西加奈子が書く、肯定の世界。完璧じゃない自分を認めて生きたい

小説家・西加奈子が書く物語には、多様な人物が登場する。多くが欠点を抱え、時には逃げるし弱音だって吐く。「私自身も辛いと逃げてしまうタイプなので、自分を肯定したいから書いているところもあります」と話す西は、人生の主人公になれていない彼らをやさしい眼差しで見つめ、圧倒的な肯定感で包み込む。

2005年に発表、西にとって長編小説2作目となった『さくら』が映画化されることになった。普遍的にみえる家族と一匹の犬を通して描かれる、生きることの意味や人同士の結びつき。一人ひとりの日常は決して画一的でなく、葛藤し模索する日々は、今に必要な物語だと感じる。西自身も、作品に葛藤を抱いていたと話す。でも、完璧じゃないあの頃の自分も認めたい。そんな西の願いを『さくら』にのせてお届けする。

(メイン写真:©西加奈子/小学館 ©2020「さくら」製作委員会)

生きていく以上は、死ぬまで自分を肯定するしかない。

―『さくら』を発表されたのは、15年以上前になります。現在はご結婚され、お子さんも生まれ、お仕事も含め環境がまったく異なりますよね。

西:まったく違いますね。当時は結婚もしていなかったですし、小説家として食べられずバイトをしていました。はじめて『さくら』を発表したのは、短編のひとつとして。年老いた犬を家族が囲んでいるシーンが浮かんで、そこから書き始めたものです。その短編を、長編小説に書き換えました。

西加奈子(にし かなこ) 撮影:若木信吾
1977(昭和52)年、イランのテヘラン生れ。エジプトのカイロ、大阪で育つ。2004(平成16)年に『あおい』でデビュー。翌年、1匹の犬と5人の家族の暮らしを描いた『さくら』を発表、ベストセラーに。2007年『通天閣』で織田作之助賞を受賞。2013年『ふくわらい』で河合隼雄物語賞受賞。2015年『サラバ!』で直木賞受賞。その他の小説に『窓の魚』『きいろいゾウ』『うつくしい人』『きりこについて』『炎上する君』『円卓』『漁港の肉子ちゃん』『地下の鳩』『ふる』など多数。

―書かれた際は、テーマもあったんでしょうか?

西:テーマよりもシーンが先行して頭に浮かんだので、そこを出発に書きました。老犬を囲んでいる家族を思い浮かべた時に「どうしてこの家族はこんなに悲しそうなんだろう?」と思ったんですね。きっと、彼らには何かがあったに違いない。もしかしたら家族がひとり、足りないんじゃないか。そんな想像からスタートしたと思います。もう、随分前のことなので、うろ覚えですが(笑)。

―新型コロナウイルスで家族や友人と気軽に集まれない時だからこそ、「家族がまた集まる」という物語は考えさせられるものがありました。離れてしまった家族が戻ることは途方もないことで、時間が必要なんだと。

西:そうだと思います。小説を書く上で、技量として家族の話を書くためには時間のレイヤーが必要だったということもありますけど、家族の再生には時間がかかりますよね。

『さくら』は、間違った選択をしてきた家族の話だと思うんです。家族にはいい歴史もあるけれど、それだけじゃない。間違った歴史もたくさんある。それでも、生きていく以上は死ぬまで自分を肯定する、という話なんじゃないかと映画を観てあらためて思いました。

―誰しもが、後悔している過ちを抱えて生きていると思います。

西:思い出すと怒りそうになったり、転がり回って「ああ、恥ずかしい!」と思ったりするようなことって、みんなありますよね。生まれてからずっと、美しい人なんていないでしょうから。

