KERAが見てきた東京のインディ・アングラ音楽シーンを振り返る

劇作家ケラリーノ・サンドロヴィッチという顔も持つKERA。長らく演劇活動が中心だったが、近年は音楽活動が再び活発になり、ソロに加えて、ケラ&ザ・シンセサイザーズ、鈴木慶一とのユニットNo Lie-Sense、有頂天の再始動など、さまざまなプロジェクトで作品を発表し、ミュージシャンとして新たなピークを迎えている。

そんななか、ソロ名義の新作『まるで世界』は、本人いわく「つくる予定がなかったアルバム」だとか。度重なる緊急事態宣言で演劇や音楽活動が思うようにいかない、そんなドタバタ劇のなかから新作は生み出された。カバーアルバムとなった今作は、『NHKみんなのうた』に起用された子ども向けの歌から、歌謡曲、シティポップ、ロック、ニューウェイブなどさまざまなジャンルの曲が並んでいて、KERAによる「昭和のソングブック」のような趣もある。そこで今回は、収録曲の話を聞きながら、KERAの音楽人生も振り返ってもらった。オリジナル曲と聴き比べれば、KERAが仕掛けた「ネジ」の面白さも楽しめるはず。

KERA(ケラ)
ナイロン100℃主宰 / 劇作家 演出家 映画監督 音楽家。学生時代からの愛称KERA(ケラ)の名前で、ニューウェイブバンド「有頂天」を結成。1986年にメジャーレーベルデビュー。またインディーズレーベル「ナゴムレコード」を立ち上げ、70を超えるレコード・CDをプロデュースする。1980年代半ばから演劇活動にも進出。劇団「健康」を経て、1993年に「ナイロン100℃」を結成。結成30年近くになる劇団のほぼ全公演の作・演出を担当。1999年、『フローズン・ビーチ』で岸田國士戯曲賞受賞、現在は同賞の選考委員を務める。また、自らが企画・主宰する『KERA・MAP』『ケムリ研究室』などでの演劇活動も人気を集める。

「カバーには自負がある」KERA。「昭和の空気を感じさせる」曲の数々をカバーしたわけ

―カバーアルバムは久しぶりですね。今回はいろんなジャンルの曲が並んでいますが、選曲する際に何かテーマやコンセプトはあったのでしょうか。

KERA:前回の(ケラ&ザ・)シンセサイザーズの『隣の女』(2006年)では女性の歌ばかりカバーしてたので、今回もコンセプチュアルにしようと思ったんですよ。『みんなのうた』縛りとか、ニューウェイブ縛りとか、1960~70年代の曲縛りとか。

結局、縛りはつくらず好きな曲を選んだら、ごった煮っぽい選曲になったんです。それでジャケットのデザインを考えていくうちに「ネジで結合」っていうコンセプトを思いつきました。要するに「アレンジのアイデアをどこから持ってくるのか?」っていうことなんですけど。

―アレンジのユニークさがキモだった?

KERA:(鈴木)慶一さんもおっしゃっていましたが、カバーアルバムで重要なのはアレンジですから。有頂天は“心の旅”(チューリップ)のカバー(1986年)で世に出たので、カバーには自負があるんです(笑)。

有頂天“心の旅”を聴く(Apple Musicはこちら

―なるほど(笑)。今回はいろんな「ネジ」が使われていますね。大きなネジで強引に結合したものもあれば、小さなネジでスムースに結合したものもあって、アイデアの多彩さが際立っているところはニューウェイブっぽくもあります。

KERA:前作(『LANDSCAPE』2019年)と、前々作(『Brown, White & Black』2016年)が、フェイクジャズ的な作品だったので、今回は自由な発想でアルバムをつくろうと思ったんです。そうすると、どうしても僕の場合、ニューウェイブっぽくなる。

自分としてはべつに、変なものをつくりたいわけじゃないんですけど、原曲はその曲にふさわしい、練りに練ったアレンジが施されているわけで、それに拮抗するアレンジを新たに考えるとなると、ある程度、飛び道具的なことが必要になってくることも多いんです。カバーするのであれば原曲と違う風景を見せたいですからね。

