中国映画『春江水暖』 変わりゆく街、3世代の一家の四季を描く

グー・シャオガン監督の長編デビュー作『春江水暖~しゅんこうすいだん』が2021年2月11日から公開されている。再開発が進む中国・杭州市富陽の街並みと、そこに生きる人々を静かに見つめ、ある大家族の営みを四季の移り変わりとともに描いた作品だ。まるで絵巻物を広げていくかのようにカメラが横移動する超ロングショットや、演技経験のない監督の親戚・知人を起用したキャスティング、大家族を通して映し出す世代間の価値観の衝突──。1988年生まれの監督は変わりゆく故郷を舞台にした本作で何を描こうとしたのだろうか。グー監督へのインタビューを交え、「現代の風物詩」を目指したという本作の制作背景や込められた思いを探る。

(メイン画像:©2019 Factory Gate Films All Rights Reserved)

中国の名作水墨画『富春山居図』にインスピレーションを受けた、動く山水絵巻のような映画

Netflixに再生速度を調整できる機能が付与されている現在、時間のコスパを重視して、映画やドラマを倍速視聴する人が増えつつあるとも言われる。しかし、もし1988年生まれのグー・シャオガン監督の長編デビュー作『春江水暖~しゅんこうすいだん』をそのように見たとしたら、その価値は全く損なわれてしまうだろう。

2019年の『カンヌ国際映画祭』批評家週間のクロージング作品、そして仏『カイエ・デュ・シネマ』誌の2020年映画ベストの一本に選出されたこの映画は、まるで一枚の長い絵巻物を徐々に広げていくように、庶民の生活風景を壮大な横スクロールの長回しで捉える。元王朝の画家・黄公望(コウ・コウボウ)がグーの故郷でもある杭州市富陽区の山水風景を描いた7mにおよぶ水墨画『富春山居図』や、宋代の人々の暮らしと風景を精緻した全長5mの名画『清明上河図』(北宋時代の画家・張択端(チョウ・タクタン)の作とされる)など中国絵画の伝統を応用し、あたかも動く山水絵巻のように構想されているのだ。この驚異的な撮影方法が、本作の最大の特徴である。

『春江水暖~しゅんこうすいだん』
あらすじ:杭州市、富陽。大河、富春江が流れる。しかし今、富陽地区は再開発の只中にある。顧(ぐー)家の家長である母の誕生日の祝宴の夜。老いた母のもとに4人の兄弟や親戚たちが集う。その祝宴の最中に、母が脳卒中で倒れてしまう。認知症が進み、介護が必要なった母。「黄金大飯店」という店を経営する長男、漁師を生業としている次男、男手ひとつでダウン症の息子を育てながら、闇社会に足を踏み入れる三男、独身生活を気ままに楽しむ四男。息子たちは思いもがけず、それぞれの人生に直面する。
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時間はメインキャラクターのひとり。「天地」の視点で、そこに生きる人々の営みを静かに見つめる

『春江水暖』は、急速な再開発の波が押し寄せる杭州市で2年の歳月をかけて撮影された。この地は、2016年には『G20サミット』が開かれ、2022年には『アジア競技大会』の開催地として予定されているため、建設や大量移転が推し進められる只中にある。グーは、激動の中国社会をワイドなトラッキングショット(カメラを移動させながら被写体を撮影する技法)を用いながら、むしろゆったりと忍耐強く撮る。アピチャッポン・ウィーラセタクンやツァイ・ミンリャンのようなスローシネマ(長回しの多用、希薄な物語性などが特徴)の方法論を採用しているのだ。時の流れに焦点を当て、時間自体を物語の構造に組み込んでいるのである。

グー:アピチャッポンは心から尊敬する大好きな監督です。もうたぶん彼を超えるようなクリエイターはこの先しばらくは出てこないだろうとすら思っています。確かに彼らの作品のように、時間もこの映画にとって非常に重要な存在で、「メインキャラクターのひとり」と考えてもいいと思います。

