伝統と蔑視の狭間で生きるアート 誰も知らない本当のフラメンコ

「フラメンコ」と聞いて、あなたは何を思い浮かべるだろうか? 『カルメン』のような真っ赤なドレスとメランコリックなギター? もしくはカルチャースクールで行われる中高年向けのフラメンコ教室? そんな、日本人にとってベタベタすぎる「フラメンコ観」を覆すかもしれないイベントが新宿文化センターで10月に開催される『flamenco festival in Tokyo』だ。

世界的な振付家・ピナ・バウシュは熱心にフラメンコの公演に足を運び、イギリスのロックバンド・Museのマシュー・ベラミーはかつてスペインでフラメンコギターを学んでいた。チック・コリアはフラメンコギタリストのパコ・デ・ルシアとの共演を果たしており、ビョークもフラメンコ系ギタリストとのコラボを行っている。世界中のさまざまなクリエイターをも魅了するフラメンコの世界。本場スペインの最先端で活躍するフラメンコダンサーやカンパニーが日本に結集するこのフェスティバルを見れば、フラメンコが民俗舞踊としてだけではなく、コンテンポラリーアートとしての可能性と実力を秘めていることに気がつくだろう。フラメンコ発祥の地であるスペイン・アンダルシアに在住のフラメンコジャーナリスト、志風恭子さんに、アートとしてのフラメンコの魅力を尋ねてみた。

[メイン画像]ベレン・マジャ『Trasmin』より ©Antonio Varonkov

トランスナショナルなアンダルシアの文化に、ジプシーの影響が加わって成立したフラメンコ

現在ではスペインを代表する文化と言われるフラメンコだが、その歴史は意外に古いものではない。今からおよそ200年前、18世紀末にアンダルシア地方で発祥したといわれるフラメンコ。まず、この発祥から振り返ろう。

スペインの最南端に位置するアンダルシア地方は、地中海を挟んでアフリカ大陸と向かい合った場所にある。長い間、南北アメリカ大陸との交通の拠点となってきたこと、8世紀から15世紀にかけて、およそ800年あまりにわたってイスラム王朝による支配が行われてきたことなどが背景となって、ヨーロッパでありながら、さまざまな文化が入り混じる独特の土地だ。このトランスナショナルなアンダルシアの文化に、移動型民族のロマ人(ジプシー)たちの影響が加わって成立したとされるのがフラメンコだ。

とは言っても、もともと大衆芸能として発祥したことから、その起源について定かではなく、当時の文献もほとんど残されていない。しかし、近年の研究結果から18世紀当時にアンダルシア地方で流行していたポピュラーミュージックと、ロマ人のカルチャーが融合してフラメンコが生まれたという説が有力になっている。フラメンコジャーナリストであり、スペインの大学でフラメンコ研究にも勤しんでいる志風さんはこう解説する。

志風:フラメンコの始まりにはさまざまな説がありますが、私が最も信頼しているのはお祭りで楽しむために参加者が順番で歌い踊り始めたという説です。今でも、ジプシーの結婚式や洗礼式などでは、そのようにみんなでフラメンコを楽しむ習慣が残っています。

『flamenco festival in Tokyo』フライヤービジュアル写真 ©Flamenco Festival
『flamenco festival in Tokyo』
フライヤービジュアル写真 ©Flamenco Festival

こうして生まれたフラメンコは19世紀には酒場やカフェなどで上演される芸能として進化していき、20世紀に入ると劇場での公演も一般化。徐々にスペインを代表する芸能としての地位を築いていった。しかし、当のスペイン人にとっては、フラメンコをスペインの代名詞と認めたがらない人もいるようだ。


志風:スペイン人の中には「フラメンコはロマ人のもの」という意識の人も多いんです。また、「フラメンコだけではなく、スペインではオペラもバレエもある」と反発したがる人もいます。日本人にとっての「フジヤマゲイシャ」のようなものでしょうか。

『flamenco festival in Tokyo』に出演予定のベレン・マジャ ©Luis Castilla
『flamenco festival in Tokyo』に出演予定の
ベレン・マジャ ©Luis Castilla