―「シェイクスピアの古典を、ケラリーノ・サンドロヴィッチがどう演出するか?」みたいな。

KERA:まさにそう。演劇で言うと(カバーは)古典をどういうふうにアダプテーションするかっていう作業に近いですね。

―「ごった煮的な選曲」という話も出ましたが、KERAさんが選ぶ「昭和のソングブック」みたいな印象も受けました。いろんなジャンルの歌が入っていますが、時代の空気を感じさせる曲が多い気がしたんです。

KERA:自分が音楽家としてデビューしてからは、世間の音楽を客観的に聴けなくなってしまったので、選曲するとおのずと自分がバンドを始める前、昭和の音楽に偏るんですよ。今回のアルバムは(聴く人の)世代によって感じ方が違うかもしれないと思っていて。それも興味深いですね。

『まるで世界』収録曲(オリジナルアーティスト)

1. 誰も知らない(『みんなのうた』歌・楠トシエ)
2. 遠い世界に(五つの赤い風船)
3. 地球を七回半まわれ(『みんなのうた』)
4. クイカイマニマニ(民謡)
5. 中央フリーウェイ(荒井由実)
6. 時間よ止まれ(矢沢永吉)
7. SUPERMARKET LIFE(コンクリーツ)
8. サ・カ・ナ(リザード)
9. まるで世界(『みんなのうた』作詞・別役実 歌・山田康雄)
10. マリリン・モンロー・ノー・リターン(野坂昭如)
11. LAST TANGO IN JUKU(じゃがたら)
12. COPY(プラスチックス)
13. SAD SONG(ルースターズ)
14. 別れの曲(ショパン)

ロックを聴く前に身体に染み込んでいた、子ども向けの曲やノベルティーソングからの影響

―そんななかで、『NHKみんなのうた』の歌が4曲収録されています。それは意図したわけではなかったとか。

KERA:そうなんですよね。『みんなのうた』を熱心に見てたわけではないんです。調べてみたらあの番組のためにつくられた曲や、あの番組によって紹介された曲だった。自分が好きなタイプの曲が多くて。

―こういう子ども向けの歌とかノベルティーソングは、KERAさんがつくる音楽のエッセンスになっているんだな、とアルバムを聴いてあらためて思いました。

KERA:CMソング、アニメの主題歌、映画音楽。そのへんの音楽がロックを聴く以前に身体に染み込んでいたんです。先日、小林亜星さんが亡くなりましたけど、子ども心に、亜星さんがつくるようなコンパクトでキャッチーな曲に憧れていたんでしょうね。真っ当なラブソングには関心がなかった。

みんなのうた“まるで世界”を、シアトリカルに歌い上げる

―今回カバーされた“まるで世界”(1984年)のオリジナルを聴くと、KERAさんの曲のようにも思えました。サウンドはディキシーランドジャズ風で、歌詞はシュールだし。

KERA『まるで世界』収録曲“まるで世界”を聴く(Apple Musicはこちら

KERA:この曲を知ったのは最近のことなんです。歌詞を別役実さん(劇作家、童話作家)が手掛けていて、まさに別役節なんですよ。

―別役さんにオマージュを捧げて、ということなのか、KERAさんは珍しくシアトリカル(演劇的)に歌われていますね。

KERA:有頂天ってシアトリカルなバンドだと評された時期もありましたけど、個人的にはかなり抑えてきたつもりなんです。やろうと思えばいくらでもできるんですけど、ちょっと気恥ずかしさがあって。でも、最近こういう歌い方をする人がいなくなったから、やってみたら自分ならではのものになるんじゃないかと思ったんです。自分史上、これまででいちばんシアトリカルに歌ってますね。

みんなのうた“誰も知らない”×P-MODELのリズムパターンを、ネジで結合

―植木等さんとかエノケン(榎本健一)さんのような、喜劇人が歌っているような雰囲気もありますね。同じく『みんなのうた』から選ばれた“誰も知らない”は子どものころに聴いて好きになった曲だとか。

