堀込高樹(KIRINJI)を揺さぶった6つの歌詞

CDを中心としたパッケージから、ダウンロードやストリーミングといったデータへ。音楽メディアをめぐる状況が大きく変化を続ける中、「歌詞カード」の存在意義がクローズアップされることも増えてきている。パッケージメディアには必ず付随し、それを見ながらのリスニングが一般的だったはずだが、データでのリスニングが中心という人にとって、歌詞を文字面で見る機会はすでにほとんどないのかもしれない。「歌詞がいいから売れる」という言説が未だまかり通る中、今歌詞のあり方について再度考えてみるということは、非常に意味があると言えるだろう。

そこで今回は、兄弟での活動を終了し、今夏新たに再スタートを切るKIRINJIの堀込高樹を迎え、さまざまな年代・ジャンルの音楽を歌詞付きで楽しむことのできる音楽アプリ「うたパス」を触りながら、彼の歌詞に対する考えをじっくりと語ってもらった。あくまで音楽として音の響きを重視しながらも、言葉から強烈な印象を受けたという6曲の話から、耳と目の両方で楽しむ歌詞の面白みを、改めて感じてもらえるのではないかと思う。

堀込高樹の選曲リスト

・北原ミレイ“ざんげの値打ちもない”(作詞:阿久悠)
・浅川マキ“かもめ”(作詞:寺山修司)
・山口百恵“プレイバックpart2”(作詞:阿木燿子)
・RCサクセション“わかってもらえるさ”(作詞:忌野清志郎)
・くるり“言葉はさんかく こころは四角”(作詞:岸田繁)
・はっぴいえんど“風をあつめて”(作詞:松本隆)

表現としての押し出しの強さは、詞先で作られた、歌詞が音楽全体を引っ張ってる曲の方が強いような気がしますね。

―今回は歌詞をテーマに6曲を選んでいただきましたが、どのような観点で選んでいただいたのですか?

高樹:歌詞に強烈な印象があったものですかね。僕はもともと、歌詞に着目して音楽を聴くってことがあるようでなかったんですよ。やっぱり、メロディーだったりサウンドだったり、歌い手の声とかね、そういう音の部分でまず惹かれるので、昔から知ってる曲でも、歌詞のことはあんまり把握していなかったんです。

―高樹さんは作詞家としても高く評価されている方なので、意外でした。

高樹:ちゃんと歌詞を気にするようになったのは、自分で歌詞を書くようになってからなんです。それからいろいろ聴いたり見たりする中で、「強烈だな、これは」っていう、こういう歌詞を自分でも書けたらいいなって思う曲を選んできました。

―阿久悠さんや阿木燿子さんといった作詞家の方の作品はやっぱりすごいなって、今回改めて思いました。

高樹:当たり前のことを言うようですけど、「意味がわかる」っていうのは大きいと思うんですよね(笑)。自分もそうだけど、何よりもまずメロディーがあって、そこに言葉を乗せて、なおかつサウンドにも合うようにしようとすると、意味が希薄になりがちなんです。ホントはこの言葉が使いたいんだけど、尺が合わないから違う言い方をするとか、そういう風に意味がどんどんスポイルされてしまう。


堀込高樹(KIRINJI)

―今回挙げていただいたような曲は、そうではない?

高樹:たぶん1970年代とかは詞が先にあって、それに歌をつけるっていうのが通常だったと思うんです。表現としての押し出しの強さは、歌詞が音楽全体を引っ張ってる曲の方が強いような気がしますね。

―高樹さんが曲を作るときは、ほぼ曲が先で詞は後ですか?

高樹:詞先もいくつかはあるんですけど、圧倒的に曲が先ですね。ただ自分の場合は、曲を書いて、詞を書いて、編曲も自分でやるわけだから、歌詞を書いてて長くなったら「ここのメロディー伸ばせばいいや」とか、オケもそこから作り直したりできるわけです。だから一応メロディーはあるけど、それはあくまで取っ掛かりとしてあって、作詞をしながら音も一緒に作っていく感じになってきてますね。

―自分で詞を書くようになって、言葉の重要性が高まったという風にも言えますか?

