コンテンポラリーサーカスとは? フィンランドの第一人者に聞く

プロジェクションマッピング、ドローン、AIなど、新しい技術を用いた身体表現が次々に登場する現在。しかし、ちょっと海外へと目を向けてみると、日本人のまったく知らないアートフォームが大きな支持を集めている、というのはじつはよくあることだ。

コンテンポラリーサーカスもそのひとつ。伝統的なサーカスの技術を援用しながら、現代アートとの融合や物語の導入を試みる動向は、カナダやフランスを中心に、大きな潮流を生み出している。

9月22日から上演される『Double Exposure』も、そんな流れのなかから生まれた、フィンランド発のコンテンポラリーサーカス作品だ。同国を代表するアーティスト、ヴィッレ・ヴァロが主宰するグループ「WHS」と、韓国でダンスカンパニーを率いるアン・ソンスとのコラボレーションから生まれた同作は、「整形」というちょっと変わったテーマを通して、新しくも普遍的な人間像の問題に問いを投げかけている。フィンランドを拠点に制作を続けるヴィッレ・ヴァロにインタビューを行った。

マネキンを100種類くらい用意して見比べていると、同じ顔であっても一つひとつは微妙に違う、個性があることを発見したんです。

―『Double Exposure』のテーマである「整形」は、韓国でのリサーチから見出したそうですね。

ヴァロ:最初から明確に「こうしよう。こうしたい」と思ってはじまる創作はほとんどないですね。今回もアン・ソンスとはじめてお会いしたときには、これからなにが起こるのかわかりませんでした。模索の手がかりとして、普段私が使っている小道具をいくつか持っていって、それを起点にリサーチをはじめたのですが、特に興味をひいたのがマネキンの頭部だったんです。

韓国での滞在地はソウルの新沙洞(シンサドン)で、ファションブランドやセレクトショップが立ち並ぶ、女性に人気のエリアでした。そこは整形手術のメッカとして非常に有名な場所でもあるんです。地下鉄や街のいたるところに整形の広告が溢れている。とはいえ、もちろんステージ上で実際に整形手術をしようというのではなく、そのアイデアを翻訳していかに操るかが、この作品の要になるわけです。

ヴィッレ・ヴァロ Photo by Sasa Tkalcan
ヴィッレ・ヴァロ Photo by Sasa Tkalcan

―初演の映像を見せていただいたのですが、マネキンの頭部は全編にわたって大活躍していますね。

ヴァロ:私は彼女を「イェシカ」と呼んでいます(笑)。彼女をリサーチの鍵として「理想の外見とは何か?」について考えていきました。

マネキンを100種類くらい用意して見比べていると、じつは同じ顔であっても一つひとつは微妙に違う、個性があることを発見したんです。それが大きなテーマとなって、今回のようなダンス作品、ビジュアルシアター、美術セットを活用するオブジェクトシアターとして徐々にかたち作られていきました。

同じ格好をした人がうじゃうじゃいたら、その人自身のパーソナリティーはどこにいってしまうんでしょう?

―韓国では整形が日常的に受け入れられている。そんなイメージを持つ人は多くいると思います。例えばK-POPアイドルのルックス的な統一感は、「ひょっとして整形なのでは……?」と根拠に欠ける疑いを持ってしまったりするのです。ヴィッレさんは韓国滞在中にK-POPカルチャーに触れることはありましたか?

ヴァロ:テレビでは何度も見ましたね。私にも本当に整形手術をしているかどうかわかりません(笑)。個人的な印象を話せば、彼女たちはみな、少なくとも人間らしくない、ちょっと現実味を帯びてないような、プラスチックの人形のような感じに見えます。ソウルの若者たちも、ポップスターを真似た格好をしているのを本当にたくさん見かけました。そういったものが最近のトレンドだということでしょう。

フィンランドでもK-POPカルチャー、特にポップミュージックは人気があるんです。でも傾向として、同じ服を着たり、同じメイクをすることに喜びを見出すことはあまりありません。人々の見た目が全部同じになってしまうことに、むしろ恐怖感や気味の悪さを感じます。同じ格好をした人がうじゃうじゃいたら、その人自身のパーソナリティーはどこにいってしまうんでしょう?