一口にスペインといっても、フラメンコがポピュラーなのはアンダルシア地方を中心とする南スペインの地域。特にバルセロナなどの北部地域に暮らすスペイン人には、上記のような反感を抱く者も少なからずいるようだ。しかし、そうはいっても世界中に輸出され、スペインの文化を発信するとともに、多額の外貨を稼ぎ出すフラメンコは、スペインという国にとっても大きな存在。国賓がスペインにやってきた際にはフラメンコ鑑賞会の場が設けられることもあるように、フラメンコがスペインという国と不可分なものであることに変わりはない。


志風:スペインにおける闘牛が、日本にとっての相撲のようなものだと考えると、フラメンコは日本における歌舞伎に近いのかもしれません。コアなファンがいるというところも似ていると思います。ただし、歌舞伎には今でこそ伝統芸能としての権威がありますが、フラメンコは権威とは離れている。もっと大衆に近い身近な存在ですね。

伝統ある芸能ではあるが、あくまでも大衆的な娯楽。そのような位置付けでフラメンコはスペイン人に愛されている。

志風:また、フラメンコは古い演目をレパートリーとしてずっと上演することはありません。今上演されているものでも、最も古い舞台作品は1970年代ごろに生まれたもの。さまざまなダンサーが新作を生み出し、フラメンコという文化の可能性を広げているんです。

ピナ・バウシュや大野一雄を魅了し、暗黒舞踏とも影響を与えあいながら進化を続けるフラメンコの現在

フラメンコは、過去の伝統に縛られるものではなく、現在でも多数の新作を生み出し常に新しさを求め続けている。志風さんは1980年代に渡欧し、25年以上にわたって本場スペインのフラメンコを見続けてきた。四半世紀にわたって見続けてきたフラメンコの歴史は、そのまま技術革新の歴史だった。

志風:この25年間で、フラメンコのテクニックは驚異的な進化を遂げています。踊りで言えば、「サパテアード」と呼ばれる足捌きの速さ、正確さ、リズムの作り方など、どれをとっても飛躍的に変わっているんです。また、フラメンコに占める踊りの重要性も増してきたように感じます。

さらに、フラメンコ内でのテクニックの改良に飽きたらず、他ジャンルのダンスと積極的にコラボレーションを行いながら進化を遂げている点も、フラメンコが伝統的な民俗舞踊ではなく現代的なアートであると目されるゆえんだ。

『flamenco festival in Tokyo』に出演予定のロシオ・モリーナ ©Muriel Mairet
『flamenco festival in Tokyo』に出演予定の
ロシオ・モリーナ ©Muriel Mairet

志風:1920年代には、ロシアの「ディアギレフバレエ団」が、ジプシーの女性たちを連れてロンドンなどの大都市で『クアドロ・フラメンコ』という公演を行ったり、同名の公演をアメリカの「デニショーン舞踊団」も上演していました。当時は、エスニックな民俗舞踊として、フラメンコが西欧社会で人気を獲得していたんです。


日本ではまだまだ知られていないフラメンコの真の魅力。しかし世界では、その魅力に気づいたアーティスト同士が積極的にコラボレーションを行うなど、その表現の重要性を認めつつある。

志風:ピナ・バウシュがフラメンコ好きだったことは有名です。また、森山未來主演舞台『テヅカ』を振付・演出したシディ・ラルビ・シェルカウイや、世界で最も期待されるコンテンポラリーダンサーの1人であるアクラム・カーンも今回の『flamenco festival in Tokyo』に出演するフラメンコダンサー、イスラエル・ガルバンとコラボレーションを行っています。そしてイスラエルは、日本の舞踏から影響を受けた作品も発表しているんですよ。

暗黒舞踏界の偉人である大野一雄の代表作『ラ・アルヘンチーナ頌』は、1929年に来日したフラメンコダンサー・アルヘンチーナの公演に刺激を受けて製作された作品として知られている。アルヘンチーナから大野一雄へと受け継がれた影響は、イスラエルによって、再びスペインに回帰していったのだ。

