谷賢一『福島三部作』を語る。これは日本人が選び取ってきた物語

毎年2月に横浜を舞台に開催される『TPAM – 国際舞台芸術ミーティング in 横浜』。例年は、海外から多数のカンパニーや舞台関係者が集い、作品を観ながら活発な意見交換がなされる。だが、コロナ禍が猛威を振るう今年は、その方針を変換。劇場上演作品数を縮小し、オンラインや展示形式の作品の割合を増やした。

そんななか数少ない上演形式で届けられるのが、DULL-COLORED POPを主宰する谷賢一の『福島三部作』だ。福島県における原発問題を全3部、計6時間の上演で描いたこの大作は、2018年に第1部を先行上演、2019年に3作品を一挙上演し10000人以上を動員。2020年度の『岸田國士戯曲賞』を受賞するなど、高い評価を得た。

1961年に始まり、2011年の原発事故までを追う同作は、演劇的な喜びと同時に、日本が歩んできた不条理に満ちた戦後史を骨太に描いている。全世界に向けたオンライン上演も行う同作を、いま、この時代に見る意味とはなんだろうか? 再演を控えた谷に、同作について訊いた。

一体何が正しいのか、簡単には結論の出ない問題について対話するのが演劇

―『福島三部作』は、それぞれ長男、次男、三男を主人公にしたクロニクルです。こういった構成にしようと思った理由はなんでしょうか。

:2011年の東日本大震災を機に、福島は「フクシマ」「原発」というキーワードで世界中に知れ渡ってしまいましたが、多くの人にとっては遠い土地のイメージだったでしょう。

でも、母が福島出身で、父が原発に出入りしていた技術者だった僕にとってはとても身近で、原発にまつわる巨大な利権構造や経済や雇用に与えるインパクトもなんとなくイメージできました。ただそれはあまりに複雑な政治と経済の話であり、普通の人にはやはり伝わりづらい。

そこで、ある家族の50年の生活や人生と、原発を結びつける構成にしようと思いました。それは『福島三部作』のためのリサーチを始めた2016年から一貫しています。

谷賢一(たに けんいち)
作家・演出家・翻訳家。福島県生まれ、千葉県育ち。明治大学、イギリス・ケント大学で演劇学を学び、2005年に劇団DULL-COLORED POPを旗上げ。2016年にセゾン文化財団ジュニア・フェローに選出される。シルヴィウ・プルカレーテ、フィリップ・デュクフレ、シディ・ラルビ・シェルカウイなどの作品にも脚本や演出補などで参加している。2020年『福島三部作』にて第23回鶴屋南北戯曲賞、第64回岸田國士戯曲賞受賞。

―おおよそ3年にわたる本当に長いリサーチの時間ですよね。文献や行政文書の掘り起こし、現地での長期調査も何度も重ねたと聞きましたが、リサーチでの印象に残った出来事はありましたか?

:会った人や物事全部がそれぞれに印象深いので1つを選ぶのは難しいんですが……、つい最近、ある俳優に話していて思い出したエピソードが、震災直後の福島を取り巻いていたものをギュッと凝縮しているのでお話します。

郡山に住んでいる僕の親戚に、リサーチを兼ねて挨拶に行ったんですが、家中の壁という壁をすべて真っ黒い布で覆ってるんです。住宅街のなかに暗幕で覆われた家が突然現れるわけですが、実に異常な光景です。

その親戚は、放射能が恐ろしくてそんなことをしていたんですね。布を巻いておけば、ちょっとでも軽減されるだろう、と言って。科学的に言ってそんなことは、まったくあり得ないんですが……。

僕が家に入るときも服を全部脱がされて、埃や汚れを全部落としてからでないと入れてもらえませんでした。外の空気や埃は放射能でやられていると思っている。

もちろんそんなに線量が高いわけ、ないんですよ。だけど本当だったら、シャワーも浴びてほしかったんじゃないですかね。

その親戚の叔母さんは、異常なまでの対応をしてはいましたが、性格はとてもいい人です。震災当時のこととか、今の生活のこととか、何でも話して教えてくれる。

ところが僕に食事を出しながら、「(この料理は)大丈夫。材料は全部県外のものだから!」なんて言うんで、びっくりしてしまいました。福島県民である叔母さん自身が、一番福島の食材を怖がっている。

