生きるって何スか? bronbabaインタビュー

あなたはbronbabaをご存じだろうか? ジャンル云々では語れない、個性的な音楽性やパフォーマンスが一部で熱狂的な支持を集め、「次代のカリスマ」と大きな期待が寄せられていたバンドである。しかし、ファーストアルバム『kinder book』の発表直前にベーシストが失踪し、その後もしばらくは活動を続けるも、やがて活動休止状態に突入してしまっていた。それからしばらくのときが流れたが、昨年新進気鋭のレーベルkilk recordsとの契約を発表し、実に4年半ぶりの新作『World wide wonderful world』で、遂にシーンに帰還を果たす。CDの帯には、彼らの支持者の1人であるthe telephonesの石毛輝からのコメントも寄せられている。

取材に答えてくれたフロントマンの西方龍は、独自の視点や切り口を持った、確かに「カリスマ」という言葉のよく似合う人物。しかし、その一方で、自分の照れ屋な性格や弱さもあけっぴろげに話すことのできる、何とも憎めない人物だった。彼はしばらく音楽から離れることで現在のスタンスを築いたと話してくれたが、その裏側には音楽へのとてつもなく強い愛情があることがヒシヒシと伝わってきたのも、話をしていて嬉しかった。メンバーの引き籠りと失踪、レーベルとの運命的な出会い、震災の前後に発表された映像作品、そして、もちろん新作について、この4年半をじっくりと語ってもらった。

限界を感じたんです。これ以上、自分にはできないって。

―この2年ほど、バンドは活動休止状態にあったんですよね? なぜ、そうなってしまったのでしょう?

西方:ちょうど…『exPoP!!!!!』に出たじゃないですか(2008年11月に出演)? YouTubeに上がってるその時のライブ映像があると思うんですけど、あれ以降ぐらいから、ライブ活動じゃないものになってましたね。

―「ライブ活動じゃない」というのは、どういうこと?

西方:もう…どうでもよくなってたんですよね。あの映像を見て、「お、かっこいい。すげえじゃん、俺たち」って思ったんですけど、問題はその後ですよね。何でこんなにかっこいいのに、ここまでどまりなんだっていうか、何でもうちょっと気持ちが伝わらないかなって…。伝わらないんですよね、全然。で、嫌になっちゃったんですよ、面倒くさくなっちゃった。

―かつてのbronbabaはどんな気持ちを伝えたかった?

西方:僕説明はしたくないんです。単純に、恥ずかしいからなんですけど。今回のアルバムでは日本語を使いましたけど、僕らの曲っていうのは元々歌詞もあってないようなものだったんで。

―説明したくない気持ちを、音楽にしてる?

西方:そうです。だけどやっぱり、恥ずかしいからって発信しないと、誰にも伝わらないですよね。前に作ったアルバムは僕自身満足してますけど、多分みんな新しいアルバムが出るってことになって、押し入れの中から引っ張り出してると思う。つまり、結局はお蔵入りのCDなんですよ。出して聴いてみると、確かにかっこいい。だけど、やっぱり仕舞われちゃう音楽なんです。

bronbaba 西方龍

―それで、もうどうでもよくなっちゃった?

西方:限界を感じたんです。これ以上、自分にはできないって。僕はbronbabaっていうブランドが大好きだったんですよ。それをチンタラ活動してカッコ悪いものにしたくなかった。段ボールに入れられちゃうような音楽かもしれないけど、それでもいつか出したときにかっこいいと思われる存在でいたいと、そう思ったんです。

―でも、bronbabaには、決して数は多くなかったとしても、当時から熱狂的なファンがいたと思うんだけど。

西方:すごく恥ずかしいことなんですけど、その当時は…僕は僕のやってることがよくわからなかった。そのよくわからないものを熱狂的に好きになってくれる人は、ちょっと怖かった。バンドっていうのは特殊な世界で、人によって生かされてるところがあるんですよ。自分で自分のことがわかってないのに、俺より俺のことを理解した人が、勝手に俺の方向性を決めちゃうんです。結局人間だから、褒められると嬉しいし、言ってくれた方向に伸びようとしちゃう、これがすごく怖かった。だから…当時は僕より僕のことをわかってる人が多かったと思います。わからないのは自分だけで、傍から見ると簡単にわかる。僕の情報は筒抜けだったのかもしれない。でも、そこに魅力を感じる暖かい人が多かった。だから、感謝してます。

2/4ページ:やめちゃうとね、どうでもいいんですよ。単純に、すごい素直な意見が言えたんですよ。「羨ましいな」って。

やめちゃうとね、どうでもいいんですよ。単純に、すごい素直な意見が言えたんですよ。「羨ましいな」って。

―バンド活動がストップしてからは、何をしようと思ったんですか?