グー・シャオガン監督
1988年8月11日生まれ。浙江理工大学に進学。最初はアニメ・漫画コースに行きたかったが、希望のコースに行けず、服飾デザインとマーケティングを学ぶ。その後、映画作りに目覚め、ドキュメンタリーや短編劇映画に着手。初長編映画となる本作『春江水暖~しゅんこうすいだん』は2年に渡る撮影期間の後、完成し、デビュー作にして2019年カンヌ国際映画祭批評家週間のクロージング作品に選ばれて、大きな話題となる。本作は、「千里江東図」(映画の中にセリフで登場させている)とシャオガン監督が名付けた絵巻映画三部作の第一作目であるとも発表されている。

グー:時間というキャラクターは、ほかの登場人物や映画全体にも影響を及ぼしています。例えば、ルルというキャラクターは妊娠をした状態で出てきますが、あれは実際にルルを演じた女性が妊娠したので、それに合わせて脚本を変えました。あるいは、取り壊される場所があったために、順撮りではなく、そこのシーンだけ先に撮るよう撮影の計画が変わったこともありました。なので、時間というものは、この映画の中では役者でもあり、編集者でもあるのです。時間の存在によって、ロケーションやキャラクターが後押しされることも多くありました。

アピチャッポンは精霊の視点を導入していますが、この映画の中でロングショットや山水画のように見えるシーンというのは、神の視点を表しています──ただ、私は神という単語ではなく、中国語で神様を意味する「天地」という単語を使っています。天地の視点として、神が生きている人々やその環境を静かに眺めているという風に撮影したのです。

タイの映画監督アピチャッポン・ウィーラセタクン『ブンミおじさんの森』予告編。2010年『カンヌ国際映画祭』パルムドールを受賞

『春江水暖~しゅんこうすいだん』予告編

4兄弟を軸に四季の移り変わりを描く。3世代が同居する家族の1年間

そのようにして、富陽を舞台に、3世代にわたる一家の1年を四季の移り変わりとともに穏やかに見つめる。顧(グー)家の4兄弟──中華料理店を妻とともに経営する長男、漁師を生業とし船上暮らしを送る次男、ダウン症の息子を育てるために闇博打に手を染めるシングルファーザーの三男、再開発の取り壊し現場で働く独身の四男が、彼らの母親の70歳の誕生日に集った際、母親が脳卒中で倒れてしまうところから物語は始まる。

祝典から幕開けする本作は、撮影形式こそ大きく違えど、結婚式で始まり葬式で終わる台湾の名作『ヤンヤン 夏の想い出』(エドワード・ヤン監督)と似た構造を有しているだろう。ともに3時間近い上映時間の中で、ほぼ1シーン1ショットの長回し撮影を用いて、病に倒れる老齢の祖母を中心とした家族の物語を丹念に描いていく。家族をテーマにした『春江水暖』を撮るにあたって、グーは『ヤンヤン 夏の想い出』をはじめ、小津安二郎『東京物語』、ホウ・シャオシェン『非情城市』の3本を目標に掲げていたのだという。

『春江水暖~しゅんこうすいだん』©2019 Factory Gate Films All Rights Reserved

グー:敬愛するこれらのような素晴らしい物語や深みのあるものを撮ってみたいと常々思っていました。とはいえ、実際に脚本を書き始めると、それらを具体的に参考にしたり、その場所を選んだというわけではありませんでした。

『春江水暖』そのものの構成は、4兄弟を軸に展開していきました。彼らを中心に据えた理由は、春夏秋冬の四季を表したかったからです。そこから家族の物語を考えていったのです。また、アジアの家族構成はどこも似通っていると思います。大体、子どもは伝統的には両親と住み、男性の場合、自分がいて、自分の子どもがいるという3世代が同居した家族構成になっている。その場合、どこの国でも老人の介護の問題、自分の両親をどうするのかという葛藤が出てくると思うので、本作でもそれを取り上げました。

世代による結婚観の違いと、監督が抱いた疑問。監督の叔母たちが実体験を演じる

次男の息子ヤンヤンが親から提案された結婚相手を従順に受け入れる一方で、長男の娘グーシーは経済力を重視する両親の希望に反して、お見合い相手よりも、収入はそれほど多くないかもしれないが心から愛する男性、教師として働くジャンと結婚することを望む。本作では、介護や大規模な再開発などの問題と同時に、政略結婚への抵抗も主題となっているのだ。

