アジアのアート&カルチャー入門

世界でノマドするキュレーター、タン・フクエン×藤原ちから対談

パフォーミングアーツ業界では、ときどき不思議な仕事をしている人に遭遇することがある。インディペンデントのキュレーター / プロデューサーとして、1年のほとんどを移動しながら過ごしているという、タン・フクエンもそんな一人。あらゆる国、都市、街のアートシーンや関係者と関わりを持ち、インディペンデントなアーティストたちとの草の根ネットワークを駆使しながら、世界中のフェスティバルやイベントで、同時多発的にプロジェクトを進めている。

そういった特殊な環境からヨーロッパやアジアのパフォーミングアーツシーンを眺めてきたフクエンにとって、いまの日本、そして祖国のシンガポールのアートシーンはどのような状況に見えているのだろうか? 国内外のアーティストやプロデューサーらの出会いの場となっている舞台芸術の国際プラットフォーム『TPAM(国際舞台芸術ミーティング in 横浜)』に合わせて来日した彼を捕まえ、近年は『演劇クエスト』でマニラやデュッセルドルフに進出するなど、アーティストとしても国内外でキャリアを築きはじめた批評家 / 編集者の藤原ちからとの対談をセッティングした。二人の対話は、それぞれの仕事の話を経て、生き方やアイデンティティー、故郷についての深い考察を含んだものとなった。

「いま」の時代精神を捉えることが私の職務。自分の知識を更新するように努めています。(フクエン)

藤原:フクエンさんはインディペンデントのキュレーターとして、世界中のさまざまな都市をノマドのように飛び回っていますよね。いまはどこを拠点にして、どんなふうにお仕事をされているのですか。

フクエン:出身はシンガポールですが、2004年以降はバンコクを拠点に活動しています。基本的にアジアとヨーロッパのアートシーンに関わりながら、フェスティバルなどいろいろな場所に出向き、生活をしています。旅をしている時間が多いんですよね。それこそ、あなたがいま言ったように……なんでしたっけ?

藤原:ノマドですね。

フクエン:そう、ノマディックなのです。この半年を振り返ってみれば、バンコクには3週間ほどしかいなかったかもしれません。人と会いながら情報収集に努め、「いま」の時代精神を捉えることが、私のプロフェッショナルとしての職務だと思っています。インディペンデント映画、音楽、美術など、私が追っている分野はかなり広範囲に及びますが、アーティストたちはなにを提案しようとしているのか、東南アジアやヨーロッパだけでなく、南米やアフリカではどんなことが起こっているのか、常に自分の知識を更新するように努めています。

タン・フクエン
タン・フクエン

藤原:日本の舞台芸術シーンで、同じようなやり方で国際的な活動をしているキュレーターはほとんどいないと思います。1つの国だけに限ることなく、多国籍なアーティストたちと作品を作ったり、アーティスト同士を結びつけたりする、そのモチベーションはどこから生まれてくるのでしょうか。

フクエン:私は一個人の「インディペンデントワーカー」として活動しています。国籍に関わらず、同じような意識で行動し、明確な問題設定を行うアーティストに惹かれます。そういう意味で、一緒に仕事をする相手はある種のアーティストやプロジェクトに絞られていると言っていいでしょう。私が関わっている仕事やリサーチと方向性が一致するアーティストがいれば、なにかを一緒に実現したいというのが、モチベーションですね。

藤原:そうやっていろんなアーティストをつなげてプロジェクトを生み出していくには、膨大な知識、情報、コネクションが必要で、それは決して簡単なことではないと思います。良いコラボレーションを生み出すための秘訣はあるのでしょうか?

藤原ちから
藤原ちから

フクエン:すべての「マッチメイキング」がうまくいくわけではありませんが、組み合わせることで、いろんなアイデアや文脈が生産的につながったり、反発しあったりする。「事」がどう進むかに興味があるんです。私と同じように好奇心旺盛で、未知の領域に足を踏み入れることを恐れないアーティストたちと仕事をしたいと思っています。

藤原:ぼくも2015年の『TPAM』に自分の作品『演劇クエスト』で参加したとき、フクエンさんから、フィリピンのフェスティバルディレクターを紹介してもらいました。そして実際にぼくは彼らと会い、フィリピンのフェスティバルに招待されたわけです。つまりフクエンさんのおかげで、日本以外で活動するきっかけができた。なのに、キュレーター料を払ってなくてごめんなさい(笑)。

フクエン:そう、(藤原)ちからさんも私の「マッチメイキング」の被害者でしたよね(笑)。

歴史に関する認識のギャップは、日本とシンガポールに限らず、他のアジア諸国との間でも痛感する。(藤原)

藤原:ぼくが作っている『演劇クエスト』は、実際の町を舞台にして行われるサイトスペシフィックなプロジェクトですが、そうしたジャンルにまでフクエンさんの知識やネットワークが広がっていて驚きました。その関心はいったいどこまでをフォローしていて、いまはどこにフォーカスされているのでしょうか。たとえば今年の『TPAM』では「タン・フクエン ディレクション」としてシンガポールのアーティストを特集されましたが、いまなぜこのテーマだったのでしょうか?

