような部分も、その横にいつもあるんだってことを見せられたらいいなって。

―まずは、カバー・アルバムをリリースすることになった経緯から教えてください。

コトリンゴ:ええと、正直に言っちゃいますと、(スタッフから)そういう提案がありまして。最初はカバーってすごく苦手だと思っていたし、恐怖感もあったので、「オリジナルでいいんじゃない?」っていうのがすごくあって。自分の曲をやってれば自分が一番偉いので何でもできるし(笑)。でも、プラスに考えて、好きな曲とちゃんと向き合って、そのままやるんじゃなくて、ちゃんと考えてやれるんだったらやろうと思って。

―「恐怖感」っていうのは?

コトリンゴ:やり始めたらコードとか色々変えちゃうかもしれないので、それが結果的にオリジナルの方の気持ちを害さないかとか、自分の技術的な未熟さで色んなことがカバーしきれないんじゃないかとか。

『picnic album 1』コトリンゴインタビュー

―でも、結果的には素晴らしいアルバムになっていると思います。原曲のよさとコトリさんらしさがいいバランスで共存していて。実際やってみていかがでしたか?

コトリンゴ:すごく楽しかったです。好きな曲をもう一回ちゃんと「何で好きなんだろう?」っていうところから考えて、その好きな部分をちゃんと残したまま、周りの部分を変えるにはどうしたらいいのかすごく考えたし、あとは自分の書けない歌詞のものもたくさんあるので、すごく勉強になりました。

―歌詞は面白いのが多いですよね。特に“AXIA〜かなしいことり〜”(斉藤由貴)とか“う、ふ、ふ、ふ、”(EPO)みたいな80年代の歌謡曲の歌詞ってすごくて、“AXIA〜かなしいことり〜”なんて、要は二股ですもんね(笑)。

コトリンゴ:よからぬことをしてるんだけど、斉藤由貴さんの歌を聴いてたら、悪いって言えない感じがすごいあって。人間いいことばかりやってるわけじゃないじゃないですか? だから、そういう暗い部分も忌み嫌うんじゃなくて、愛してあげたいなっていうのもあって。今特に景気的にも良くないし、悪い話も多いから、前向きになる曲が多いのはいいことですけど、目を避けたくなるような部分も、その横にいつもあるんだってことを見せられたらいいなって。

「戦う強い女」って感じは私にはあんまりないですけど、弱そうに見えて実はずるがしこくて強いみたいな、そういうのがさらっとできたらいいですけどね。

―こういう歌詞は自分では書けない?

コトリンゴ:うーん・・・きっと自分の曲だったら、これは実際の体験なのかとか、まず問い詰められそうな気がして(笑)。

―“う、ふ、ふ、ふ、”で描かれている女性像(<ちやほやされて きれいになると 悪魔したくなる><ひとつやふたつの あやまちだったら プロフィールになる>)はすごく今っぽいですよね。

『picnic album 1』コトリンゴインタビュー

コトリンゴ:私は逆に今ない感じだなって思って。歌うことによって「思い上がるなよ」って言われたらどうしようかと(笑)。でも、あんまりこう<うふふふ>って言ってる歌詞ってないなと思ったら楽しくなって(笑)。

―こういう女性像自体は今っぽいけど、実際それを歌ってる歌詞はあんまりないかもしれない。

コトリンゴ:ないですよね。小悪魔とか、ちょっと前なのかも知れないけど、上手いことやってる子達は今たくさんいるだろうし、だけどそれをオープンに言っちゃうとまだ日本って…

―まあ、そうですね。R&Bとかヒッフホップの女性アーティストは、強い女性像を描く傾向があるかもしれないけど。

コトリンゴ:「戦う強い女」って感じは私にはあんまりないですけど、弱そうに見えて実はずるがしこくて強いみたいな、そういうのがさらっとできたらいいですけどね。“AXIA〜かなしいことり〜”とかすごくそういう感じが出てるなって。

 

“以心電信”は、こんな高度な曲がメジャーでヒットしてたんだなって、改めて魅力を感じましたね。

―今回の収録曲の中で特に思い入れの強い曲と言うと?

