追悼・坂本龍一:わたしたちが聴いた音楽とその時代

坂本龍一 追悼連載vol.3:『戦場のメリークリスマス』、そのサウンドとメロディーがかくも胸を打つのは

坂本龍一が発表した数々の音楽作品を紐解く連載「追悼・坂本龍一:わたしたちが聴いた音楽とその時代」(記事一覧はこちら)。第3回の書き手は、音楽と映画を中心に執筆を行なうライター、村尾泰郎。坂本龍一の音楽家人生を変えたであろう『戦場のメリークリスマス』をとりあげて、不思議な音の響きの奥にあるものに耳を澄ました。

坂本龍一にとっての運命の1曲、“Merry Christmas, Mr. Lawrence”

坂本龍一が亡くなったとき、その知らせを伝えるテレビのニュース番組やワイドショーがYMO(Yellow Magic Orchestra)の“RYDEEN”を流したことが物議を醸した。ファンにとっては「高橋幸宏が書いた曲なのに」という怒り。そして、いまだにYMOの曲が紹介されることの歯がゆさもあったのだろう。

坂本の訃報を告げる番組は見ていないが、そういうときには『戦場のメリークリスマス』のメインテーマ“Merry Christmas, Mr. Lawrence”が流れるのだろうと思っていた。坂本龍一が作曲家として幅広く認知され、映画音楽の世界に入るきっかけになった運命の曲なのだから。

”Merry Christmas Mr. Lawrence”のライブ映像。2022年12月に配信された坂本龍一のピアノソロコンサート『Ryuichi Sakamoto: Playing the Piano 2022』より

『戦場のメリークリスマス』が公開されたのは1983年5月。映画の撮影に入った1982年ごろといえば、YMOとしての活動はほぼなく、高橋幸宏は『WHAT, ME WORRY? ボク、大丈夫!!』、細野晴臣は『フィルハーモニー』を発表。それぞれがソロワークに集中していた。そういう時期だからこそ、坂本は『戦場のメリークリスマス』に集中できたのだろう。なにしろ、坂本は作曲だけではなく、役者として映画に出演しなければならなかった。

監督の大島渚から出演依頼を受けた際に、坂本が「映画音楽もやらせてもらえるのなら」と条件を出したのはよく知られた話(※)。10代のころから大島の映画を観て刺激を受けていた坂本にとって、本職の音楽で大島作品に関わりたかったのだろう。

※『戦場のメリークリスマス』の公開当時のパンフレットで坂本龍一は、「もともと、「戦メリ」のサントラをやるってていうのは僕の方から言いだしたんです(原文ママ)。で、大島さんはプロデューサー(ジェレミー)がいいって言えばOKということで……。僕としては役者を演る、映画に出演するっていうのは、それだけでは魅力あることじゃあなかったので(そんなこと言うとおこる人もいるかもしれないけど)、やっぱり今までやったことのない映画音楽っていうものに是非挑戦してみたかった。それに狭い音楽業界だけで仕事しているよりはるかに色んな人に出会える訳だし。役者演ることもあくまで音楽活動のテリトリーを拡げることが主眼ですね」と語っている

『戦場のメリークリスマス』トレイラー映像。坂本龍一は記者会見で「大島渚という面白そうなオジサンと仕事をしてみたくなって」と語ったそうで、同作パンフレットには「ナイーブなおじさん大島監督に惚れこんだ」という記述もある。一方で、語りおろしの自伝『音楽は自由にする』(2009年、新潮社)では、出演オファーのあった当時のこと「大島監督の作品は、高校、大学時代にほとんど観ていましたから。憧れの人だったんです。ちょっと緊張しました」と振り返っている

当時30〜31歳、「世界のサカモト」の萌芽がここに。自身初の映画音楽作品で、すでに一線を画していたワケ

当時、中学生だった私は映画館に『戦場のメリークリスマス』を観に行った。YMOは友達にカセットテープに録音してもらったアルバムで聴いていたが、坂本のソロアルバムは聴いたことがなかった。ただ、『B-2 UNIT』(1980年)には大好きなXTCのアンディ・パートリッジが参加しているということを知っていて、「YMOでもっとも尖った人」という印象を抱いていた。

