メディアは黙殺、ジャスティンは絶賛 クリス・ブラウンを巡る賛否

男性R&Bシンガーが持つ「危ういセクシーさ」の正統継承者、クリス・ブラウン

アメリカではHBO(アメリカ合衆国の衛星およびケーブルテレビ放送局)で、イギリスではChannel 4(イギリスの公共テレビ局)で、生前のマイケル・ジャクソンの性的虐待疑惑を告発した『ネバーランドにさよならを』(原題『Leaving Neverland』)が放送されたこの春。国によってはマイケルの曲を放送禁止にするラジオ局があったり、人気アニメ『ザ・シンプソンズ』が過去のマイケル出演回をストリーミングのリストから落としたり、マイケルをこよなく愛するあのドレイクでさえ最新ツアーのセットリストからマイケルをフィーチャーした“Don't Matter to Me”を外したりなどの動きがあったタイミングでリリースされたクリス・ブラウンの“Back To Love”は、クインシー・ジョーンズプロデュース期のマイケルそのもののサウンドプロダクション、アートワークやミュージックビデオで象徴的にフィーチャーされた(マイケルのトレードマークである)黒いシルクハットなどで、マイケルへの愛を高らかに表明してみせた曲だった。

現在のアメリカのポップカルチャーを「政治的に正しいもの」と「政治的に過ったもの」、あるいは「意識高い系」と「意識低い系」に分類するとしたら、クリス・ブラウンは後者のイメージを代表する存在ということになるだろう。その背景には、彼がこれまで起こしてきた女性がらみのスキャンダルがあるわけだが(そして少なくともその一部は簡単に忘れ去られるべきものではないが)、『ネバーランドにさよならを』に顕著なように一見「政治的に正しいもの」が必ずしも「正しく」はないように(同作品は放送後しばらくしてから多くの捏造や矛盾点が指摘されている)、クリス・ブラウンはよくも悪くもその「ブレなさ」によって多くのファンはもちろん、ミュージシャン仲間からも絶大な信頼を集めている存在だ。

日本から海外の音楽シーンや音楽メディアを眺めていると、フランク・オーシャンやソランジュのような先進的な意識と音楽性を掲げるアーティストたちが牽引しているようにも思えてしまうブラックミュージックの現在だが、クリス・ブラウンが体現している男性R&Bシンガーの伝統ともいえる「セクシーさ」や「危険さ」を支持する土壌は根強い。

32曲123分の長尺を支える、ニッキー・ミナージュら豪華ゲスト陣

全32曲2時間3分という、その長大なボリュームに最初はひるみそうになるニューアルバム『Indigo』。もっとも、1年半前にリリースされた前作『Heartbreak On A Full Moon』も全45曲2時間39分だったので、これが現在のクリス・ブラウンにとっては標準的なアルバムのフォーマットということなのだろう。ミーゴスやドレイクらの近作でも顕著なように、近年はストリーミングでの再生数を稼ぐために曲数の多いアルバムが増えているが、その中でもクリス・ブラウンはメインストリームで活躍しているスターとして最もエクストリームな場所に立っていることになる。

曲数が多いだけに、『Indigo』にはリスナーを飽きさせない工夫がいたるところで凝らされている。まず誰もが目を引かれるのは、クリス・ブラウン作品史上最高といってしまってもいいゲスト陣の豪華さだろう。リル・ウェイン、ニッキー・ミナージュ、タイガ、ドレイクらYoung Money Entertainmentファミリーの面々。リル・ジョン、ジュヴィナイル、ジューシー・J、タンク、トレイ・ソングスといったベテランから、ジャスティン・ビーバー、トリー・レーンズ、H.E.R.、ガンナといったヤングスターまで。まさに新旧ヒップホップ、R&B、ポップのオールスター大集合といったところ。

ドレイクがゲスト参加したクリス・ブラウン“No Guidance”

特に、『Heartbreak On A Full Moon』ツアーのオープニングアクトにブレイク前に起用したという縁があるH.E.R.のような、新時代を象徴する女性アーティストもそこに名を連ねていることは、クリス・ブラウンのスキャンダラスなイメージを払拭する上でも大いに役立っているのではないか。実際、H.E.R.を迎えた“Come Together”は、近年大きなトレンドになっている1990年代R&Bリバイバルの最高峰ともいえる仕上がりの名曲で、本作のハイライトのひとつにもなっている。

2PAC+マイケル? スキャンダルまみれ? 賛否両論のクリス・ブラウン評価

もともとR&Bのメインストリームは、いつの時代も「伝統」と「革新」のせめぎ合いの場であったわけだが、『Indigo』の作品全体を覆うトーンは、「伝統」と呼べるほど古くはない近過去のR&Bへの郷愁と、「革新」といえるほどもはや新しくはないEDM以降のポップR&Bのバリエーションという、絶妙なレイヤーで成り立っている。R&Bファンが思わず頬を緩めるに違いないのは、シャニースの“I Love Your Smile”(1991年)ネタの“Undecided”や、アリーヤ“Back & Forth”(1994年)ネタの“Throw It Back”といった、ある年代以上のアメリカ人なら誰もが知るクラシックを華麗にのりこなしてみせた曲だろう。また、ドレイク、ジャスティン・ビーバーといった同時代のスーパースターとの共演曲では、自分が主導権を握り切らずに彼らを自由にさせている。このあたり、さすがの手堅さとバランス感覚だ。