西方:もう音楽じゃなくていいかなって思いましたね。この時代に、ひとつのジャンル、特に音楽だけに命を賭けてる人たちって、普通じゃないですよ。知っての通り、YouTubeとか、何でも映像プラスですからね。それが当たり前なのに、音楽だけでいいっていうのは、これは普通ではない。それで、自分が音楽だけでああだこうだ言ってるのが嫌になってきた。かといって、音楽しかやってなかったもんだから、「じゃあ、何やろう?」ってなっちゃった。でも、すげえワクワクしたんです。自由だと思って。今回ジャケットの写真とか全部僕がやってるんですけど、これもその一環ですね。だから何もやってない時期っていうのはなくて、その媒介が音楽じゃなかっただけで、同じようなことはやってたんです。

bronbaba 西方龍

―写真の他にはどんなことを?

西方:まずバンドをやめて最初に走ったのが、本ですよね。でも、あんまりマニアックな本を読もうとはしなかった。音楽で懲り懲りしちゃった。俺は本のジャンルは全然知りませんけど、音楽で言うと、ハードコアがあって、テクノがあって、それの仲が良いとか悪いとか、そんな情報は欲しくなかった。本に対してまだ自分の頭はクリーンだから、いいものだけを吸収したい。だって、絶対SONIC YOUTHなんかかっこよくないんですよ。

―俺、かっこいいと思うけどね(笑)。

西方:俺もかっこいいと思ってるんですけど、それは洗脳されてるからなんですよ。そういうのが嫌で、新刊の、みんなが面白いって言ってる本を読もうと思った。そうすると、今度は俺も書いてみようかなって、書きますよね。だから、まずは「書く」っていうのを覚えましたね。

―「書く」の次は?

西方:その後にはまったのが「見る」ですね。上野によく行って、動物園と西洋美術館をセットで回るんです。「見る」のは何が面白いかって、「見る」っていう行為をしてる人を見るのも面白い。その僕を見てる警備員さんもいるわけで、それぞれの視点で考えるんですよ。絵もね、別に画家が好きなわけじゃないんで、さっきの本の話と一緒ですけど、つまらない知識は欲しくないんですよ。クリーンな目で見たい。

―そういう中で、音楽が恋しくはならなかった?

西方:音楽は常にありますからね。聴き過ぎる必要はなくて、このインタビューをしてても、向こうで音楽が流れる。これで十分だったんです。

―でも、同じ時期に近いところで活動していた、それこそthe telephonesだったりがメジャーに行ったり、大きな会場でライブするようになっていったのは気にならなかった?

西方:未練がなかったって言ったら嘘になりますけど、そこまで…邪念が落ちた感じなんですよ、ホントに(笑)。確かに活動してるときはありましたよ、ひがみだとか、必要もないのに何かをバカにしてみちゃったりして。これは確実に僕の方がおかしいですよね(笑)。でも、やめちゃうとね、どうでもいいんですよ。単純に、すごい素直な意見が言えたんですよ。「羨ましいな」って。これが意外と出ないと思うんですね、邪念があると(笑)。それぐらいに回復した…っていうとおかしいけど、1回リセットした感じはありますね。今戻ってきましたけど、自分のことをバンドマンとも思ってないんです。宇多田ヒカルの「人間活動がしたい」って、よくわかりますよ。それでまた戻ったときは、違う人間になってるんです。

―1回バンドから離れてみるのも、貴重な経験だったと。

西方:バンドってすごくいいもので、人をそれぐらい惹きつけちゃうんですよね。言ってみれば、魅力が強すぎて、縛られちゃう。僕はずっと縛られてましたね。それだけの話だと思います。

3/4ページ:2012年っていうのは、アーティストの嘘がばれる年だと思うんです。

おかしくなっちゃったんですよ。俺は上手くシフトチェンジできたけど、彼も僕と一緒にやってきた人間で、そんな上手く社会に溶け込めるはずない。

―じゃあ、そうやって邪念が落ちていって、自然と「そろそろまた音楽やるか」って感じだったのかな?

