小山久美×ジャネット・ヴォンデルサール 反戦バレエを語る

ダンスと演劇、芸術と政治、集団と個人などのボーダーを揺さぶってダンスの定義を刷新したピナ・バウシュ。彼女が14歳から18歳まで師事して大きな影響を受けたのが、ドイツ表現主義舞踊の巨匠、クルト・ヨースだった。

ヨースは早い時期から、シンプルで印象的な動きと社会的な問題をひとつにした振付家。第一次世界大戦を受け、反戦というテーマを明確に盛り込んだ『緑のテーブル』はその代表作で、1932年の初演以来、世界中で大事に上演されてきた。この春、「ダンスは何を語るのか」というテーマのもとに公演をおこなうスターダンサーズ・バレエ団が、ダブルビルの1つにこの作品を選んだ。同バレエ団にとって14年ぶりの再演で舞踊指導するジャネット・ヴォンデルサールと、総監督の小山久美に、その狙いを聞いた。

戦争について会議する人、交渉する人たちは、決して戦場には行かない。(ジャネット)

—『緑のテーブル』は、本来は「平和のための会議」という意味ですが、ヨースのバレエ作品は、大きなテーブルを挟んだ政治家たちの議論から始まり、やがて戦争の犠牲者たちや死神が登場します。90年近く前に作られた作品ですが、2つの点で驚きました。1つはテーマです。

ジャネット:現代にも通じるコンセプトを持っているのが、この作品の重要で特別な理由です。「戦争」という言葉自体、私たちの生活の中で普通に使われていて、終わっていないし難民も増え続けています。

ヨースは反戦の立場を取っていて、この作品を通じ、戦争によって何が起きるのかを伝えようとしました。つまり、戦争について会議する人、交渉する人たちは、決して戦場には行かない。そして彼らだけが利益を得て、犠牲になるのはそこにいない人たちだと。

左から:小山久美(スターダンサーズ・バレエ団)、ジャネット・ヴォンデルサール

—確かに、使用する武器や兵器、戦う場所は変わっても、搾取のシステムはまったく変わっていないのかもしれません。むしろ世界的に富裕層と貧困層の格差が広がっていますし、難民は敵国同士の戦いより内戦で増えている現状があります。

ジャネット:この間のアメリカのトランプと北朝鮮の金正恩の会談だって、「グリーンテーブル」と言えるんじゃないかしら。ビジネスの世界だって同じですよね。たとえば石油などのエネルギーのカンパニーも、実際に身体を使って働いている人ではなく、そこにいないで会議ばかりしている人が利益を得ている。

—オープニングの会議のシーンで、そうした現代性と同時に、シェイクスピア作品にある貴族たちの争いなども思い起こしました。

ジャネット:おっしゃる通りで、この作品にはかなり皮肉っぽいところがあります。たとえば、テーブルを挟んで政治家たちが議論するシーンで、言葉はいろいろと交わしますが、彼らは自分が本当に考えていることは決して言いません。ヨースの娘さんで、長いあいだこの作品の振付を守ってきたアンナさんが言っていた「本気で思っていることは言わない。言っていることは本気で思っていない。(They don't say what they mean, and they don't mean what they say.)」という言葉が、私にはとても印象深く残っています。彼らは礼儀正しいけれども、内心は違う。おじぎをしても、敬意はない。

スターダンサーズ・バレエ団『緑のテーブル』予告編

—日本で言う「本音と建前」でしょうか?

ジャネット:日本的な「見せない、表に出さない」というより、表に出しているのと別のことを考えている、ということです。そこにこの作品の表現の幅があります。観客に「ああ、これはこういう意味ね」と端的に答えをわかってもらいたいのではなくて、シンボリックな表現に置き換えることで、観客が考えるきっかけを作る。作品のさまざまなシーンで死が出てきますが、単に戦争の犠牲者だけを指しているのではなく、いつかは誰もが死ぬわけで、さまざまな死についてもイメージが広がるようにドラマを組み立てています。

『緑のテーブル』練習風景

—日本人である小山さんは、この作品に仕掛けられた「本音と建前」についてはどうお考えか教えてください。

小山:本音と建前は、たぶん日本人だからではなくて、世界中の人が持っているもので、その表し方が違うのかなという気が私はします。ただ、よく海外の方から「日本人は表情を読みにくい」と言われますから、本音は別にあると思われがちですし、実際に出さないままという場合も多いですよね。『緑のテーブル』の表現に引きつけて考えますと、私には大きな影響を受けたアントニー・チューダーという振付家がいるのですが、彼は禅を勉強していて、やっぱり動きを最小限にしているんです。

—ヨースとは別の経路を通って、シンプルさをバレエに持ち込んだ方なんですね。

小山:ええ。バレエには必ずプレパレーション(大きく動く前の準備のポーズ)があって、それをするのが決まりなんだけれども、そこに意味はないじゃないかと彼は考えたんです。その人(登場人物)が悲しいなら、わざわざポーズを取る意味はないじゃないか、悲しいならその気持ちのまま歩けばいい、という考え方です。禅の影響もあったと思います。