映画がはじまり、南の島の密林がスクリーンいっぱいに映し出されるなかで“Merry Christmas, Mr. Lawrence”が流れたときの印象は鮮烈だった。ジャングルにシンセの人工的な音が流れる違和感に戸惑いながら、「これは普通の戦争映画じゃない」ということが音楽から伝わってきた。そして、坂本龍一というのはこんな美しいメロディーを書く人なのか、と驚きつつ、その不思議な音の響きにも惹きつけられた。

最近、本作を観直す機会があったが、冒頭のシーンを観て思い浮かんだのがヴェルナー・ヘルツォーク監督の『アギーレ/神の怒り』(1972年)だった。映画の冒頭でアマゾンの険しい山を甲冑を着たスペインの兵士が下山してくる。そこで流れるのがドイツのプログレバンド、Popol Vuhが手がけたサントラのシンセサウンドだ。

『アギーレ/神の怒り』トレイラー映像

このシーンでクラシックをベースにした西洋風の映画音楽を使うのか南米の民族音楽を使うのかで映画の印象は大きく変わる。しかし、文化的なルーツを感じさせないシンセサイザーの不思議な音色はどちらの側にも寄らない。西洋と東洋の価値観の衝突を描いた『戦場のメリークリスマス』でも、どちらの側でもない音色が必要だった。

坂本は『戦場のメリークリスマス』の曲想を練っているとき、頭のなかに弦の音色が浮かんできたという(※)。映画好きだった坂本にとって、映画音楽とオーケストラは切り離せないものだったのだ。

※『サウンド&レコーディングマガジン』1983年5月号掲載のインタビューで坂本は以下のように語っている。「どういうスタイルの音楽にするか, どの場面にどのような音楽を入れていくかを全部まかされちゃったので, フィルムをVTRにおこして何回も見て, まったくの計画性なしに思いついた音で作っていったんです。その時に画を見てて耳に浮かぶのが, どうしてもシンフォニックな音なのね。もちろんもっと実験的な音楽でもよかったんだけれど, 映画というものが古いメディアというのかな———絵を見てると弦の音が欲しくなってくるんです」。しかしながら、実際にオーケストラを入れたのはほんの一部だったそうで、「50分の1ぐらいかな。何曲かに生の弦とトロンボーンとか入れて, あとはほとんどプロフィットとイーミュレーターです」と制作の中心にあったのはシンセサイザーとサンプラーであったとも明かしている

坂本龍一“Germination”を聴く(Apple Musicで聴く / Spotifyで聴く

しかし、ストリングスを使うとサントラは古典的になってしまい、映画に西洋のニュアンスが強くなる。そこで坂本はシンセを使うことにした。

当時、映画音楽の世界でもシンセが活用されるようになっていて、1979年にジョルジオ・モロダーが『ミッドナイトエクスプレス』で、1982年にヴァンゲリスが『炎のランナー』で『アカデミー賞』作曲賞を受賞している。しかし、彼らのシンセサウンドと『戦場のメリークリスマス』を比べたとき、音色の豊かさに大きな違いがある。

坂本龍一“Assembly”を聴く(Apple Musicで聴く / Spotifyで聴く

“Merry Christmas, Mr. Lawrence”では、ワイングラスのサンプリング音を用いたピアノとガムランを融合したような音で主旋律を奏で、シンセを加工してストリングスのような音色をつくった。ストリングスの響きを再現するために、シンセでつくった音をスピーカーから出し、それをマイクで拾うなどさまざまな工夫を凝らしたという。坂本は作曲する際に同時に音もつくっていて、曲づくりと音づくりは切り離せない関係にあった(※)。