西方:「バンドでもやりてえな」って思って、メールを開けたら、たまたま森さん(kilk records)からのメールが入ってて。だから、はっきり言って、「さあ、やるぞ」とかは1度もなかった。俺らは餌を吊るされて、飛び乗っただけなんですよ。「またできる!」って。

―ちなみに、森さんは活動休止状態にあることを知りつつ、それでもラブコールを送ったわけですか?

:ファンの人には怒られそうなんですけど、そのメールをした3日前ぐらいに、初めて音を聴いたんですよ。ライブを見てない段階で、音源だけ聴いて、「すごいバンドだ」と思って、今活動してるかも全然わからないまま、とりあえず会ってみたいと思ってメールしたんです。そしたら、放置してたメーラーの1番上に僕のメールがあったらしくて。

西方:何千件もの未読メールの一番上に、そのメールがあったんです。俺もびっくりしちゃって、「俺を中心に世界が回ってるんじゃないか?」ってぐらい、あまりにも待ちに待ってた振りじゃないですか? それで、「じゃあ、やるか」って。

―でも、資料によると他のメンバーは色々大変だったみたいですね。特に、ドラムの鳥羽君とか。

西方:あいつは…引き籠りになっちゃって、大変だったんですよ。彼を助けるところからまず始まったんです。この写真は彼の実家なんですけど、死ぬ前にしか書けないって言われてる…エモいやつですよね(笑)。傑作でしょ?

bronbaba
アルバムのブックレットより

―元々考え込んじゃうタイプだったの?

西方:おかしくなっちゃったんですよ。俺は上手くシフトチェンジできたけど、彼も僕と一緒にやってきた人間で、そんな上手く社会に溶け込めるはずない。だから、ホントに彼を助けるところから始まったんですけど、でもその後の彼の回復は早かったですよ。

―ベースの丸山君も東京からいなくなってたんだよね?

西方:それもびっくりしました。気づいたら、宮古島にいるって(笑)。活動しなくなって、俺ら3人自由ですよね。でも、これまでバンドをやることしか考えてなかったから、言ってみれば、「生きるって何スか?」になっちゃったんです。多分みんなそうで、鳥羽君は引き籠っちゃって、丸山君はどっか行っちゃって、俺は逆に普通になろうと思いました。「そこに幸せがあるって、噂でそう聞きましたけど」っていう。

―じゃあ、今は別でちゃんと働きながら音楽をやってるってこと?

西方:もちろん、そうですよ。今バンドで飯食えないですから、上手く生活していかないと。ホントに好きで長くやりたいなら、ちゃんと土台を固めないと、逆にやれないんですよ。俺たちは、ちゃんと自分たちの意思で解散するとこまでできるっていうスタンスになったんです。「自分たちの意思でやり切った」って、ゆらゆら帝国みたいに解散するのがやっぱかっこいいですよね。

 

2012年っていうのは、アーティストの嘘がばれる年だと思うんです。

―昨年いくつかの映像をYouTubeにアップしてますよね。1月から2月には『neotokyo』と題された映像が5本アップされています。

西方:あれはバンド再開の目途が全く立ってない頃に撮りためた映像です。あのシリーズは、kilkと契約して以降はあげてません。それから先になっちゃうと、僕たちが意識しなくても、どうしても「これを見る人がいる」っていうものを撮ってしまう。それでは作品にならないから。

bronbaba 西方龍

―そもそも、何らかの目的があって撮ってたんですか?

西方:これは今思うとバカな話なんですけど、映画を撮ろうとしてたんです。あの頃は毎日楽しかった。でも何か面白くない。見てくれる人がいないからでしょうね。だから、あのとき言ってのは、カメラ3台メンバーそれぞれの視点で撮り続けて、27歳まで撮り貯めて、その頃には俺ボロボロで、死ぬか生きるかだろうから、「じゃあ、俺リーダーだから死ぬよ。かっこいいじゃん、それで」って言ってたんですよ。それが始まったばかりのときに、kilkから連絡が来ちゃって、その計画はおじゃんになるんですけど。だから今あがってるのは、完成しなかった作品の断片なんです。

―命の恩人じゃないですか、森さんが(笑)。

西方:そうかもしれないですけど、ひとつ作品は潰されましたよね(笑)。

―でも、死にたくはないでしょ?