『春江水暖~しゅんこうすいだん』©2019 Factory Gate Films All Rights Reserved

グー:仰る通り、この映画の中で3世代のそれぞれの愛情に対する反応と、結婚に対する価値観の違いを描きました。グーシーとジャン先生の恋愛は、実際の私のいとこの話に基づいています。そのいとこの母親である私の叔母が、グーシーの恋に反対する母役を演じていますが、叔母たちには実体験をこの映画で改めて演じてもらったのです。

実際にはそのいとこは、3年間駆け落ちした後に子どもができたことで、ようやく家族との関係が良好になりました。私は彼女を間近で見ていたので、もう21世紀で中国は現代化されているのに、なんで結婚に関しては古い考えなのだろうかとずっと不思議に思っていました。その後、北京に勉強しに行っていたときも大都市のアート系の友人でさえ同じように親から結婚を反対されていたり、家族から逃げ出したいから北京に来たという人とも出会いました。それが中国のある意味での現状でもあると思います。

現代の中国における古い世代の物質主義と若い世代の精神主義の対立。3組の異なる若者の姿が表すもの

さらに本作は、そこから近代化が進む中で生まれた親と子の価値観の相違や世代間の隔たりが与える影響を広範に探究する。グーは同世代、ないしは同時代的な視点に立脚しながら、様々な職業や家族の状況に目を向けることで、古い世代の物質主義と若い世代の精神主義の対立を照射するのである。

グー:この映画の脚本を書くとき、同世代の人たちへヒアリングや調査を行いました。そこでわかったことがありました。現在50~60代の私の親世代の人たちは、生まれた当時の社会的な背景もあって、兄弟が多かった──私の母は7人兄弟で、父は5人兄弟でした──のですが、かつての中国はまだ発展途上で、物質的にとても貧しかった。彼らの世代にとっては、物資的に豊かであることが最も安心感を得られることで、それが人の成功や価値を決めるものだったのです。なのでその世代の人たちは、未だに経済力や物質的に豊かかどうかで相手を決める。そこから子どもの結婚相手を反対したり、交際相手を見定めたりすることが起こっています。

それに対して、私たちの世代、もしくはもっと若い人たちは、一人っ子政策の下で生まれ、物資的に豊かになってきている中で育ったので、物質的なことを追い求めるよりも精神性や個性を大切にする世代です。そのことから上の世代の親とは価値観の違いが生まれ、反発し合うことがあるのだと思います。ただ、中国全体を見ると、そういった精神性を大事にすることを認めていく風潮が年々高まってきているので、あと20~30年したら、もしかしたら精神的な価値観と物資的な価値観が同じぐらい大事になる時代がやってくるかもしれないと思っています。

なるほど、現代性と保守性、進化と伝統が共存する地域社会の一家族を描くからこそ、過去と現在を混ぜ合わせたアプローチになったのだろう。撮影方法として単に山水画を引用するだけでなく、中国の歴史の中から独自の新たな映画言語を再発明したとも言えるかもしれない。

『春江水暖~しゅんこうすいだん』©2019 Factory Gate Films All Rights Reserved

また世代間の対比だけでなく、同世代の若者における様々な生き方も描いている。

グー:この映画の中では3世代の世代間の違いだけではなく、それぞれ異なる個性の若者を出し、そこでの違いや対比も描いています。グーシーとジャン先生は、できることなら本当はこうでありたい、ああいう風に生きたいという私たち若者の一番理想的で自由な生き方を体現する役割として登場させました。それに対して、次男の息子ヤンヤンは家族と離れられない関係の中で暮らし、家族に依存して生きている若者。グーシーの親友ルルは、仕事や社会的な成功によって実家からは逃れられたものの、会社や社会という別のシステムの中に囚われてしまって、またそこでもがかなければいけない女性の姿を表しました。

「私やスタッフを超えて、この映画そのものが独立した命のある存在として、この先も生き続けていくことを望んでいます」

そして、前述のとおり、あるいは同じ名字を共有しているように、実際に料理店を営むグーの叔父夫婦が長男夫婦役を演じるなど、グー自身の親戚や知人を役者として、そのままの職業や関係性で登場させていることもまた本作の特徴のひとつである。