また、独学で音楽を身につけたモロダーやヴァンゲリスに対して、坂本は藝大で音楽理論を学び、オーケストラの作曲や弦のアレンジができた。アカデミックなバックグラウンドを映画音楽で活用することで、シンセサイザーにシンフォニックで豊かな響きをもたらしたのだ。

※『サウンド&レコーディングマガジン』誌のインタビューで坂本は、こうした制作過程の背景について「机の上で五線譜にオーケストレイションしても, やっぱり画一的なものしか出来ないんです。その制約って僕にはすごく大きくて, だからスタジオで手で弾いて作っているわけで」と説明している。なお坂本はサウンドトラックの制作にあたり、250時間ものあいだスタジオにこもって仕事をしたのだという

坂本龍一“The Seed And The Sower”を聴く(Apple Musicで聴く / Spotifyで聴く

そのサウンド、メロディーがかくも胸を打つのは

坂本はロケ地でも曲想を練ったそうだが、『戦場のメリークリスマス』の複雑な響きはさまざまな生命が息づくジャングルの濃密さを感じさせる(※)。そして、シンプルで覚えやすいメロディーには童謡のような懐かしさがある。坂本は西洋でも東洋でもない「どこでもないどこか」をコンセプトにサントラをつくったそうだが、その複雑でありながら澄んだサウンドから感じるのは、まるで聖域のような厳かさだ。そして、メロディーが繰り返されるごとに、気持ちが解放されていくような穏やかな高揚感がある。

映画のエンドロールで流れる“Merry Christmas, Mr. Lawrence”を聴いたとき、登場人物それぞれが抱えた悲しみやわだかまりを音楽が浄化してくれるように感じた。そして、戦場という極限状態のなかで不幸なかたちで終わってしまったヨノイとセリアズ、そして、ハラとロレンスの友情が音楽のなかでは成就されているようにも思えた。ハラ軍曹が英語でロレンスに向けて語りかける最後のセリフが、曲名になっているのも頷ける。

※撮影現場の南太平洋のラロトンガ島で具体的な着想を得た“Assembly”について、坂本はパンフレットのなかで「たった一度だけ撮影の合い間にカメラマンの杉さん(注:杉村博章)にファインダーを覗かせてもらった時、音が聴こえてきた。メロディーのないたった一音の音だけど、無数の音がひしめきあっている、そんな感じの音群。後に東京でラッシュ(注:音声の入っていない未編集の映像)を見た時、その音群を想像しながら見ていたけど、悪くないのでそのアイディアは実現しました」と語っている。一方で、現地は「太陽と海と果実ばっかりのいい環境」だったそうで、パンフレットのなかで坂本は「あんなとこじゃあ音楽やろうなんていう高尚な気持ちおこらない。(中略)太陽と海で一日終わっちゃうところにいてそういう気分になりませんね、少なくとも僕は」とも明かしている

1枚目から:ヨノイ大尉(坂本龍一)とジャック・セリアズ少佐(デヴィッド・ボウイ)、ジョン・ロレンス中佐(トム・コンティ)とハラ軍曹(ビートたけし)、ハラ軍曹 ©大島渚プロダクション

坂本龍一“Merry Christmas Mr.Lawrence”を聴く(Apple Musicで聴く / Spotifyで聴く

『戦場のメリークリスマス』で坂本は『英国アカデミー賞』作曲賞を受賞。映画音楽作曲家という、思ってもみなかった道を歩みはじめる(※)。その後、坂本の作曲家としてのアプローチは次第に変化して、メロディーを控えめにした音楽が流れていることを意識させない音響的な音楽、映画のなかの音と共存する音楽を目指すようになっていく。

2020年に坂本に取材した際、80年代のころはまだ映画音楽のことをわかっていなかった、と振り返っていた。たしかに『戦場のメリークリスマス』は、晩年の坂本の映画音楽と比べると作家性が、メロディーが強すぎるかもしれない。しかし、坂本の音楽に対する情熱と野心。そして、なにより映画への愛情が詰まっていて、まるで1stアルバムのようなみずみずしさを感じさせる。それがたまらなく魅力的なのだ。