西方:その通り。だから、バカなこと言ってたって話です。

―でも、今あがってる中では最後の「5」が2月28日にアップされてたから、その後にkilkとの話があって、すぐ震災があったってことですよね?

西方:そう、森さんのメールも3000件の一番上にあって、「よし、やるか」って思ったら、直後に震災。「何だこれは? 一体何が起こってるんだ?」って感じましたよね。

―震災の直後には、『for side』と『moon side』もアップされていました。

西方:これはホントに失礼な話なんですけど、あれに関しては興奮してました。僕の家はテレビもラジオもなくて、携帯の情報ぐらいしかなくて、ただものすごいことが起きたとは感じた。僕外を歩くのが好きなんで、いつも通り外に出たら、家の近くが帰宅難民ですごいことになってて、急いでカメラ持って、「何かものすごいことが生まれるんじゃないか」って。ホントに失礼な話なんだけど、でもしょうがない。常に面白いものを探してるから。それで、1〜2時間、練り歩いたんです。きれいでしたよ。それで、自分の音楽をつけてアップしたんです。でも、問題はそこからですよね。

―というと?

西方:その後で初めて津波の映像を見て、思いましたね。「あげちゃった…」って。頑張ろうって気持ちであげたものなんですけど、そんなレベルじゃなかった。消そうかなとも思ったけど、作ってしまったものはしょうがない。何も恥ずかしいことじゃないし、何かを作ることが仕事ですからね。まあ、背負っていくことになっちゃったけど、いいんじゃないかって。

―表現をする人は誰でもあの震災とは向き合わざるを得なかったと思うし、あれ自体は否定されるべきものではないと思いますよ。

西方:僕らのアルバムは5月2日に出ますけど、今年の前半に出るアルバムって、みんな2011年に作ったアルバムになるわけですよ。だから、絶対あの地震から影響を受けないはずがないから、すべてどう向き合ったかのアルバムになるんですよ。大概は、多分いつも通りやってるんでしょうね。でも、影響を受けないのは普通じゃない。

―「いつも通り」をチョイスしてるって言えるかもね。

西方:そういうことですね。2012年っていうのは、アーティストの嘘がばれる年だと思うんです。わかりやすいですよね。

4/4ページ:僕はね、見てますよ、見られてるんじゃなくて。

僕は音楽を作ってないんです。ただ、反映されるんですよ。

―資料にアルバムのテーマとして「回帰」「再生」「希望」とありますが、これも当然震災を踏まえてのテーマになってるわけですよね?

西方:僕なりに出した解答ではあるんですけど、わかりやすい方がいいと思って。さっきも言ったけど、偶然かのように復帰とそういうものが重なってしまって、それこそ回帰しないとだし、ギターなんて弾いてなかったから、再生させなきゃいけない、せっかく壊れたものを新しいものに直すなら、そのときなくしてしまった希望も一緒に入れちゃおうって。

―ただ、それを直接的な方法で表現することはしないわけだよね?

生きるって何スか? bronbabaインタビュー

西方:リンクするんですよ。僕は音楽を作ってないんです。作り方もよくわからないし、ホントの話、ギターも弾いてるようであんまり弾いてない。シンセとか鍵盤もよくわからない。よくわからないものをくっつけてやってるんです。ただ、反映されるんですよ。そういう風に思った、それが出ちゃうんです。今回のは最近作った曲も昔からある曲も入ってて、そのときそのときで録り方も手法も全然違う。でも、全部かっこいいと思ったんですよ。間違いなく、そのとき思ってるものを一生懸命やってる。嘘をついてない。だから、僕が思ったことは絶対曲に反映されてるんです。メモリーの切り取りですから。

―なるほど。

西方:だから、一生懸命面白いことを探さないと、誰が見てもかっこいい人間にならないとっていうのはいつも意識してる。直接それが作品になってしまいますからね。

―『World wide wonderful world』っていうタイトルに関してはどう?

