篠笛・佐藤和哉×ゆず北川悠仁対談 いつまでも残る歌を作る「責任」

昨年、アルバム『フエウタイ』でデビューした若き篠笛奏者、佐藤和哉によるセカンドアルバム『唄の音(うたのね)』がリリースされる。

本作は、これまでファンの間でもリクエストの多かった待望のカバー集。中島みゆきの“糸”やさだまさしの“秋桜”、森山直太朗の“夏の終わり”といった新旧の名曲をはじめ、アントニン・ドヴォルザーク作曲の“遠き山に日は落ちて”など様々な名曲が、ピアノと篠笛を中心としたアコースティックなアレンジでよみがえる。郷愁を誘うような懐かしい篠笛の音色が、まるで歌うように奏でられると、目の前に様々な情景や歌詞までもがありありと浮かんでくるようだ。

そして、本作のもう一つの聴きどころが、北川悠仁(ゆず)との共作曲“誓いの空”だ。NHK朝ドラの主題歌“雨のち晴レルヤ”以降、交流を深めてきた二人による約4年ぶりのコラボ曲。北川の自宅スタジオにて制作されたというこのインスト曲は、ゆずの楽曲たちとはまた違った魅力を放っている。

そこで今回、佐藤と北川の対談を実現。コラボ曲の制作裏話はもちろん、ゆずが佐藤をはじめ、若い世代のミュージシャンたちに大きな影響を与え続けている理由にも迫った。

和哉が篠笛を通して生み出す「日本的な郷愁感」はとてもユニークだし、僕らのようなソングライターとはまた違った持ち味があるんですよね。(北川)

—まずは、お二人が出会ったきっかけを教えてもらえますか?

北川:僕がNHK朝ドラ『ごちそうさん』(2013年)の楽曲制作をしていた頃、総合プロデューサーから「とても面白い若者がいる」っていうことで、(佐藤)和哉と、トランペット奏者の秋山璃帆さんを紹介してもらったんです。それで、せっかくならこの出会いをカタチにしたいなと。朝ドラの設定が大正時代ということもあって、日本の伝統的な楽器を奏でる和哉を含めみんなで曲を作ったら楽しそうだなと思ってやり始めたのが、最初のきっかけですね。

—佐藤さんのどんなところに魅力を感じたのですか?

北川:和哉みたいな若い世代の子が篠笛を演奏していて、それを広めようとしていることが面白いなと思いました。それと、彼の作るメロディーを聴いた時に、生意気な言い方ですが「いいものがあるな」と。彼が篠笛を通して生み出す「日本的な郷愁感」はとてもユニークだし、僕らのようなソングライターとはまた違った持ち味があるんですよね。

北川悠仁(ゆず)
北川悠仁(ゆず)

—“雨のち晴レルヤ”を一緒にレコーディングしたあとも、コンサートを一緒にやるなど、交流もずっと続いていますよね。

北川:はい。そのあとすぐに、ゆずは『新世界』(2014年)というアルバムを作るんですが、そこで「懐かしいけど、新しい」という意味を込めて、「懐か新しい」というキーワードで楽曲を作ることができたのは、和哉や秋山さんとの出会いのおかげでした。そのアルバムにも参加してもらったので、「じゃあ、ツアーも一緒に回ろうか」っていう話になって。

佐藤:いやあ、まさかそんな展開になるとは思わなくて、緊張しましたね(笑)。1万人を超えるお客さんの前で演奏するのはものすごく貴重な体験でした。ゆずのお二人は大先輩ですし、最初のうちはずっとオドオドしていたんですけど、北川さんがとても兄貴肌というか。気さくに話しかけてくださったり、楽屋に来て「一緒に飯食おうぜ」って言ってくださったり、そうやってフランクに接していただいているうちに、だんだんリラックスできるようになっていきました。

佐藤和哉
佐藤和哉

—北川さんにとっては、佐藤さんは弟みたいな感じ?