KERA『まるで世界』収録曲“誰も知らない”を聴く(Apple Musicはこちら

KERA:僕は小学2年生のときに転校して、まだ友達ができなかったころ、ひとりで黙々と給食を食べてたんです。食べているあいだに放送で流れてきたのが、この“誰も知らない”で。すごく憶えてるんですよね。

―そんな切ない思い出の曲に、ヒカシュー、プラスチックスと並んで1970年代に「テクノ御三家」と呼ばれたバンド、P-MODELの“Art Blind”のリズムパターンを結合したわけですね。

KERA:スタジオでアレンジしているときに思いついたんです。P-MODELを丸ごとカバーするのは、ちょっと照れくさいところがあって。というのも、当時P-MODELは僕が最もリスペクトしていたバンドなんですよ。

今回のアルバムはアナログでも出すんですけど、アナログのみのボーナストラックに1990年代のライブ音源を収録していて。そこでヒカシューの“マスク”をカバーしているんですけど、間奏でP-MODELの“Marvel”を歌っているんです。そんなふうに、いろんなかたちでP-MODELへの想いが漏れてる(笑)。

五つの赤い風船“遠い世界に”。ナイロン100℃の劇中歌でも使用したフォークソング

―『みんなのうた』とP-MODELが結合した“誰も知らない”は、KERAさんの音楽人生を象徴するような曲ですね。ここからはオリジナル曲の年代順に話を伺いたいと思うのですが、まずは五つの赤い風船(1967年~1972年に活動したフォークグループ)の“遠い世界に”。これは1969年の曲ですが、当時の若者たちのナイーブな想いが伝わってくるフォークソングです。こういう曲もお好きなんですね。

KERA『まるで世界』収録曲“遠い世界に”を聴く(Apple Musicはこちら

五つの赤い風船“遠い世界に”を聴く(Apple Musicはこちら

KERA:子どもだったから政治のことはわからなかったけれど、新宿西口のフォークゲリラの写真や映像をリアルタイムで見て、1960年代の若者たちがフォークを合唱する姿には憧れがありました。親戚のお兄さんお姉さんに、連れて行ってくれとねだったこともあります。多くは幻想、妄想なんでしょうけどね。なんかいいなぁ、と思っていた。2017年にナイロン100℃で『ちょっと、まってください』というお芝居をしたときに、この曲を劇中歌として使ったこともあるんです。

彼らがやがて挫折することを、未来人である僕は知ってしまっているから、彼らのまっすぐさに妙な感動を覚えるんです。悲しくもあり、いま歌うとどこかシニカルな響きを伴う。たとえば<これが日本だ 私の国だ>っていう歌詞とか、いま聴くと当時とは違ったものに聞こえる。そうしたことを検証してみたかったんです。

(1960年代に世界各国で若者文化が生まれ、日本でも五つの赤い風船のメンバーをはじめ当時の若者たちは未来に希望を抱いていた。しかし、学生運動の失敗などによって、若者たちは理想が実現しないことを知って落胆。1970年代に入ると個人主義で虚無的なムードにとらわれるようになった)

―KERAさんはストレートに歌っていますが、歪んだ弦の音色や軋むようなビートが、原曲とは違った風景を生み出していますね。

KERA:がれきのなかから始まって、だんだんポジティブになっていく、というイメージでアレンジしました。原曲はアルペジオのギターとオートハープで構成されているんですけど、西岡たかしさんのオートハープがまだ使い慣れてなかった状態でレコーディングしたのか、力任せに弾いているようなところがあって、それが感動的なんですよね。今回、僕は“マリリン・モンロー・ノー・リターン”の楽曲でオートハープを弾いているんですけど。

野坂昭如“マリリン・モンロー・ノー・リターン”。<この世はもうじきおしまいだ>――まるで現代社会のような不穏さ

―小説家で歌手としても活躍した野坂昭如さんの“マリリン・モンロー・ノー・リターン”、曲が発表されたのは1971年。当時の世相を皮肉った、やけっぱちな怒りに満ちた曲です。その混沌としたエネルギーをサイケデリックなアレンジで引き出していますね。

