大人が子どもに戻るアート 緒方壽人×五十嵐健夫対談

これまで全国22会場で開催され、現在の動員数は60万人あまり。光を駆使した体験型の展覧会『光のイリュージョン「魔法の美術館」〜Art in Wonderland〜』が9月から上野公園・上野の森美術館で開催される。一般層にはなかなかとっつきにくいメディアアートというジャンルを、「見る、触る、参加する」をテーマに制作された作品を通してわかりやすく体験できることから、全国の会場にはアートファンのみならず、小さい子どもを連れた家族が押し寄せている。

本展に『another shadow』というインタラクティブ作品を出品するのが、クリエイティブチーム「takram design engineering」の緒方壽人と、東京大学大学院情報理工学系研究科の五十嵐健夫。デザインエンジニアとして数々の受賞歴を持つ緒方と「CG界の魔法使い」の異名を持つ五十嵐に、メディアアートの作り方、そして、コンピューターサイエンスの最先端を訊いた。

その作品の世界に自然と没入できるようなものを作りたかった。(緒方)

―五十嵐さんと緒方さんはどのようなきっかけで出会ったのでしょうか?

緒方:2009年に、六本木の21_21 DESIGN SIGHTで『「骨」展』という展覧会があって。生物の骨だけでなく、人工物の骨組みを分解したり、骨というテーマで様々な作品が展示されていたのですが、僕が全体の企画に関わっていたんです。骨についていろいろとリサーチする中で、疑問に思ったのが「コンピューターの世界における骨」というテーマ。そこで、五十嵐さんに一度話を聞いてみようと思い、研究室を訪ねたんです。

―五十嵐さんには「CGの魔法使い」という異名もありますが、コンピューターのインターフェイスの分野において、独自の研究をされている方ですもんね。

五十嵐:そのときに初めてお会いしたのですが、何の説明もなくとにかく研究の話を聞かせてくれと言われて(笑)。最初は謎でした。

緒方:(笑)。研究を紹介していただいた中で、コンピューターのアルゴリズムの話があって、非常に面白いと思ったんです。生き物や人工物の「骨」とはまた全然違う新しさがあると思った。それで後日、アルゴリズムを使って作品が作れないかと相談しました。それが、『魔法の美術館』にも出展することになった『another shadow』です。

緒方壽人 / 五十嵐健夫『another shadow』©hisato OGATA / takeo IGARASHI

五十嵐:ただ、最初に考えていたのは『another shadow』とは全然違う作品で。僕はコンピューターの画面に映った絵を指でつまんで動かせるアルゴリズムを開発していたので、これを使ってインスタレーションにしようと思ったんです。参加者がマルチタップテーブルの上に絵を描き、その絵を指で触って動かせるというものでした。

緒方:自作のキャラを動かしたり、それを繋げてアニメーションにしようと思ったのですが、プロジェクトを進めていくうちにちょっと違うという話になって。

左:緒方壽人、五十嵐健夫
左:緒方壽人、五十嵐健夫

―と言うと?

緒方:参加者に絵を描かせるというハードルがあり、操作もちょっと難しかったんです。参加者がもっと何も考えずに体験できるもの、その作品の世界に自然と没入できるようなものがいいという考え方に変化していきました。

五十嵐:ハードウェアにも問題がありました。今と違って、マルチタッチで指の動きが認識できて、ちゃんとトラッキングできる大型のテーブルが、当時は市販品として出ていなかった。制約の中でちょこちょこ操作してもらうよりも、もっと大きな装置で楽しんでもらったほうがいいと思ったんです。

―影をテーマにしたのはなぜでしょう?

緒方:自分の影が自由に動かせたら面白いなと思ったのが始まりです。五十嵐さんのアルゴリズムに改良を加えて、自分の影が勝手に動き出す作品を完成させたんです。

―アルゴリズムは五十嵐さん、作品にするためのインターフェイスは緒方さんという役割で作られたんですね。

緒方:そうですね。五十嵐さんからアルゴリズムの詳細を聞いた上で、音の出し方やインタラクションをどうするかということを含めて、作品の見せ方の部分を僕が担っています。

昔はCGを見せれば驚いていたのに、今はスマホでもテレビでもみんなCGを見飽きている。(五十嵐)

―五十嵐さんのこのアルゴリズムはどのような経緯から開発されたのでしょうか?

