コムアイ×森永泰弘 『サタンジャワ』の音作りで挑む、神秘の復活

世界に存在する、目に見えない不思議な神秘。それを現代は取り戻せるのか? インドネシア映画界を牽引するガリン・ヌグロホ監督によって制作されたサイレント映画『サタンジャワ』は、そうした問いへのひとつの回答なのかもしれない。

今年の夏、国際交流基金アジアセンターによる『響きあうアジア2019』のプログラムのひとつとして、この『サタンジャワ』サイレント映画+立体音響コンサートが開催される。そこでは、フィールドレコーディングを得意とするサウンドデザイナーの森永泰弘が音楽を作り、水曜日のカンパネラのコムアイが上映の日に出演。その音響と音楽で本作の世界観を拡張する。立体音響による1日限定のライブコンサートで、ふたりは一体どんな音楽を奏でようとしているのだろうか。

映画は魔術であり、儀式。現代のテクノロジーで神秘をどう生み出す?

インドネシア映画界のパイオニアであるガリン・ヌグロホ監督の『サタンジャワ』上映は一般的な映画上映とは様相を異にする。「エクスパンデッド・シネマ(拡張映画)」のコンセプトの元で作られたこの作品は、そもそもがサイレント映画で、生演奏をつけることが前提となっている。音響と音楽ディレクションを任されることになった森永泰弘は、なにを起点にスタートしたのだろうか。与えられたのは『サタンジャワ』というサイレント映画の映像のみ。そこで森永は、映画史にインスピレーションを求めた。

左から:コムアイ(水曜日のカンパネラ)、森永泰弘 © Takashi Arai

森永:この作品は1920年代のドイツ表現主義に影響されています。僕自身も映画の音を制作していくうえで、無声映画の世界に広がる音、1920年代後期の映画の音は大事にしています。映画史で「トーキー」と呼ばれる映像に声が部分的に付いた映画『ジャズシンガー』がアメリカでリリースされたのが1927年なんですけど、その頃のヨーロッパ映画では映像を付加する音が既にいくつか存在していました。

映画の中で視覚と聴覚の関係性が広がっていき、音や音楽が「映画における音」となることで、全く別の言語として扱われるようになったわけです。そこで僕は、映像に音が加わることで、視聴覚の表現をスクリーンとスピーカーを通じて全く異なる音の聴き方にできることに感動しました。

しかも1920年代のインドネシアは、西洋人たちが蓄音機を持って未開拓の異文化とのつながりを音や映像を通じて記録していた時期でもあって。録音している側は記録しているだけなんですけど、録音されている側からしたら自分の声が聞こえてくるわけだから、ある種の魔術のようなミスティシズムを帯びていたに違いないんです。これを『サタンジャワ』という作品でも取り扱えないかと考えました。神話の中で扱われる悪魔と、映画というメディアが持つ魔術性、それらをひっくるめてどういうことができるのか。さらに、そこに現代の視点を導入することが、スタートになりました。

森永泰弘(もりなが やすひろ)
東京藝術大学大学院を経て渡仏。帰国後は芸術・音楽人類学的な視座から世界各地をフィールドワークし、楽器や歌の初源、儀礼や祭祀のサウンドスケープ、都市や集落の環境音をフィールドレコーティングして音源や作品を発表している。また、映画・舞台芸術・展示作品等のサウンドデザインや音楽ディレクションを中心に、企業やアーティストとコラボレーションを行うconcreteを設立し、国内外で活動している。これまで世界三大映画祭(カンヌ国際映画祭、ヴェネチア国際映画祭、ベルリン国際映画祭) で自身が関わった作品等が発表されている。

また、今回のプロジェクトをスタートさせるにあたり、森永はコムアイと一緒に映画の舞台となったインドネシア・ジャワ島から海を隔てたスラウェシ島、さらに森永自身は他のインドネシアの地を訪れ、フィールドレコーディングを兼ねて、いくつかの民族の儀式に参加した。

