「もう時間がない」創作意欲が増し続ける鈴木慶一が語るワーハピ

9年目にして、夢の島公園陸上競技場での開催が最後であることが発表されている『WORLD HAPPINES 2016 夢の島 THE LAST』(以下、『ワーハピ』)に、無期限活動休止を宣言しているムーンライダーズの出演が決定。鈴木慶一は昨年12月の音楽活動45周年記念公演を経て、今年ははちみつぱいも始動させるなど、精力的な活動を続けている。往年のファンはもちろん、トクマルシューゴやceroとの交流から鈴木のことを知ったような若いファンにとっても、レジェンドの復活はたまらないものがあるのではないかと思う。

『ワーハピ』のキュレーターである高橋幸宏と鈴木は、THE BEATNIKSにおけるパートナーであると同時に、これまで長きにわたって付かず離れずの関係性を維持してきた盟友だ。ムーンライダーズ、THE BEATNIKS、Controversial Spark、No-Lie Senseと、鈴木が様々な形態で初年度からワーハピに出続けていることからも、二人の結びつきの強さが感じられる。そこで今回は、鈴木に『ワーハピ』について、そして高橋幸宏という人物について、改めてじっくりと語ってもらった。共に出口主義者であり、いつまで経っても現役感を失うことがない、その理由が垣間見える。

40周年だから、活動休止をちょっと休止しようってことです。

―今年の『ワーハピ』で活動休止中のムーンライダーズがひさびさのライブを行うことになった経緯を話していただけますか?

鈴木:40周年だから、活動休止をちょっと休止しようってことです。かしぶち(哲郎 / ムーンライダーズのドラマー。2013年逝去)の一周忌と、あと去年の私の45周年ライブ(鈴木慶一が先端を歩み続けられる理由とは?45周年ライブから考察)でもちょっとやったんですけど、節目の年なので、『ワーハピ』をスタートのポイントとして、何かやろうかなって。

鈴木慶一
鈴木慶一

―はちみつぱいも5月に45周年ライブを行っていますね。

鈴木:うん。今年は、はちみつぱいとかムーンライダーズとか、わりと古い付き合いの人たちとばかりやっていて。まあ、そんな年かなって。

―それにしても、かなり多くのバンドやユニットを行っていらっしゃいますが……。

鈴木:そう、今6つのプロジェクトを抱えてるんだよね。ムーンライダーズ、はちみつぱい、No Lie-Sense、Controversial Spark、THE BEATNIKS、ソロ。「七つの顔を持つ男」じゃないけど(笑)。

―「六つの顔を持つ男」だと(笑)。慶一さんは今おっしゃった様々な名義でワーハピには初開催からずっと出演していらっしゃいます。そんな慶一さんから見た『ワーハピ』の魅力とは?

鈴木:苗場(野外音楽フェス『FUJI ROCK FESTIVAL』の会場)のような山の中もいいけど、都市の中に会場がポンッとあって、セットチェンジなしで交互にライブを見られるのはひとつの魅力ですよね。一か所にメインステージとサブステージが集約されていて、トータルのイメージが見えやすいフェスって、意外とないよね。

―出演者としてはいかがでしょう?

鈴木:知り合いが出ていることが多いので、「みなさん最近どんなことをやっているのかな?」というふうに見ます。それを強く思ったのはThe おそ松くんズ(鈴木のほか、坂本龍一、小山田圭吾、鈴木茂、小坂忠、小原礼、Dr.kyOn、佐橋佳幸、高橋幸宏、奥田民生、矢野顕子、大貫妙子、ゴンドウトモヒコらが参加したバンド。2013年の『ワーハピ』に出演)の時かな。「これはひさしぶりの人が多いや」っていう面白さがあった。打ち上げでも、「今後、何かやるか」とか、そういう話にもなるし。

鈴木慶一

―世代を超えて楽しめる幅広いラインナップでもありつつ、やはり幸宏さんがキュレーションされているので、「ワーハピ色」がはっきりありますよね。

鈴木:私からしてみたら「かなり知り合いが多いぞ」というのはあります。そうなると、闘争心も湧くわけ。『フジロック』とかは、「現状をお見せする」っていう感じだけど、『ワーハピ』は、お客さんはもちろん、楽屋にいる人たちの反応も気になる(笑)。