五十嵐:私はもともと、コンピューター上で絵を描く研究をしています。三次元の実世界であればぬいぐるみを掴んで手を動かしたり足をバタバタさせたりすることができますが、コンピューターの世界だと、絵を描いて拡大縮小や回転による変形はできても、手を引っ張ったりという動かし方ができませんよね。

―確かに、形を有機的に変形させることはできないですよね。

五十嵐健夫

五十嵐:CGの世界では、形を変形させるための研究はたくさんありましたが、絵をぐにゃっと変形させてもそこに「物」がある感じがしないんです。シミュレーションによって絵をそれらしく変形させる研究もありますが、これは計算にとても時間がかかります。私のアルゴリズムは、初めに絵を細かい三角形として認識して、三角形の歪みが最小になるように最適な計算をするんです。物理的に正しいことよりも、形が一番それっぽくなることを重視して計算をしているんですね。このシステムによって、計算が楽になり、高速に「物っぽく」動かすことができるようになるんです。

―五十嵐さんの研究は、本来、どのような用途で使われることを目指しているのでしょうか?

五十嵐:基本的にはコンピューターでアニメを作りたい人のための技術です。すでに「PICMO」といった製品にもなっていますが、このアルゴリズムを使えば、ユーザが自分で絵を描いて簡単にアニメーションを作れるんです。また、動かすのは絵だけじゃなく写真でもいい。アニメだけではなく、例えば実写のCMを作ることにも使えます。

―そういう製品としてではなく、メディアアートの作品として、自作のアルゴリズムが世に出るというのはまた違う感覚なのでしょうか?

五十嵐:新鮮ですね。とても面白いです。製品として世に出る場合、自分のアルゴリズムが使われている現場を見ることはあまりありません。でもインスタレーション作品になれば、目の前で参加者が遊んでいる。夢中になって体験している参加者を見ると、やってよかったなという感じがします。

―『another shadow』の制作にあたっては、子どもが楽しめるということも念頭に置かれたのでしょうか?

緒方:子どもはもちろん、誰もがインタラクティブに楽しめることを目指しました。操作の手順を覚えなくて済み、装置の中に入れば影が踊っていることに気づいて、みんないろいろなポーズをとったり、行ったり来たりしながら遊べます。おばあちゃんが静かに入ってきて、だんだんと身体を動かしたりしている様子なんかを見ていると面白いなと感じますね。

―いわゆるアート作品では、コンセプトやメッセージも作品の中で重要な役割を果たしています。緒方さんの場合、『another shadow』に込められたメッセージはあるのでしょうか?

緒方:「骨」というお題がすでに用意されていたので、自発的に「作りたくてしょうがない!」というものではなく、どちらかというと、デザイナーに近いアプローチで作りました。ただ、作る過程で「影と自分との関係」という深いテーマが見えてきたんです。自分の動きと一対一で対応するはずの影が違う動きをする。違う動きをしているのにそれでも自分だという感覚もあって、自分というものを考えさせる作品になりました。僕自身にとっても発見でしたね。

緒方壽人

―最初は意図していなくても、作った後にテーマ性が潜んでいたことに気付くというフローは面白いですね。緒方さんはNHK教育テレビで「似ているもの探し」をテーマにした『ミミクリーズ』という番組も手がけられています。子どもが楽しめる作品を作るにあたって、工夫している点はありますか?

緒方:『another shadow』のように、わかりやすいことは大きなポイントです。あと、音も重要ですね。この作品も音楽にシンクロしながら影が切り取られるのですが、無音でやるのとはまた別の体験になるんです。

―今回『魔法の美術館』には、二人の作品の他にも様々な作品が出品されます。注目されている作品はありますか?