北川:もう、玉のように可愛がっています(笑)。本当に彼は、見た目の通り誠実で、ひたむきに音楽に取り組んでいる人。彼のやっている、インストゥルメンタルで、しかも篠笛というのは、言ってしまえば「茨の道」だし、それに対して何らかの形で応援したいっていう気持ちはありますね。

でもね、とにかく彼は真面目なんで、時々つまんないんですよ(笑)。それをどうやって壊してやろうかなって思ってますね。ツアー中も無茶なこと色々させて。最終的に、前髪パッツンのヅラ被らせて、ボンゴ叩かせましたから(笑)。

佐藤:「パラダイス佐藤」という芸名までいただいて(笑)。

左から:佐藤和哉、北川悠仁(ゆず)

北川さんにモチーフを聴いてもらったとき、「和装の結婚式に似合うような曲にしたらどうかな」っていうヒントをくださって。(佐藤)

—今回、お二人が再びコラボをすることになったのは、どんな経緯だったのでしょうか。

北川:“雨のち晴レルヤ”を一緒に作って、それがゆずにとって代表曲の一つになったし、一緒に紅白にも出られたので、すごく手応えを感じたんです。その時は僕のフィールドでやらせてもらったんだけど、今度は和哉のフィールドで何かできればとは、ツアー中も話していて。それで今回、以前から和哉が持っていたモチーフを使いながら、新たな曲を作っていきました。

—そのモチーフは、“文と風鈴”という曲でしたね?

佐藤:そうなんです。元々“文と風鈴”は、「旅先で大切な人を思い出しながら手紙を書く」というイメージで作っていた曲だったんですけど、それを北川さんに聴いてもらったとき、「和装の結婚式に似合うような曲にしたらどうかな」っていうヒントをくださって。それで、しばらく経って北川さんに「和哉、ちょっと聴いて欲しい曲があるんだけど」って言われてスタジオにうかがったんです。そこで、“誓いの空”の原型を聴かせていただきました。

北川:“文と風鈴”には、独特の静けさやメロディーの美しさがあったんですけど、僕はやっぱりポップス畑の人間なので、そこにドラマティックな表現を入れたいなと思ったんです。バイオリンを加えることによって、篠笛だけでは表現しきれないイメージを加えようと思いましたね。

—篠笛によるインスト曲でありながら、構成はいわゆるポップスのフォーマットになっているのも北川さんのアイデア?

北川:まさしくそうですね。僕らがポップスでよく使っている手法を今回は多用しています。例えばピアノのイントロで始まったり、途中のAメロで一度ブレイクしてみたり、篠笛のインスト曲では珍しいであろう、Dメロを加えてみたり。

—逆に、篠笛のインストだからこそできた、普段のゆずの楽曲制作にはないプロセスもありました?

北川:まず、歌詞がなくて楽でした(笑)。ゆずではいつも、最後に歌詞をどうメロディーに落とし込んでいくかで悩みますからね。「てにをは」で5時間とか(笑)。そういうのがないぶん、逆にOKラインはどこなのか? っていう、ジャッジの仕方が普段とはかなり違いましたね。最終的には、笛の持つ独特の響きを活かすのが一番なのかなと思いながら作っていきました。

—レコーディングは、北川さんの自宅スタジオで行ったのですか?

北川:そうです。できたばっかりのスタジオだったんですよ。ひょっとしたら、この曲が処女作になるのかもしれない。和哉をそこに呼んだのも、ゆずのレコーディングをやる前に、スタジオの具合を試したかったっていうのがあったのかも。

北川悠仁(ゆず)

佐藤:あははは。もうメッチャきれいでしたもん。ピッカピカで。

—スタジオは、本格的なレコーディングができるような規模なのですか?

北川:はい。小さいブースなんですけど、ドラムも録れるし完パケまでできるようになっています。和哉とのレコーディングの後、「これはイケるな」と思ったので、その後ゆずでアルバム1枚作っていますし、現在はここが楽曲制作の拠点になっています。

20年続けてこられたのは、自分たちの好奇心に忠実だったからだと思うんです。(北川)

—和楽器、ポップスの要素をお互いに持ち込むような、そういう異ジャンルのコラボは佐藤さんもゆずもやってこられたと思うのですが、その楽しさ、醍醐味はどんなところにありますか?

佐藤:僕は若い頃にポップスも聴いてたので、和楽器を演奏しながらも、現代的なポップスの要素は無意識ながら入り込んでいたと思うんです。それが、ポップスの最前線を走るゆずさんとコラボレーションさせていただくことによって、さらに加速したというか。自分が作るメロディーも、より親しみやすいものになっていったように思います。

佐藤和哉

北川:僕がゆずをやっていて一番嫌なのが、「ゆずって、こういう音楽でしょ?」みたいに決められてしまうこと。そこから逃げるように活動していた結果、オルタナティブでありフリースタイルになっていったように思うんですよね。

もちろん、パブリックイメージは「アコギを弾く、路上出身のフォークデュオ」ということなんでしょうけど、20年続けてこられたのは、自分たちの好奇心に忠実だったからだと思うんです。その時に自分が本当に「面白い」と思えば、パブリックイメージにとらわれず飛び込んでいけるタイプの人間なんですよね。