主に祖母、グーシー、ジャンを演じる俳優以外は、演技経験のない人々を映画の中に投入し、彼らの抱える問題を現実の場所で再構築していく試みと言えるだろう(グーシーとジャンを演じた俳優はプライベートでも恋愛関係にある)。近年、このような当事者を加える方法論を活用する映画が増えつつあるが、グーは、このドキュメンタリー的な方法を行いながら、現実世界のリアリティを求める。

グー:この映画を撮るにあたって作ったテーマやコンセプトのひとつに、現代の風物詩のような作品を撮ろうというものがありました。ありのままのキャラクターや役者、ありのままの富陽の景色や街並みを体験してほしいと考えたのです。なので、現実の人をその役のままに演じてもらうことは非常に重要なことでした。映画的にも芸術的にも価値のあるものになるだけでなく、現代の富陽の文献資料としても残ってほしいと考えていました。私や関わったスタッフを超えて、この映画そのものが独立した命のある存在としてこの先も生き続けていくことを望んでいます。

『春江水暖~しゅんこうすいだん』©2019 Factory Gate Films All Rights Reserved

三男役の息子カンカンとして、グーの叔父(父の弟)の実際のダウン症の子どもがそのまま出演しているが、複数の物語をフィクショナルに有機的に関連させるよりも現実を尊重する手法は、彼を例えば「感動ポルノ」的に悲劇や物語のための道具として搾取しないことにも寄与しているかもしれない。グーは、有名な俳優を使わない方法に関して、英国リアリズムを代表する巨匠の名前を挙げる。

グー:私は、ドキュメンタリー的な手法に関してはケン・ローチが大好きで、彼のような作品を撮りたいと考えていました。もしかしたら本作のようなスタイルで撮る作品はこれで最後になるかもしれません。ただ、今後も同じように現実主義的な作品を撮っていきたい。たとえそれが観客のニーズに合っていなかったとしても、やはりそういった作品は残すべき価値があるものだと信じています。

万物の四季と、人生の四季を描く再生の物語

4兄弟を軸に各世代それぞれの苦悩を微妙に掬い取りながら、映画は、風景の表情を明確に記録していく。カメラは、リバーサイドで生きる現実の人々を映すにあたり、緩慢と流れる川の水のリズムに合わせるかのようだ。人間を豊かな自然の摂理の一部として、季節の推移と人生の変化とを水平な相互関係において認識するのだ。その中で美しさを見つけるために、中国の古典的な美学と現代のスローシネマの邂逅は果たされるのである。

グー:『春江水暖』は四季の映画ですが、これにはふたつの意味合いがあります。ひとつは自然を含めた万物の四季、もうひとつは人間の人生の四季を表しています。万物の四季とは、春夏秋冬のことであり、それは視覚的にわかりやすく描いています。人物の四季とは、人間が生まれて老いて、病気になって死んでいく命の流れのことを言います。この映画の中ではおばあちゃんが最後に亡くなるところまでを描いていますが、その亡くなるときに四季が一巡していく。その後、家族は新しい循環の中に突入していくのです。そういった意味では再生の物語でもあると思っています。

『春江水暖~しゅんこうすいだん』©2019 Factory Gate Films All Rights Reserved
作品情報
『春江水暖~しゅんこうすいだん』

2021年2月11日(木・祝)からBunkamuraル・シネマほか全国順次公開
監督・脚本 : グー・シャオガン
音楽 :ドウ・ウェイ
出演:チエン・ヨウファー、ワン・フォンジュエン
配給:ムヴィオラ

プロフィール
グー・シャオガン

1988年8月11日生まれ。浙江理工大学に進学。最初はアニメ・漫画コースに行きたかったが、希望のコースに行けず、服飾デザインとマーケティングを学ぶ。その後、映画作りに目覚め、ドキュメンタリーや短編劇映画に着手。初長編映画となる本作『春江水暖~しゅんこうすいだん』は2年に渡る撮影期間の後、完成し、デビュー作にして2019年カンヌ国際映画祭批評家週間のクロージング作品に選ばれて、大きな話題となる。本作は、「千里江東図」(映画の中にセリフで登場させている)とシャオガン監督が名付けた絵巻映画三部作の第一作目であるとも発表されている。



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