高樹:昔から歌詞もちゃんと作ろうとは思ってたんですけど、比喩として面白いとか、イメージが膨らむ描写をするとか、そういうことを考えてたんです。でも、最近はもっと基本的な、「何を歌ってるのかがちゃんとわかる」っていうところから書いてますね。昔は表現しようとすることも抽象的だったりしたけど、そうじゃない方が作品としての強度があるのかなって思ったりもしてます。

“ざんげの値打ちもない”は、暗くてすごい。世間からも、自分でも、自分の人生を見限ってる。

―では、今回挙げていただいた曲についてお伺いしていこうと思います。まずは北原ミレイさんの“ざんげの値打ちもない”(1970年発表)。作詞は阿久悠さんですね。

高樹:暗い、ひどい歌ですよね(笑)。当時は世間が暗かったから、きっとこういう暗い歌が受け入れられたんだと思うんですけど、「ざんげの値打ちもない」って、これ以上絶望的な言葉ってないと思うんですよ。だって、「すみません」って言おうと思っても、「すみませんなんて言う値打ちないよ、お前なんか」ぐらいなあしらい方を、自分で自分にしてるわけだから、これ以上暗い歌は世の中にないと思う。それを発見したっていうのがすごいなって。

―しかも、それがそのまま曲タイトルってすごいですよね。

高樹:たぶん、この言葉が最初からあったわけじゃなくて、不幸な女の話を時系列で書いていこうとしたんだと思うんですよね。繰り返し出てくるのは<愛と云うのじゃないけれど>って歌詞ですけど、これがタイトルだったら寂しい女の人のつましい感じで、まだ可愛げがあると思うんです。でも最後に出てくる<みんな祈りをする時に ざんげの値打ちもないけれど>って歌詞は、世間からも、自分でも、自分の人生を見限ってる。暗くてすごいなって。

―高樹さんもインパクトのある言葉を使うのがお好きな印象があります。

高樹:印象に残る言葉をなるべく選ぼうっていうのはあると思うんですけど、「ざんげの値打ちもない」には追いつけない。追いつけないっていうか、僕も含めて今の人って、やっぱり人間が甘いんですよね。たとえばものすごく暗い曲を書いたとして、「この歌は救いがない」って世間から言われるのがわかっていると、「ちょっとぐらい前向きな方がいいかな」みたいに思っちゃう(笑)。

―この曲って北原ミレイさんのデビュー曲なんですよね。その後のシングルも“棄てるものがあるうちはいい”“何も死ぬことはないだろうに”(共に阿久悠が作詞)って、すごい(笑)。

高樹:でも、やっぱりデビュー曲の“ざんげの値打ちもない”が一番強いですよね。「『何も死ぬことはないだろう』に、『ざんげの値打ちもない』おまえの人生なんだから」ってことでしょ? だから、真打ちが初めに出て、暗いんだけど、だんだんリリースを追って薄まってるっていう。これを言われたらどうにもならなくなるけど、気が楽になると言えばなるのかもしれないですね。

“かもめ”は今で言うところのストーカー殺人の話なんですけど、昔の歌には題材の自由さもありますよね。

―続いて、浅川マキさんの“かもめ”(1969年発表)。寺山修司の作詞です。

高樹:これも血なまぐさい歌なんですけど(笑)、先に字面で知ったんですよ。寺山修司の詩集かなんかを高校生の頃に読んで、面白いなと思って、あとから「あ、これ歌なんだ」って。

―基本的に暗い歌に惹かれる傾向があるんでしょうか?

高樹:かもしれないですね(笑)。暗い方が楽しいっていうとおかしいですけど、楽しいものって自分がそれに乗れないと退屈なだけだし、ニュートラルな状態のときに楽しい歌を聴いても、僕の場合はそんなに気持ちが持ち上がらないんですよ。あとは、こういう物語の傾向も時折、参考にしたりもしています。“かもめ”は今で言うところのストーカー殺人の話なんですけど、昔の歌には題材の自由さもありますよね。今ストーカー殺人の歌なんか作ったら、怒られちゃいますから。

―今は中二病的な歌詞とかが多いですよね。

高樹:神聖かまってちゃんとかって、「死にたい」って歌ってるじゃないですか? 歌の中で誰かが誰かを殺したって話が出てくるより、「死にたい」って本人が歌ってる方がどぎついし、あれを今の若い子が楽しんでると思うと、すごいなって、おじさんは思ったりしますけど(笑)。“かもめ”は暗いなりに客観性が保たれてるから、小説とか映画と同じ感覚で、独立した作品として聴けるけど、「死にたい」って延々と歌ってる人がそこにいたら、こっちがやられてしまう。表現としてはすごく強いんですけどね。あと“かもめ”って、どこかユーモラスな感じがしますよね。そんな深刻じゃないでしょ? 人を……してるわりには(笑)。