西方:これは語呂の良さですね。今タイトルってすごく重要だなって思ってて、作ったものにわかりやすい看板をつけてやらないと、伝わりにくいなって思う。タイトルだけじゃなくて、写真を載せたり、いろんな形でわかりやすくしたつもりです。例えば、"drum"っていう曲がありますけど、鳥羽君がすごくいいドラムを作って、歌詞は<凄い、傑作だ。>、これだけわかりやすく伝えてあげたんです。「このドラムはすごい、これだけで曲になるものだぞ」って。これで「何これ? インストバンドかっこいいね」って言われちゃったら、こっちはたまったもんじゃないから。伝えなくちゃって思いの表れですよね。

―つまり、この作品はタイトル通り、西方君なりの「素晴らしい世界」を描いたポジティブな作品であると。

西方:これはものすごくポジティブなアルバムですよ。暗い気持ちは一切入ってない。暗く感じる部分があるのは、しょうがない。それは僕のスペックですから。火炎系の属性を持ったポケモンは、どんなに水系になりたくても、絶対に火が残ってしまう。それと一緒ですよ。若干暗いイメージがあったり、ジャケットが皮肉っぽくなってしまうのは、僕が作ってるんだから、それはしょうがないことなんですよ。

bronbaba
bronbaba

 

僕はね、見てますよ、見られてるんじゃなくて。

―一時期は伝わらないことに疲れてしまったけど、今もう一度音楽の、バンドの舞台に戻ってきた。今は「伝える」っていうことをどう考えていますか?

西方:…人の心を動かすとか、自分の気持ちを伝えるっていうのは、本当に難しい。それに、すごく疲れる。だから、通じない人がいると、すごくがっかりしちゃうんですよね(笑)。

―でも、今は映像や写真といったインプットもして、もう一度そこにトライしていこうとしてるわけだよね?

西方:いろんな目線から同じものを撮りたいなっていうのがありますね。美人だって鼻の下をアップで撮ったら不細工になるようなもので、その角度でいいものが悪いものに写っちゃうし、その逆もある。だから、色々角度を変えて、悪いとこいいとこ同時に映して曲にしちゃってもいいし、映像にまとめてちゃらんぽらんな効果音をつけてもいいし。うん、角度を大切にしたいな。僕はね、見てますよ、見られてるんじゃなくて。僕は発信すると同時に、大体自分がこういう風に言えば世間はこう言うだろうなってわかりますから、そこを踏まえて、「どうしてくるんだろう」って僕自身が問いただして、見てるんですよ。まあこれ…偉そうだな(笑)。これはちょっと極論ですけどね、見ることが大切だなって思います。

―じゃあ最後に、バンドの休止後に考えざるを得なかった「生きるって何スか?」っていう質問の答えは、今は見えていますか?

西方:それは「自分で考えろ、バカ」ってことですね(笑)。

リリース情報
bronbaba
『world wide wonderful world』

2012年5月2日発売
価格:2,200円(税込)
KLK-2018 / kilk records

1.hello
2.world
3.sick
4.pico
5.end
6.drum
7.me
8.a-a
9.yoru
10.base
11.cuzu

プロフィール
bronbaba

茨城県古河市にて結成された、西方 龍(g)、丸山大裕(b)、鳥羽 信吾(d)の3ピースバンド。デビュー以前からデモCD『loop&loop 』を1000枚売上げ、年間に東京だけで60本、月に30件以上ライブのオファーが殺到するなど新しい世代の新しいタイプの音楽として人気を集める。2007年10月、mini album "LOOP&LOOP"で自主レーベル"NMK5 records(西方マジギレ五秒過ぎ)"からデビュー。同年12月、1st album "kinder book"を発表。直前、あまりにストイックな活動についていけずメンバーの一人が行方不明になって脱落している。その後、本人曰く、何がしたいのか?何をしているのか?がよく分からなくって自主レーベルNMK5recordを凍結、活動も休止している。その間、一人はニート、引きこもり。一人は失踪、宮古島で見つかる。一人は就職、歪む。この頃、日常の躁状態のみを撮影した映像作品『neotokyo』をなんの説明もせずYouTubeに発表。なにがやりたいのか?この映像は一体何なのか?と訳の分からないモノとして話題になる。2011年にkilk recordsと契約。2012年、本格的に活動を再開。ライブには非常に定評があり、各方面から理解を得ている。



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