フクエン:2016年はシンガポールが独立して50周年の節目ですが、ナショナル・アーツ・カウンシル シンガポールからの助成を受けたこともあり、1965年の独立以降に生まれた、インディペンデントなアーティストたちの活動を通して、シンガポールへの世界の認識をあらためたいと思ったのがきっかけでした。このわずか50歳の国を観察してみると、じつに興味深い、例外的な島国であることがわかります。こんなにも若い国なのに、奇跡的な経済発展を遂げ、そして多文化が共存している。国としても安定しており、東南アジアの国々からはお手本とみなされています。そんな状況のなかでインディペンデントなアーティストたちが、シンガポールと世界をつなぐためにどのような戦略、コミュニケーションツールを取っているのかを理解したいと考えたんです。

『TPAM2016』 ダニエル・コック / ディスコダニー(シンガポール)&ルーク・ジョージ(メルボルン)『Bunny』 Photo: Bernie Ng
『TPAM2016』 ダニエル・コック / ディスコダニー(シンガポール)&ルーク・ジョージ(メルボルン)『Bunny』 Photo: Bernie Ng

『TPAM2016』 SoftMachine: Expedition チョイ・カファイ(シンガポール) Photo: Choy Ka Fai
『TPAM2016』 SoftMachine: Expedition チョイ・カファイ(シンガポール) Photo: Choy Ka Fai

藤原:1965年以降に生まれたインディペンデントなアーティストといっても、世代的には幅広いですよね。たとえば今回特集した5組のなかでも、アジアのさまざまなパフォーミングアーティストへのインタビュー映像を展示したチョイ・カファイや、観客を縄で拘束するなどのパフォーマンスを披露したダニエル・コックは1970年代生まれで、日本でも知られています。一方、ユーモラスなパフォーマンスレクチャー『Solar: A Meltdown』を上演したホー・ルイ・アンは、20代半ばのとても若いアーティストでした。

フクエン:ホー・ルイ・アンは1989年生まれで、いわゆるデジタルネイティブ世代に属しています。彼の『Solar: A Meltdown』は、かつてシンガポールが植民地だったという歴史も踏まえて、現代の世界経済、労働、ジェンダーなどのテーマを、彼自身が演じる「アイデンティティー不明の匿名の人物」によるレクチャーというスタイルで、さまざまな写真や映像を引用しながら上演します。

藤原:世代による表現の特徴は出ていると思いますか?

フクエン:彼らの世代は、「エアコンの効いた(快適な)シンガポール」から出ることもないまま、ある種の(距離があるがゆえの)喪失感を持ちながら、広大な情報としての世界を扱っているような特徴を感じます。

『TPAM2016』 ホー・ルイ・アン(シンガポール)『Solar: A Meltdown』
『TPAM2016』 ホー・ルイ・アン(シンガポール)『Solar: A Meltdown』

藤原:『Solar: A Meltdown』では、植民地主義を揶揄するように「汗をかかないエリザベス女王」がユーモラスに描かれていましたね。女王は作品内において比喩的に「太陽」と結びつけられていましたが、日本の観客には天皇のことを想像した人もいたと思います。

フクエン:たしかに『Solar: A Meltdown』は、ポスト植民地主義的な批評性が土台になっている作品ですが、これを日本で発表する場合、日本人に対しての批評でもあると判断するかどうかは、観客の受け止め方次第だと思っているんです。

藤原:受け取る側の感受性やリテラシーに働きかけるということですね。

フクエン:言葉にすることが難しい問題を扱うとき、それを直接的に表現しても上手くいかない場合がありますよね。なにかについて周辺から言及していくほうが、洗練された方法なのかもしれません。対話の余地を生み出してくれるでしょうから。