これまでの数々のスキャンダルやいざこざについては嬉々として報じてきたアメリカの主要音楽メディアの多くがアルバムのレビューさえ見送る一方で、本作『Indigo』は2012年の『Fortune』以来7年ぶりとなる「ビルボード・アルバムチャート」1位の栄冠をクリス・ブラウンにもたらした。

今年4月、マシュメロがクリス・ブラウンとのコラボ曲“Light It Up”をリリースした際、その数カ月前に同じマシュメロとコラボ曲をリリースしたばかりのChvrchesがInstagramで抗議の声を上げたが、そのときのクリス・ブラウンの反撃(お前らみたいに人生に苦しんだり、平穏な気持ちを持てないやつらは、俺に成功を見せつけられてさぞかし傷ついているんだろう。お前らは2位さえ取れない。そして、2位になれたとしても1位には俺がいる。田舎者は失せろ ※一部抜粋)通りの展開となったわけだ。

Chvrchesによる抗議の声

一方、その1週間後、『Indigo』で“Don't Check On Me”に参加しているジャスティン・ビーバーは同じくInstagramにマイケル・ジャクソン、2PAC、クリス・ブラウンの写真をあしらって次のようなポストをした。「MJ plus 2 Pac equal CB」。

ジャスティン・ビーバーの投稿

女性ファンの多いジャスティン・ビーバーの元にはそのポストを揶揄したり、疑問視したりする声も殺到したが、もちろんそうなることは百も承知でジャスティン・ビーバーは声を上げたわけだ。特にアメリカで、多くの批評家が現在のクリス・ブラウンの音楽を積極的に評価することに尻込みしている状況で発せられた「マイケル・ジャクソン+2パック=クリス・ブラウン」という最大級の賛辞は、本作に対する最も勇気ある批評のひとつともいえるだろう。肯定的な文脈にせよ、否定的な文脈にせよ、「アメリカのエンターテイメントはポリコレ一色に染まった」などとよくいわれるが、そんなことはないということを、再び最盛期を迎えているクリス・ブラウンの人気が物語っている。本作『Indigo』を聴けば、それは「どちら側を支持する」ということではなく、すべてが地続きであることがわかるはずだ。

リリース情報
クリス・ブラウン
『Indigo』(CD)

2019年7月31日(水)発売
価格:2,700円(税込)
SICP-6189

[DISC 1]
1. Indigo
2. Back To Love
3. Come Together
4. Temporary Lover
5. Emerald / Burgundy
6. Red
7. All I Want
8. Wobble Up
9. Need A Stack
10. Heat
11. No Guidance
12. Girl Of My Dreams
13. Natural Disaster / Aura
14. Don't Check On Me
15. Sorry Enough

[DISC 2]
1. Juice
2. You Like That
3. Troubled Waters
4. Take A Risk
5. Lurkin'
6. Trust Issues / Act In
7. Cheetah
8. Undecided
9. BP / No Judgement
10. Side Nigga
11. Throw It Back
12. All On Me
13. Sexy
14. Let's Smoke
15. Early 2K
16. Part Of The Plan
17. Play Catch Up
18. Dear God

プロフィール
クリス・ブラウン
クリス・ブラウン

2005年8月にメジャー・デビューしリリースしたシングル「ラン・イット」が全米チャート5週連続1位を獲得。これまでに3枚の全米No.1アルバムと6曲のNo.1シングルを獲得し、グラミー賞を含む計40にも及ぶ数々の賞を受賞。5thアルバム『フォーチュン』がオリコン週間洋楽ランキングで5位を獲得し、日本を含む計6カ国においてキャリア史上最高チャートを記録。2016年以降リリースしたシングル「パーティー feat. グッチ・メイン&アッシャー」は米プラチナム・ディスクを獲得し、「プライバシー」は米ゴールド・ディスクを獲得。2017年6月に自身初のドキュメンタリー映画『Chris Brown: Welcome To My Life』がアメリカで限定上映。2017年8月にリリースした新曲「クエスチョンズ」が国内iTunes R&B/SOULチャート1位を獲得。最新アルバム『ハートブレイク・オン・ア・フル・ムーン』をリリースし、全米R&BチャートとR&B/HIPHOPチャートで見事1位を獲得し、国内iTunes R&B/SOULチャートでも1位を獲得。2019年1月にリリースしたシングル「アンディサイデッド」がiTunes R&B/SOULチャート1位を獲得。2019年7月に最新アルバム『Indigo』をリリース。

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