KERA『まるで世界』収録曲“マリリン・モンロー・ノー・リターン”を聴く(Apple Musicはこちら

KERA:6年ぐらい前かな。No Lie-Senseのレコーディングのときに、慶一さんからサイケの名盤をいろいろ教えてもらったんです。おもに1967年と1968年に発表されたアルバムです。それらがすごく新鮮で、ニューウェイブを聴いたときと同じくらい衝撃だったんです。機材的な問題も大きかったのでしょうが、音の処理が大胆なんですよ。 その衝撃はケラ&ザ・シンセサイザーズの『ブロークン・フラワー』(2015年)というアルバムにダイレクトにフィードバックされています。今回のアルバムでサイケ仕様にするんだったらこの曲だと思ったんです。

―<この世はもうじきおしまいだ>という歌詞から始まりますが、いまの社会にぴったりな不穏さがありますね。

KERA:<おれたちゃ毎晩 おまつりだ>とかね。ヤケクソな感じというか、政府の言うこときかないで酒をバンバン出してる飲み屋のマスターが歌ってるみたいな(笑)。

荒井由実“中央フリーウェイ”。「心中に向かう2人の道中」にアレンジ

―そういう、やさぐれた曲の5年後、1976年にリリースされたのが荒井由実“中央フリーウェイ”。熱気あふれる1960年代を抜けて、いまでいうシティポップ的な洗練された曲です。

KERA『まるで世界』収録曲“中央フリーウェイ”を聴く(Apple Musicはこちら

荒井由実“中央フリーウェイ”を聴く(Apple Musicはこちら

KERA:世の中が、しゃにむにやっても無駄だっていう空気になってきたころですよね。当時、僕は中1くらいかな。

―今回はXTC(イギリスのニューウェイブバンド)が1979年にリリースしたシングル曲“Making Plans For Nigel”のイントロをネジでがっちり結合しています。

KERA:やってみてダメだったら、この曲をカバーするのはやめようと思っていました。ともあれミュージシャンに集まってもらって録音してみたものの、イントロはうまく繋がったんだけど、サビの展開がちょっと物足りなかった。この曲をカバーするのは二度目なんですよ。サビは裏打ちのリズムだったんですが「これじゃあ、ただの元気な曲だな」と思って、さて、どうしたものか、と。

それでちょっと時間をおいて再度のレコーディングに臨みました。今度はサビをマイナーコードにしてスウィングしてもらったら面白くなったんです。決して楽しいドライブじゃないような雰囲気が出て(笑)。

―サビで雲行きが怪しくなりますね(笑)。

KERA:心中に向かう2人みたいな感じになる。死ぬ直前も日常的な会話をするじゃないですか。いや、心中したことないからわからないけど(笑)、きっとそうじゃないかなっていうリアリティーがあるでしょ?

―たしかに(笑)。そう思って聴くと<二人して 流星になったみたい>という歌詞が不吉です。いまも人気のデートソングが心中ソングになる、というのもすごいアレンジですね。原曲とまったく違う風景が広がっている。そこには最近のシティポップ再評価に対するアンチテーゼみたいなものもあるのでしょうか?

KERA:いやいや、それはないです(笑)。やっているうちにこうなったっていうだけで。でも、こういうメジャーな曲も入れておいてよかったと思ってます。この曲と“時間よ止まれ”が入ってなかったら、ちょっとマニアックすぎる選曲になっていたかもしれない。

矢沢永吉“時間よ止まれ”を、細野晴臣とネジで結合

―矢沢永吉“時間よ止まれ”は1978年リリースですが、“中央フリーウェイ”と並んで1970年代を代表する都会的な曲ですね。それをここではニューオリンズファンク風のアレンジで聴かせる。“中央フリーウェイ”と並ぶネジの強さです。

KERA『まるで世界』収録曲“時間よ止まれ”を聴く(Apple Musicはこちら

矢沢永吉“時間よ止まれ”を聴く(Apple Musicはこちら

KERA:最初はこのアイデアでアレンジした“中央フリーウェイ”をやってみようかと思っていたんですけど、この曲のほうが合ってるかなと。ニューオリンズサウンドに琉球音楽も混ぜた細野(晴臣)さんの“Roochoo Gumbo”(『泰安洋行』収録曲 / 1976年)風のアレンジをネジで結合しました。「細野さん風」なんて、細野さんには恐れおおくて聴かせられないですけどね(笑)。