―やはり近い人たちが多いだけにお互い気になるんですね。

鈴木:うん、はちみつぱい時代もそうだったんですよ。英語で歌う人、日本語で歌う人、いろんな人たちが一緒に日比谷野音でライブをしていて、客席でリハーサルを見ていると、「このバンド、うまいなあ、まずいぞ」とか話したりしてね。その感じがフラッシュバックしてくる。

―家族連れも多く、場内は穏やかな雰囲気ではありますが……。

鈴木:ミュージシャン同士は結構シビアかもね(笑)。もちろん、それがいい方向に作用しているんじゃないかな。

野外フェスでは、靴が壊れるくらい歩くんです。貧乏性なので「見ないともったいない」って思っちゃう。

―『ワーハピ』で特に印象に残っている年はありますか?

鈴木:それはもう、一昨年ですよ。

―2014年ですね。No Lie-Senseのライブ時に台風が直撃した。僕も観客としてあの場にいましたが、とんでもなかったです。

鈴木:生まれて初めてだね、あんなの。雨には散々降られてるけど、風で体が浮いたんだよ? もう、笑っちゃったもんね。楽器は壊れるし……私はNo-Lie Senseでは楽器を持たないので助かりましたけど(笑)。天候が変わるのは山の中に限らないってことだよね。

『WORLD HAPPINESS 2014』でのNo Lie-Senseのライブの様子。 ©TEAM LIGHTSOME
『WORLD HAPPINESS 2014』でのNo Lie-Senseのライブの様子。 ©TEAM LIGHTSOME

―ゲリラ豪雨とかありますもんね。まあ、あの日はそんなレベルではなかったですけど(笑)。

鈴木:そうだね。途中でやめざるを得なかったからね。もう、ハードディスクも鳴らなくなっちゃって、手拍子で歌っているだけだったからなあ(笑)。

―インパクトという意味では、やはり2014年が一番かと思いますが、他に印象に残っていることはありますか?

鈴木:2013年かな。初めてControversial Spark(以下、コンスパ)で出たんだけど、『ワーハピ』に出ることをスタートに設定したバンドだったんだよね。新しいバンドだったから、どう捉えられるんだろうなって思っていた。あの日はあえて出順を一番にしてもらったんです。リハができるんで(笑)。アタマに出て、最後にもう一度The おそ松くんズで出たから印象に残っています。

―2013年のワーハピがコンスパのお披露目ライブになったわけですが、そういう新しいチャレンジも『ワーハピ』だからこそできる?

鈴木:そうだね。『ワーハピ』に出るためにちょっとレコーディングをしたくらいで、バンドとしてはホントに出来立てほやほやだった。その後にツアーをして、サウンドも変わって、アルバムを出したんだけど、まずは「『ワーハピ』に出る」っていうのが大きかったんですよ。

鈴木慶一

―今のMETAFIVE(高橋幸宏、小山田圭吾、砂原良徳、TOWA TEI、ゴンドウトモヒコ、LEO今井によるバンド)の活動にしても、『ワーハピ』での試運転が大きかったでしょうしね。

鈴木:うん、そういうことなんじゃないかな。最初は「高橋幸宏&METAFIVE」名義だったもんね。

―では、見る側として印象に残っているアクトを挙げていただくと、いかがでしょうか?

鈴木:2014年のceroとポカスカジャンだね。ceroは昔から知っているから、「『ワーハピ』でどういうライブをするのかな?」って楽しみだったし、ポカスカジャンはボーイズ(演芸の一種。楽器を使用した音楽ショー)じゃない? それがどうやってお客さんを持ち上げていくのか気になりました。あとは2013年のトクマルくんも良かった。ああいう場で見て、ソロのバンドに参加してもらったらいいな、と思ったりすることもあるんですよ。