それは音楽的なチャレンジだけでなく、例えば現代アーティストの村上隆さんや、フラワーアーティストの東信さん、彫刻家の名和晃平さんやアートディレクターの森本千絵ちゃんなど、アートワークから刺激をもらって作ることもある。だから、もう全て「出会い」の中で音楽が巻き起こっている感じがします。

—そういったコラボは、2人組だからこそできる部分なんですかね? バンドじゃない分、融通が利くというか。

北川:それはすごくあると思います。とはいえ、バンドにしか出せないグルーヴ感にも、ずっと憧れてはいます。ずっとバンドやりたかったですから(笑)。

—パブリックイメージにこだわらず自由にコラボができるのは、「何をやってもゆずだ」という自信があるというのもあります?

北川:まさに。最初の10年間は二人で色んな曲を作りながら、一生懸命地固めをしてきましたからね。特に今は、自分のスタジオもあるし、色んな人たちとコラボする前に、自分たちの確固たるベースを作って、そこから広げていくことができるようになりました。

左から:佐藤和哉、北川悠仁(ゆず)

岩沢と出会ってなかったら、今も悶々としたままだったのかもしれないです。(北川)

—ところで最近、若いミュージシャンにインタビューしていると、「ゆずで音楽に目覚めた」「ゆずに憧れて路上ライブを始めた」っていう声を、本当によく聞くんです。

北川:そうそう、今年夏フェスに久しぶりに出たら、信じられないくらいタトゥーの入った若者から「俺、ゆず大好きなんっすよ!」って握手求められて(笑)。「一体どこでどうなったんだ?」って思うじゃないですか(笑)。でもすごく嬉しくて。

—それって、どうしてなんでしょうね?(笑)

北川:なんでしょうね(笑)。ゆずを見たときに、「自分たちにもできそう」っていうのはあったんじゃないですかね。たった二人で音楽ってやっていいんだ、こんなことを曲にしてもいいんだって。「音楽を作る」ということのハードルを、僕らは少し下げることができたんじゃないかなと。

あとは、歌ってみたくなる曲というか。例えば誰かのコンサートに行って、初めて聴いた曲だったのに、帰り道に口ずさんでたみたいな。そういうのってすごくいいなと思うんですよね。自分たちでも、そういう曲を作りたいというのは今でも心がけているし、そこは大きかったんじゃないかなと思いますね。

—なるほど。

北川:路上という場所からスタートしたことも大きかったですね。通りすがりの人たちを相手に演奏するわけじゃないですか。そこでボソボソ歌ってても振り向いてはもらえないわけです。ついつい立ち止まって聴きたくなるような、そこにいる人の心に届くような曲を作るためには、キャッチーなものじゃなければならない。そうしないと聴いてもらえないという、切迫感の中から生まれてきた音楽だったというか。

—北川さん自身は、どんなキッカケで音楽を始めたんですか?

北川:中学生の頃はX JAPANが大好きで、YOSHIKIさんに憧れてたんです。ただ、音楽以外もやりたいことがたくさんあって、絵でも文章でもいいから、とにかく何か自分の中に表現したいことがあって。でもそれをどうやって表に出したらいいのかわからず、ずっと悶々としていたんです。

それが、岩沢(厚治)と出会って、一緒に音楽をやるようになって、「ああ、こういうことを表現したかったんだ!」というものがあふれ出したんですよね。岩沢と出会ってなかったら、今も悶々としたままだったのかもしれないです。

—佐藤さんもYOSHIKIさんに憧れていたんですよね?

佐藤:そうなんです。中学生の時にドラムを始めたんですけど、その時にX JAPANを聴いて、もろに影響を受けました。ただ、ドラムって1人では演奏できないじゃないですか。何か他に、自分一人でも表現できる方法はないかなとは思っていたんです。で、高校に入った時にゆずさんの音楽を聴かせてもらって衝撃を受けて。親に頼み込んでアコギを買ってもらい、路上に出たのが最初の音楽活動なんですよね。もちろん、ゆずさんのカバーもたくさん演奏しました。

佐藤和哉

—ゆずについて北川さんは、「自分にもできるかも」と思わせてくれる音楽とおっしゃっていましたが、そう思わせられる音楽って、決して「簡単」だとか「幼稚」だとかではなくて。「自分もやってみたい」って思わせるくらいカッコいい上に、シンプルじゃなければならないから、それってすごく難しいことだと思うんですよね。

佐藤:本当にそう思います。それは、自分で作るようになって痛感しました。人の心に届くくらい、シンプルで力強く、そして美しいメロディーを作るっていうのは、難しいことでもあるし、素晴らしいことでもある。それを教えてくれたのが、僕にとってはゆずさんだし、今もその気持ちは全く変わっていないですね。

篠笛はフルートなどの楽器に比べると、すごく曖昧な部分がたくさんある。そこが人間の声に近いというか。(佐藤)

—佐藤さんのニューアルバム『唄の音』は、“誓いの空”を作り終えた後に制作されたのですか?