コンクリーツ“SUPERMARKET LIFE”が「昭和40年代の歌謡曲としてリリースされていたら?」を再現

―アルバムでは、この細野さん風“時間よ止まれ”からコンクリーツ“SUPERMARKET LIFE”(1982年)と続きますが、その流れもいいですね。無国籍感が漂っていて。

KERA『まるで世界』収録曲“SUPERMARKET LIFE”を聴く(Apple Musicはこちら

KERA:コンクリーツというバンドは突然変異みたいな存在で、東京ロッカーズ(1970年代後半に六本木の貸しスタジオ「S-KENスタジオ」を中心として活躍していたバンドの総称。フリクション、LIZARD、ミラーズ、ミスター・カイト、S-KENの五つが代表的)の人脈を中心に集まった人たちが、趣味的にやっていたんじゃないかな。ボーカルの清水さんはS-KENのマネージャーさんでした。僕や平沢進さんは彼らの大ファンでした。シリアスなパンクバンド中心のイベントに、ドドンパやチャチャのリズムで歌謡的な楽曲をやるバンドが出るのは楽しかった。

今回はそんな彼らの曲がパンクの時代じゃなく、もし昭和40年代に歌謡曲としてリリースされていたらどんな感じだったんだろう? なんてことを考えてレコーディングしてみました。

じゃがたら“LAST TANGO IN JUKU”。飲みの席で勃発したつかみ合いの喧嘩など、当時のアングラシーンの色濃い経験

―こうして聴くとクレイジーケンバンドみたいな雰囲気もありますね。あと、アルバムの流れでいうと“マリリン・モンロー・ノーリターン”から、伝説的なファンクバンド、JAGATARAが「財団法人じゃがたら」と名乗っていたときのファーストシングル曲“LAST TANGO IN JUKU”(1981年)という流れも印象的でした。どちらもいまの時代と共振する怒りや絶望があって、KERAさんの歌声は突き刺さるような激しい感情に満ちています。

KERA『まるで世界』収録曲“LAST TANGO IN JUKU”を聴く(Apple Musicはこちら

じゃがたら“LAST TANGO IN JUKU”を聴く(Apple Musicはこちら

KERA:じゃがたらの歌は、江戸アケミさんの生き様と直結しているようなところがあるから、生半可な気持ちでは取り上げられない。今回は自然にああいう歌い方になりましたね。シャンソンみたいな。

―若いころ、じゃがたらが立ち上げたレーベル「Ugly Orphans」でバイトをされていたそうですね。

KERA:映画学校の学生だったころ、映画監督の山本政志さん(JAGATARAの活動初期のプロデューサー。映画監督として、江戸アケミや町田康など、当時のパンクロッカーを俳優として起用した)に誘われてレコードの納品や電話番の手伝いをしていたことがあったんです。『南蛮渡来』(暗黒大陸じゃがたら〈後のJAGATARA〉1stオリジナルアルバム / 1982年)が出た直後。

バイト代はもらえないし、何をやっても怒られる(笑)。とにかく怖かったですね。一度、じゃがたらのメンバーと山本さんとで飲みに行ったことがあるんですけど、朝まで何度もつかみ合いの喧嘩を見せられて、挙げ句の果てに誰もお金を持ってなかった(笑)。それで山本さんに「おい、学生証を出せ!」って言われて学生証を取り上げられ、店のおばさんに「これでツケにしておいて」って。そしたら、下の階で偶然、近田春夫さんが飲んでて、近田さんが全部払ってくれたんです。

―うわあ、当時の東京インディシーンの空気が伝わってくるような濃い体験ですね。「インディ」というより「アングラ」って感じです。

KERA:そうそう。ライブハウスは普通の女の子が一人では入れないような場所で、当時はそういう「悪所」的なところがライブハウスの魅力だったんですよね。

プラスチックス“COPY”。世の中のムードが楽しさに傾いていく、時代の変遷を表す流れ

―アルバムでは、そんなじゃがたらの曲から、テクノポップの名曲、プラスチックス“COPY”(1979年)へと続きます。オリジナルのリリースはこっちのほうが早いのですが、新しい時代が来たのが伝わるような流れですね。