―最近日本でもK-POPが再び脚光を浴び始めていて、ファッションや髪型について、近い傾向のファッッションをしばしば見かけます。だとすると、フィンランド人がK-POP化する可能性もありえるのでは?

ヴァロ:どうだろう(笑)。一時的なビッグヒットはあったとしてもフィンランド人のすべての趣向が塗り替えられるということはないと思います。整形手術も広がっていませんしね。

ちょうど数日前、新聞で韓国ファッションの先進性と人気を伝える記事が載っていましたが、感覚としてはまだ日本のJ-POPの影響の方がフィンランドでは強いように私は思います。

ヴィッレ・ヴァロ

―整形やファッションによる見た目の画一化を「気味が悪くて、個性が埋没する」とおっしゃっていましたが、『Double Exposure』はまさにそのことをテーマにしていますね。ヴィッレさんが感じたその印象は、演出面・技術面でどのように反映されていますか?

ヴァロ:こだわったポイントはいくつかあります。第一にはマネキンの頭を使ったこと。そして自分たちの実際の頭も駆使しています。その他には映像、音楽、影の効果など、色んな要素を組み合わせていますが、最終的な仕上がりとして気を使ったのは、それほど深刻にアウトプットするのではなく、ユーモアを出すことです。

『Double Exposure』初演時の様子 Photo by Sasa Tkalcan
『Double Exposure』初演時の様子 Photo by Sasa Tkalcan

―その「ユーモア」はとても感じました。特に影を使ったアニメーションは、原始的で素朴な仕掛けが、想像以上の効果を発揮していたと思います。

日本人や韓国人は外見だけでなく、内面まで外国人になることを望んでいるように見える。

―整形や影の要素などから受けた印象として、身体の変容はヴィッレさんとご自身が主宰する「WHS」の一貫したテーマなのかと思いました。

ヴァロ:サーカスを出自とする活動をしているので、身体的なマニピュレーション(操作)は非常に重視しています。でもクラシックなスタイルの作品制作とは違って、確固としたストーリーの流れを作ろうとしているわけではありません。

関心があるのは、観客を驚かせること。そして、今回の『Double Exposure』であれば、人間はどこに行き着くのか、そして整形手術の終わりがどのようなものなのか、ということを重視しました。

『Double Exposure』初演時の様子 Photo by Sasa Tkalcan
『Double Exposure』初演時の様子 Photo by Sasa Tkalcan

―それはアイデンティティーの模索とも言えますか?

ヴァロ:そうですね。顔というのは、人間の身体でも非常に重要な部分です。コミュニケーションするときに、もっとも活発な部位でもあり、美的価値観を決定づけるものでもありますからね。

私が外見というトピックについて一番奇妙だと思うのは、アジアの人たちはどうしてヨーロッパ的な外見に憧れるのか、なぜそれを唯一の美の基準とするのか、という点です。

私自身は「人間が同じように見える必要がどうしてあるの?」と、考えるタイプの人間です。「いかに人間を画一化させないか」を大切にしています。多様性は、自分が自分らしくあるためにもっとも重要な要素です。

―日本を含めたアジアは、近代化のなかで欧州の価値観を先進的なものとして受容してきた歴史が強くあるからではないでしょうか? 例えば渋谷の街では、黒人ラッパー風、白人トップモデル風のまるで欧米人のコスプレのような日本の若者を見ることができる。それは奇妙な現象であると同時に、面白くもありますね。

ヴァロ:外見に限らず、音楽や食べ物の文化もコピーされ、広がっていく。俯瞰してみれば、ヨーロッパの人たちもそれは同様で、世界のどこに行っても見られるものかもしれません。ただ大きく違うのは、日本人や韓国人は外見だけでなく内面まで外国人になることを望んでいるように見えることです。

―たしかに日本はヨーロッパからもアメリカからも遠い場所にあることで、外の文化に対する憧れを過度に持つ傾向があるかもしれません。ごく短い語学留学を終えて日本に戻ってきた人が、ちょっとびっくりするくらいにアメリカナイズされたりするのは、よくあることです(苦笑)。

