YOSHIROTTEN×山口はるみ 40年前から、世は自由な女に憧れてる

2019年に50周年を迎えるパルコ。1969年の池袋パルコ開業以来、多様なジャンルのさまざまなクリエイターがパルコに関わり、そして多くの新進作家たちがここから登場してきた。そんな歴史を振り返り、これからのカルチャーの未来を見つけるために、話を聞くことにした。

インタビューしたのは、パルコ草創期のイメージを形作ったイラストレーター山口はるみと、彼女と親交の厚いアートディレクターのYOSHIROTTENだ。エアブラシという、1970年代当時、最先端の画材をいち早く取り込んで先進的な女性像を描いてきた山口と、CGやウェブなどの新たな表現・メディアを使って未来的なデザインを発表してきたYOSHIROTTENの対話から、次のクリエイティブを考えてみる。

1970~80年代の広告は圧倒的なインパクトがある。(YOSHIROTTEN)

―パルコの歴史を紐解くと、草創期から女性クリエイターが活躍してきたのがわかります。特に1970年代はアートディレクションに石岡瑛子さん、キャッチコピーを小池一子さん、そしてイラストレーションを山口はるみさんが担当されて、時代のイメージを作ってきました。今日は、そういった話もお伺いできればと思っています。

山口:よろしくお願いします。いろんな幸運と周囲の人たちに恵まれたのが大きいと思います。おかげで、というか、先日読んだパルコの新聞記事で美輪明宏さんが私のことを話してらっしゃって、こんな素晴らしい方が私のことをご存知だなんて、びっくりしました。

―外野が言うのもアレですけど、山口さんの存在はとんでもないですよ(苦笑)。美輪さん、絶対に知っていると思います。日本でカルチャーやアートに触れて育った人なら、誰もが山口さんのイラストレーションを目にしているはずです。

山口:いえいえ。私、学生時代にシャンソンが大好きだったんですよ。アルバイトのお金が入ると銀巴里(銀座にあった伝説的なシャンソン喫茶)に友達と通っていたんです。そうしたら、20歳そこそこの美輪さんが歌っていらして、ものすごく美しかった。

YOSHIROTTEN:直接お話されたことはなかったんですか?

山口:私は一方的に見る側で、美輪さんは憧れの人なんです。

左から:YOSHIROTTEN、山口はるみ。YOSHIROTTENがデザインしたレコードバー「BLOODY ANGLE」にて取材を実施した。
山口はるみがイラストを描き下ろした、パルコの広告。1976年

―お二人は昨年の山口さんの個展『HARUMI YAMAGUCHI×YOSHIROTTEN Harumi's Summer』(銀座グラフィックギャラリー、2018年)でコラボレーションされていますが、それ以前から交流はあったのでしょうか?

山口:1回だけお仕事でご一緒したんです。8年前くらいかな?

YOSHIROTTEN:あるレコードジャケットの仕事の依頼を僕がいただいたんですが、その楽曲を聴いていたら、はるみさんが描かれたイラストレーションをジャケットにしたい気持ちが湧いてきたんです。もちろん当時は面識がなかったので、連絡先を調べて依頼のメールをお送りして、それで打ち合わせにはるみさんがお一人でいらっしゃった……というのが最初の出会いでした。『Harumi's Summer』展の会場には、その際に作ったレコードが置かれているっていうストーリーを潜ませましたね。

『HARUMI YAMAGUCHI×YOSHIROTTEN Harumi's Summer』にて
『HARUMI YAMAGUCHI×YOSHIROTTEN Harumi's Summer』にて

―YOSHIROTTENさんは1983年生まれですよね。山口さんがパルコの広告で活躍されていた時代はリアルタイムで経験されていないとは思うのですが、はるみさんの存在をどのように知ったのでしょうか?