―鈴木慶一 with マージナル・タウン・クライヤーズ(あだち麗三郎、岩崎なおみ、佐藤優介、トクマルシューゴ、ダスティン・ウォングが参加)ですね。

鈴木:あのバンドは私が興味のある人たちを集めたバンドで、ダスティン・ウォング(ハワイ出身のギタリスト)は、ここ2年くらいで一番ライブを見に行ったかもしれない。トクマルくんは、外タレのライブに行くと一番会う人(笑)。

―そうなんですね。

鈴木:(コンスパの)konoreはインターネットで見つけたんだけど、彼女がやっている超大陸パンゲアってユニットのライブが下北沢であると、チケットを買って、こっそり見に行って、面白えなって思ったり。たぶん、ばれてたけど(笑)。

鈴木慶一

―かなり現場に足を運ばれているんですね。

鈴木:野外フェスでもそうなんですよ。『フジロック』は、靴が壊れるくらい歩くんです。貧乏性なので「見ないともったいない」って思っちゃう(笑)。「このステージに3分、ここに15分、ここで休憩を兼ねて全部見る」とか考えて。去年はさすがにへばって、会場の奥でひっくり返ってたけど、なるべく見たいなって。

―『ワーハピ』のラインナップを見れば、幸宏さんも常に新しいアーティストをチェックしているのがわかるし、そこはお二人の共通点かもしれませんね。

鈴木:あの人は私と違う感覚だと思うけど、相当見てるんだよ。

―会場の雰囲気に関しては、『ワーハピ』ならではのものがあると思われますか?

鈴木:どうだろう……いろんなステージを移動するフェスじゃないから、それはありがたいよね。余計な心配をしなくていい。お客さんが移動できるフェスの場合は、「お客さんの足を止めないと」とか考えるけど、『ワーハピ』は見てくれているかはわからなくとも、とりあえず聴こえてはいるだろうからね。やっぱり結構珍しいタイプのフェスだと思うんだよな。

幸宏は、非常に近いところにいる友人です。何でも話せるし、気楽ですよ。

―幸宏さんはTHE BEATNIKSでは直接のパートナーでありながら、付かず離れずというか、不思議な関係性だと思うんです。改めてお伺いすると、慶一さんにとって幸宏さんはどんな存在なのでしょうか?

鈴木:非常に近いところにいる友人です。何でも話せるし、気楽ですよ。1981年にTHE BEATNIKSの1枚目『EXITENTIALISM 出口主義』を作った時はちょっと緊張感あったけど、21世紀になってからは実に気楽。パッと音楽ができる珍しい相手だね。二人でいると1日1曲できちゃうから、いい相性だよね。

―お二人がそこまでいい相性なのは、どんな部分を共有しているからなのでしょうか?

鈴木:歳も1つ違いだから、若い時に聴いていた音楽もほとんど同じだろうし……。あと、幸宏がプロのドラマーになったのは結構早くで、16歳とか17歳だと思うんだけど、私も音楽を始めたのは19歳の時だから、似たようなもんで。ただ、1970年代末に実際話すまでは、見かけることはあっても話したことはないっていう時期が10年くらいあって、一本横の道をずっと歩いていた感じでした。

―何がきっかけで話すようになったんですか?

鈴木:なぜか幸宏のラジオ番組に呼ばれて、話してみたら、笑いのツボが似ていたんです。聴いてる音楽も大事だけど、笑いのツボも同じくらい重要(笑)。面白いことを言ってるのに笑ってくれないのは残念なことだから。

鈴木慶一

―横の道を歩いていた時代も、通じるものがあるんじゃないかと思って見ていたんですか?

鈴木:いや、私は写真で幸宏を見て、当時としては珍しくてかっこいい髪型をしているなあとか、そのくらい(笑)。あと何かの雑誌の取材で、1977~1978年の日本のアルバムをいろいろ聴いてしゃべる企画があって、その時に『電撃的東京』(1978年に発表された近田春夫&ハルヲフォンのラストアルバム)と『サラヴァ!』(1978年に発表された高橋幸宏のソロファーストアルバム)がすごくいいなと思ったのは覚えてる。

―お二人の共通点は、やはり「出口主義」という部分で、「現状に満足することなく、常に何か他のことをやりたくなる」というところだと思うんです。だからこそ、慶一さんにしても、幸宏さんにしても、数多くのバンドやユニットを掛け持ちしているんだろうなと。

鈴木:満足はないね。何をやっても。だから、次を作るわけだし、次のライブをするわけで。組み合わせを変えると違うサウンドになるから、「このバンドはこういうサウンド、このバンドはこういうサウンド」って、完全に分かれてるんですよ。ユニットでも、THE BEATNIKSとNo-Lie Senseは全然違って。

鈴木慶一

―それぞれどういう違いがあるんでしょう?

