ビョークと世界を周ったcobaが語る、変と笑われた楽器への執念

これまでに30枚以上のソロアルバムをリリースし、国内外で広く活躍するアコーディオニスト・coba。「アコーディオンのイメージを変えること」、そして「誰も聴いたことのない音楽を作り出すこと」をモットーに、彼は四半世紀のあいだ走り続けてきた。アコーディオニストであると同時に、コンポーザー、アレンジャー、そしてプロデューサーでもある彼の原点には、果たしてどんな思いや体験があったのだろうか。

アコーディオンとの出会いから世界コンクールでの優勝、そしてビョークとの出会いなど、さまざまなことを振り返ってもらいながら、cobaが見据える現在、そして未来について、大いに語ってもらった。

1音鳴らしてみた瞬間に度肝を抜かれました。たぶん僕はそのとき、アコーディオンに一目惚れしたんだと思います。

―最新アルバム『coba?』のテーマは、原点回帰とのことなので、改めてcobaさんのルーツと足跡を振り返っていきたいと思います。まず、そもそもなぜ、cobaさんはアコーディオンという楽器を選んだのでしょう?

coba:うちの父がアコーディオンを好きだったんです。父の時代は『巴里の屋根の下』(1930年、ルネ・クレール監督)というフランス映画の影響で、若者のあいだにアコーディオンブームみたいなものがあったらしく。当時、西洋文化に対する憧れの象徴の1つとして、アコーディオンは世間に認識されていたようです。で、そんな父が、僕が小学校4年生の誕生日に、アコーディオンをプレゼントしてくれて……有無を言わさず、これをやりなさいと。

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―それがきっかけで、アコーディオンを弾くようになったのですか?

coba:いや、それから半年間、一切ケースを開くこともなく(笑)。

―どうして半年間ケースを開けることすらしなかったんですかね?

coba:どこか反抗していたんでしょうね。こんなものが欲しかったんじゃないって(笑)。ただ、あるときクラスの担任からお声がかかる。僕は、3歳からピアノと音感教育(音楽の学習に必要な、リズム、メロディー、ハーモニーなどの感覚を養う教育)を始め、小学校に上がるころにはプチミュージカルを作曲して、クラスで上演してしまうような少年だったんですよね。まあ、どの学校にも1人はいる音楽少年みたいな役どころで、音楽の行事があると、ピアノを伴奏したり、指揮者をやったりしていました。

その担任から、校庭での朝礼時にコーラスの発表をやりたい。ただピアノやオルガンを運び出すのは大変だし伴奏をどうしたものか、と相談を受けて。そのときに、ふと、半年前に父からもらったアコーディオンが頭をよぎったわけです。

―そこで初めてアコーディオンに触れることになったと。初めて弾いてみたときの感想はどんなものだったのでしょうか。

coba:それまで慣れ親しんでいたピアノは指先の10点でしか楽器に触れないけれど、アコーディオンはべったりと上半身をくっつけて、あたかも大切な人を抱きしめるように構えるわけです。なので、ピアノやオルガンとは違って身体に直接ビーッと音が響くんですね。1音鳴らしてみた瞬間に度肝を抜かれました。たぶん僕はそのとき、アコーディオンに一目惚れしたんだと思います。

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―なるほど。

coba:しかしながら、その発表会の結果は残酷なもので。僕がアコーディオンを持って登場したら、クラスのみんなが笑うんですよ。「何だあれー、変なのー」って。そのときに、この楽器のソーシャルイメージがいかに悪いかということを、子どもながらに体感するわけです。それで、僕の中に、「いつの日かこの楽器のイメージを変えてやろう」という目標設定が生まれたんです。