志風:イスラエルは、来日時に横浜の大野一雄舞踏研究所にも足を運ぶほど舞踏に熱心なんです。また、2014年に来日公演が決まっているエバ・ジェルバブエナもフラメンコとしては珍しい、すごくゆっくりとした動きを見せます。やはり彼女も舞踏から影響を受けたと語っていました。

イスラエル・ガルバン ©Felix Vazquez
イスラエル・ガルバン ©Felix Vazquez

では、そんなフラメンコの魅力はどこにあるのだろうか? 志風さんは少し間をおきながら、その素晴らしさをこう表現する。

志風:フラメンコは言葉にならない感情そのもの、全く歌詞がわからなくても、歌い手や踊り手の気持ちがそのままダイレクトに伝わってしまうものです。よくフラメンコは「情熱」と形容されますが、そんな情熱も時代によって変化していきます。今を生きるアーティストだからこそ表現できる情熱、今を生きるわたしたちにこそ伝わる情熱が舞台から直接伝わってくるんです。

『flamenco festival in Tokyo』に来日するのは、ベレン・マジャ&マヌエル・リニャン、イスラエル・ガルバン、そしてロシオ・モリーナ舞踊団の3組。それぞれ、フラメンコ界の最先端で独自の表現を生み出してきたアーティストたちだ。

志風:カンパニーやダンサーによる個々の来日公演はありますが、複数のカンパニーが出演するフェスティバルとしては2005年に『愛・地球博』に関連して開催されて以来の大規模なものとなります。それぞれの舞台の作り方も全く異なっているので、複数のカンパニーを見比べる面白さがあるでしょうね。


特に、ベレン・マジャは、多くのフラメンコダンサーに影響を与えている人物。彼女がコンテンポラリーダンスからさまざまな動きをフラメンコに取り入れると、他のダンサーも追従してその様式を模倣する。彼女の父は、偉大なフラメンコダンサーであるマリオ・マジャ。しかし「父の存在は重荷だった。父から距離を取りながら、自分のオリジナルなダンス言語を探してきた」とインタビューで語っているように、父親の存在を乗り越えることで、彼女自身もフラメンコ界に「ネオ・クラシカル」と呼ばれる革新をもたらしてきた。そして今回、彼女とともに踊るのは闘牛士の父を持つマヌエル・リニャン。「伝統的なフラメンコを現代の姿で再現する、本当に大好きな踊り手の1人ですね」と志風さんも太鼓判を押す注目の若手だ。

保守的な観客から大ブーイングを受けながら、型をぶち壊していくフラメンコ界のニジンスキー

一方『flamenco festival in Tokyo』のトリを務めるのは、10代の頃から天才の呼び名をほしいままにする、ロシオ・モリーナ。複雑なテクニック、スピードが要求されるフラメンコの世界でも突出した身体能力を持ち、高い評価を獲得している。

志風:26歳で「スペイン国家舞踊賞」を受賞してしまったロシオ。フラメンコに限らず、どのようなジャンルのダンスでも通用する圧倒的な身体能力を武器に活躍しています。その身体性を惜しみなく発揮して踊っている今だからこそ、ロシオを目撃しておく価値があると思います。


そして3組の中で、志風さんが最も期待を寄せているのが、イスラエル・ガルバンのダンスだ。「フラメンコ界のニジンスキー」の異名を持つイスラエル。2000年にカフカの『ラ・メタモルフォシス(変身)』を踊った際には、床に這いつくばりながら虫のような動きを披露し、保守的な観客からは大ブーイングを買った。

志風:伝統的なフラメンコを愛する人には全く理解されなかったんです。イスラエルはそれまでの型を全てぶち壊してしまった。「何でちゃんとしたフラメンコを踊れるのにそんな変なことをするのか」とひどい叩かれようでした。今ではイスラエルのダンスもようやく理解されてきていますが、昨年マドリードのオペラハウス、王立劇場で上演された最新作『ロ・レアル』でも、やはり罵詈雑言を吐きながら客席を後にする観客の姿がありました。