KERA『まるで世界』収録曲“COPY”を聴く(Apple Musicはこちら

KERA:おっしゃる通り“LAST TANGO IN JUKU”と“COPY”は同時代の曲で、当時、世の中にはどっちのムード(じゃがたらのアンダーグラウンド的なムードとプラスチックスのポップなムード)もあったと思います。でも、1980年代に入ると“COPY”の軽薄さというか、楽しさのほうに世の中のムードが傾いていった。この二曲が並んでいるのは象徴的ですね、考えてみると。

1980年代は表層的で何もない時代って言われることもありますが、自分の青春はそこにあったわけで。1980年代を否定する上の世代のテーゼを否定したい気持ちもあって、“COPY”を歌うのは、ちょっと複雑な心境ではあるんですよね。

―1980年代も半ばに差しかかると、ライブハウスは怖い場所ではなく、音楽好きの若者たちが集まるカジュアルな遊び場になります。インディーシーンが大きく変わっていくなかでKERAさんは有頂天を結成、ナゴムレコードを立ち上げて、インディブームの立役者の一人になる。まさに青春時代ですね。

KERA:テクノ御三家がメジャーデビューしたのが、僕が高2のとき。こう言っちゃなんですけど、この三バンドの音楽を聴いて、自分にもできるんじゃないかと思ったんです。それで学生服を着てライブハウスに通うようになった。それまでは映画館に通って1日4本とか映画を観てたんです。それで高校を卒業して映画学校に行くんですけど、映画の世界では食べていけないと身に染みて感じ、学校をやめてしまって音楽中心の生活になっていく。

屋根裏(下北沢のライブハウス)で照明のバイトをやっていたこともありました。バイトというか、お金の代わりに好きなバンドのライブがタダで見られるんですよ。そのシフトを奪いあっていたのが甲本ヒロトでした。同い年なんですよ。

―そうなんですか! そんななか、KERAさんは1982年に有頂天を結成されます。

KERA:バンドを始めてはみたものの、実際にやってみると難しくて思うようにできなくて。何度目かのメンバーチェンジでようやくかたちになりました。演劇も同じですね。できそうに思えてやってみるんだけど、そう簡単にはいかない。

ショパン“別れの曲”。カバーした曲に対するレクイエム

―そういう青春時代にKERAさんがリアルタイムで聴いていたニューウェイブバンドのカバーが、本作に入っているのも興味深いです。そして、アルバムの最後の曲はショパンの“別れの曲”。この曲は、ほかの曲とはちょっと違った趣がありますね。

KERA『まるで世界』収録曲“別れの曲”を聴く(Apple Musicはこちら

KERA:以前から緒川さん(女優の緒川たまき。KERAの妻でありともにユニット活動も行う)にすすめられていた曲なんですけど、めちゃくちゃ音域が広い曲で歌うのが大変なんですよ。今回はカバーした曲に対するレクイエムというか、収録曲の葬儀の帰りに一人でボソボソ歌っているような気持ちで粛々と歌うことにしました。

―歌のお葬式(笑)。でも、最後にそういう曲があるので、アルバムを聴いたあとに余韻が残るんですよね。KERAさんが自分の好きな曲を選びながらも、ノスタルジーに浸らず、最後まで愛と批評性を持って曲と向き合っている。それがこのアルバムの魅力だと思いました。

KERA:カバーアルバムって、個人的なノスタルジーに陥入りがちなんですよね。自分は客観的でいたかった。あと、おもちゃ箱をひっくり返したような感じにもしたくなかったんです。いろんなバリエーションをつけながらも、ちゃんと1曲1曲と向き合ってリスペクトするアルバムにしたかった。

―無邪気な子どもたちの歌。未来を信じていた1960年代の若者たちの歌。おしゃれなシティポップ。新しい美意識を生み出したニューウェイブ。そういう昭和のポップカルチャーに向けたレクエイム。そんな儚さも感じさせるのは、いろんな問題で夢や希望が感じられないいまの時代の空気が反映されているからかもしれませんね。