「どういう音楽を聴いてきたら、こういう音楽になるわけ?」って。それこそ、ビョークにも聞かれました。

―小学校4年生のときに立てた目標に、今でも向き合い続けているんですよね。

coba:まあ、とはいっても当時は子どもですから、そんなことはすぐに忘れて、中学高校時代は、当時流行っていたプログレッシブロックにどっぷりハマっていましたけど(笑)。高校のときは文化祭で、一人でYesの『危機』(原題:『Close To The Edge』 / 1972年リリース)というアルバムの完全コピーをアコーディオン1台でやったりもしました。でも、キーボードでプログレのコピーバンドを3つぐらいかけ持ちしてやっていたのでそっちが忙しくて。でも当時は、将来音楽家になろうなんて、一度も思ったことがなかったんですよ。

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―音楽少年だったという小学生のころから音楽家への道を志しているものだと思っていましたが、そうではなかった。

coba:まあ、普通に大学にでも行ってサラリーマンになるんだろうなと、漠然と思っていたというか。でも、高校の進路指導が始まって将来のことを考え始めたとき、自分は父のように会社組織の一員としての人生を送りたいわけではないと気づいたんです。「じゃあ、何をやりたいんだろう?」と真剣に考えている中で、ふと部屋の片隅あったアコーディオンに気づく。

自分をさらけ出せる、自分が一番素直になれる瞬間は、アコーディオンを弾いているときなんじゃないかと思ったんです。そして、子どものころ、この楽器のイメージを変えてやろうと誓ったことを思い出す。そのときに、自分はもしかしたら、音楽家になって、アコーディオンという楽器と共に生涯を過ごすのかなと思い始めたわけです。

―しかし、一旦プログレを経由してから、再びアコーディオンに戻ってくるというのは、なかなかユニークですよね。

coba:まあ、妙ですよね(笑)。のちに世界中のアコーディオン弾きと出会うことになるのですが、やっぱりすごく驚かれましたから。「どういう音楽を聴いてきたら、こういう音楽になるわけ?」って。それこそ、ビョークにも聞かれました。そういうときに僕は必ず、「文化は旅をするほど成熟するんだよ」と言うことにしています。

2013年リリースの『coba pure accordion』収録

カレーはインド発祥で、ヨーロッパを経由して日本に入ってきた。つまり、ものすごく旅をしてきたからこそ、日本のカレーは他のどの国にもない特別なものになっている。

―文化は旅をするほど成熟する、というのはどういうことでしょう?

coba:例えば、カレーはインド発祥で、一度ヨーロッパに渡ってから日本に入ってきた。つまり、かなりの距離を旅しながら日本に入ってきたわけです。だからこそ、日本のカレーは、他のどの国にもない特別なものになっている。それは、音楽、食、ファッションなど、どんな文化に関しても言えることです。

―なるほど。

coba:そう考えると、「cobaのアコーディオン」も同じです。僕がもしヨーロッパに生まれていたら、アコーディオンなんかやっていなかったかもしれない。僕の感性は、アコーディオンを取り巻く日本の独特なカルチャーの中で育まれたものであって、アコーディオンが1万キロの旅をしたからこそ生まれ得たミュータント。そこが世界の他のアコーディオン弾きと一番違うところだと思うんです。

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―cobaさん自身も高校卒業後、イタリアに留学をされたんですよね。

coba:そうです。僕が留学したことには大きく2つの理由がありました。日本の音大にはアコーディオン科がなかったし、本場できちんとアコーディオンを学びたかった、というのが1つ。

もう1つは、アコーディオンが生まれたヨーロッパに行けば、僕のようにこの楽器で何か新しいことを、それこそ当時最先端のプログレみたいな音楽をやっている人が必ずいるはずだと思ったこと。そんな音楽を聴いてみたい、そういう存在に会ってみたい、そんな思いを胸にイタリアに行きました。

―実際にイタリアに行かれたことで、「cobaのアコーディオン」はどういうふうに熟されていきましたか?