藤原:なるほど。また一方では、日本人として『Solar: A Meltdown』を観たときに、シンガポールの多国籍文化や歴史について、ほとんどの日本人は知らないという問題があります。もしかすると、1942年に日本がシンガポールを侵略したという事実すらも忘れているかもしれません。この歴史に関する認識のギャップは、日本とシンガポールに限らず、他のアジア諸国との間でも痛感することです。だから今回のフクエンさんの特集が、ただ芸術作品を見せるだけでなく、常にその背景に流れている歴史的、政治的、文化的な「文脈」と合わせて観客に提示されていることが、とても重要だと感じたんです。

左から:タン・フクエン、藤原ちから

1965年生まれ以降の世代は、知性というと少し大げさですが、アイデアに対する特殊な興味を持っている。(フクエン)

藤原:ホー・ルイ・アンもそうですが、フクエンさんが特集したシンガポールのアーティストたちは皆とてもクレバーだと感じます。韓国やフィリピンでもクレバーなアーティストに出会いますが、シンガポールはまた独特の雰囲気を感じるんです。

フクエン:シンガポールは建国して50年しか経っていないのに、なぜ多くを達成することができたのか? それは日本や韓国とも似ていて、教養と学識に重きを置いた社会だからです。私たちは自然資源を持っていないので、経済政策で成功を収めてきました。起業家として、金融の仲介人として、国際的な港湾都市として、シンガポールは常に変化し続けています。手を使ってモノを生み出す労働ではなく、知的能力を必要とする労働です。そのような状況はシンガポールのアーティストたちにも影響を与えており、手技を使った作品制作よりも、コンセプチュアルな思考に重きを置いたアプローチを取ることが多いのです。シンガポールの1965年以降の世代は、知性というと少し大げさですが、アイデアに対する特殊な興味を持っているように思います。

日本の芸術が、現状の困難をただ受け入れるだけなく、希望や行動、オプティミズムを発信できるようになることを願っています。(フクエン)

藤原:一方で、今年の『TPAM』では、エクスペリメンタルロックバンドであるThe Observatoryの『Continuum』や、トランスジェンダーのアーティストであるタラ・トランジトリー aka ワン・マン・ネイションの『//gender|o|noise\\』など、音楽ライブパフォーマンスもキュレーションされましたね。

フクエン: The Observatoryの『Continuum』は、シンガポール人にとって馴染みのある、しかし詳しくは知らないインドネシアの民族音楽ガムランを取り上げて、隣国とつながろうという試みです。彼らはインドネシアに滞在し、師匠の下でできる限りを学び取ろうとしました。そしてガムランを伝統的な演奏法ではなく、新しいアプローチで使いこなし、現代のエレクトロニックなサウンドとガムランとの対話を作り出そうとしたのです。それは、シンガポール人が自分の興味とどのように向き合うのかを示した好例で、とてもいいアプロプリエーション(過去の著名な作品を自身の作品に取り込むこと)であるとも言えます。ある場所に出向き、できる限りその場に溶け込んで影響を受けながら、完全に染まることはない。知識を吸収し、それを変容させ、明確な作家性を作り上げようとしているのです。

『TPAM2016』 ジ・オブザバトリー(シンガポール)『Continuum』 Photo:Bernie Ng
『TPAM2016』 ジ・オブザバトリー(シンガポール)『Continuum』 Photo:Bernie Ng

藤原:タラ・トランジトリーについてはいかがですか?

フクエン:シンガポールの社会は、さまざまな違いを内包しながら安定しているように見えますが、タラ・トランジトリーは彼女なりの方法で、異性愛を基準とする規範(シンガポールでは同性間の性行為は違法となっている)に向き合っているアーティストの一人です。彼女のパフォーマンスは音を生み出すだけでなく、「演じる」というカタルシスを通して、彼女が抱える矛盾や苦悩を解きながら、音波のなかで自らを極限状態まで導いていきます。この社会的な差異と音が交わるパフォーマンスを通して、彼女は「シンガポール的状況」を書き換えていこうとしているのです。

『TPAM2016』 タラ・トランジトリー aka ワン・マン・ネイション(インターナショナル)『//gender|o|noise\\』 Photo:Miriam de Saxe(2015)
『TPAM2016』 タラ・トランジトリー aka ワン・マン・ネイション(インターナショナル)『//gender|o|noise\\』 Photo:Miriam de Saxe(2015)

藤原:フクエンさんは、日本のアーティストの作品もいろいろご覧になられていると思いますが、いまの日本の演劇やダンスについて、なにか思うところはありますか?