―美しくあり続けることは、難しいと思います。

西:キャンセルカルチャーは行き過ぎると苦しいものですが、自分の過去の過ちもわかった上で軌道修正しながら生きていくのも人間なのかなって思います。

小説を書くからにはこの苦しみを引き受けないと、と思って目を背けたくなるようなニュースも見るようになりました。

―主にSNSでは、たった一度の過ちですべてを失ったりぞんざいな扱いを受けたりする厳しい状況になっていると思っていて。

西:そうかもしれないですね。だから、『さくら』でお父さんを書いてよかったと思いました。ハジメの死をきっかけに家族から逃げてしまうわけですが、彼なりに理由がありました。逃げたとしても、どんな人間でも、もう一度集まったりやり直したりするチャンスがある。お父さんを通して、そういうことを書けていたことは、かろうじてあの頃の自分を認めてあげたい部分です。

©西加奈子/小学館 ©2020「さくら」製作委員会
©西加奈子/小学館 ©2020「さくら」製作委員会

―西さんの作品は、全体を通して肯定感が強い印象があります。どんな人だろうと、過ちも喜びも、その人が生きてきたことを肯定する。映画でも、そうした部分が光り輝いていました。

西:嬉しいです。私の小説をそう読んでもらえるのは、自分自身がダメ人間なので「肯定してほしい」っていう気持ちがあって(笑)。他人よりも、自分を肯定したいから書いているところがあります。

―そうなんですか。西さんはダメ人間のようには見えないです。

西:せこいですしね。嘘をつくこともありますし、ひどいこともしましたし。

―西さんにとって小説を書く、ということは自分を肯定するセラピー的な行為なんでしょうか?

西:『さくら』を書いていた初期の頃は、ただ書きたくて書いていました。でも、最近は自分を肯定するためよりも……社会に自分を向き合わせるために書いている気がします。小説を書いていなかったら、自分に都合のいいニュースしか見ていなかったと思うんです。でも、小説を書くからにはこの苦しみを引き受けないと、と思って目を背けたくなるようなニュースも見るようになりました。もちろん当事者が一番苦しいですし、傲慢な気持ちではありますが、それでも引き受けなきゃと思って。

―引き受けることは、しんどくなりませんか?

西:もちろん、弱虫なので本当にしんどい時は逃げちゃいます。だけど、少なくとも逃げたことを覚えておこうって思います。私がそういうタイプなので、登場人物にも辛い時は逃げちゃう人が多いですね。相手のことを「わかるで」って、肯定したいのかもしれません。

―多くの人がそうだと思いますし、しんどいときは逃げないと苦しくなりますよね。完璧な人間には、絶対になれないと思うので。

西:本当にそうやと思います。完璧な人もいるかもしれないけど、完璧じゃない自分を認めていきたいですよね。『さくら』の物語にも、そういうところは反映されていると思います。

全力で書いた小説なので、当時の自分を否定するつもりはないですけど、今だったら絶対に死なせないです。

―原作発表から映画化まで時間が空いていますが、映画化のお話を受けた時のお気持ちを聞かせていただけますか?

西:これまで『きいろいゾウ』(2013年)、『円卓 こっこ、ひと夏のイマジン』(2014年)、『まく子』(2019年)と4作品が映画化されましたけど、『さくら』はそれよりも前、おそらく初めて映画化の依頼を受けた作品だと思います。でも、企画がなくなったり生き返ったりを繰り返していて。自分でも把握していなかったので、今回の矢崎監督の企画を伺って驚きと嬉しさがありました。

―映画を観られた感想を伺えますか。

西:私は映画ファンでもあるので、映画については「監督のお好きに」、と思っています。映画を拝見して、自分が書いた作品なのであらすじをわかっているはずなのに、役者のみなさんが素晴らしくて。作者としての自分を忘れる瞬間が何度もありました。

たとえば、3兄弟の末っ子であるミキ(小松菜奈)はハジメ(吉沢亮)のことが好きって知っているのに、映画を観ただけだと「この子は何か、体内に発光したものを持っている」とだけ感じられて。

©西加奈子/小学館 ©2020「さくら」製作委員会
©西加奈子/小学館 ©2020「さくら」製作委員会

―直接的な言葉で「好き」とは伝えないですもんね。ただ、近くに常にいたり、最後に寄り添ってくれたり。

西:あとは、書いたのが約17年前なので、自分の若書きに声をあげたくなりました(笑)。「こんなこと言わしてたんかー!」って。そもそも、『さくら』に対しては、作家としてハジメをあんなやり方で殺してしまったことに、後悔がある作品なんです。他の作品でもいろいろ失敗したと思う書き方はありますし、人が亡くなることもありますけど、「あんなやり方で殺す必要なかった」と思い続けている作品は『さくら』だけです。