―<かもめ かもめ 笑っておくれ>ですからね(笑)。

高樹:この曲が生まれた当時、マドロス(船乗り)が娼婦を殺すっていう物語にどこまでリアリティーがあったのかわからないけど、たぶん当時としてもそんなにリアルな話じゃないと思うんですよね。おとぎ話的な、寓話的なものとして楽しんでると思うので、暗いけど、作品として楽しいんですよね。

“プレイバック Part2”は、主人公が発した言葉が別の状況と結びついて、さらにそこに人の歌も巻き込んでるっていう、「してやったり感」がすごい。

―続いて、山口百恵さんの“プレイバック Part2”(1978年発表)。「作詞:阿木燿子 / 作曲:宇崎竜童」の名コンビによる作品ですね。

高樹:子供の頃は「プレイバック」の意味もわからず聴いていて、ただキャッチーな音楽だと思っていたんです。それが自分でカセットテープとかをいじるようになって、プレイバックは「もう1回聴き直す」ってことだとわかった上で改めて聴いてみたら、ものすごく面白い歌だと思って。

―構造的にすごく面白いですよね。

高樹:そうなんですよ。<馬鹿にしないでよ そっちのせいよ>って車に乗ってるときに言ったセリフが、実は自分が夕べ言った言葉でもあって、全然違う状況がつながるっていうのがすごく面白い。あとラジオから<勝手にしやがれ>って歌が流れてきて、<今の歌をPlay Back Play Back>って言うわけですけど、これは明らかに沢田研二の“勝手にしやがれ”なんですよね。主人公が発した言葉が別の状況と結びついて、さらにそこに人の歌も巻き込んでるっていう、「してやったり感」がすごいなって。“勝手にしやがれ”は阿久悠が書いてるんで、そういう丁々発止のやりとりも、時代としてあったのかなって。

―この時代の歌謡曲のクオリティーの高さを象徴する1曲ですよね。

高樹:最初は同じ歌手と作家の組み合わせの“美・サイレント”にしようかなとも思ったんですけど、あの曲は伏せ字があるんです。<あなたの○○○○が欲しいのです>って。そこで山口百恵はマイクを口から話してもごもご何か言うんですけど、サビで敢えて歌わないっていう手があるんだと思って。当時は変な歌だと思って聴いてましたけど、阿木燿子・宇崎竜童を改めて聴いてみると、すごく先進的っていうか、思い切ったことをやってて、すごいなって。

―“プレイバック Part2”のブレイクも斬新ですもんね。

高樹:詞とメロディーとアレンジが全部一個の表現になってるっていうね。自分も含めてですけど、昔に比べると今って作り手が自分で詞も曲も書くことが多くなって、でもそれって、言ってみればその人だけで終わりじゃないですか? 作り手の才能頼みみたいなところがある。その点やっぱり歌謡曲の時代は、「三人寄れば文殊の知恵」っていうかね(笑)。

―分業制の良さですよね。最近のアイドルとかはまたそういう感じになってきていて、ヒャダインさんみたいな作曲家に注目が集まってますけど、作詞家のスターってまだいないですよね。

高樹:つんくとか中田ヤスタカとかも自分で詞も書いてますしね。今はそういう意味でも、才能ある一個人が全部やってる感じはしますね。

「そんな日がくる」の方が会話として自然なのに、わざわざ「そんな日になる」って歌っている。そこには何か理由があるはずじゃないですか?

―では、次はRCサクセションの“わかってもらえるさ”(1976年発表)。忌野清志郎さんの作詞です。

高樹:高校生のときに、後輩がRCサクセションの“多摩蘭坂”を弾き語りしてて、「たまらんざか? たまらんの?」とか思って(笑)。

―(笑)。

高樹:「たまらん坂」っていうのが本当にあるっていうのは後から知ったんですけど、その流れで“わかってもらえるさ”も知ったのかな。これは、曲を作る人はみんなこういうこと言いたいと思うんですよ。今はあんまり売れてないけど、いつか売れるんじゃないかと思ってやってる人ばっかりだから、何か作品を作って、世に問おうとしてる人は、みんなこういう気持ちがあるんじゃないかって。これは単純に共感ですね。

―最初の3曲とはちょっと違った観点ですね。

高樹:気になったのが、<この歌の良さが いつかきっと君にも わかってもらえるさ いつか そんな日になる>ってあって、「そんな日がくる」じゃなくて「そんな日になる」っていうのが、「そういう世の中になるよ」って捉えられるじゃないですか? 「そんな日がくる」だったら、「君の歌もいつか売れるといいね」ぐらいのカジュアルな感じだけど、「そんな日になる」って書かれると、「そういう世の中になるよ」って歌われてる気がして、そう思ったら俄然曲が大きくなって聴こえたっていうかね。

―細かい語尾や接続詞でガラッと意味が変わる、その典型と言えるかもしれないですね。

高樹:清志郎さんの歌って口語に近いというか、親しみやすい言葉が多いじゃないですか? だとしたら、「そんな日がくる」の方が会話として自然なのに、 わざわざ「そんな日になる」って歌っている。そこには何か理由があるはずじゃないですか?