『サタンジャワ』は、ジャワ神秘主義のひとつである「プスギハン(超常的な現象でお金持ちになること)」という呪術をテーマにしている。お金を盗む妖怪トゥユルと契約して富を得る代わりに、死んだあとに家の柱になる約束を取り交わす。聞くところによると、こうした神秘主義的な儀式がインドネシアでは土着性強く各地で行われているという。

『サタンジャワ』場面写真 / Photo by Erik Wirasakti

今回のフィールドワークで訪れたスラウェシ島の山間部に住むトラジャ族は、1週間程度続く葬送儀礼中に水牛や豚を供物として捧げるという。また、僻地にあるカジャン族の村には全身を黒の服装で統一しないと入れないという話も耳にし、目の当たりにしたそうだ。

森永は以前からインドネシアとの親交が深く、こうした儀式への知見も広い。また、コムアイはバリ島でバリ舞踊を習う経験を過去にしている。音響をデザインする森永、演者としてのコムアイ、それぞれの立場から得るものがある訪問だった。

インドネシアのスラウェシ島で、宗教司祭を訪問し儀式のレコーディングに臨む森永とコムアイ

森永:この旅で意識したのは、コムアイさんがどういうところに関心を抱くのかを知ることでした。彼女の歌や声はすでに信用している。だからこそ、いままで出会ったことのない、しかも言葉が通じない人たちにどういうアプローチをするのか。相手の懐に飛び込めるのか、飛び込めないのか。それを知りたいと思いました。

コムアイ:インドネシアを訪れて最初に感じたのは、自分自身の身体の変化。日本の夏を越える蒸し暑さで、まるでサウナに入っているような感覚なんです。その中でインドネシアの楽器が鳴らされると、自分の体がバリ舞踊のような八の字の動きに自然となって、声の出し方や心地いいリズムも変わってくる。そうやって自分の五感が変わることがなによりも楽しかったです。

インドネシアには1万以上の島があり、文化の隔たりが保たれてきたので、そこらじゅうに違う民族、言語、慣習、儀礼、楽器、歌、踊り、装束があります。『日立 世界ふしぎ発見!』(TBSテレビ)で、1年通してインドネシアでもいけるんじゃないかと思うくらい。

山のほうに住むトラジャ族はスラウェシ島のほかの部族からも尊敬されている気高い人々で、死を祝うそうですよ。家族で誰かが死ぬと、その死体と家の中でしばらく暮らして、葬式も賑やかで、泣いている人よりも笑っている人が多いと聞きました。

コムアイ
アーティスト。1992年生まれ、神奈川育ち。ホームパーティで勧誘を受け歌い始める。「水曜日のカンパネラ」のボーカルとして、国内だけでなく世界中のフェスに出演、ツアーを廻る。その土地や人々と呼応して創り上げるライブパフォーマンスは必見。好きな音楽は民族音楽とテクノ。好きな食べ物は南インド料理と果物味のガム。音楽活動の他にも、モデルや役者など様々なジャンルで活躍。2019年4月3日、屋久島とのコラボレーションをもとに制作した新EP『YAKUSHIMA TREASURE』をリリース。

そうした神秘的な儀式が残るインドネシアの土地を巡って行き着いたのが、「デジタル技術でどうやって儀式を作るのか」というテーマだった。それは3Dの立体音響や、ポストプロダクションによる加工技術によって集約されることになった。「その場所の音を聞くことで、その場所のことを知れる」そう森永は音の役割について説明する。

森永:インドネシアに行くとわかるんですけど、もういろんな音がごったがえしているんですよね。車のクラクションが鳴ったと思ったら、聞いたことのない鳥がさえずっていることもあって。一種の作品になってしまっている気もするんです。

コムアイ:東京って、物足りないところがあって。私は単純に、もっとうるさくてご飯が安くて、人がよくしゃべる街が好きなんですよね。インドネシアは私の求めているものがあるというか。

森永:みんなでひとつの場所に集まって、ひとつのスクリーンを観る映画って、ある種の「儀式」だと思うんです。最先端の技術を使うことで、その地で体験したことをベースに、もうひとつ異なる視点を導入できるんじゃないか。それを模索することが、この制作で僕がやるべきことなのかなと思いました。だから、いろんな音が飛び交う、ある特殊な時空間を人為的に作っていけるか。そして、そこで得た体験や感覚を超えることができるのか。そこに強く意識を向けました。