これは私の勝手な解釈ですが、ヨースも、装飾的な方向に行っていたヨーロッパのバレエから、余計だと思うものを剥ぎ取っていって、シンプルなダンスに向かっていった。それが結果的に、日本の禅と通じている。やり方は違っても、おそらくピナ・バウシュもそういう部分があるんです。つまりグローバルな芸術は、西洋や東洋で分けなくても、どこかで共通したものを持っているというか、同じ感覚を共有できるものなのではないかと思います。その上で、日本人ならではの表現というものもあるのでしょうけれど。

シンプルであればあるほど実は強さが表現されるのではないかと思います。(ジャネット)

—振付の現代性も、驚かされたことの1つです。いまのお話にあったことをダイレクトに表現している部分もあれば、ユーモアや寓意などでシンプルに表している部分もあり、コンテンポラリーダンスの要素を強く感じましたので。間違いなくベースはクラシックバレエですが、最近のコンテンポラリーダンスと言われても違和感がない。

ジャネット:それがヨースのダンスエクスプレッショニズム、ダンス表現主義です。彼は最初、伝統的なクラシックバレエとコンテンポラリーのテクニックをミックスしようとした。たとえばクラシックバレエでは、足先を外側に回しますが、『緑のテーブル』ではもっとナチュラルにダンサーは身体を動かします。

クルト・ヨース(左)とピナ・バウシュ(右)

—スターダンサーズ・バレエ団では、この作品を10回以上はプログラムに組んできたそうですが、そこまで再演するこの作品の魅力は?

小山:やっぱりインパクトの強さです。どんなお客様も、初めて観たときに驚かれます。(いわゆるクラシックバレエの)『白鳥の湖』をバレエの入口だと考えていらっしゃると、衣裳から何からまったく違って、もしかしたら「こんなはずじゃなかった」と思われるかもしれません。

でも、バレエに対する固定観念を取り払って、身体表現がどういうことを伝えられるかというシンプルな部分で言ったら、非常に優れた作品です。バレエ初心者の方も普段から親しんでいる方も、どちらも楽しめます。そして、ただ楽しいわけではなく、ジャネットからも出たテーマの普遍性は、毎回、取り組み甲斐を感じています。

—そういった現代性を内包している作品ですが、2019年の観客に見せるためのアップデートはどんなふうに考えていらっしゃいますか?

ジャネット:この作品の重要な点がもう1つあって、ステップが全部、「ラバノーテーション」という舞踊譜で残されていることなんです。舞踏譜というのは、ダンスのステップを図で記録したもので、クラシックバレエの名作とされているものでも、そういう形で残っている作品はあまりなく、ほとんどが人から人への振付の口頭伝承で、譜面化されているのは、ほんのひと握りです。当然、大半の作品は、時代と共に少しずつ変わっています。

『緑のテーブル』練習風景

—『緑のテーブル』は初演の振付のままということですか?

ジャネット:ええ。実はヨースが存命の頃、彼自身が『緑のテーブル』でダンサーに合わせて「ここはこうしてもいい」と稽古場で言うこともあったんですが、お嬢さんのアンナさんが「そんなにみんなに自由にさせていたら、振りがちゃんと残らないからそれは止めて」と言ったんです。私はそのアンナさんに15年ついて学んできたので、舞踏譜に忠実に作品を作っていきます。

『緑のテーブル』練習風景

—変えないことの強さが作品に蓄積されていくわけですね。

ジャネット:おっしゃる通りです。たとえば、誰かを攻撃するシーンでも、激しく動いたりそういう表情をしたりしないのがこの作品です。全部、視線1つで観客に伝えていくように、逆にシンプルに設定されている。攻撃のようなことでも、シンプルであればあるほど実は強さが表現されるのではないかと思います。

ですから、振付を変えようとはまったく考えていませんし、その権限もありません。ダンサーのテクニックが昔よりも上がっていて、より手足を伸ばすといったことも要求すればできるでしょうが、それをやってしまうと、もうこの作品ではなくなってしまうと思います。私は、ヨースが灯した松明を持って、次に渡すために走っているんです。

1人のダンサーがどんなに素晴らしく踊るかではなく、ダンサー全員が作品のコンセプトを理解してトータルなものとしてお見せしたい。(小山)

—小山さんはご出演の経験があるそうですが、ダンサーの立場からすると、『緑のテーブル』はどういう作品ですか?