coba:1つ目の目的は、なんとか果たせました。ヴェネチアのルチアーノ・ファンチェルリ音楽院という、アコーディオンの頂点を目指す学生が世界各地から留学する名門校に入学することができた。ただ、2つ目の目的は果たせずでした。残念ながら本場にもアコーディオンで革新的なことをやっている人は存在しなかった。

タンゴやポルカ、ワルツといったような既存のものではなく、アコーディオンのために生み出された革新的なオリジナルジャンルと呼べるものは、本場にもなかった。そんなわけでイタリア留学の4年間は徹底的にクラシック音楽を学ぶ時間となりました。アコーディオンを変えると豪語している人間が古典を知らないなんて論外ですよね。まずは同じ業界の中で、誰からも文句を言われないような技や音楽性を身につけてから、コンクールに出場する。そうやって箔をつけて日本に帰ってこようと(笑)。そこから猛勉強と猛練習の日々が始まったんです。

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―そして、実際に世界コンクールで見事優勝して、日本に帰ってくると。

coba:もちろんみんな驚きました。東洋人初ですから(笑)。それに僕より巧みな演奏者はヨーロッパにはウヨウヨいる。実際、僕の学校の教諭の一人もそのコンクールに出場していたわけですから。未だに僕の何が他よりよかったのかわかりません。ただ、世界1位になって帰国しても、まったく関係ない。日本におけるアコーディオンをめぐる状況は一切変わっていなかった。

―アコーディオンに対する世間の目は簡単に変わらないと。

coba:帰国してまず最初に某新聞社のインタビューを受けたんですけど、その記者の方が最初に発した質問が衝撃的で……「世界コンクールで優勝されたそうですが、どうしてまたこんな楽器を」とおっしゃった。

結局、子どものころから散々言われ続けて悔しい思いをしたことを、世界の舞台で優勝して帰ってきても、まだ言われるわけです。そのとき、アコーディオンの世界で日本人の僕が優勝しようとも、世間は関心を持ってくれないんだと気づくわけです。それよりも、新しいものを作って、一般社会の常識を変えていかないと、何も始まらないんだと。それに改めて気づかされてから、苦節の10年に突入していくんです(笑)。

ガラガラの会場で、一番後ろにいた2人だけ妙に盛り上がっていたんですよね。それが、ビョークとハウィー・Bだったんです。

―世界コンクールで1位を獲って順風満帆、とはいかずそこからまた下積み期間が10年も。

coba:22歳で帰国してから10年くらい、いろいろもがいて試行錯誤しましたけど、結局何も変えられなかった。よくあの10年を生き延びたと自分でも思います。ただ、その最後の3年くらいで、ちょっと雲行きが変わってきた……まず、「ランバダ」という音楽が、ものすごく流行り始めたんですよね。

―南米発祥のダンス音楽ですよね、1990年前後に流行っていました。

coba:いわゆる「ワールドミュージック」というものが、大流行した。そのころから僕はスタジオミュージシャンの仕事を始めるのですが、アドリブができて、場合によっては譜面も必要ないというプレイヤーはそれまでのアコーディオン業界には皆無だったこともあって、アレンジャーからものすごく重宝がられたんですよね。1年後ぐらいには、「イントロも間奏も、全部お任せします」みたいなケースも増えて、スタジオミュージシャンとして生計を立てられるようになりました。

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―そして、1991年には『シチリアの月の下で』というアルバムでメジャーデビューを果たすんですよね。

coba:そう、そのころに初めてメジャーのレコード会社から、「アコーディオン、面白いじゃないですか。アルバム出しましょうよ」って言われたんです。相当驚きましたよ。それまで「こんな楽器」と散々なことを言っていたのに、今更どういうことだって(笑)。

―厳しい時代を経てのメジャーデビューということで、いろいろ考えるところもあったのでは?

coba:そうですね。メジャーデビューを果たしたら、人生が大きく変わるだろうと思っていましたが、うちの近所にあった小さなCD屋には、もちろん僕のCDなんて置いてないわけですよ。そこでまた、現実は甘くないと思い知ることになります。