技術をひたすら高めていったり、工夫を加えていくだけでは、必ずどこかで壁にぶつかってしまいます。

―ヴィッレさんはジャグリングを行うアーティスト(ジャグラー)としてキャリアをスタートさせたと伺いました。『Double Exposure』でもジャグリングのシーンが登場しますが、例えば影を使った仕掛けもジャグリングの発展系として位置付けているそうですね。ヴィッレさんの考えるジャグリング、そしてサーカスの概念とはどのようなものでしょうか?

ヴァロ:長い間クラシックなジャグラーとして活動してきましたが、ある時点から、どんなアイテムを使うのか、それを何個空中に放り投げることができるか、といった技術面の追求から離れて、「もの」それ自体の使い方や意味を考える方向に変わっていきました。その意味では、いまの私の立ち位置は、パペット、マリオネット使いに近いと思っています。

私は、人々が持っているサーカスのイメージから遠いところにいきたい、逃走していきたいんです。そもそもサーカスや劇場を訪れるお客さんは、単に技術を求めているだけではなくて、空間全体を含めた空気感だったり、広い意味での人間の身体の変容に興味を持っていますからね。

『Double Exposure』初演時の様子 Photo by Sasa Tkalcan
『Double Exposure』初演時の様子 Photo by Sasa Tkalcan

ヴァロ:ジャグリングの技術をひたすら高めていったり、工夫を加えていくだけでは、必ずどこかで壁にぶつかってしまいます。なので、一般のお客さんにはできない動きや技術を見せることに重点を置くサーカスと、我々WHSはまったく違う場所にあります。

知識はほとんどなくて、自分の活動のなかで体験しながら学んでいった。それは、とても幸運だったと思っています。

―ヴィッレさんがコンテンポラリーサーカスの活動を始めてから27年が経つそうですが、その過程では新しいものへの抵抗や反発もたくさんあったのではないでしょうか?

ヴァロ:ヨーロッパ全体ではなく、フィンランドのサーカスの歴史に限定しますが、従来のサーカスが台頭してきたのが1970年代、そしてコンテンポラリーサーカスが出てきたのが1990年代だと思います。私が活動をはじめた頃にはコンテンポラリーサーカスはまったく無名で、社会的な地位も高くはなかったんです。

ヴィッレ・ヴァロ

―ジャグリングやサーカスへの興味はずっと持っていたのですか?

ヴァロ:ええ。しかし、最初にジャグリングをはじめたのは、完全に個人的な趣味だったんです。ですから伝統的なサーカス、そしてコンテンポラリーサーカスの潮流についての知識はほとんどなくて、自分の活動のなかで学んでいったんです。それは、とても幸運だったと思っています。

知識がなかったからこそ、他の人とは違う方法に挑戦することができましたし、私がジャグリングをはじめた1990年代はインターネットが台頭しはじめた頃で、さまざまな情報を得ることができたんです。もちろん古い映像アーカイブを探って研究することもやっていました。

―風通しのよい創作環境に恵まれていたのですね。

ヴァロ:もちろん困難もありました。フィンランドには伝統的なサーカスのシーンがすでにあって、現代的な試みを行うことに対し、「それはサーカスではない!」とも何度も言われてきました。さらに大変だったのが、政府・公的機関との関わりです。当時、サーカスはアートフォームのひとつとしてはまったく見なされていなかったんです。

インターネット以前は、各国の都市のあいだにまだ壁があって、日々世界の広がりは感じつつも、自分のスタイルを追求する余裕と自由があった。

―日本ではまだまだ紹介される機会が少ないのですが、カナダやフランスを中心として、コンテンポラリーサーカスはかなり広く認知されているといえいます。しかし、約30年前のフィンランドはまったくそうではなかった。