※『戦場のメリークリスマス』の公開当時のパンフレットで坂本は、撮影が終わってラッシュを観終わったときのことを振り返り、「内心「こりゃ、まずいな」と思いました。後に残るは音楽でしょ。相当がんばらないといけんな、て悩みましたよ。(中略)新ためて音楽の強さを認識させられました」と語っている

坂本龍一『戦場のメリークリスマス』を聴く(Apple Musicはこちら

▼参考文献(編集部):
・映画『戦場のメリークリスマス』劇場公開時のパンフレット(1983年)
・『サウンド&レコーディングマガジン』1983年5月号(外部サイトを開く

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作品情報
坂本龍一
『戦場のメリークリスマス 30th anniversary edition』(2CD)

2013年11月27日(水)リリース
価格:3,800円(税別)
[Disc1]
1. メリー・クリスマス ミスター・ローレンス
2. バタヴィア
3. 発芽
4. 腹いっぱいの朝食
5. 闘いの前
6. 種子と種を蒔く人
7. 短い出会い
8. ライド・ライド・ライド(セリアーズの弟の歌)
9. ザ・ファイト
10. ファーゼル・クリスマス
11. 出て行け!
12. 集合
13. 理性を越えて
14. 種を蒔く
15. 詩篇第23
16. 最後の後悔
17. ライド・ライド・ライド (レプリーズ)
18. ザ・シード
19. 禁じられた色彩

[Disc2]
1. Batavia (M-3)
2. Merry Christmas Mr.Lawrence (M-34)
3. Germination (M-9)
4. Germination (M-11)
5. The Seed And The Sower (M-16A)
6. M-7 銃殺
7. M-10 俘虜
8. The Seed And The Sower (M-16 ヤジマ)
9. A Brief Encounter (M-17)
10. The Fight (M-19)
11. Last Regrets (M-20 and M-22)
12. Father Christmas (M-23)
13. Before The War (M-12)
14. M-14 行
15. Dismissed! (M-25)
16. Beyond Reason (M-26 to M-27take2)
17. M-29 処刑場
18. The Seed (M-29)
19. The Seed (M-33)
20. Last Regrets (take2)
21. M-28A take2
22. M-1 Free Time
23. 23rd Psalm (M-30 take2 INST)
24. M-13 カネモト切腹
25. Ride Ride Ride (M-18 INST)
26. Merry Christmas Mr.Lawrence (Theme Free Time take1)
上映情報
『戦場のメリークリスマス 4K修復版』
2023年5月26日(金)より新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町、アップリンク吉祥寺ほか期間限定上映

監督・脚本:大島渚
脚本:ポール・マイヤーズバーグ
原作:サー・ローレンス・ヴァン・デル・ポスト『影の獄にて』
製作:ジェレミー・トーマス
音楽:坂本龍一

出演:
デヴィッド・ボウイ
トム・コンティ
坂本龍一
ビートたけし
ジャック・トンプソン
ジョニー大倉
内田裕也

協力:大島渚プロダクション
配給・宣伝:アンプラグド
プロフィール
坂本龍一
坂本龍一 (さかもと りゅういち)

1952年東京生まれ。1978年、『千のナイフ』でソロデビュー。同年、Yellow Magic Orchestra(YMO)を結成。散開後も多方面で活躍。映画『戦場のメリークリスマス』(大島渚監督作品)で『英国アカデミー賞』を、映画『ラストエンペラー』(ベルナルド・ベルトリッチ監督作品)の音楽では『アカデミーオリジナル音楽作曲賞』、『グラミー賞』ほかを受賞。2014年7月、中咽頭がんの罹患を発表したが、2015年、山田洋次監督作品『母と暮せば』とアレハンドロ・G・イニャリトゥ監督作品『レヴェナント:蘇えりし者』の音楽制作で復帰を果した。2017年春には8年ぶりとなるソロアルバム『async』を発表。2023年3月28日、逝去。同年1月17日、71歳の誕生日にリリースされたアルバム『12』が遺作となった。



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