第1部『1961年:夜に昇る太陽』 ©bozzo
第1部『1961年:夜に昇る太陽』 ©bozzo(サイトで見る

:この叔母さんのエピソードに限らず、福島県民自身に福島県産の食材や水を排除しようとする傾向、風評被害があることがわかった。県民同士でのいがみ合いや差別があることもわかった。原発事故が引き金となって地域が分断され、争わなくていい人たち同士が争っている、福島県民同士がお互いに敵対してしまっている状況にショックを覚えました。

―第3部の『2011年:語られたがる言葉たち』では、現代の福島県の人たちが登場しますが、まさにそういった衝突や摩擦が描かれていますね。さまざまな仲違いや衝突は三部作全体を貫いたモチーフでもあります。

:結果的に、口喧嘩や言い争いのシーンがやたら多くなっていますが(苦笑)、でもそれは、「演劇ってなんだろう?」という根源的な問いにつながっているんです。

第1部『1961年:夜に昇る太陽』 ©bozzo

:演劇とは基本的に、価値観や考え方や生き方の違う2人以上の登場人物が出会い、対話するものです。劇作家の木下順二はこのことを一言で「演劇とは対立である」と喝破しています。それぞれの主張がぶつかり合い、そしてどちらが正解ということもない。

生きていく上で一体何が正しいのかをめぐって、お互い立場の違う、簡単には結論の出ない問題について対話・対立するのが演劇の基本的な構造なんです。そして原発を取り巻く問題には、まさにお互い立場の違う、簡単には結論の出ない問題が非常に多い。

町の未来をどう選択すべきか、どう働き、どう家族を守っていくのか……というのは本当に答えの出ない問いですよね。『福島三部作』では原発から端を発したそんな問いと対立を描いている。だから喧嘩や議論のシーンが多くなるのも当然なんですね。

福島県には東京に追従しなければ生きていけない格差や経済構造がある

―時代設定も印象的です。1961年、1986年、2011年とちょうど25年刻みになっていて、すごい偶然だなと。

:そうですよね。ここまできれいに分けられたのは自分でも驚いています。

:1961年は、双葉町と大熊町の町議会が原発誘致の議決を行なった年。その議決以前から県の職員や政治家や東京電力の社員が各町内をうろつき回って、説得工作をしていたらしいのですが、県でも自民党でもなく、町議会がこの決定を行なったというのが重要なターニングポイントだと思いました。

つまり、2つの町の町民自身が自分たちの運命を決めたのが1961年なんです。そして、25年後の1986年にはソビエト連邦で「チェルブイリ原発事故」が起きて、福島県でも原発の安全性への疑いの声が沸き起こります。

―さらにその25年後の2011年に起きたのが、『福島第一原発事故』ですからね……。

:もちろんこれは、僕が物語化するために整理整頓した結果の話ですけどね。偶然のような出来事の積み重ねが無数にあるのが世の中で、その混沌の流れを前に呆然としてしまうのが本当だと思います。当初の構想段階では、第1部を幕末の戊辰戦争にしようという案もあったんですよ。

第2部『1986年:メビウスの輪』 Photo by Ryoji Shirato

―第2部の『1986年:メビウスの輪』でも劇中、戊辰戦争で敗北した会津藩の苦しみが語られていますね。

:江戸幕府側に立って薩長を中心とする新政府軍と戦って敗北した結果、福島県は政治的に弱い立場になってしまった。人によっては戊辰戦争に負けた時点で、福島県の命運は決まってしまったと言う人もいますね。