鈴木:幸宏とは年齢も近いから、「誰のいつの時代の感じをやってみようか」とか、音楽の話をすることが多いけど、No-Lie Senseを一緒にやっているKERAとは一回り違うので、「このフレーズ、ちょっとロックっぽくないですか?」みたいな。音楽の話というよりも、演出の話をするね。

―今年ははちみつぱいでも活動されていて、『フジロック』への出演も決まっていますね。

鈴木:去年の45周年ライブで1988年以来にはちみつぱいをやって、「さて、みなさんどうなってるかな?」と思っていたんだけど、とんでもないことになっていて(笑)。

―とんでもないというのは?

鈴木:今のテクノロジーだと、当時はわからなかった「ここでこんなの弾いてるんだ」というのがわかるんだけど、いつも新曲のように聴こえるわけ。ムーンライダーズも近いんだけど、ムーンライダーズの場合は、録音物を解体していくというか、ライブで意識的にアレンジをどんどん変えていく。でも、はちみつぱいはそんなこと考えなくても、かつて録音した曲を今やると、リハと本番でも全然違う(笑)。

―(笑)。

鈴木:しかも、今は9人でやっているけど、当時は誰かが抜けて誰かが入ったり、まちまちだったから、全員が同じステージに立つことがなかった。今はキーボードが3人で、ギターも3人で、それにペダルスティールやバイオリンもあって、ものすごい楽器の量なんですよ。その中で今やれることをやるっていうのが非常に興味深いね。

―当然ではありますが、ひとつひとつのバンド、ユニットごとにそれぞれの特徴があるわけですね。

鈴木:そうそう。だからこそ、「次はこっちをやろう」ってなるわけだけど、でも実は結構混乱もしていて(笑)。メールのやりとりをしていると、このメールはどのバンドの話だっけとか、わかんなくなっちゃうんだよね(笑)。

鈴木慶一

音楽を作ることが、作れなくなってしまった人に対しての回答かな。

―近年の慶一さんと幸宏さん絡みの作品のことでひとつ訊きたかったのが、幸宏さんが2013年に出されたソロアルバム『LIFE ANEW』に収録されていて、慶一さんが作詞をされた“The Old Friends Cottage”のことです。

鈴木:あの曲ね。

―<湖畔の 戸がきしむ あの小さなコテージ いこうよ><大きな コテージ 明日は舟が出るの ゆくの>という歌詞は、単に旧友の関係性を歌っているだけではなく、「死」を連想させるものでもあったと思うんです。

鈴木:いい質問だね。かしぶちの病気を知ったタイミングで、ちょうど歌詞を頼まれたんです。どんなことを書こうかと思った時に、かしぶちの病気が深刻だということで……つまりコテージは病院みたいなもんです。もしくは、軽井沢のホテルの一室。(加藤)和彦さんのことも重ねていて(加藤は2009年に軽井沢のホテルで亡くなっている)、「友人がどんどん亡くなっていくんだろうな」というイメージで作りました。曲調が悲しげだったので、この曲に詰め込んでしまおうと。で、ある日突然幸宏が私の書いた伏線に気づいたらしく、「そういうことだったんだ」とメールをくれて。

―「これからも音楽を作りつづけよう」という、エールの交換でもあったのかなと。

鈴木:音楽を作ることが、作れなくなってしまった人に対しての回答かな。人が亡くなったり、でかい地震が起きたり、そういうことがあると、曲を作るんです。「できることはこれだけでございます」って。でも、「その人の分まで」なんてことは決して言わないよ。それを言っちゃうと、一番長生きした時に、ものすごい量を作んなくちゃいけないわけだから(笑)。

―(笑)。今も創作意欲は全然衰えてないわけですよね?