―他のインタビューでも、「いまだったらハジメくんを殺さない。別の生き方を選択させる」とおっしゃっていましたよね。

西:そうですね。全力で書いた小説なので、当時の自分を否定するつもりはないですけど、今だったら絶対に死なせないです。

―そうしたら、完成した映画を見るのは怖かったですか。

西:ハジメくんのシーンを見るのは緊張しました。でも、矢崎監督が映画を通して、あなたは間違えたかもしれないけど間違った過去も含めてあなただ、と言ってくださった気がします。作者の失敗も含めて矢崎さんが物語を愛してくださった感じがすごくして、間違ったけど生きていることを肯定してもらうような気持ちになりました。それは作者だから言える、贅沢な感想ですね。映画にしてもらえて嬉しかったです。

©西加奈子/小学館 ©2020「さくら」製作委員会
©西加奈子/小学館 ©2020「さくら」製作委員会

Zoomは喋ってはいるけど会ってはいない。もっと、匂いを嗅いだり、触ったり、むっちゃ近くで見たい。

―今は、人と人が直接会うことが難しくなっていて寂しく思うことがあります。でも、以前は人に頻繁に会っていたかというとそうでもなくて、SNSやメールにかまけて「会う」ことに希薄だったように思います。映画の中で、ミキの「好きなら好きって言う。迷わず言う。」というセリフから、「会いたい時に会わなきゃ。伝えたいことがあるなら、すぐに伝えなきゃ」と思いました。今の時代の、人同士の結びつきについて、西さんは思うことはありますか?

西:「会っときゃよかった」と思っている人は多いでしょうね。特に、高齢の親や友人を持っている人は何があるかわからないし、会えないじゃないですか。私も、自分がカナダのバンクーバーにいるので親に会えなくなってしまって、動画を使って喋ることはありますけど、寂しいですよね。日本人やから、「ハグなんてするかい!」と思っていたけど、ハグしときゃよかったって思います。

©西加奈子/小学館 ©2020「さくら」製作委員会

―西さんは家族にハグするタイプですか?

西:子どもや母にはしますけど、父と兄に関しては恥ずかしいです。だから、会いたいなとは思います。

最近のことですごく覚えているのが、Zoomで喋っていた友だちが会話の最後に「会いたいね」って言ったんです。それがすごく嬉しくて。このZoomの会話は、彼女にとって「会う」ことにカウントされていないんだと思いました。私も同じ感覚やったんですよ。喋ってはいるけど会ってはいない、というか。もっと、匂いを嗅いだり、触ったり、むっちゃ近くで見たいと思いました。

―「触れる」というのは、欲求としてありますね。

西:もともと人をよく触るタイプで、これはセクハラになるんちゃうかと思って控えていたんですけど(笑)、そんなに過剰になる必要はなかったのかなと。家族に対しても、照れたりしてる場合じゃなかったと思いました。

©西加奈子/小学館 ©2020「さくら」製作委員会

―画面越しで喋ることと、直接会って喋ることは、触れる以外にも違いを感じますか?

西:変な感じなんやけど、直接会って大人数で喋っていた時って、喋っていない近くにいる人の気配も、どこかで感じていたと思うんですよね。でも、Zoomはそれがない。みんなで喋っていると、喋っている人がでかくなるじゃないですか。他の人は黙っていて。会って喋る時は、たくさんの人がいても「あいつ、話聞いてへんな」とか思うのも楽しかったんです。

―(笑)。西さんはそういう人も見つけてしまうんですか。

西:そうですね。全然違う方を向いている人の視線を、強烈に覚えてしまいます。喋っている人同士だけじゃない、気配込みのコミュニケーションだったんだなって、今改めて思いますね。そういうことができないのは、すごく寂しいです。

文章だけで喧嘩するのは危険。直接会って、傷つく顔をみて、わかることがある。

―この状況が、いつまで続くかわかりません。そうした中で、人同士の結びつきで大切なことはなんだと思われますか?