フクエン:いまの日本の舞台芸術を見ていると、若い世代のなかで、考え方が変化してきていると感じます。それは、東日本大震災のトラウマや不安定な国際情勢を受け、「生の儚さ」に対する問いかけを積極的に行うようになったということです。1980、1990年代の頃の安定感や構造が大きく崩れはじめています。未来に対する不安や疑問も確実に感じます。現状の困難をただ受け入れるだけでなく、問いかけの結果として、どのような希望や行動を、もしくはオプティミズムを、世界に向けて発信できるのか? 日本の舞台芸術が、そのことを提示する役割を果たしてくれることを私は願っています。

藤原:いまのあなたの言葉が、日本の若いアーティストたちにも届いたらいいなと思います。きっと彼らはそこになにかしらのシンパシーを感じ、勇気づけられることでしょう。今日はシンガポールの話をたくさん聞かせていただきましたが、フクエンさんにとっては生まれ育った国でもありますよね。もしよろしければ「故郷」としてのシンガポールへの想いを聞かせていただけないでしょうか。日本でも複数の拠点を持ったり、ノマド的に活動するアーティストが増えていますし、東日本大震災の後、やむなく故郷を離れたり、自ら移住を選んだ人もいます。とりわけアーティストは移動することを宿命づけられている人たちであり、フクエンさんもそうだと思うんです。しかしそれでもなお「故郷」があるとしたら……その正体は何でしょうか?

左から:タン・フクエン、藤原ちから

フクエン:私は、自分のことを「シェイプシフター(形を変容させる者)」だと思っているんです。「国家」「故郷」「所属」という三つの概念に向き合うため、自らに課した状況です。たとえば自分の考えを共有できるコミュニティーが、自分の国にあるとは限りませんし、故郷に住み続けることがさまざまなリスクを伴う場合もあるかもしれません。そもそも故郷が自分の生まれた場所でないこともあるでしょう。また、国家のもとで生まれ育つことによって、人はあるアイデンティティーを授かりますが、国の状況や言説に賛成できない場合など、そのアイデンティティーを否定することを選ぶかもしれません。まだ私も、「国家」「故郷」「所属」という概念がどのように接続し矛盾しているのか、それらを横断しながら自分が存在する方法はないのかを探している途中なんです。

藤原:「誰と、どこで生きていくのか?」は、ぼくにとって重要なテーマですし、きっと多くの日本人もそのことを考えはじめています。ぼく自身、東京での20年におよぶ生活に区切りをつけ、数年前に横浜に引っ越しました。けれども、もっと大胆な移動が、今後の人生に待ち受けているような気もするのです。実際、フクエンさんが縁をつないでくれたフィリピンは、すでにぼくの人生や記憶にとって大切な土地になりつつあるんですよ。

フクエン:生きることを通して、私は物語を作っています。私が語ることができる物語、そして語ることができる相手。それをシェアできる相手。私は、自己という概念を単純に捉えることはしたくありません。国家主義の罠には陥らないようにしたいですし、ルーツやアイデンティティーが、お互いにどのような意味を持つのかを問い続けています。ノマド的な生き方はとても不安定に見えるかもしれませんが、自分の立ち位置と存在を知覚したとき、はじめて自分が属する場所を理解できると思うのです。

藤原:たしかな拠りどころがなく、不安定さを増す世界のなかで、どうやって生きていくのか。問い続け、探し続けていくしかないけれど、今日はそのための勇気をいただいたように感じています。ありがとうございました。

イベント情報
『国際舞台芸術ミーティング in 横浜 2016』

2016年2月6日(土)~2月14日(日)
会場:神奈川県 横浜 KAAT神奈川芸術劇場、横浜赤レンガ倉庫1号館、BankART Studio NYK、YCC ヨコハマ創造都市センター、神奈川県民ホール 小ホール、AMAZON CLUBほか
参加作品:
『TPAMコプロダクション』
ピチェ・クランチェン ダンス・カンパニー『Dancing with Death』
マーク・テ『Baling』
映像展示『アジアン・アーティスト・インタビュー』

『TPAMコンテンポラリー・クラシックス』
宮城聰、SPAC - 静岡県舞台芸術センター『メフィストと呼ばれた男』
キム・ミンギ × キム・ミンジョン × ムーブメント・ダンダン『2016 工場のともしび―劇場デモ』

『TPAMディレクション』
[タン・フクエン ディレクション]
The Observatory『Continuum』(恩田晃 音楽プログラム)
タラ・トランジトリー aka One Man Nation『//gender|o|noise\\』
ダニエル・コック、ディスコダニー&ルーク・ジョージ『Bunny』
ホー・ルイ・アン『Solar: A Meltdown』
チョイ・カファイ『SoftMachine: Expedition』
[加藤弓奈 ディレクション]
ドキュントメント(北尾亘、山本卓卓)『となり街の知らない踊り子』
チェルフィッチュ『あなたが彼女にしてあげられることは何もない』
[中島那奈子 ディレクション]
『ダンスアーカイブボックス@TPAM2016』
[コ・ジュヨン ディレクション]
ユン・ハンソル × グリーンピグ『語りの方式、歌いの方式―デモバージョン』
[恩田晃 ディレクション]
鈴木昭男、堀尾寛太、ビン・イドリス『Music Opening Night』