前衛的であることによって、絶賛とともに一部の観客からは激しい非難を浴びるイスラエル。ダンサー一家に生まれ、天才的なダンスの才能を披露するというだけでなく、賛否両論を巻き起こすスキャンダラスな存在であることもまた「フラメンコ界のニジンスキー」の異名で呼ばれるゆえんだろう。

志風:イスラエルのダンスは「フラメンコとはこうでなければならない」というイメージにとらわれていない人のほうがより楽しめるのではないでしょうか。フラメンコを見慣れている人はコンテンポラリーダンスだと思うし、コンテンポラリーダンスをよく見る人からすればフラメンコ的な踊りに見えると思います。


そんなイスラエルだが、今回の来日で上演する『黄金時代』は、2005年に発表された文字通り「黄金時代のフラメンコ」というテーマをモチーフに踊られる作品。これまで少しずつ形を変えながら200回以上にわたって、世界各地で公演が行われてきた。今作品は、フラメンコに欠くことは出来ない3本の柱、「歌」「ギター」「ダンス」のみで成り立っており、イスラエルは、それらに真っ向から取り組みながらも、独特のユニークな動きを加え、フラメンコの新たな可能性を提示している。

素晴らしい芸術であるにも関わらず蔑視を受けてきたフラメンコ。「アート」としての正当な評価はまだ始まったばかり

今回来日する3組と同じく、現代フラメンコの最先端を行くダンサーであるマリア・パヘスは、「スペイン国家舞踊賞」を受賞した際のインタビューで「フラメンコは素晴らしい芸術であるにも関わらず蔑視を受けている。賞を得ることでフラメンコが認められて嬉しい」と語っていた。いまだにロマ人に対する根強い差別意識が残っているヨーロッパ。ロマ人を発祥とするフラメンコに対しても浅からぬ差別意識が残されており、「アート」としての正当な評価はまだ始まったばかりだ。

実はあまり知られていないが、日本はスペインに次いでフラメンコ人口が世界2位といわれる国。しかし、この数字にも関わらず、フラメンコはカルチャースクールなどの趣味的な場で踊られるイメージが強いことから、アートとしてはヨーロッパ以上に「蔑視」された状態が続いている。

志風:カルチャースクールは出会いの場としてたいへん重要ですが、そこで踊られているものだけがフラメンコではありません。パリやロンドン、ニューヨークなどのそうそうたる劇場でフラメンコが公演され、高い評価を得ているように、コンテンポラリーダンスとしての視点からフラメンコを見てみれば、きっと楽しみが広がるのではないでしょうか。

イスラエルは、過去のインタビューで「フラメンコは伝統舞踊ではない。それは劇場で見るに値するものである」と力説している。民俗芸能とアートの間に生きるフラメンコ。このフェスティバルの開催が日本のアートシーンに新たなインパクトを巻き起こすことを期待したい。

イベント情報
『flamenco festival in Tokyo』

2013年10月12日(土)〜10月14日(月・祝)
会場:東京都 新宿文化センター 大ホール

べレン・マジャ&マヌエル・リニャン
『Trasmin トラスミン』
2013年10月12日(土)14:00開演

イスラエル・ガルバン
『La Edad De Oro 黄金時代』
2013年10月13日(日)14:00開演

ロシオ・モリーナ舞踊団
『Danzaora ダンサオーラ』
2013年10月14日(月・祝)14:00開演

料金:
各公演 S席10,000円 A席8,500円 3演目セット券(S席)28,000円
※3演目セット券は、チケットスペースにて電話予約のみ取扱い

プロフィール
志風恭子(しかぜ きょうこ)

1986年アントニオ・ガデスでフラメンコと出会い、87年よりスペイン在住。フラメンコ専門紙『パセオ・フラメンコ』通信員をつとめ、CD解説、公演プログラム、旅行ガイド等に執筆。通訳としても多くの来日公演にも携わる。また日本人フラメンコ・アーティストのスペイン公演をプロデュース。セビージャ大学大学院フラメンコ学修士。



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