鈴木:むしろ増してるね。それは時間の問題というか、今65歳だから、あと10年で75歳。こりゃあどんどんやらないとって感じですよ。21世紀になって、50歳になっても創作意欲が増したし、60歳になってまたさらに増した。はちみつぱいをやっていた20代の頃なんて、ホントのんびりしてたよ。1曲作るのに2年かけたり、時間がいっぱいあったな。

鈴木慶一

―では、今年のワーハピの、2016年のムーンライダーズはどんな感じになりそうですか?

鈴木:ホントにまだわかんないね。たくさん曲があるから、出演時間に合わせて選曲したところで決まってくると思う。去年の45周年ライブと、かしぶちの一周忌の時でも全然違ったからね。まあ、この前は武川(雅寛)を休ませなきゃっていうのもあったけど(2015年6月に急性大動脈解離で手術を受けている)、さてどうなるか。まったくわからないからこそ、面白いと思う。

―楽しみにしています。最後に、数多くのバンドやユニットをやりながら、そのすべてに共通する、慶一さん自身の音楽家としての軸がどこにあるのか、話していただけますか?

鈴木:それはね、ワンマンバンドじゃないってこと。はちみつぱいを再びやってわかったのが、はちみつぱいって私と渡辺勝の二人がいた時代がすごく短くて(1972年9月に渡辺が脱退)、そこから私の曲が増えちゃったのが残念だった。みんなでジャッジしながら、民主的にものを作るのって、時間も手間もかかるし、めんどくさいんだけど、それはそれでしょうがない。その形が一番好きなんだよね。だからこそ、ムーンライダーズもそのスタイルで40年間やってきたわけです。

―「自分の世界」を作るより、今もいろんな人と一緒に作ることに喜びを感じていると。

鈴木:そうだね。さっきも言ったように、もうあんまり時間がないからというのもあるけど、その中で、また新しい人と出会って一緒に音楽を作ってみると、「もっともっと作んなきゃ」って思うんだよね。

イベント情報
『WORLD HAPPINESS 2016 夢の島 THE LAST』

2016年8月28日(日)OPEN 11:00 / START 12:30
会場:東京都 新木場 夢の島公園陸上競技場
出演:
METAFIVE
電気グルーヴ
大森靖子
GLIM SPANKY
スチャダラパー
ポカスカジャン
東京スカパラダイスオーケストラ
ムーンライダーズ
Ykiki Beat
矢野顕子
WEAVER
水曜日のカンパネラ
and more
料金:ブロック指定9,500円 小学生1,200円 親子チケット10,000円
※親子チケットは大人1名、子ども1名が対象

プロフィール
鈴木慶一
鈴木慶一 (すずき けいいち)

1951年8月28日 東京生まれ。1970年、あがた森魚と出会い本格的に音楽活動を開始。以来、様々なセッションに参加し1971年には「はちみつぱい」を結成、独自の活動を展開するも、アルバム『センチメンタル通り』をリリース後、解散。「はちみつぱい」を母体にムーンライダーズを結成し1976年にアルバム『火の玉ボーイ』でデビューした。ムーンライダーズでの活動の傍ら高橋幸宏とのユニット「ビートニクス」でもアルバムをリリース。また膨大なCM音楽の作編曲、演歌からアイドルまで幅広い楽曲提供、プロデュース、またゲーム音楽などを作曲し日本の音楽界に大きな影響を与えてきた。2012年、ソロアルバム『ヘイト船長とラヴ航海士』が第50回日本レコード大賞優秀アルバム賞を受賞。映画音楽では、北野武監督の『座頭市』で日本アカデミー賞最優秀音楽賞、シッチェス・カタロニア国際映画祭で最優秀音楽賞を受賞した。2015年、ミュージシャン生活45周年の節目にソロアルバム『Records and Memories』をPヴァインよりリリース。『WORLD HAPPINESS 2016 夢の島 THE LAST』で5年ぶりにムーンライダーズを復活させる。

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