ヌグロホ、森永、コムアイが進言する。神秘や土着性の高い文化に触れることの価値

コンサートが開催される東京は、神秘性の高い文化との関連性がインドネシアに比べると薄い。それに正直な話をしてしまえば、『サタンジャワ』はインドネシアの歴史に疎い日本人には少しわかりにくいところもある。それでもこの映画を観る意義について、森永とコムアイはどのように考えているのだろうか。

『サタンジャワ』場面写真 / Photo by Erik Wirasakti

森永:『サタンジャワ』は異国の映画ではあるんだけど、一方で「自分は何者なのか」を強く意識させる作品だと思います。自分がどういうアイデンティティーを持ってしまったのか。僕たちは知らない間にいろんな情報を取り入れて、自分が知らないうちに他人に決められてしまったものがたくさんある。それらをすべて剥ぎ取って、「自分自身がなぜ生きているのか」を気づかせてくれる作品だと思います。

コムアイ:私たちがインドネシアを訪れて感じる妖怪や精霊の気配を『サタンジャワ』では視覚的、そして聴覚的に体感できます。「目に見えないものの力」は、怪しくてかわいらしい。それって200年くらい前の日本人がわかっていたことでもありそうだなという共感もあるんじゃないかな。それくらい『サタンジャワ』は神話的だと思います。

森永:魔術やミスティシズムというものを現代はどのように扱っていくのか。これは多くのアーティストが問題にしていることだと思いますが、ガリン監督は「神秘主義は現代だからこそ取り扱うべきテーマだ」と言っていて。僕もそのとおりだと思うんです。たとえば、神秘主義に「トランス(憑依)」という大きなキーワードがありますが、人がトランスする瞬間って誰にもわからないはずなんですよ。「僕はトランスをしています」と言ったらそれはトランスしていることにならない。僕たちの生活にもこういうことってあると思っています。

普段の生活で当たり前のことが、自らの気づきをなくして、当たり前になっていく過程というのは、無意識の中でなんらかにトランスしているのかもしれない。それを突き詰めていくと、都市に生きる私たちの憑依行為はそこら中に転がっているはずだ、と森永は説明する。

森永:でも、そうしたトランス行為は時代の変化や人間の成長とともに消えていく。それはすごく悲しいことなので、リアライズしていきたい。それはなんとなく僕が興味を持っていることでもあって。失くなった街のサウンドスケープがどうだったかをゼロから作り直すとか、耳の記憶を辿っていくとか。この現代だからこそ、やれることがたくさんあるんじゃないかなと思っています。

コムアイ:私たちは、みんな地球の子。生まれた川崎市や育った東京だけを代表するのではなく、世界中の、縁があって「懐かしい」と感じた文化を楽しみ編んでいくことが、やるべきことのような気がしています。文化は、保存して残そうとするよりも、味わい楽しむことで生き生きとするものだと思うんですよね。

インドネシアのスラウェシ島でコムアイと森永泰弘が見た現地の結婚式前夜の祝宴のセレモニー

目に見えないものをエンターテイメントに。森永とコムアイの挑戦

さて、この『サタンジャワ』の公演までガリンと森永は5月のインドネシアで舞台を作り、本番に臨むことになる。東京でのリハーサルから参加するコムアイは「彼が船長で、私は横で遊ばせてもらう感じ」と森永に全幅の信頼を寄せているわけだが、当の森永は公演についてはどう考えているのだろうか。

『サタンジャワ』場面写真 / Photo by Erik Wirasakti

森永:今回は映画の拡張としての音の在り方なので、映画の世界から逸脱しない形で音を考えていますが、観客には「どんな音が聞こえたのか」と立ち止まって考えてもらうきっかけがあるといいなと思います。映画のポストプロダクションの中には、すべてゼロから作っているケースがあるんです。アニメーションの世界なんてほとんどがそうですよね。

たとえば、実写では東京湾の映像であっても、音はインドネシアのものかもしれない。すごく匿名性が強いのが音のジレンマです。でも、ジレンマによってイメージが強烈に広がることも確かで。「あなたはなにを聴いているのか?」という問いが「あなたはなにを見ているのか?」と同じレベルになるくらいに、先端の録音技術を使って聴く音が近づいているからかもしれません。