―確かにそうですね。

高樹:僕はずっと「そんな日がくる」だと思ってたんですけど、改めて歌詞を見返したら「そんな日になる」だったんです。後年わりと社会的なことを歌うようになって、少しつまらないと思ってたんですけど、RCサクセションの時代から「そういう世の中がいつか来る」ってことを思いながら作品を作っていたんだなって改めて思うと、後年の変化も自然なことだったというか、そういう視点を元から持ってたんだなって思ったんですよね。

岸田さんが僕と同じようなことを考えて歌にしたのかわからないですけど、すごいなって思った。

―続いて、くるりの“言葉はさんかく こころは四角”(2007年発表)。岸田繁さんの作詞です。

高樹:ちょうどこの歌を知ったときに考えてたのが、言葉で何かを言おうとしたときに、思ってることと、言った言葉っていうのは、実はイコールのようでイコールじゃないっていうことだったんです。たとえば人を殺したり傷つけりしたやつが、「誰でもよかった」って言うけど、その言葉を額面通りに受け止めてたら、その人の気持ちって何もわからないじゃないですか?

―確かに、その通りですね。

高樹:言葉で言ってることと、思ってることっていうのは実はかけ離れていて、なおかつそれが行為として表示されると、もう何だかよくわからないことになる。ホントは「誰でもよかった」とは思ってないけど、「誰でもよかった」って言って、その結果表出したものが殺人であったり……バランスがまったく取れてないじゃないですか? それで、何かこういうことを歌にできないかなって思いつつ、抽象的だからずっと保留にしてたんです。そうしたら、<言葉は三角で 心は四角だな まあるい涙をそっと拭いてくれ>って、ものすごく平易な表現の歌が飛びこんで来たから、すごいなって思ったんです。岸田さんが僕と同じようなことを考えながら歌にしたのかどうかはわからないですけどね。

―最初の方に挙げていただいた、意味がはっきりわかるっていうタイプの歌詞とは違って、想像の余白を残すタイプの歌詞の面白さですよね。

高樹:そうですね。でも、「言葉は三角で〜」っていうくだりは抽象的ですけど、その後はわりと具体的な描写が出てきて、補完し合ってると思いますね。

“風をあつめて”は、他のはっぴいえんどの歌詞と比べても、イメージの広がり方が突出してる気がするんです。

―では、最後にはっぴいえんどの“風をあつめて”(1971年発表)です。松本隆さんの作詞ですね。

高樹:高校生の頃に初めて聴いて、そのときは詞の意味はまったくわからなかったんです。後年CDが再発されて、聴きながら文字面を追っていくとすごくイメージが広がる詞で、しかも松田聖子にも詞を書いてる「あの松本隆か」って意外だったりして。

―特に、この曲の歌詞のどんな部分に惹かれたんですか?

高樹:他のはっぴいえんどの歌詞と比べても、イメージの広がり方が突出してる気がするんです。<路面電車が海を渡る>とか<摩天楼の衣擦れが舗道をひたす>とか、きっとこれってどこかの風景を工夫して表現したんだと思うんですけど、ちょっとこの世のものではない感じがするんですよね。浮世離れしてるっていうか、あの世っぽい(笑)。それが面白いですね。

―はっぴいえんどと言えば、いわゆる「日本語ロック論争」があり、日本語でロックをすることのパイオニアと言われているわけですよね。

高樹:それ、松本さんに直接聞いたんですけど、「ジャックスとかGSとか、日本語のロックって前からあったはずなのに、なんではっぴいえんどが日本語ロックのルーツって言われるんですか?」って。ホントは松本さんにすべき質問じゃないんだけど(笑)。そのとき川勝(正幸)さんが隣にいらして、「それは僕らがそう言ってるからなんだけどね」みたいにも言ってましたけど、でも松本さんがおっしゃるには、16ビートに日本語を乗せたのは、はっぴいえんどが初めてだと。ビートの乗せ方に気を配って日本語を使ったのははっぴいえんどが初めてだっていう、それでわりと納得したんです。