西:うーん……やっぱり、顔が見えることはしたいです。私はSNSをやっていないんですけど、文章だけで喧嘩するのは危険なことだと思います。その人の匂いを嗅いで、傷つく顔をみて、わかることはある。けれど、文章で揉めたりしたことを人から聞くと、傷ついているかどうかわからなくて歯止めが聞かなくなるんちゃうかなって思います。

会うのが難しい状況ではありますけど、せめて、画面を通して目をみることはしたいなって思いますね。欲を言えば、匂いや気配も感じたいですけど。

©西加奈子/小学館 ©2020「さくら」製作委員会

―ご家族の付き合い方は変わりましたか?

西:わかっていたつもりですけど、「会える時間は有限や」ということを突き付けられましたよね。だから、アホみたいな表現ですけど、一瞬一瞬が戻ってこないことを日々感じるようになりました。

―会っている時間を、大事にしたくなりますよね。お休みの日に家族や友人と過ごす時間に集中できるようになった気がします。

西:わかります。社会人の方も、リモートワークが増えて通勤時間が減って、家族と一緒にいられる時間が増えていたらいいなと思います。もちろん、それで窮屈な思いをしている方もいるかもしれないので一概には言えないけど、こうした状況の産物でもあるのかなと思います。

©西加奈子/小学館 ©2020「さくら」製作委員会

―西さんも家族と過ごす時間が増えましたか?

西:作家みんなそうですけど、私たちはもともと家で籠ってやる仕事なんで、仕事に関して変化はないんじゃないかなと思います。作品作りもすごく集中してやれていますし、家族との時間はそんなに変わらないかな。でも、作品を書く際に、コロナのことを無視できないなと思います。

―『さくら』は最近書かれた物語ではありませんが、それこそ「会える時間は有限」ということを切に伝えている作品だと思います。西さん自身も時間の経過とともにご自身に変化があった中で、作品の捉え方は変わりましたでしょうか。

西:私自身が書くものや人間は変わらないですけど、目線は変わりました。読者や視聴者としてみるものが、今までは子どもの目線だったのに、今は親目線になっちゃいます。『さくら』を書いた当時は、かおるくんの目線で物語をみていたのに、今はお母さんの目線でみるようになりました。

©西加奈子/小学館 ©2020「さくら」製作委員会

―いろんな立場の人が、感情移入できる作品ですよね。間違った選択を重ねてきた家族かもしれないけれど、やり直すこともできる。物語の捉え方は様々ありますが、そのためには時には逃げてみることも、大事なんじゃないかと思いましたし、たった一度の過ちを全否定するのではなく、過去も認めていきたいと考えさせられました。

作品情報
『さくら』

2020年11月13日(金)全国公開

出演:北村匠海、小松菜奈、吉沢亮、寺島しのぶ、永瀬正敏、
小林由依(欅坂46)、水谷果穂、山谷花純、加藤雅也、趙珉和
原作:西加奈子『さくら』(小学館刊)
監督:矢崎仁司
脚本:朝西真砂
音楽:アダム・ジョージ
主題歌:東京事変『青のID』
配給:松竹

プロフィール
西加奈子 (にし かなこ)

1977(昭和52)年、イランのテヘラン生れ。エジプトのカイロ、大阪で育つ。2004(平成16)年に『あおい』でデビュー。翌年、1匹の犬と5人の家族の暮らしを描いた『さくら』を発表、ベストセラーに。2007年『通天閣』で織田作之助賞を受賞。2013年『ふくわらい』で河合隼雄物語賞受賞。2015年『サラバ!』で直木賞受賞。その他の小説に『窓の魚』『きいろいゾウ』『うつくしい人』『きりこについて』『炎上する君』『円卓』『漁港の肉子ちゃん』『地下の鳩』『ふる』など多数。



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