YOSHIROTTEN:僕は現在デザイン会社をやってるぐらいなので根っからのデザイン好きなんですが、1970~80年代の広告や、それを作ったアートディレクターの先輩たちに影響を受けているところが大きいんです。なので、はるみさんの作品も18歳の頃から知っていました。

たぶんパルコの広告で知ったのが最初で、石岡(瑛子)さんたちと同時に自分のなかにインプットされていきました。1970~80年代の広告は圧倒的なインパクトがあるなと。

山口:ふふふ(笑)。個展のとき、過去の作品をどさっとお渡しして、あとは自由にやってくださいね、とお伝えしたじゃないですか? どう思いました? 「僕が生まれる前の絵だな」なんて思ったんじゃないの?

山口はるみ(やまぐち はるみ)
イラストレーター。松江市生まれ、東京藝術大学油絵科卒業、西武百貨店宣伝部デザインルームを経て、フリーランスのイラストレーターとして、劇場、映画館、ミュージアム、レストラン、そしてアパレル店舗を融合した PARCO の広告制作に参加。1972 年よりエアブラシを用いた女性像を描き、一躍時代を象徴するアーティストとなる。
YOSHIROTTEN(よしろっとん)
1983年生まれ魚座。東京をベースに活動するグラフィックアーティスト。グラフィック、映像、立体、インスタレーション、音楽など、ジャンルを超えた様々な表現方法での作品制作を行う。また国内外問わず著名ミュージシャンのアートワーク制作、ファッションブランドへのグラフィック提供、広告ビジュアル制作、店舗空間デザインなど、アートディレクター、デザイナーとしても活動している。

YOSHIROTTEN:いや、すごく興奮しましたよ! そもそも最初のジャケットの仕事で、はるみさんのマンションに訪ねましたよね。そこで当時の原画を何枚も肉眼で見たときは、かなり嬉しかったです。

なので個展のときにお題や内容もなく、「好きにして。めちゃくちゃにして」というありがたい言葉をいただいたのも本当に光栄でした。そこで僕なりに、はるみさんの作品・世界をインスタレーションで見せるにはどうしたらいいか、と考えた結果があれなんです。

『HARUMI YAMAGUCHI×YOSHIROTTEN Harumi's Summer』。ギャラリーのなかにプールを作って演出を施した
『HARUMI YAMAGUCHI×YOSHIROTTEN Harumi's Summer』。ギャラリーのなかにプールを作って演出を施した

「自分が!」みたいな感じではなく、チームを組んでいい形にしてきたいという気持ちがとても強いんです。(山口)

―『Harumi's Summer』は、山口さんからYOSHIROTTENさんへオファーをされたと聞きました。

山口:これまでの展覧会は、浅葉克己さんやテセウス・チャンさんに空間構成を組んでいただいたんですけど、今回はすごく若い人の刺激を受けたいと思ったんです。そこでパッと浮かんだのがYOSHIROTTENさんでした。

―ギャラリーの1Fにプールを作ったんですよね。

YOSHIROTTEN:ちょうど時期も夏だったし、はるみさんの作品のアイコンである「HARUMI GALS」は夏のプールサイドにいるシーンがとても多い。その世界を体現・体験できるようなインスタレーションが地上にあって、地下に降りると原画が展示されていて、今までのはるみさんの流れを知ることができる、という構想にしました。

『HARUMI YAMAGUCHI×YOSHIROTTEN Harumi's Summer』。銀座グラフィックギャラリー、1階
『HARUMI YAMAGUCHI×YOSHIROTTEN Harumi's Summer』。銀座グラフィックギャラリー、1階

『HARUMI YAMAGUCHI×YOSHIROTTEN Harumi's Summer』。銀座グラフィックギャラリー、地下1階
『HARUMI YAMAGUCHI×YOSHIROTTEN Harumi's Summer』。銀座グラフィックギャラリー、地下1階