―ああ、なるほど。

高樹:だから、実際はっぴいえんどが日本語ロックのルーツかっていうとそんなこともないし、こういうスタイルがロックに受け継がれてきたわけじゃなくて、松本隆さんが歌謡界にいて、歌謡曲の中に根付いて、それを聴いたロックの人がロックに持ち込んだってことだと思うんですよね。さっきのくるりの歌詞とかを見たりすると、はっぴいえんどに近いものがあるけど、ただこれは脈々と受け継がれてきたわけじゃなくて、ここ(はっぴいえんど)からここ(くるり)にいきなり来てる感じだと思うんです。

平易な言葉が使われてる歌詞でも、実は文字面で読み取ってみると、意外な発見があるかもよってことですよね。

―今ってCDからデータへと音楽メディアが移行していて、音楽アプリとかもたくさん出ていますが、その多くは歌詞が文字では見れないわけじゃないですか? それを単純にいい悪いで判断するのは難しいですけど、リスニング環境として大きな変化であることは間違いないと思うんですね。こういった状況の変化をどのように捉えていらっしゃいますか?

高樹:まあ、たまたま50年代からついこの間までパッケージが主流の時代が続いただけで、別にいらないといえばいらないかもしれないけど、僕はそれで育ってるから、寂しいし、そういうメディアがあったからこそ、面白い歌詞ができたっていう一面もあるわけですよね。耳から聴いてわかるものだけが素晴らしいって割りきっちゃうと、それはちょっと寂しいなって思うんです。

―耳で聴いて感じる印象と、文字面で見て感じる印象と、まったく異なる体験だったりしますからね。

高樹:ちゃんと読むことで、理解は深まりますよね。さっきの“わかってもらえるさ”とかは、耳で聴いてすぐわかるから、ボーっと聴いてれば何となく覚えるんだけど、字面で初めて「そんな日になる」っていうのを知ったときに、「ああ、そうか」って思うこともある。だから、聴き取りづらいとか関係なく、平易な言葉が使われてる歌詞でも、実は文字面で読み取ってみると、意外な発見があるかもよってことですよね。僕が配信で物足りなく感じるのは、やっぱり詞が見れないことなので、「うたパス」みたいに詞が見れるのはいいですね。

―最後にもうひとつお聞きすると、泰行さんが抜けられて、KIRINJIを新たに再スタートするわけですが、歌詞には今後何らかの変化が出てくると思いますか?

高樹:特に変えようとは思ってなくて、急に自分のことを歌い出すってこともないと思います(笑)。でも、たとえばお話っぽいものを書いたとして、書いてる人のパーソナリティーとか考え方は当然反映されてるわけじゃないですか? 自分の心情をストレートに告白するっていうスタイルじゃなくても、その人のパーソナリティーは見えてくるから、表現としてもっと多様だと楽しいと思いますね。自分もなるべくそういう風に、誰かのことを歌ってるんだけど、自分のパーソナリティーが綻びとして見えるぐらいな、その程度のバランスでいいんじゃないかと思ってますね。

イベント情報
『WORLD HAPPINESS 2013』

2013年8月11日(日)OPEN 11:00 / START 12:30 / CLOSE 20:00(予定)
会場:東京都 夢の島公園陸上競技場
出演:
高橋幸宏
矢野顕子
鈴木慶一
清水ミチコ
柴咲コウ
GREAT3
MIDNIGHTSUNS
ヒカシュー
TOWA TEI
トクマルシューゴ
大貫妙子
奥田民生
KIRINJI
WH13 SPECIAL BAND<The おそ松くんズ>
料金:一般8,500円 小学生1,050円 親子チケット9,000円
※全券種レジャーシート付き、未就学児童無料

『うたパス』

対応機種:
Android™搭載auスマートフォン (IS01、IS06、ISW11HT、IS11PT除く)
Android™搭載auタブレット (SHT21)
iOS5.0以降のiPhone、iPod touch、iPad、iPad mini、Smart TV Stick
料金:無料

プロフィール
堀込高樹

1996年10月、実弟である堀込泰行(Vo,Gt)とともにキリンジを結成。97年 CDデビュー。2013年4月12日 堀込泰行が脱退。兄弟キリンジ17年の活動に終止符を打つ。以後、自身がバンドを継承し活動。今や造詣深きそのソングライティング力と感覚は、唯一無二な存在であり、かせきさいだぁ、藤井隆、SMAP、bird、坂本真綾、南波志帆など他アーティストへの楽曲提供も多数。2013年6月現在、近作『Ten』を含みオリジナルアルバム10枚、ソロアルバム1枚をリリース。今夏、新生 KIRINJIの全貌が明らかになる。



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