小山:自分がやらなくてはならないことが非常に明確に指示される作品ですね。他の作品の中には、材料を与えられて「それを料理するのはダンサー自身」という作品もあるんですが、これは、「こうあるべきものを再現する」という部分が他より多い気はします。個人的に1番嫌なのは、どうすればいいのかわからない作品なので、やるべきことが明確に見えているのは、取り組み甲斐があります。

—では、変えないことを抑圧には感じていらっしゃらないんですね。

小山:そうですね。ダンサーは、作者が作ったものの材料となって観客に伝えるのが役目だと私は思っていますので。私はと言うか、スターダンサーズ・バレエ団は、そういう集団としてやってきました。作品よりもスターの人気でお客さまを呼ぶのもバレエの1つの形だとは思いますが、私たちはもともと、作品自体がスターであって、その魅力をダンサーが伝えるというスタンスです。

『緑のテーブル』を繰り返し上演してきたのも、そういう集団のあり方と合っているからかもしれません。1人のダンサーがどんなに素晴らしく踊るかではなく、ダンサー全員が作品のコンセプトを理解して、もちろん技術も磨きながら、バレエをトータルなものとして日本のお客さまにお見せしたい。ダンサーが正しく作品の駒となる意識を持って、向き合いたいと思います。

—最後にジャネットさんにお聞きします。テーマは普遍的で振付を変えない場合、どこの国で上演するのも同じ気持ちでしょうか。

ジャネット:ユニバーサルな作品は、国というより個人の違いについて考えます。私が直接関わるのはダンサーですから、ダンサーごとの違いを感じますね。飲み込みの早い人もいれば、時間のかかる人もいるので、それぞれに違うアプローチをして同じゴールを目指す。それが私のチャレンジです。

—オーディエンスに関してはいかがですか?

ジャネット:それは、私がコントロールできることではないので。ただ、『緑のテーブル』に限らずですが、アメリカでもヨーロッパでも、公演の前に少しシーンを観てもらって観客が質問する時間を設けたり、リハーサルを公開したり、パネルディスカッションをしたりして、より興味を持ってもらったり、理解を深めてもらうことはありますね。

小山:私たちも、毎公演、必ずプレトークを設けています。わりと長年続けていて、あまり肩の凝らない、簡単なものにしていますけれども、それを楽しみにしてくださる方も増えてきました。

—テーマとしては重い作品ですが、楽しむポイントが多そうなので、プレトークがあるのはさらに入口が広がりそうで良いですね。

ジャネット:エンターテイメントな部分はたくさんありますし、同時に、観た人を考えさせる作品でもあります。戦争や死を扱ってはいますが、作品の中に入り込んでくだされば、暖かみさえも感じるのではないかと思いますよ。

リリース情報
『Dance Speaks』

2019年3月30日(土)、3月31日(日)
会場:東京都 池袋 東京芸術劇場 プレイハウス
第1部
『ウェスタン・シンフォニー』
振付:ジョージ・バランシン
音楽:ハーシー・ケイ
第2部
『緑のテーブル』
台本・振付:クルト・ヨース
音楽:フリッツ・A・コーヘン
ピアノ:小池ちとせ、山内佑太
出演:スターダンサーズ・バレエ団
料金:S席8,000円 A席5,000円 A席学生券2,000円
※学生は25歳以下が対象(要学生証)
※未就学児は入場不可

プロフィール
ジャネット・ヴォンデルサール

アメリカ合衆国インディアナポリス出身。ジャック・コープランドのもとバレエを始め、後にニューヨークのスクール・オブ・アメリカン・バレエ及びハークネス・ハウス・フォー・バレエ・アーツにて学ぶ。1976年オランダ国立バレエに入団。21年間プリンシパルを務めた。94~96年同団バレエマスター。現在はフリーランスのバレエ教師及び振付指導者として、ジョフリー・バレエ、アメリカン・バレエ・シアター、オランダ国立バレエ、ネザーランド・ダンスシアター、フィンランド国立バレエ、ポーランド国立バレエ、スターダンサーズ・バレエ団等、世界のカンパニーにおいて「緑のテーブル」を含むクルト・ヨース作品のステージングにあたっている。

小山久美 (おやま くみ)

慶應義塾大学文学部哲学科卒業。1979年スターダンサーズ・バレエ団入団。84年North Carolina School of the Artsに留学、同年文化庁在外研修員としてアメリカにてメリッサ・ヘイドンに師事。翌年よりフロリダのタンパ・バレエ団に参加しソリスト等を務める。帰国後は、ピーター・ライト版『ジゼル』『くるみ割り人形』をはじめ、アントニー・チューダー『リラの園』『火の柱』、ジョージ・バランシン『セレナーデ』『ウェスタン・シンフォニー』、ケネス・マクミラン『ラス・エルマナス』等数多くの作品に主演。92年、村松賞受賞。2003年スターダンサーズ・バレエ団総監督、09年常務理事に就任、現在に至る。13~16年NHK放送「ローザンヌ国際バレエコンクール」解説者。近年は、子どもたちのための芸術体験プログラムや障害者に向けたワークショップを積極的に行い、教育・普及活動にも力を注いでいる。現在、昭和音楽大学短期大学部教授、昭和音楽大学バレエ研究所所長のほか、東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会の文化・教育委員、文化芸術立国実現に向けた文化庁長官アドバイザリーメンバーも務める。

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