佐藤:はい。今回はファンの方からの希望や、自分自身のやりたいことの一つでもあった「カバー曲中心のアルバム」にチャレンジしました。誰もが聴いたことのある馴染み深い楽曲が、篠笛で演奏されるとこんな風に変わるんだ、こんな素晴らしさがあるんだって思ってもらえたら嬉しいですね。

—童謡・唱歌や昔の歌謡曲、自身のレパートリーまで様々な楽曲をカバーしていますよね。北川さんは、もう聴かれました?

北川:はい。上手くなりましたよね?(笑) 出会った時から雰囲気はあったんですけど、そこに技術も追いついたというか。実は秋に、世界遺産ツアー(『お~いお茶 世界遺産劇場 ゆず プレミアムLIVE』)というのをやらせていただき、そこで和哉にもゲストで出演してもらったんですけど、その時も「随分上手くなったなあ」と思ったんです。

左から:佐藤和哉、北川悠仁(ゆず)

佐藤:それはやっぱり、ゆずさんとの出会いのおかげなんです。“雨のち晴レルヤ”以降、本当に自分の活動の場や出会いがどんどん広がっていって。そのおかげで篠笛の腕も磨いてこられたのかなって思います。

—インスト曲なのに、まるで歌詞が聴こえてくるように感じるのは、篠笛という楽器の音色が人間の声に近いのと、アーティキュレーションによる表現のニュアンスによるものなのかなと思いました。

佐藤:それはすごくあると思います。篠笛自体、筒状の本体に穴が空いているだけのシンプルな構造なんですね。フルートなどの楽器に比べると、すごく曖昧な部分がたくさんある。そこが人間の声に近いというか。心に染み込んでくるような笛独特の音色を、穴の押さえ方や息の吹き込み方など、色んな奏法を組み合わせることによって、人間が歌っているような表現ができるのだと思います。

—やはり、「歌うように吹く」ということを心がけているのですか?

佐藤:それこそが、僕の篠笛奏者としてのアイデンティティーだと思っています。

100年先、200年先にも曲が残っていて、最終的に「詠み人知らず」になってもいいから、ちゃんと納得した曲を残したい。(北川)

—ゆずは『ゆずの素』(1997年)でCDデビューをして、今年で20周年なんですよね。北川さんにとっては、40歳になった年でもあるわけですが、当時と今とでは歌いたいこと、伝えたいことって変わってきましたか?

北川:めっちゃ変わっているんじゃないかな。家族ができたのはとても大きかったので、その前と後とではだいぶ違う気がします。例えば、独身の時は「ステージで死んでもいい、それこそ本望!」くらいに思っていたんですけど、今は「いや待てよ、家族が待っているし死ねないな」って思うようになった(笑)。もちろん、気合いは今でも十分あるんですけど、「死生観」は変わってきていると思います。

—「死生観」にどんな変化があったのでしょうか?

北川:自分が死んだ後にもちゃんと残る歌を作りたい、って思うようになったんですよね。震災が起きた時、こんな苦しいときにも、みんなが僕らの歌を心の中で歌ってくれて、それで自分を励ましていたっていう話を聞いたときに、自分の作った歌が誰かの心の中で生きている、その存在意義について考えさせられたんです。「たとえ自分の身が朽ちたとしても、その曲は残っていくんだ」って。だとしたら、自分は自分が作る曲に対して責任があるというか。

北川悠仁(ゆず)

—責任、ですか。

北川:別に、自分で作った曲が一億総出で叩かれたとしてもいいんです。自分自身がその曲を納得して作っているかどうかが大事だと思っていて。なので、人の評価に対する責任ではなく、自分が心から納得した曲を出しているということさえできていればいいのかなって。100年先、200年先にも曲が残っていって、最終的に「詠み人知らず」になってもいいから、ちゃんと納得した曲を残したいですね。

—自分が納得できていない曲が、100年も200年も残ったら困りますもんね。

北川:例えば“栄光の架橋”という曲は、作ってからもう10年以上たつけど、未だに色んな人たちが、色んなところで歌ってくれていて。「一生懸命作って、自分たちが納得できるようないい曲ができれば、こんな風に残っていくんだな」っていうことも体感してるので、これからもそういうスタンスで曲を作り続けたいです。

—佐藤さんは篠笛という伝統楽器を演奏していて、伝統と革新を行き来しながら曲作りをしていると思うのですが、自分の楽曲も伝統音楽のように長く歌い継がれるものになってほしいと思いますか?