―ただ、その後もコンスタントにアルバムを出し続けて……95年からは、先ほどちらりと名前の出たビョークのワールドツアーにいきなり参加なさっていますよね。これは、どういういきさつだったのでしょう?

coba:それも偶然ですが。その当時から僕は、毎年ヨーロッパでコンサートツアーをやっていて……というのも、日本だけでは食えなかったから(笑)。コネクションのあったイタリアをベースにして、フランスやスペインなどのラテン圏でコンサートをやっていました。

それで、あるときイギリスのプロモーターからも声がかかって、300人ぐらいの会場でライブをすることになったんです。でも実際は、ガラガラで10人くらいしかお客さんがいなかった。ただ、一番後ろにいた2人だけ妙に盛り上がっていたんです。その2人というのが、ビョークとハウィー・B(ビョークやU2のプロデューサーとしても知られる音楽家)でした。

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―そんなことがあるんですね。

coba:ロンドンの情報誌に僕のコンサート情報が記載されて、それをビョークが見て興味を持ったようですね。楽屋で少し話すと、すぐに意気投合。きっとお互い感じるところがあったんでしょうね。95年から97年のあいだ、彼女のワールドツアーに参加することになるわけです。一緒に回っていてつくづく感じたのは、良くも悪くも似た者同士ということ。彼女と僕は、音楽以外のこともとても趣味が似ていて、ケータリングの好みから訪れるお店まで、ことごとく同じなんですよ。1日10回ぐらいツアー先の街角で会うもんだから、最後は2人で大笑いしちゃいましたけど(笑)。

―何か感性みたいなものが近かったのでしょうか。

coba:1つ言えるのは、僕も彼女も、まだ見たことがないもの、聴いたことがないものに、とにかく惹かれるんだと思います。あの当時は、とても影響を与え合っていたというか、僕が新しい作品を作ると、彼女はそれを奪い取るようにして聴いてくれたし、僕が彼女のツアーで出会った人たちと一緒に何か別の仕事をしようとすると、ものすごくやきもちを焼いたし……。バンクーバーオリンピック(2010年)でフィギュアスケートの高橋大輔くんが演技をしてくれた“eye”という僕の楽曲は、彼女と共に切磋琢磨しているころにできた1曲です。

まったく曲が書けずに悶々とする時期が、25周年を迎える僕には必要だったと思います。

―cobaさんは、アコーディオン演奏家であると同時に、作曲家でありアレンジャーでもあるんですよね。

coba:そうです。1つの楽器のイメージを変えるということは、尋常なことではないんですね。そのためには、スター演奏家であるだけでは足りないんです。作曲やアレンジも含めて、高精度のプロデュース能力がないとダメだと思う。文化に一石を投じるというのは、本当に難しいことです。

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―アコーディオンを持ったcobaさんは、cobaさん全体の活動の氷山の一角であると。

coba:僕自身はどう見られてもいいんですけどね。ただ、アコーディオンを持っているのが一番わかりやすいから、そうしています。でも、アコーディオンを弾く作業っていうのは、実際に行っていることの100分の1くらいなんです。それはアルバム作りでも何でも、全部そうなんですよね。

―最新アルバム『coba?』についても話を聞かせてください。冒頭にも言ったように、cobaさんは本作のテーマとして「原点回帰」を掲げていますよね。

coba『coba?』ジャケット
coba『coba?』ジャケット(Amazonで見る

coba:そうですね。原点回帰、初心に戻るということをテーマに掲げて曲を作っていったのですが……実は今回、作曲がまったくはかどらず(笑)。こんなに書けなかったのは生まれて初めてでした。