福島県には大した産業もありませんから、東京に追従しなければ生きていけない格差や経済構造があるんです。そこにつけこんで原発というニンジンを鼻先にぶら下げて見せた当時の国や東電のやり方は、非常に汚いと思います。戦前の福島県の話は、あらためて作品を作ってみたい気持ちがいまだにありますね。

第2部『1986年:メビウスの輪』 Photo by Ryoji Shirato

―私の両親が秋田と山形出身だからということもあるのですが、中央と東北の格差はリアルにイメージできます。過去を振り返ると、京都や大阪から東京に輸出されたものには芸術や文化がありますけど、東北から輸出できたのは軍馬や出稼ぎの人夫や兵士がほとんどでした。

そういう日本全体を覆う格差も思い出されますし、同じ東北のなかでも歴史的にも地理的にも原発建設に有利だったがために結果的に福島が犠牲になったことを思うと、胸が締め付けられます。

:おっしゃる通りです。

―演劇って本当はきわめてローカリティーの強いメディアなので、見る人の出身や背景によって視点がガラリと変わるんですよね。『福島三部作』ではその特質を強く思い出しました。

これは日本人が選び取ってきた物語なんだ

―『福島三部作』を通して特徴的なのが、作品の演出方針です。全体を通して、ミュージカル風、コンテンポラリー風と、ありとあらゆる演劇手法がこれでもかと盛り込まれています。

:僕はもともと、シェイクスピア風に書いてみたり、村上春樹風に書いてみたり……という文体模写をするのが好きだったんですね。明治時代風の言葉もあれば、昭和初期風の言葉もある。

時代が変わると言葉、つまり文体は非常に変化します。50年間の時間を描くと決めた時点で、その文体模写的な変化はぜひ徹底的にやろうと決めていました。

1960年代と現代では演劇のモードもずいぶん違うし、当然流れている音楽も変わる。演出が変わるのは当たり前です。厳密に言えば照明の色すら違うはずなんですよ。

―たしかに! 第1部はかなりシンプルな照明でした。

第1部『1961年:夜に昇る太陽』 ©bozzo

:第1部では妙にテンションの高い絶叫芝居をやっているシーンなんかもありますけど、これは1960年代に新劇に変わって台頭してきたアングラ演劇へのオマージュです。ひょっこりひょうたん島と時代が近いから、人形劇を入れてみたり。第2部の1980年代はバブル経済に突入していくので、ちょっとバブリーなミュージカルを入れて(笑)。

―なるほど。

第2部『1986年:メビウスの輪』 Photo by Ryoji Shirato

:だからこの作品は福島の50年であると同時に、演劇の50年、もっというと日本の50年、日本の戦後史を振り返るものなんです。それははっきり「そうしなければ」と思っていました。

世界唯一の被爆国である日本が原発を作ろうだなんて、とんでもない発想に至ったのも、もとはイギリスやアメリカからの売り込みがあったからでした。そして双葉町や大熊町が東京からの搾取に同意することで経済的に潤ったように、日本という国も外国資本の搾取を受け入れることで、戦後の闇市の時代から復興できたわけですから。非常に似ている。

現在から1960年代の福島を見たら「なんてバカな選択をしてしまったんだ」とか簡単に言えちゃうかもしれませんが、当時の人たちは無知でもバカでもなかったんですよ。危険性があることは知っていたし、いざ事故でも起きたら補償が追いつかないこともよくわかっていた。

でも原発が生み出す雇用や経済効果、つまりカネのことを考えたら、こんなにおいしい話はない。産業のない福島県は受け入れざるをえない。そしていちど受け入れてしまったら、むしろ積極的に存在を肯定し、増設をしてでも成長していくという未来しかない。

第3部『2011年:語られたがる言葉たち』  ©bozzo
第3部『2011年:語られたがる言葉たち』 ©bozzo(サイトで見る

―それは現在の日本、東京にも通じる不条理ですよね。大赤字になるのは明らかで誰もがやらないほうがいいとわかっているのに、やめるにやめられなくなってる『東京オリンピック』とか。