緒方:アトリエオモヤさんの『光であそぶ』という作品は、伸縮性のある布の上にビー玉を置き、上からライトで光を当てる。その下に子どもが入ってポンっと突き上げるとビー玉が動くという物理的な作品です。メディアアートといっても、必ずしもコンピューターを使わなきゃいけないわけではないという意味で、とても面白いですね。

アトリエオモヤ『光であそぶ』©Atelier OMOYA

―テクノロジーだけじゃない作品がたくさん出品されているのも面白いですね。

緒方:パーフェクトロンの『inside-out』も、物理的な光と物の影が作る表現です。メディアアートの世界では、コンピューターを使っていない表現が最近増えてますね。『文化庁メディア芸術祭』でもフィジカルなもの、アナログなものが多くなっている印象があります。

パーフェクトロン『inside-out』©Perfektron 映像提供:NTTインターコミュニケーション・センター[ICC]

五十嵐:みんなコンピューターを見飽きたのかもしれませんね……(笑)。ディスプレイに何が写ってもみんな驚かないと、CG専門の先生が嘆いていました。昔はCGを見せれば驚いていたのに、今はスマホでもテレビでもみんなCGを見飽きています。ディスプレイで見せても驚きがないので、逆にフィジカルな方向に向いてきているんじゃないでしょうか?

緒方:そのコンピューターサイエンス的な作品では、真鍋大度さんと比嘉了さんの『happy halloween!』はやはりよくできているなと感じます。自分の顔の形状に合わせて、ハロウィンの仮装が3Dマッピングされて擬似体験でできるのですが、ぴったり顔に張り付いている感触があります。

真鍋大度 /比嘉了『happy halloween!』©daito MANABE / satoru HIGA

五十嵐:リアルタイムフェイシャルトラッキングなの?

緒方:そうですね。

―3Dキャプチャーはキネクトでやって、顔の表面はポリゴンにして絵をマッピングしているんですけど、京劇のように、手を顔の前で下ろすと、瞬時に画像が変わって楽しいです(笑)。

新しいテクノロジーを絵筆や絵の具のように使って作品を作ることに興味がある。(緒方)

―お二人は独自の分野で活躍されていますが、そもそもどうして今のようなお仕事をされるようになったのでしょうか?

五十嵐:子どもの頃から絵を描くのが好きでした。また、家にパソコンがあって、小学生の頃からプログラミングも好きだったので、そのまま自然にやっているという感じですね。親が言うには、ずっと同じことをやっているそうです。大学に入り、研究室配属のときに、コンピューターサイエンスの研究をしている研究室があったので、「これが仕事になるんだ!」と驚きました。

―子どもの頃に作ったプログラムは、どのようなものだったんですか?

五十嵐:今でこそ何千人のプログラマーと何億円という予算を投じてパソコンソフトが作られていますが、1985年頃は、1人か2人のプログラマーがゲームを作っていた時代です。だから、高校生の頃には『スーパーマリオ』みたいなものとか、売っているソフトと比べてそれほど変わらないようなものは自分で作っていました。もちろん、完成度はそこまで高くありませんが……。

―すごいですね……。この研究の魅力はどのようなところにありますか?

五十嵐健夫

五十嵐:コンピューターは今や誰でも使うものですよね。もはや誰もがコンピューターなしでは生活できない。テレビでもCGが必須ですし、タレントの写真もPhotoshopで加工されています。それはつまり、基礎的な技術を開発すれば世界中のみんなに使ってもらえる可能性があるということです。みんなが不便に思っていることを解決すれば、大勢の人の生活をよくできる。もちろん、なかなか簡単なことではありませんが、そういう影響力の大きさは魅力の1つです。

―緒方さんはいかがでしょうか?