山口:オープン前に現場を見に行って、「わ! やった!」ってすごく感動しました。展覧会のタイトルも考えてくださったんですよ。

YOSHIROTTEN:メインビジュアルは、プールサイドにはるみさんのイラストレーションが空から舞い降りてくるCG。現在の技術を使うことで、はるみさんの新しい表現になるかな、って思いました。

山口:「好きにしていいよ」って言ったら、思わぬ方法で歪めてくださったんです。

『HARUMI YAMAGUCHI×YOSHIROTTEN Harumi's Summer』メインビジュアル
『HARUMI YAMAGUCHI×YOSHIROTTEN Harumi's Summer』メインビジュアル

―自分以外のクリエイターを信じて委ねる、というのは山口さんなりの方程式でしょうか?

山口:主に関わってきた広告の世界が、そういう方法で動いているところがありますからね。これまでいろんなアートディレクターの方と組ませていただきましたけど、こちらから注文をつけたことはほとんどないです。向こうのお題に対してパッと反応する、というかたちの共同制作。さすがに(石岡)瑛子さんには、かなり直されましたけど(笑)。

―それって一種の勝負ですよね。相手の期待に対して、どう応えるかには技術もユーモアも必要でしょうし。

山口:そうですね。私、すごくスポーツが好きで特に球技みたいな団体競技が大好きなんです。高校のときはソフトボール部のピッチャーとして県大会で優勝もしました。すごく弱い県だからなんですけど(笑)。

1人で点数を上げようとするより、チーム制になるとものすごく頑張るタイプの人間なので、広告を作るにあたっても「自分が!」みたいな感じではなく、チームを組んでいい形にしてきたいという気持ちがとても強いんです。

YOSHIROTTEN:僕がやっているアートディレクションもチームで動く機会が多くて、案件ごとに、その人その人のパワーを生かしたチーム作りをするのが自分の仕事の大きな部分を占めています。一方で、仕事としてのデザインもやりつつ、自分の作品制作や個展も同時並行で行う、というのは意識的にずっとやってきたことで。そこのバランスを取ることが、仕事と個人の作品それぞれによい影響を与えていく、それはとても大事なことです。

山口:そうですね。私は広告のほうに圧倒的に時間を割いてやってきましたけど、稀に会社が求める広告と個人のイラストレーションが強く結びついて、何十年も愛され続けるような成功例がありますよね。サントリーと柳原良平さん(同社のトリスウイスキーのイメージキャラクター「アンクルトリス」を柳原が描いた)はその代表的な存在。

でも、そういう幸せな関係は指を1本ずつ折って数えても何十回も握れないくらいです。私も比較的、そんな幸運に恵まれたとは思っていますが。

YOSHIROTTEN:そこはやっぱり、はるみさんの作品に力があるからですよね。いろんな立場、いろんなスキルを持った人たちがいて、それぞれの個性を発揮しながらひとつの答えに近づいていくのが仕事のベースにあって、そこに時代ごとのセンスや新しい技術が関わることで進化したり発見があったりするのだと思います。

はるみさんの描く女性像のハツラツさ、シンプルかつかっこいいところは変わらない。(YOSHIROTTEN)

―スポーツ好きという話を伺って、作品のハツラツとした感じと、ご本人が結びついた気がします。山口さんは東京藝術大学の油絵の出身なので、文化系・美術部のイメージを勝手に持っていました。

山口:故郷の松江は出雲の国というだけあって、すごく雨が多いんです。だから雨の日は美術部。それで絵を描くのが楽しくなって。両親が国立しかお金は出せないというので、藝大に行ったんです。まぐれみたいなものです。

―現役合格ですよね。当時の藝大油画の合格率は数十倍以上だったはずなので、すごいです。

山口:だから1年生のときなんて「自分がここにいるなんておかしい」と思ってました。同じクラスに高松次郎や中西夏之(ともに20世紀後半を代表する日本人美術家。赤瀬川原平と2人が組んだ「ハイレッド・センター」も有名)がいるわけですから(笑)。まわりの同級生は3、4年浪人するのは当たり前で、30歳近い大人もいましたから。先生もなにも教えてくれないので、まわりの方の絵を見て学ぶような環境でした。