:原発と福島っていうものを追いかけていくと、日本の民主主義、戦後経済が何を豊かにし、何を貧しくさせていったかが見えてくる気がします。だから『福島三部作』を見る人には、「わあ、福島って大変な土地だったんですね」で考えを止めず「これは日本人が選び取ってきた物語なんだ」というところまで考えてみてもらいたいですね。

本当に演劇に関してだけは、僕は超幸運で(笑)。

―『福島三部作』はシリアスなドラマが続きますが、一服の清涼剤になっているのが、第2部の語り手である飼い犬のモモです。めちゃくちゃかわいくて、谷さんも犬好きなのかしら、と思いました。

:(笑)。福島のじいちゃんが変な野良犬を拾ってきてかわいがって飼っていたので、その思い出は参考になっています。犬を語り手にしようと思ったのは、1986年当時の福島県で、原発に対して反対意見を言う人間なんか、いるはずがなかったからなんですよ。

第2部『1986年:メビウスの輪』 Photo by Ryoji Shirato
第2部『1986年:メビウスの輪』 Photo by Ryoji Shirato(サイトで見る

―なるほど。さきほどの演劇の対話・衝突理論にあてはめると、人に対抗しているのが犬のモモなんですね。

:劇中で描かれてるように、原発反対派のリーダーだった次男すら町長になって賛成派に回ってしまったような時代です。あの状況で原発に対して反対意見なんか言おうもんなら、それこそ町内の鼻つまみ者で変人扱い。町内でも浮いていた……と、昔反対活動に関わったことにある人から聞きました。

そこで原発と反対の立場に立てるキャラクターとして、人間はありえないから、犬なんか持ち出したんです。犬は人間とは違う論理で世界を見れますからね。

―第3部で年老いて入院している次男の枕元に飾ってあるのもモモの写真です。つまり、理想に燃えていたのに原発賛成派に転向してしまった次男の良心を象徴するのがモモなのだと思いました。そこにグッときます。「やっぱり人間じゃダメだ!」と。

:(笑)。あれはスタッフが気を利かせてくれたんですよ。舞台監督が「谷さん、ここにモモの写真置いていいですか」って。スタッフの愛情が生んだ演出ですね。

―話を今回の『TPAM』での再演に移したいと思います。2020年の『岸田國士戯曲賞』を獲った『福島三部作』ですから話題性抜群の再演ではありますが、同時にコロナ禍を経た難しさのあるタイミングでもありますね。さらに上演と同時にオンライン中継も行うそうですから、国内だけでなく海外への波及性もあると思います。

:再演は、いつかするだろうとは思っていましたが、早くても5年後10年後のつもりでした。ですから今回の再演は、『TPAM』から声をかけてもらわなかったら絶対にあり得なかった。

:正直、今再演するのは早すぎるかな……という思いも強かったのですが、『TPAM』というプラットフォームを通じて、海外に向けて発信できるという点に意義を感じました。そしてタイミング的にもいい時期だったんです。これが仮に10年後の再演だったとすると、年齢の問題ですべてのキャストは入れ替えになりますよね。しかし今ならギリギリ初演のメンバーを集めて、この時代の空気感のなかで演じることができます。非常にラッキーでした。

本当に演劇に関してだけは、僕は超幸運で(笑)。10代の頃から人との出会いに恵まれていたし、『福島三部作』は1万人ものお客さんが見てくれて、自分のキャリアの集大成になった。

自分が生まれ育った福島という土地を題材にして、こういう大きな仕事ができたというのは本当に幸運なことです。東日本大震災と原発事故というどう考えても戦後最大の悲劇を経験して、僕に限らず、福島を愛する人々はやり場のない怒りや喪失感に支配されていた。本当に不幸なことです。

しかし僕は演劇にするという行為を通じて、少しは自分の気持ちが整理できたし、世の中に対して「こんなの、おかしくないですか」と問いかけることができた。こういうスケールの災害にとっては、語り続けることだけが鎮魂です。