コトリンゴ:それぞれ思い入れは強いんですけど…アメリカに留学してたときってホントに邦楽は聴いてなくて。たまたま一時帰国してたときに、クラムボンさんの“シカゴ”をケーブル・テレビで見て、「こんなかっこいい曲を歌ってる人たちがいるんだな」と思ってそればかり聴いてましたね。デビューさせてもらってからも、クラムボンのミトさんに曲を書いてもらったりもして、近いところというか、幸せな位置に来れて。だから、ずっとクラムボンさんに対しては思い入れがあるんです。

―クラムボンは僕も大好きです。今回のカバーもすごくいいですよね。

コトリンゴ:あと他の曲をレコーディングしてたときに、たまたまクラムボンさんが隣の部屋に来ていらして。カバーするときに許諾をもらうんですけど、それをご本人がもう知っていて、郁子ちゃんに「カバーしてくれるんでしょ? ありがとう」って言われて。「まだできてないんだけど、どうしよう」と思いながらも、これは運命だからやるしかないと思って。

―では、一番自然にできた曲と、一番難しかった曲を教えてください。

コトリンゴ:一番自然にできたのは“渚”(スピッツ)ですかね。スピッツさんは高校のときにずっと聴いていて、わりとスルッとできて。難しかったのは、全体的には“以心電信”(YMO)なんですけど、“う、ふ、ふ、ふ、”の歌詞と自分との距離の取り方も難しかったですね。“以心電信”は、いわゆるオーソドックスなメロディアスな曲ではないので、こんな高度な曲がメジャーでヒットしてたんだなって、改めて魅力を感じましたね。

―他にはどんなことを意識して制作しましたか?

コトリンゴ:色々ミッションがあって、元の曲のどんなところが好きで、どこを残したいのかとか、歌詞をどう歌うかとか、色々制約もあるし、すごく勉強になりました。

―ミッションっていうのは曲ごと? アルバム全体では?

コトリンゴ:曲ごとに違って、アルバム全体だと、曲に対する愛情がなくならないようにっていうのを意識しましたね。

―そこが一番大事なところですよね。あと本作はASA-CHANGや高野寛さんをはじめ、たくさんのミュージシャンが参加されていますね。

コトリンゴ:自分がドラムができないから、スタジオ・ミュージシャンみたいなスタンスでドラムを叩いてもらうというよりは、ASA-CHANGだったらちょっとパターンを叩くだけで、ASA-CHANGって感じがするじゃないですか? そういう方を呼んでやりたいなっていうのがあって、そこからまたいい影響を受けられたらなって。

―自分の色に染めるんじゃなくて、他の人の色も混ぜて作ると。

コトリンゴ:そうですね。いい化学反応が出ればと思って。

あえて言葉にしてまで自分が歌うことってなんだろう? って。今回カバーでいろんな方の歌詞を歌ったことが、すごく刺激になっているんです。

―デビュー時の頃はなんでも一人でやられてたと思うんですけど、そうやって他の人の色が混ざることに不安はなかったですか?

コトリンゴ:多少は心配してたりもするんですけど、みんな素晴らしい方ばっかりなので、自分が思った以上にいいものになることばかりだったんです。逆にそこに頼りすぎちゃうのが怖くて、自分で何も考えなくなって「お任せします」だけになっちゃうとダメだなって。

―共同作業のコツってありますか?

コトリンゴ:ホントに素晴らしい方ばかりなので、私が言わなくても自分で上手くポイントを探してくれて、そのポイントも私が意図していたところだったりするんですよ。だから、一応言葉で「ここはこういう感じで」って言ったりもするんですけど、あとはデモを聴いていただいて、ジーっと見てれば、高野さんとか、「見えてきたぞ」って(笑)。そういうのがちょっと楽しかったり…。ちょっとSっ気があるんですかね(笑)。

―(笑)。でも、それだとますます頼っちゃいますね、素晴らしい人ばかりなだけに。

コトリンゴ:今回逆にエンジニアさんがすごい若い子だったんです。以前ずっとアシスタントで入ってくれてた子が独立して、メインのエンジニアさんとして入ったんですけど、2人でああじゃないこうじゃないってやっていくのは、私にとってもいい経験でした。