『TPAMショーケース』
岡崎藝術座『イスラ!イスラ!イスラ!』
障害×パフォーミングアーツ特集2016
大駱駝艦『大駱駝艦・天賦典式「クレイジーキャメル」』
冨士山アネット『DANCE HOLE』
オペラシアターこんにゃく座『Opera club Macbeth』
世田谷パブリックシアター『同じ夢』
アジアン・ミュージック・ネットワーク『アジアン・ミーティング・フェスティバル 2016』
shelf『shelf volume 21 “Hedda Gabler”』
H-TOA『ワンさんの一生とその一部』
Body Lab for Priori Tropism『イソノミアへの可能な道程 無支配的清醒時份』
バチ・ホリック『Taiko Rock “BATI-HOLIC(撥中毒)”』
鴎座『dance performance HER VOICE 彼女の声』
インテグレイテッド・ダンス・カンパニー 響-Kyo 『Integrated Dance Company 響-Kyo workshop』
blanClass『Live Art & Archive Anthology #2 on TPAM Showcase 2016』
関かおりPUNCTUMUN『を こ』
うさぎストライプ『セブンスター』
濵中企画『かげろう ―通訳演劇のための試論―』
リクウズルーム『三人正常ちょっとだけ』
ふたりっこプロデュース『Washi+Performing Arts? Project Vol.1』
T.H.E. ダンスカンパニー『オーガナイズド・カオス』
AMD『トムヤムクンと夜へ』
三野新『Prepared for FILM』
タシロリエ / キム・ジウク『グロウリング』
鷹島姫乃『鷹島姫乃の路上演劇』
ダンスアーカイヴ構想『ダンスアーカイヴプロジェクト2016』
小池博史ブリッジプロジェクト『注文の多い料理店』
白井剛ダンスリサーチワークショップ
村川拓也『終わり』
岩渕貞太、身体地図『岩渕貞太パフォーマンス公演「斑(ふ)」』
横浜シアターグループ『By the Hour』
笠井叡、天使館『冬の旅』
時間堂『時間堂レパートリーシアター in 横浜』
すこやかクラブ『ゆけゆけ!おむちゅび大冒険!!』
EYECANDY『PEEP SHOW Vol.4 ~MYSTIC JUNGLE~』
タブロー・ステーションズ / アイザック・イマニュエル『風景担体』
有代麻里絵『オルフェウスの鏡』
DAZZLE / イマ・イドゥオセー『日本・フィンランド ダブル・ビル』
Co.山田うん『スタジオパフォーマンス~代表作からの抜粋シーン』

プロフィール
タン・フクエン

ドラマトゥルク / キュレーター / プロデューサー。コンテンポラリーの舞台芸術や美術等の分野で活躍するインディペンデントのカルチュラルワーカー。バンコクを拠点にアジアおよびヨーロッパで多くのプロジェクトを手がけている。第53回『ヴェネツィア・ビエンナーレ』でシンガポール館の単独キュレーターを務めたほか、『シンガポール・アーツ・フェスティバル』『インドネシア・ダンス・フェスティバル』『イン・トランジット・フェスティバル』(ベルリン)、『バンコク・フリンジ・フェスティバル』『コロンボ・ダンス・プラットホーム』(スリランカ)などでも仕事をしている。

藤原ちから (ふじわら ちから)

1977年高知市生まれ、横浜在住。批評家、編集者。ラボラトリー&メディアBricolaQ主宰。雑誌『エクス・ポ』、武蔵野美術大学広報誌『mauleaf』、世田谷パブリックシアター『キャロマグ』などの編集を担当。辻本力との共編著に『〈建築〉としてのブックガイド』(明月堂書店)。演劇批評を中心に様々な記事を執筆しており、徳永京子とは共著『演劇最強論』(飛鳥新社)のほか、ウェブサイト「演劇最強論-ing」を共同運営中。演劇センターF創設メンバー。『本牧アートプロジェクト2015』プログラムディレクター。『APAFアートキャンプ2015』キャプテン。またBricolaQ名義では遊歩型ツアープロジェクト『演劇クエスト』を、横浜を中心に、城崎温泉、マニラ、デュッセルドルフなど各地で創作中。



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