―cobaさんは、アルバムだけでもこれまで30作品以上リリースしているなど、かなり多作なほうですよね。

coba:今まで僕は、曲が書けないという体験をしたことがなかったので、今回は相当ビビっちゃいました(笑)。初心に返ることが、自分には向いてないのかと思ったりもしましたが、なんとか最後の1週間で、今回の楽曲のすべてを作曲し、アレンジすることができた。振り返って考えてみると、今回はそういう葛藤が自分自身に必要だったのかな、と思うんですよね。実は、今回作った楽曲に自分的にはすごく驚いています。どれをシングルカットしてもいいレベルの、勢いのある曲ばかりできたと思っているので。

―1週間で書き上げたとはとても思えないほど、キャッチーかつバリエーションに富んだ楽曲が収録されていると感じました。

coba:ありがとうございます。だからやっぱり、この半年間の悶々とした時期が、25周年を迎える僕には必要だったと思います。そのあいだに、なぜ自分は音楽をやるのだろうという根底の部分まで考えましたから。それだけ暗中模索の半年間だったんですよね。

―そういった迷いは感じさせない、派手やかで抜けのいいアルバムになっていると感じました。原点回帰とはいえ、まったく守りに入らず、むしろ攻めのアルバムに仕上がっていますよね。

coba:まあ、そこは三つ子の魂百までってやつです(笑)。「25周年だからといって、守りに入ってたまるか!」という。

―原点回帰といっても、音楽的なルーツをさかのぼるのではなく、cobaさんの原点にある精神性に立ち戻ったというか。

coba:そうですね。25周年で原点回帰を試みたものの、その結果として出てきたものは、当初の予想とはまるで違うものだった。つまり僕は、とにかく誰も聴いたことのないものを作りたいという、それに尽きるんだと思います。

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突然変異が生まれないと文化は面白くないし、更新されていかないと思うんです。

―今回のアルバムは、「coba?」と名づけられていますが、そこにはどんなニュアンスが込められているのでしょう?

coba:悶々と作業していた中での自問自答、「自分はいったいどこから来て、どこへ行くんだろう?」「何がやりたいんだろう?」ということですね。

もう1つは、「みなさんcobaのことを本当にわかっていますか?」という問いかけでもある。ときどきテレビに出て、おチャラけているだけのオジさんだと思っていませんかという(笑)。

―今日の話を聞いて、その全体像は、正直わかっていなかったかもしれないと思いました。ただ、この音楽をどのジャンルに入れたらいいのか、あるいはこの音楽をどんなふうに表現すればいいのかというのは、依然として悩みどころではありますよね。

coba:まあ、そうですよね。でもね、そういうミュータント――突然変異が生まれないと文化は面白くないし、更新されていかないと思うんです。ミュータントは、みんなに好かれるとは限らない。でも、そういうものが存在しないと、文化は廃れてしまうんですよね。

だから、この音楽が認識されるのは、ひょっとするともう少し先なのかもしれない。だって僕は、25年やってきて、いまだに「これを何と表現すればよいでしょう」と言われてしまうわけですから(笑)。

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―申し訳ないです(笑)。cobaさんの他にも同じようなことをやっている人がいたり、あるいはcobaさんを中心としたアコーディオンシーンみたいなものがあれば、もっとわかりやすいのですが……。

coba:そういうものを作りたくもないですから(笑)。ただ、結果として起ってきていることをいくつか挙げるならば、例えば、押尾コータローくんにしても沖仁くんにしても……あと、三味線奏者の上妻宏光くんや吉田兄弟、バンドネオン奏者の小松亮太くん、三浦一馬くんといった連中は、僕と2人だけになると言ってくれるんですよ。「あなたがいたから、僕らは世に出ることができたんです」って。

アコーディオンみたいな楽器で、あんなにかっこいいことができるなら、自分たちの楽器でもできるはずだって思えたんだという。そういう話を聞くと嬉しいですし、やってきてよかったなと思いますよね。