再演する2021年は震災からちょうど10年の節目の時期でもありますから、そういう時期に再びこの物語を語ることができる、伝え続けることができるのは、多少なりとも心の傷の癒やしにもなるし、鎮魂にもなるのではないかと思います。……そう思いたいですね。

「分断」という現象と「演劇」という現象は、ほとんど正反対の意味を持つ

―『福島三部作』の戯曲集のあとがきが印象的で、谷さんは本作の制作を通して、ご自身の演劇観が大きく変化したと書いています。そこでは、演劇を「儀式」と捉えているともありました。

:儀式にもいろいろありますが、例えば石ころが置いてあって、それに誰かが手を合わせたりお祈りしはじめると、それがなんとなく大事なものに思えてくる。こんなのも、もっとも原初的な儀式の1つだと思いますが、それって演劇にすごく近い。

劇場でみんなが静かに2時間くらい同じものを見ているうちに、ただ椅子を並べただけの抽象的なセットが1961年の福島県に見えてきたりする。それどころか、その後ろに広がる広大な田畑や太平洋をさえイメージできるようになる。

そういうところに、演劇の最大の魅力と魔力があると思います。特に『福島三部作』は、福島の死者の物語でもありますから、そこにいないはずの死者の魂、もうここに残っていないはずの誰かを全員がイメージし、共有することになる。

お葬式という儀式でも、その場にもういない誰かのことをみんなで思って、感情やイメージを共有しますよね。だから演劇を通じて福島という土地や死者のことをイメージすることは、儀式にとても似ているし、鎮魂にもつながるんです。

―儀式的であることのポジティブな面、後悔や慚愧の念を慰撫したり癒したりする効果はわかります。しかし、現代はその正反対の効果を儀式的なものが生み出す時代でもあると思うんです。

ちょうど取材前にアメリカで大統領選挙の結果が出ましたが、それに至るまでのトランプの振る舞いは、白人社会の失墜に危機感を覚える支持者たちを慰撫する「儀式」と呼んで差し支えないものでした。もちろん選挙後に「赤い州、青い州、などというものは存在しません。あるのは1つの合衆国だけです。すべての皆さんの信頼を得られるよう、全力を尽くします」と言ったバイデンの勝利宣言も「儀式」的です。

こういった最近の社会情勢を演劇に引きつけて考えたとき、谷さんは、演劇の儀式性についてどのように考えますか?

:すごく重要な問いかけで、それをテーマに1本論文を書けるぐらいの内容ですが、なるべく短く、しかし真面目にお答えしようと思います(笑)。

僕が三部作を書いていた頃から、「分断」という言葉は2010年代の世界を象徴するキーワードになっていました。そこで思うのですが、「分断」という現象と「演劇」という現象は、ほとんど正反対の意味を持つものだと思うんですね。

さっきも言ったように、互いに知らない人たちが同じ空間に集まり、同じ時間を過ごす中で、共通認識やルールを共有していくものが演劇です。最初は「あの人は嫌だわ、もう喋らないでほしい、見たくもない」って思ってた大嫌いな登場人物の言うことが、なんとなく「確かに奴のこともわかるなあ」と変わっていったりする。

:逆にすごく好きな俳優さんが演じていて「共感できるわ、好きだわあ」って思っていた登場人物が、やがて「なんだか独善的な人、もしかしたら間違ってるかもしれない」なんて風に思えてきたりする。劇が進むにつれて、様々な理解と考えが進んで行くわけです。

つまり演劇とは究極の他者理解、自分とは異質な存在を、どうにかして解釈したり受け入れたり理解したりしていく行為なんです。これは分断とは正反対でしょう。

こういう風に考えるのは、僕がイギリスで一時期勉強したことが大きく影響しているんだと思います。イプセンにしろチェーホフにしろ、なぜこれだけ現代につながる演劇がヨーロッパで生まれ得たのかというと、それはやっぱりヨーロッパという地域が常に多民族が入り乱れ、理解できない他者と触れ合い続けるなかで、異なる価値観を説得したり受け入れたりする歴史を繰り返してきたからだと思うんです。