私、デュビュッフェ(20世紀フランスの画家。物質感の際立つ荒々しい筆致で知られる)が好きで、ちょっと暗い感じの絵を大学では描いていたんですけど、『日宣美展』(日本宣伝美術協会が主催した、デザイナーの登竜門的公募展)で和田誠さんたちのポスターを見て、本当はこういったパーっと晴れやかな世界が好きで絵を描いていたことを思い出したんです。それがデザインの世界、イラストレーションの世界に進む転機でした。

―その後、さまざまな転換点があり、エアブラシを使ったまさに「山口はるみ」と呼べる作風ができあがったわけですね。

山口:自分としては、雑食に自分の様式を持たないままこれまで来たとは思っているのですが、エアブラシで具象を描く経験は非常に面白かったんです。それがハマる理由だったんでしょうね。

あと、私は西洋かぶれな家で育ったもので、聴く音楽もすべてクラシックとかオペラという環境だったから、日本の和といったものにすごく弱くて。パルコで描いたプールの絵って、実は最初は「お祭りを描いてほしい」というオーダーだったんですけど、「お祭り」ではきっと力を出せないと思ったから、珍しくお願いをして、プールに寝そべる女を描かせてもらったんです。

1977年
1981年

YOSHIROTTEN:エアブラシで描かなくなってからは色鉛筆を使っているじゃないですか。それでもはるみさんの描く女性像のハツラツさ、シンプルかつかっこいいところは変わらない。そこに僕は惹かれます。

さっき、1970~80年代のデザインに影響を受けていると言いましたが、そのひとつが「一瞬見て最高だ!」って思えるものであることなんですよね。はるみさんの絵はまさにそうです。

―パルコのビジュアルがまさにそうですが、目を引く強さがありますよね。それはやはり広告の世界にいたことが大きいでしょうか?

山口:どうでしょう。増田通二さん(パルコの元会長。池袋、渋谷の店舗立ち上げを主導し、その後も全国パルコの出店を行った)に声をかけていただいてパルコの仕事を始めた当初は、ひたすら車内吊りポスター用のB3サイズのイラストを描きまくっていましたね。決して潤沢な宣伝予算があったわけではないので、電車でお勤めしている方の目に入って、その方たちに向けて会話をする、みたいな気持ちで描かせてもらっていました。その後に瑛子さん、小池さんと一緒にポスターなどの大きな仕事もさせていただくようになりましたね。

1972年 / アートディレクターは石岡瑛子、コピーは小池一子

私たちの世代でも、女の人は経済的に自立して、自分の自由を大切にし、生きたいように生きるのが一番だ、ってことは感じていました。(山口)

―設立当初からパルコは女性の「強さ」や「美しさ」を打ち出してきた会社であり、メディアでもあると思います。特に山口さん、石岡さん、小池さんという女性3人の作り出すイメージは今も記憶に残っていますが、ジェンダーやフェミニズムへの意識は制作の場でも共有されていたのでしょうか?

山口:そういう感じは特段なかったんですよ。本当に自然にやっていく、という感じで。最近、上野千鶴子さんの東京大学入学式でのスピーチが話題になりましたよね。上野さんとは一緒に旅行に行くようなお友達で、スピーチにも大きな拍手を贈る気持ちでいっぱいです。

ただ、私自身は幼稚園から大学までずっと共学で来ましたけれど、男女の格差みたいなものは感じずに来たんです。部活動だけは、女の子ばかりのソフトボール部だったので、他の部の男の子が頼みもしないのにコーチに来てくれるなあ、というのはありましたけど(笑)。大学も45人中女性が14人でしたけど、男の人も女の人も素晴らしい方ばかりで、可愛い絵を描こうなんて気にはまったくならず、背伸びばかりしてきました。

―なるほど。性別を問わず、ペインティングの主題になるのは、ある種の「かげり」だったりしますけど、はるみさんの作品にはそういう印象がまったくありません。これまで過ごした環境も、関係している気がします。

山口:逆に「かげり」がないからこそ、広告以外の媒体ではまずいと思うんですよ。アートは人間の複雑なあり方を扱う場合も多いですから。

―では、パルコの広告ではどんな人間像を描こうと思っていましたか?