―楽器1つで世に出ようと挑戦する人たちは、cobaさんの存在に勇気づけられてきたんですね。

coba:そう考えると、大事なのはアコーディオンそのものじゃないかもしれないですよね。僕はたまたま運命としてアコーディオンに出会ってしまって、アコーディオンに育てられた。だから、今こうしてアコーディオン弾きをやっているけれど、僕は、アコーディオンという1つの楽器を通して、生き様のようなものを見せていきたいんです。それは25年間、変わらずに思い続けてきたことです。

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リリース情報
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『coba?』(CD)

2016年12月21日(水)発売
価格:3,240円(税込)
COCB-54196

1. Great Britain
2. Purpose ballad
3. She loves you
4. スウェーデンの森
5. 華麗なるお伽噺~花市場へのオマージュ~
6. Your eyes~君のまなざし~
7. 昭和キネマラヴ
8. Moon Gigue
9. Wicked Apple
10. Portafoglio
11. 再会
12. Back to the Birth

イベント情報
『coba tour 2017 25周年記念』

2017年1月12日(木)
会場:愛知県 ウインクあいち

2017年1月15日(日)
会場:新潟県 新潟市音楽文化会館

2017年1月21日(土)
会場:東京都 日本橋三井ホール

2017年2月8日(水)
会場:大阪府 BIG CAT

2017年2月10日(金)
会場:広島県 広島CLUB QUATTRO

2017年2月11日(土・祝)
会場:山口県 Jazz Club BILLIE

2017年2月17日(金)
会場:高知県 高知市文化プラザかるぽーと 小ホール

2017年2月18日(土)
会場:香川県 高松オリーブホール

2017年2月19日(日)
会場:愛媛県 松山WstudioRED

2017年3月18日(土)
会場:宮崎県 宮崎WEATHER KING

2017年3月19日(日)
会場:鹿児島県 鹿児島CAPARVO Hall

2017年3月20日(月・祝)
会場:熊本県 熊本B.9

2017年3月24日(金)
会場:大分県 大分DRUM Be-0

2017年3月25日(土)
会場:福岡県 電気ビルみらいホール

2017年6月23日(金)
会場:北海道 札幌cube garden

2017年6月24日(土)
会場:北海道 小樽GOLD STONE

2017年7月1日(土)
会場:長野県 まつもと市民芸術館 小ホール

2017年8月22日(火)
会場:秋田県 秋田県児童会館

2017年8月23日(水)
会場:岩手県 北上さくらホール 中ホール

2017年8月25日(金)
会場:宮城県 七ヶ浜国際村

2017年8月26日(土)
会場:山形県 シベールアリーナ

2017年8月27日(日)
会場:福島県 福島県文化センター 小ホール

プロフィール
coba
coba (こば)

アコーディオニスト・作曲家、数々の国際コンクールで優勝。以来、ヨーロッパ各国でのCDリリース、チャート1位獲得など、「coba」の名前と音楽は国境を越え世界の音楽シーンに影響を与え続けている。20年以上にわたり恒例化しているヨーロッパツアー、更にはアイスランド出身の歌姫ビョークのオファーによるワールドツアー参加など、今や日本を代表するアーティストとしてその名を世界に轟かせている。バンクーバーオリンピックの男子フィギュアスケートにて、cobaの“eye”でプログラムに臨んだ高橋大輔がメダルを獲得し、またロンドンオリンピックでは体操の寺本明日香選手が“時の扉”を使用。冬夏2シーズンに渡り、cobaの楽曲が世界の舞台で金字塔を打ち立てた。また、今日までプロデュースしてきた映画、舞台、テレビ、CM音楽は500作品を超える。その他演奏家やオーケストラへの委嘱作品を手がけるなど、作曲家としても多くの作品を生み出している。2016年11月デビュー25周年を迎え、12月21日、通算37枚目のオリジナルアルバム『coba?』をリリース。2017年1月より全国ツアー『coba tour 2017 25周年記念』を開催。



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