佐藤:思いますね。北川さんが今おっしゃったことにすごく共感するというか。自分の作った楽曲が誰かの心に残っていくような、そういうものになれたらいいなと思っています。理想は童謡・唱歌の“ふるさと”。ああいう歌って、調べなければ誰が作ったのかわからなくても、みんなの心の中にあるじゃないですか。それに、例えばきれいな景色を見たときに、ふと歌いたくなるのって、ああいうシンプルで力強い曲だと思うんです。そういう曲を、死ぬまでに1曲でも多く作っていきたいです。

左から:佐藤和哉、北川悠仁(ゆず)

リリース情報
佐藤和哉
『唄の音』(CD)

2017年12月6日(水)発売
価格:2,700円(税込)
COCQ-85390

1. 浜辺の歌
2. 夏の終わり
3. 糸
4. 童神
5. 秋桜
6. 舞姫
7. さよならの夏~コクリコ坂から~
8. 遠き山に日は落ちて
9. 誓いの空

イベント情報
『篠笛奏者 佐藤和哉 New Album「唄の音」発売記念コンサート』

2018年2月10日(土)
会場:福岡県 アクロス福岡 円形ホール

2018年2月11日(日)
会場:東京都 池袋 自由学園 明日館

2018年2月17日(土)
会場:大阪府 大阪倶楽部

料金:各公演 前売4,500円 当日5,000円

プロフィール
佐藤和哉
佐藤和哉 (さとう かずや)

九州は佐賀県唐津市の海辺に生まれる。中学生で「唐津くんち」の囃子を学び、この時初めて横笛に触れる。ピアノ、ドラム、ギター弾き語りなど、音楽に没頭する少年期を過ごす。大学卒業後、篠笛と出会い、その音色に魅了され、また、自身の想いを歌として表現するのにもっとも適しているのがこの楽器であることに気づき、篠笛奏者の道を志す。現在、東京を拠点に音楽活動を展開。2012年06月には国宝・薬師寺東塔解体式典「宝珠降臨法要」にて献笛を勤める。近年では、作曲家としての活動も展開し、2013年NHK連続テレビ小説『ごちそうさん』主題歌「雨のち晴レルヤ(ゆず)」には、モチーフとして自身作曲の「さくら色のワルツ」が採用され、作曲に携わる。また同作は、2014年日本レコード大賞優秀作品賞を受賞。2016年には、佐賀県嬉野市の曲「ふるさとの空よ」を制作。同年、日本コロムビアからメジャーデビュー。「二十一世紀ノスタルジア」と評される佐藤和哉作品の数々は、今を生きる自分の心と素直に向き合うことで紡ぎだされる。その旋律を、素朴で優しく、しかし芯のある篠笛の音で唄いあげる“詩のない歌”は、聴く者に懐かしさや温かさ、優しさが万国共通のものであることを感じさせる。

北川悠仁 (きたがわ ゆうじん)

同じ神奈川・横浜市出身の岩沢厚治とともに1996年3月「ゆず」を結成。横浜・伊勢佐木町で路上ライブを行うようになる。1997年10月、1stMini Album『ゆずの素』でCDデビュー。万人を引きつけるキャッチーなメロディーと独特なハーモニー、飾らない共感性の高い歌詞が評判を呼び、翌6月にリリースした1stシングル「夏色」がスマッシュヒット。以後、「飛べない鳥」「栄光の架橋」「虹」「雨のち晴レルヤ」などヒット曲を多数世に送り出し、スタジアム・ドームクラスのライブも大盛況。2017年にデビュー20周年を迎え、アニバーサリーイヤーを記念し発売されたオールタイムベストアルバム『ゆずイロハ 1997-2017』が大ヒットを記録、そのアルバムを引っさげて行われた自身初のドームツアーでは約30万人を動員。2018年春にはNEW ALBUMのリリースと全国アリーナツアーの開催が決定している。



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