緒方:僕もコンピューターが家にあって、いじるのが好きでした。今の仕事に繋がる部分でいうと、絵を描くよりも工作のようなもの作りのほうが得意な少年でしたね。東大でも機械工学だったので、リアルなものを作る方に興味があった。一方、コンピューターも魅力的だったので、その両方をできる分野はないかなと考えながらやってきたという感じです。

―テクノロジーをアートの分野に活かすことにはどういう考えがありますか?

緒方:昔のアートで言えば、絵筆を使ったり絵の具を使ったりして絵を描くところを、僕は新しいテクノロジーを絵筆や絵の具のように使って作品を作ることに興味があります。まだ誰も使っていない道具があり、これを使って何を作ったら面白いかなと考えるんです。五十嵐さんたちの研究をはじめとする、サイエンス分野で作られているものを「使う」という立場ですね。

―緒方さんの場合、アイデアやコンセプトが先行するよりも、絵筆となるテクノロジーがはじめにあって、これをどのように使用したらいいかと考えることのほうが多いのでしょうか?

緒方:うーん、両方ですね。テクノロジーだけでは技術のデモンストレーションになってしまいます。技術としての新しさと作品としての意味や面白さの両方を行き来しながらやっていくことが多いです。

―『魔法の美術館』は、そういったテクノロジーとアートの融合が楽しめる展示ですが、参加者にどのように楽しんでほしいですか?

緒方:いろいろな人にいろいろなメッセージを受け取ってもらえればいいですね。子どもには単純にはしゃいで遊んでもらっていいし、自分ってなんだっていう深い問いを感じてもらえる人がいれば嬉しいです。どうやって作ってるんだろうと疑問に思ってもらうのもいいですし……。SF作家のアーサー・C・クラークの「充分に発達した科学技術は、魔法と見分けがつかない」という言葉がありますが、テクノロジーとアートが融合したこの展示で、いろいろな体験をしてもらえればいいなと思います。

五十嵐:『another shadow』にそのままあてはまるかはわかりませんが、誰かが作ったものをただ見るだけじゃなく、ユーザーが自分で何かを作るためにコンピューターを使ってほしいと考えながら研究を行なっています。自ら体を動かしたり、試したりしながら、コンピューターの使い方やその可能性について考えてくれたら嬉しいですね。

イベント情報
『光のイリュージョン「魔法の美術館」〜Art in Wonderland〜』

2013年9月6日(金)〜10月6日(水)
会場:東京都 上野の森美術館
時間:10:00〜17:00
参加作家:
アトリエオモヤ
緒方壽人/五十嵐健夫
児玉幸子
小松宏誠
パーフェクトロン
plaplax(プラプラックス / 近森基、久納鏡子、筧康明、小原藍)
細谷宏昌
松村誠一郎
真鍋大度/比嘉了
宮本和奈
森脇裕之
料金:
当日 一般・大学生1,200円 小・中・高校生600円
前売 一般・大学生1,000円 小・中・高校生400円
※未就学児無料
※会期中無休

プロフィール
緒方壽人(おがた ひさと)

2000年東京大学工学部卒業。2002年IAMAS卒業後、2003年よりデザインエンジニアとして、リーディング・エッジ・デザインに参加。2003年文化庁メディア芸術祭審査員推薦作品賞受賞。「NTT DoCoMo OnQ」にて、2004年グッドデザイン賞、2005年iFデザイン賞受賞。2008年ミニマム・インターフェイス展(YCAM)にてナビゲーションデザインを担当。2009年5月29日〜8月30日開催の「骨」展(21_21 DESIGN SIGHTにて)にてナビゲーションシステムを担当。同展覧会にてインタラクティブ映像作品「another shadow」も東京大学五十嵐健夫氏と共同出展。

五十嵐健夫(いがらし たけお)

2000年東京大学大学院工学系研究科博士(工学)。東京大学大学院情報学環 先端表現情報学コース教授。2007年よりJST ERATO研究総括。学術振興会賞、SIGGRAPH 若手科学者賞等受賞。専門はユーザーインタフェースおよびコンピューターグラフィクス。手書きスケッチによる3次元モデリングシステム『Teddy』の開発者として知られる。



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