山口:自分自身は男女差別を受けているとはまったく感じずに来ましたが、世の中を見回すと、そういったことに触れたり読んだりする機会がすごく多いわけですね。

私たちの世代でも女の人は社会に出て働き、経済的に自立し、自分の自由を大切にして、生きたいように生きるのが一番だ、ってことはあえて考えるまでもなく感じていました。だからパルコで描いていたものは、そういう人たちに向けたものなんです。「のびのびとやりましょう」「一緒にやろうぜ!」っていう。スポーツの団体競技のように、受け手にもJOINする(一緒に加わる)気持ちが伝わればいいな、と思って作っていました。

みんなHARUMI GALSになりたい。ただ可愛い、美人ってだけじゃなくて、生きることに余裕があって、ちょっと男の人を突き放しているような。(YOSHIROTTEN)

―現在のデザインやグラフィックは、ネットや映像などさまざまな領域に広がっています。山口さんは、現在の広告のシーンをどのように見てらっしゃいますか? 昔と比べて大きく変わったと思いますか?

山口:20世紀後半と現在ではやっぱり違う感じがありますね。あの頃は、私たち女3人組の「パルコ」と、浅葉さん&糸井(重里)さんの「西武」で競い合っていたようなところがあるかもしれません。少なくとも、どちらもすごくガッツを出し合ってやっていた。その勢いや精度という点では、当時の熱量を今も思い出すことが多いです。でも、結局は個々の才能だと思います。ずっと日本の広告を見てきて、才能ある人の存在は、今も変わらず感じますから。

―もし仮に今、はるみさんにあらためてパルコのポスターの依頼があったらどうしますか? どんなものを描きたいですか?

山口:自分から「こういうのを描きたい!」というのはやっぱりないですね。出会いがすごく大切です。アートディレクター、コピーライター、クライアントの担当の方の持つイメージやパワー、そういったものが一体になって新しいものができるのだと思います。

YOSHIROTTENさんは、もしもパルコからビジュアルの依頼が来たらどう返しますか? YOSHIROTTENさんならなんでもいけると思う!

YOSHIROTTEN:はるみさんの個展のときにプールを作ったのは、去年の夏という時期に、銀座のど真ん中に、ネオンで彩られたトロピカルな空間が現れたとしたら、若い女の人たちがすごく反応してくれるだろうと思ったからです。

山口:おかげさまで、来場者は1万人を超えたと聞きました。

YOSHIROTTEN:会場でHARUMI GALSになりきった自撮り写真をSNSで見て、さらに多くの方々にご来場いただいたんですよね。そこにはもちろんはるみさんのことを初めて知る方々も含まれていましたが、その体験って、かつて初めて「山口はるみ」という存在を知って衝撃を受けた自分や当時の女性たちと同じなんです。つまり僕は、去年の夏に衝撃を与えたかった。

だから、もし僕がパルコでなにかをやるってことになったら、パルコを知らない人、今はパルコに行っていない人にまた刺激を与えられるようなものを作ると思います。視覚的な体験って、今やネットでもどこでもできますよね。そんな時代に、わざわざ出かけて行って、買い物をして、なにかカルチャーを知って、そこに入り込んでいく。そして、その刺激を他の誰かに伝えていきたいと思うようになる。そういう場所を作ることこそが、僕がパルコでやるべき役目なんじゃないかなって思います。