「安易に答えを明示するようなことはしたくない」と森永は語る。そして、この『サタンジャワ』の公演を通じて、なにか感じるものがあればとも。

森永:やっぱり映画を観に来てくれた方が、ものすごい体験をしてくれればいいなと思っています。そして、作品の面白さ以上にインドネシアの魅力や、日本と東南アジアの人たちが一緒に作品を作ったらこうなるんだという驚きを感じとってもらえれば本望です。それが実現できれば、日本と東南アジアの文化交流はものすごく広がっていくと思います。

記録って大事だと思うんですけど、僕にとっては人と会うためのツールなのです。だから、どこかで僕が記録した音を聞いて「ジャワの東の音楽が聞きたくなったので来週末に行ってきます!」と言われることのほうがうれしい。実際にその場所を訪れて、現地の人と交流を持つ人なんてなかなか現れないですから。

インドネシアのスラウェシ島リアンリアン先史公園の洞窟を訪れたコムアイ

ちなみに今回の公演では、音楽以外にも演出面でさまざまな思考が凝らされているという。具体的な詳細については明かせないというが、映画の出演者たちの登場も予定されているそうだ。

コムアイ:人は思いを強くしたときに、念を生み、ただ者ではないものに変化することがあります。では、どういう仕組みで身体に力が宿ったり、凡人が奇人になったりするのでしょうか。そういう「目に見えないもの」をエンターテイメントにするって面白いですよね。あと、マーベル作品ではスーツで変身したりしますが、それと同じようにこの作品でも装身具や装束は変身のために重要な役割を果たしています。すっぽん仮面が登場しますよ!

インドネシアのスラウェシ島で、現地の演奏者とダンスを披露した少女たちとコムアイ
イベント情報
「『サタンジャワ』 サイレント映画+立体音響コンサート/響きあうアジア2019」

2019年7月2日(火)
開演時間:14:00 / 19:00
会場:東京都 有楽町朝日ホール
料金:
一般 前売3,000円、当日3,500円
25歳以下 当日2,500円
※要証明証
上映作品:
『サタンジャワ』(2016年)
監督:ガリン・ヌグロホ
音響デザイン:森永泰弘
出演:
コムアイ(水曜日のカンパネラ)
ルルク・アリ・プラセティオ
ヘル・プルワント
ドロテア・クイン
グナワン・マルヤント
斎木なつめ
小林妙子
惠藤あゆ
谷口宏樹
吉良都
増田久未
小出稚子
ほか
主催:国際交流基金アジアセンター
共催:公益財団法人ユニジャパン
後援:駐日インドネシア大使館

プロフィール
コムアイ

アーティスト。1992年生まれ、神奈川育ち。ホームパーティで勧誘を受け歌い始める。「水曜日のカンパネラ」のボーカルとして、国内だけでなく世界中のフェスに出演、ツアーを廻る。その土地や人々と呼応して創り上げるライブパフォーマンスは必見。好きな音楽は民族音楽とテクノ。好きな食べ物は南インド料理と果物味のガム。音楽活動の他にも、モデルや役者など様々なジャンルで活躍。2019年4月3日、屋久島とのコラボレーションをもとにプロデューサーにオオルタイチを迎えて制作した新EP「YAKUSHIMA TREASURE」をリリース。

森永泰弘 (もりなが やすひろ)

東京藝術大学大学院を経て渡仏。帰国後は芸術・音楽人類学的な視座から世界各地をフィールドワークし、楽器や歌の初源、儀礼や祭祀のサウンドスケープ、都市や集落の環境音をフィールドレコーティングして音源や作品を発表している。また、映画・舞台芸術・展示作品等のサウンドデザインや音楽ディレクションを中心に、企業やアーティストとコラボレーションを行うconcreteを設立し、国内外で活動している。これまで世界三大映画祭(カンヌ国際映画祭、ヴェネチア国際映画祭、ベルリン国際映画祭) で自身が関わった作品等が発表されている。

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