その意味で、劇場に行くというのは、単に「楽しいな」とか「スリリングだな」ってことを体験するだけではなくて、それを超えて、人間も社会も変化していくための行為だと考えることができます。

―はい。

:いまのようにインターネットが変なかたちで発展し、やっぱり変なかたちで多様性が確保された世の中では、人は自分が見たい情報しか見なくなるし、自分の同じ意見の声しか聞かなくなってしまう。SNSで自分の正反対の意見を持つ人のタイムラインを覗いてみたりすると、触れている情報があまりにも違いすぎて本当にびっくりしたりする。みんな同じ現実を見ているようでいて、実はみんな違う現実を見ているんですね。

第3部『2011年:語られたがる言葉たち』 ©bozzo

:でも逆の視点から見れば、その人たちからは僕の方が偏っているように見えるはずです。いまの社会にはそういう、分断を助長するシステムが数多くある。

そういうなかで分断とはまったく逆の働きを持つものとして、演劇や劇場がある。異なる立場の人間存在を理解するための行為としての演劇。だから演劇は分断の対義語とさえ言えるんです。大げさな話かもしれないですが。

―ありがとうございます。勇気を貰える言葉だと思いましたし、それこそが『福島三部作』という矛盾と不条理に満ちた、しかし力強く生きていこうとする作品をいま見る十分な理由になると思います。

でも、最後に1つだけどうしても聞きたいことがあるんです。この三部作は極論すれば「男たちの福島」だとも感じます。第3部では奥さんと子どもを亡くした男性が登場しますが、被災地では1人になってしまった女性、あるいは在日外国人、障害者やセックスワーカーの生存者も当然いたはずです。そういった人たちの声を作品のなかで大きく扱うことはできなかったのでしょうか?

三部作を通して、長男の元恋人で、のちに次男の妻になる美弥が登場しますが、中心的に描かれることはない。むしろ、原発問題に揺れる不安定な男たちを支えたり、あるいはヒステリックなキャラクターとして女性が描かれる印象がありました。なぜこのような描写になったのでしょうか?

:当初の構想では、誰か1人だけ、全編にわたって共通して登場する人物を作りたいと思ったんです。主人公の近くにいることで、ドラマに葛藤を与えるようなキャラクター。

それがまさに美弥なんですが、プロットを作っている段階で、どうにもそうはならず……。とても酷いことをこれから言いますよ? 「昔の福島の女にはドラマがない」んです。

―ドラマがありませんか。

:僕がどれだけ記憶を振り返ってみても、ばあちゃんや母さん、親戚の女性たちが、家のことで意見を求められることなんてなかったんですよ。家主、家長である男同士で「どうすっぺ?」って言ってるところに女性がしゃしゃりでてきて「私はこう思う」なんて言っているところは一度も見たことがないし、想像もできない。

うちの母親はかなり気の強い方ですし、ばあちゃんなんてもっと気が強いんだけど、少なくとも政治や仕事や家のことに関して家長と異なる発言をする、なんてことは、昔は本当に全くなかった。ばあちゃんなんか、僕の妹が大学に進んだときも全力で止めましたからね。

―20年前くらいの話ですか?

:そうです、ほんの20年くらい前ですが。「女なんか大学に行ってどうすんだ」、「早く結婚したほうがいいんだから、大学なんて無駄だ」と、本気でそう言っていた。福島が特にというより、昔の家父長制の日本はどこもそうだったのだろうと思いますが。

だから昔の福島の女性をリアルに描こうとすると、それでも劇中の美弥は相当にアグレッシブなキャラクターですが、しかし町や家の決定を覆すような発言をすることは、自分には想像できなかった。それをやってしまうと捏造になってしまう気がしたんです。

第1部『1961年:夜に昇る太陽』 ©bozzo

:途中からそれに気づいて、僕も書いてて気持ち悪かったんですけど、女性たちは意見を言わなかったり意見を飲み込む瞬間をたくさん作る、みたいになっていきました。だから、完全に今の時代と逆行した女性像を描くことしかできなかった。