山口:本当にYOSHIROTTENさんにお任せしてよかったです。

YOSHIROTTEN:やっぱり、みんなHARUMI GALSになりたいんじゃないでしょうか。ただ可愛い、美人ってだけじゃなくて、生きることに余裕があって、ちょっと男の人を突き放しているくらいがかっこいい。はるみさんは、そういう憧れの女性像を描いているんだと思います。

『HARUMI YAMAGUCHI×YOSHIROTTEN Harumi's Summer』にて
『HARUMI YAMAGUCHI×YOSHIROTTEN Harumi's Summer』にて

山口:私はもうすっごいすっごい歳をとっちゃっているんですけども、刺激的なものを求める気持ちは昔とまったく変わらずで、今でも街をほっつき歩いて、テレビも深夜まで全チャンネルを見て生きています。だから、なんの話題が来てもOK。

単に自分の好きな世界を描くんじゃなくて、広告をやってたということが自分にとってはよかったと強く思います。広告をやるには、すべてのことを知っているほうが絶対にいいと思っているので、そういった習慣の癖みたいなものは、完全にくっついてしまってちっとも変わらない。どんな話題でも面白く語り合える友達が何人もまわりにいることも、とても嬉しいことです。

あと、ちょっと恥ずかしいですけど、今もカルチャーセンターに通ってるんです。ある先生の講座が面白いので、ここ3、4年くらいずっと。

―おお。それってどんな内容ですか?

山口:恥ずかしいから言わない!

―残念(笑)。そんな山口さんが、今もっとも刺激を受けているものってなんでしょうか?

山口:いろいろありますけど、音楽はずっとチェックしてます。女性だったら宇多田ヒカルさん。男性だと、川谷絵音さんは天才だと思ってます。YOSHIROTTENさんが、個展に連れてきてくださったんですよ!

YOSHIROTTEN:はるみさん、最初は気づいてくれなくて、途中で「あ!」って(笑)。

山口:失礼しました(苦笑)。特別なサプライズでしたね。ありがとうございます!

サイト情報
『パルコ50周年キャンぺーンサイト』

2019年1月1日からスタートしたパルコの50周年キャンペーン「50年目の、新しいパルコ。」の特設サイト。同サイトでは、インタビュー企画や謝恩企画など、随時情報が更新中。

プロフィール
山口はるみ (やまぐち はるみ)

イラストレーター。松江市生まれ、東京藝術大学油絵科卒業、西武百貨店宣伝部デザインルームを経て、フリーランスのイラストレーターとして、劇場、映画館、ミュージアム、レストラン、そしてアパレル店舗を融合したPARCOの広告制作に参加。1972年よりエアブラシを用いた女性像を描き、一躍時代を象徴するアーティストとなる。近年、山口の作品は、2018年Nottingham Contemporary(イギリス)『The House of Fame』、2017年Centre Pompidou ‒ Metz(フランス)『Japanorama. A new vision on art since 1970』、2016年PARCO MUSEUM個展『Hyper! HARUMI GALS!!』(東京)といった展覧会で国内外の美術館でも発表されている。パブリックコレクションとして、Museum of Modern Art(ニューヨーク)、CCGA現代グラフィックアートセンター(福島)などに作品を収蔵。

YOSHIROTTEN (よしろっとん)

1983年生まれ魚座。東京をベースに活動するグラフィックアーティスト。グラフィック、映像、立体、インスタレーション、音楽など、ジャンルを超えた様々な表現方法での作品制作を行う。また国内外問わず著名ミュージシャンのアートワーク制作、ファッションブランドへのグラフィック提供、広告ビジュアル制作、店舗空間デザインなど、アートディレクター、デザイナーとしても活動している。ロンドン、ベルリンでの個展を経て、2018年TOLOT heuristic SHINONOMEにて大規模個展『FUTURE NATURE』を開催。400坪に及ぶ空間を用いた巨大インスタレーション作品から立体、映像、グラフィック作品を制作し、過去最大規模の個展となった。また、GASBOOKより作品集『GASBOOK33 YOSHIROTTEN』を発売。



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