ヴァロ:現在は幸運なことに状況が変化し、演劇や現代美術と同じ括りで語られるようになりましたが、それでも首都のヘルシンキで初日を迎えた公演が、その後もロングランを続けていくのは非常に難しいのが現実です。ですから、多くのコンテンポラリーサーカスは、国内だけでなく海外へと目を向けて、実験的な表現が受け入れられる都市でのツアー興行に力を入れなければ生き残っていくことはできないんです。

『Double Exposure』初演時の様子 Photo by Sasa Tkalcan
『Double Exposure』初演時の様子 Photo by Sasa Tkalcan

―日本の舞台芸術も同じですね。国内に十分なマーケットがある商業演劇でない限り、アジア圏やヨーロッパ圏での活動を視野に入れなければ、大きな発展は望めません。

ヴァロ:サーカスの扱いが向上したとはいえ、演劇などと比べるとまだまだ二流のアートフォームだと見なされているのが現実ですから、これからも政府とは戦っていかないといけません。

―この10年で、圧倒的にインターネットが普及したことも活動の後押しになっているのではないでしょうか?

ヴァロ:それも難しいところです。というのは、情報が一瞬で世界中に広がることで、表現の独創性が薄れてしまうからです。私が活動しはじめた1990年代にはYouTubeもない頃でしたから、情報を得る手段はあっても、すぐに共有・拡散されるということはありませんでした。

自分が幸運だったのは、各国の都市のあいだにまだ壁があって、日々世界の広がりは感じつつも、自分のスタイルを追求する余裕と自由があったこと。伝統的なサーカスとのつながりを持たず、かといって新しいものの奔流に押し流されることもない。そのなかで自分の表現に連続性を持たせて発展させていけました。

ヴィッレ・ヴァロ

―27年も活動を積み上げていくと、若い世代もどんどん登場してくるのではないですか?

ヴァロ:そのとおりです。私が活動しはじめたときはフィンランド全土に10人くらいしかアーティストがいませんでしたが、現在では約40のインディペンデントのグループが活動していて、専門の教育機関も存在しています。

まだまだ課題は多いですが、コンテンポラリーサーカスに対する認知は広がって、特に若者たちからはトレンディーな表現として支持されています。この27年間を振り返ってみると、非常に大変でしたが、いろいろなことが大きく変わっていっていると感じます。

―『Double Exposure』の他にもWHSの作品をいくつか見せていただいて、非常に美しく、また作品によってはグロテスクなところもある、とても興味深いアプローチを展開されていると思いました。

ヴァロ:現在計画中の新作は、ちょっとアンティークな印象のある、シネマティックなスタイルのものを構想しています。そこでも、いろんな分野の人と共同制作を行い、新しい要素に向けて冒険していきたいですね。そして忘れないでおきたいのは、どんな作品でもお客さんを驚かせるものであり続けること。それは絶対に大切なことです。

イベント情報
『Double Exposure ~ダブル・エクスポージャー~』

2017年9月22日(金)~9月24日(日)
会場:東京都 池袋 あうるすぽっと(豊島区立舞台芸術交流センター)

コンセプト、演出:アン・ソンス / ヴィッレ・ヴァロ
振付:アン・ソンス
出演:
イ・ジュヒ
キム ・ボラム
チャン・グンミン
キム・ヒョン
キム・ジヨン
ヴィッレ・ヴァロ

プロフィール
ヴィッレ・ヴァロ

ジャグリング、人形劇、ダンスの境界面で、それらを調和させた独自のジャグリングスタイルが有名。パイオニアにして革新者、コンテンポラリージャグリングを再提唱し、新たなジャグリングテクニックや、フィジカルかつ空間的な動きを探求している。また、ジャグリングによる様々な表現を、オブジェクトシアターやヴィジュアルシアターにまで押し広げた第一人者でもあり、ジャグリングの新しいフェスティバル5-3-1Festival、ヘルシンキの新しいサーカスのフェスティバルCirko Festivalの芸術監督である。グループ及びソロとしての活動のほか、Jérôme Thomas Companyとも活動している。2006年よりフィンランドのアーツカウンシルにて、5年間の助成を受け、2010年にはFinnish Cultural Foundationより、フィンランドの文化へのクオリティの高く優れた貢献に対し、特別賞が授与されている。



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