―『picnic album 1』というタイトルですが、いつもとちょっと違う、ウキウキするようなことをする、でもtravelほど大げさじゃなく、walkingほど手軽でもないって感じでいいですよね。

コトリンゴ:ホントにその通りです。ピクニックにぴったりなアルバムって思われそうな気もしてたんですけど(笑)。

―あと『1』とついているので当然『2』があって、次は洋楽のカバーなのかな? と。

コトリンゴ:それもその通りです(笑)。まだ曲のセレクト段階なんですけど、私の最近のブームがオールディーズで、でもそれだとあんまり有名な曲じゃなかったりするから(笑)、その辺はすり合わせながら。

『picnic album 1』コトリンゴインタビュー

―それも楽しみですね。最後に、次回のオリジナル作品に向けて、今考えていることがあれば教えてください。

コトリンゴ:今年の初めから映画のサントラを2枚作らせてもらったんですが、劇中の音楽なので歌のないインスト曲だったんです。その制作がすごく自由にできて楽しくて。しばらくインスト曲作りから離れていたからわりと自信をなくしていたんですけど、『BECK』をやってちょっと楽しくなってきて、『くまのがっこう〜ジャッキーとケイティ〜』でホントに楽しくて。なので、インストのちゃんとした自分の曲を作ってみたいという気持ちもあります。


あとは何を歌うかっていうのも色々考え中で、今までの歌詞は恋愛のことだったり、現実の出来事を空想と絡めたりしてたんですけど、あえて言葉にしてまで自分が歌うことってなんだろう? って。今回カバーでいろんな方の歌詞を歌ったことが、すごく刺激になっているんです。

―今見えていることはありますか?

コトリンゴ:何を伝えたいのか、伝えるのか、難しいなと思って。みんなを巻き込みたいのか、自由に取ってくれていいのか、私の思いを歌うのか…どうしましょう? っていう(笑)。

―例えば、単純に今一番楽しいことって何ですか?

コトリンゴ:うーん、以前とはちょっと変わってきてるんですけど、以前はわりと一人でいるのが好きで、家にいるのが楽しかったんですね。でも今は知り合いもすごく増えてきて、ライブを見に行かせてもらって、見てただけなのに打ち上げにも紛れ込んで(笑)、そういうのがすごく楽しくて。

―じゃあ例えば、そういうことを歌ってみるのもいいかもしれませんね! コミュニケーションの喜びというか。実体験から出てくる言葉が一番強いと思うので。

コトリンゴ:そうしよっかなあ…。みんなで食べるご飯が美味しい、とか(笑)。

イベント情報
『コトリンゴ〜picnic album 1 release party〜』

【200名限定ライブ】
2010年11月19日(金) OPEN 18:00 / START 19:00
会場:東京都 原宿VACANT
出演:コトリンゴ
料金:3,500円(ドリンク別・全自由席)
※3才以上は入場料必要
問い合わせ&チケット:

リリース情報
コトリンゴ
『picnic album 1』

2010年9月22日発売
価格:2,000円(税込)
commmons / RZCM-46608

1. 恋とマシンガン(フリッパーズ・ギター)
2. 渚(スピッツ)
3. シカゴ(クラムボン)
4. AXIA〜かなしいことり〜(斉藤由貴)
5. 悲しくてやりきれない(ザ・フォーク・クルセダーズ)
6. 以心電信(YMO)
7. う・ふ・ふ・ふ(EPO)
※カッコ内はオリジナルアーティスト

プロフィール
コトリンゴ

5歳よりピアノを始め、7歳で初めての作曲をする。その後ボストンのバークリー音楽院に留学、ジャズ作・編曲/ピアノパフォーマンス科卒。2006年坂本龍一プロデュースでデビュー。翌年日本に住まいを移してからは国内でのライヴ活動も開始、高評価を得ている。卓越したピアノ演奏と柔らかな歌声で浮遊感に満ちたポップ・ワールドを描きだす女性シンガー・ソングライターとして現在各方面から注目を浴びている。



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