KERA:そうかもしれません。いまの気持ちで選曲して、いまの気持ちで歌ったので、どうしてもコロナの影響はあるでしょうね。この時期だからできたアルバムではあると思います。でも、渾身の大作だった前作に比べて、今回は遊びながらつくることができた。自粛時間を無駄にせずに、自分らしい仕事ができたという達成感があります。いろんな世代の人に聴いてほしいし、このアルバムを面白がってもらえ、さらに原曲を聴いてみようと思ってもらえると嬉しいですね。

リリース情報
KERA
『まるで世界』(CD)

2021年7月7日発売
価格:3,300円(税込)
CDSOL-1972

収録曲(オリジナルアーティスト)
1. 誰も知らない(みんなのうた 歌・楠トシエ)
2. 遠い世界に(五つの赤い風船)
3. 地球を七回半まわれ(みんなのうた)
4. クイカイマニマニ(民謡)
5. 中央フリーウェイ(荒井由実)
6. 時間よ止まれ(矢沢永吉)
7. SUPERMARKET LIFE(コンクリーツ)
8. サ・カ・ナ(リザード)
9. まるで世界(みんなのうた 作詞・別役実 歌・山田康雄)
10. マリリン・モンロー・ノー・リターン(野坂昭如)
11. LAST TANGO IN JUKU(じゃがたら)
12. COPY(プラスチックス)
13. SAD SONG(ルースターズ)
14. 別れの曲(ショパン)

KERA
『まるで世界』カラーヴァイナル重量盤(2LP)

2021年7月7日発売
価格:6,050円(税込)
TYOLP1035/6
ゲートフォールドジャケット仕様

[SIDE A]
1. 誰も知らない
2. 遠い世界に
3. 地球を七回半まわれ
4. クイカイマニマニ
5. 中央フリーウェイ

[SIDE B]
6. 時間よ止まれ
7. SUPERMARKET LIFE
8. サ・カ・ナ
9. まるで世界

[SIDE C]
10. マリリン・モンロー・ノー・リターン
11. LAST TANGO IN JUKU
12. COPY
13. SAD SONG
14. 別れの曲

[SIDE D]
1. 変なパーマネント-LIVE ver.-(突然段ボール)※
2. マスク-LIVE ver.-(ヒカシュー)※
3. Row Hide-LIVE ver.-(あぶらだこ)※
4. ねじりの法則(セルフカバー)※
5. ALL OF ME(ジャズ・スタンダード)※

※アナログ盤のみ収録曲

プロフィール
KERA
KERA (ケラ)

ナイロン100℃主宰 / 劇作家 演出家 映画監督 音楽家。1963年東京生まれ。横浜放送映画専門学校(現・日本映画学校)を卒業後、学生時代からの愛称KERA(ケラ)の名前で、ニューウェイヴバンド「有頂天」を結成。86年にメジャーレーベルデビュー。インディーズブームの真っ只中で音楽活動を展開。またインディーズレーベル「ナゴムレコード」を立ち上げ、70を超えるレコード・CDをプロデュースする。80年代半ばから演劇活動にも進出。劇団「健康」を経て、93年に「ナイロン100℃」を結成。結成30年近くになる劇団のほぼ全公演の作・演出を担当。99年、『フローズン・ビーチ』で岸田國士戯曲賞受賞、現在は同賞の選考委員を務める。また、自らが企画・主宰する「KERA・MAP」「ケムリ研究室」などでの演劇活動も人気を集める。2018年11月、脚本家・演出家としての功績を認められ紫綬褒章を受章、ほか受賞歴多数。音楽活動では、ソロ活動の他、2014年に再結成されたバンド「有頂天」や、「ケラ&ザ・シンセサイザーズ」でボーカルを務めるほか、鈴木慶一氏とのユニット「No Lie- Sense」などで、ライブ活動や新譜リリースを精力的に続行中。また2013年にはナゴムレコード設立30周年を機に、鈴木氏と共同で新生ナゴムレコードをスタートしている。隔月ペースでロフトプラスワンにて開催している犬山イヌコとのトークライブ「INU-KERA」は12年を超え継続中。



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