先程も言ったとおり演劇の基本は対立ですから強く意見を言う人物として設定した方が機能しやすいのはわかっているんですが、劇中の女性たちは、特に昔の時代になればなるほど強く意見を言わない、演劇的に言って機能しづらい人物にするしかなくなってしまった。だから男たちが議論している横でじっと黙って、ただ聞いているというシーンが増えてしまった。

これには僕も驚きました。ただ逆に言えば、それぐらい機能していない、聞くしかない立場の女性たちの人生をリアルに想像することで、25年前とか50年前の福島での女性たちの抑圧された現実を想像することは、これから歴史を変えていくためにも、重要な想像力だと思います。

―ありがとうございます。質問するか迷ったのですが、個人的にも聞けてよかったです。

:面白い観点だと思います。ぜひ女性の劇作家と、この話をしてみたいです。

―2020年の『福島三部作』の岸田戯曲賞受賞は、市原佐都子さんの『バッコスの信女─ホルスタインの雌』とのダブル受賞でした。『バッコスの信女』は、女性の側から演劇における男性原理的な規範を攻撃しつつ、女性のなかにある男性原理的なものも批判し、それらを暴力的な奔流で飲み込もうとするようなパワフルな作品です。

振り返ってみると、この2作が同時にあることで、2020年時点の日本社会における矛盾や問題を照らし出し、補完しあうような関係が生まれていたんだなと感じました。再演、楽しみにしています。

イベント情報
『TPAM – 国際舞台芸術ミーティング in 横浜 2021』

2021年2月6日(土)~2月14日(日)
主会場:神奈川県 横浜 KAAT神奈川芸術劇場、BankART Temporary(ヨコハマ創造都市センター)、横浜市役所アトリウム、横浜⾚レンガ倉庫1号館

公演情報
『福島三部作』

神奈川県 KAAT神奈川芸術劇場 大スタジオ

第1部『1961年:夜に昇る太陽』
2月12日(金)11:15
2月13日(土)11:15
2月14日(日)11:15
オンライン配信
2月9日(火)19:30(ライブ配信)
2月10日(水)8:00(2月9日公演の録画)
上演時間 約120分

第2部『1986年:メビウスの輪』
2月12日(金)14:30
2月13日(土)14:30
2月14日(日)14:30
オンライン配信
2月10日(水)19:30(ライブ配信)
2月11日(木)8:00(2月10日公演の録画)
上演時間 約120分

第3部『2011年:語られたがる言葉たち』
2月12日(金)17:45
2月13日(土)17:45
2月14日(日)17:45
オンライン配信
2月11日(木)19:30(ライブ配信)
2月12日(金)8:00(2月11日公演の録画)
上演時間 約120分

オーディエンス
指定席 ¥3,500
オンライン配信 ¥3,500

プロフェッショナル
指定席 ¥1,000
オンライン配信 ¥1,000

文化庁令和2年度戦略的芸術文化創造推進事業『JAPAN LIVE YELL project』

主催:文化庁、公益社団法人日本芸能実演家団体協議会、PARC – 国際舞台芸術交流センター、国際舞台芸術ミーティング in 横浜 2021 実行委員会

コロナ禍により失われた文化芸術体験の機会を全国規模で取り戻すとともに、人々の創造、参加、鑑賞を後押しするため、全国27都道府県の文化芸術団体と連携するプロジェクトです。

プロフィール
谷賢一 (たに けんいち)

作家・演出家・翻訳家。福島県生まれ、千葉県育ち。明治大学、イギリス・ケント大学で演劇学を学び、2005年に劇団DULL-COLORED POPを旗上げ。2016年にセゾン文化財団ジュニア・フェローに選出される。シルヴィウ・プルカレーテ、フィリップ・デュクフレ、シディ・ラルビ・シェルカウイなどの作品にも脚本や演出補などで参加している。2020年『福島三部作』にて第23回鶴屋南北戯曲賞、第64回岸田國士戯曲賞受賞。



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