藝大からTOKYO GEIDAIへ。130周年を機に変わる東京藝術大学

民間企業からも多くの参加者が集まった、藝大『130周年記念式典』

「日本の芸術教育の最高学府」と呼ばれ、数多くの有名美術家や音楽家を輩出してきた東京・上野の東京藝術大学(以下、藝大)が、10月4日に創立130周年を迎えた。同校では近年、従来の教育や芸術普及活動に加えて、社会や海外との新しい関係性を築くさまざまな取り組みが行われている。

その改革をさらに推し進めるため、藝大では2017年春から約1年をかけて、『東京藝術大学130周年記念事業』を実施している。その一環でもある記念式典が、10月10日、校内にある奏楽堂ホールにて行われた。

式のオープニングは、東京藝術大学音楽部邦楽科による“編曲松竹梅”が華を添えた
式のオープニングは、東京藝術大学音楽部邦楽科による“編曲松竹梅”が華を添えた

今回の記念事業の特色のひとつは、はじめて民間企業からオフィシャルパートナーを募ったことだ。また、本事業を支援するアンバサダーとして、俳優の伊勢谷友介、バイオリニストの諏訪内晶子と葉加瀬太郎、狂言師の野村萬斎、そして日本画家の松井冬子と、卒業生など藝大に関わりのある五名が就任。この日、式典会場である同校コンサートホールの奏楽堂には、在校生や教職員はもちろん、在校生保護者、オフィシャルパートナー企業の代表者、文部科学省、アンバサダーの葉加瀬と松井など、幅広い人々が集まった。

伝統と柔軟性を並走させてきた藝大の「これから」のビジョンは?

会場に集まった藝大関係者が抱く、「これからの藝大」への期待と展望とはどのようなものか。冒頭の挨拶で、学長の澤和樹は大学の歴史を振り返りながら、その目指すべき方向性を、温故知新ならぬ「温故創新」(古きを温ねて新しきを創る)の言葉で表現した。

藝大の歴史は、ともに1887年に創設された東京美術学校と東京音楽学校を前身としてはじまる。西洋由来の近代芸術教育と、伝統文化の保存や継承。その両立に取り組みながら成長した両校は、1949年に統合され、「東京藝術大学」として現在の姿を整えた。

式辞を述べる東京藝術大学長・澤和樹
式辞を述べる東京藝術大学長・澤和樹

時代の変化に対応しようとする藝大の姿勢は、過去に新設された学科や専攻の並びを眺めてみることでもわかる。経済成長期の1975年には美術学部にデザイン科が、現代美術の一般化を受けた1999年には先端芸術表現科が、21世紀以後も、大学院に映像研究科や国際芸術創造研究科が新設された。

また近年では、国際交流や子供向けの早期教育プログラムの展開、芸術と科学技術の融合による文化的コンテンツの開発など、大学の内外をつなごうとする姿も目立つ。澤の言う「温故創新」には、そんな柔軟性と伝統を並走させてきた藝大らしい改革への意気込みが滲んでいる。

式典では、記念事業を契機に刷新された新ロゴマークや、さまざまな場面に使われる新名称「TOKYO GEIDAI」、そして「NEXT 10 Vision」の発表も行われた。「NEXT 10 Vision」とは、藝大のこれからの10年の指針。内容としては、「革新的であること」「多様性があること」「国際的であること」の3つの軸が掲げられた。

東京藝術大学の新ロゴマークと新名称
東京藝術大学の新ロゴマークと新名称

成熟した現代社会において、より一層求められる芸術の果たす役割

このような「開かれた藝大」という方向性は、現在は文化庁長官を務める宮田亮平前学長の時代から引き継がれてきたものだ。その舵取りの背景には、宮田長官が学長に就任する前年の2004年にあった国立大学の法人化や、同時期に増加した地域振興への芸術の活用にも見られるように、社会の文化に対する期待の変化もあるだろう。

今回、式典に出席した宮田長官は、自身の推進した方向性が「もう一段進んだ」とコメントした上で、「従来は社会と文化に乖離があったが、文化は経済から切り離されたものではない。今後の藝大には、文化に触れる喜びはもっと自然なことだということを広めていってほしい」と期待を話した。

閉会後、ロビーで取材陣の質問に応じる宮田亮平文化庁長官(前学長)
閉会後、ロビーで取材陣の質問に応じる宮田亮平文化庁長官(前学長)

閉じられた環境から、積極的な交流と活用へ。その思いは、今回はじめて募集されたオフィシャルパートナーの民間企業にも共通する。

数多の協賛企業の代表として壇上に立った、株式会社ぐるなびの代表取締役会長で創業者の滝久雄は、「日本は戦後のゼロからの復興を経験したことで、経済に価値観が傾いていた。しかし、社会が成熟した現代は、もはやパイを争う時代ではない」と指摘。そこで期待される芸術の新しい役割として、「タテワリやタコツボを横から串刺し、新しい見方や内面の充実をもたらすこと」、そして「福祉やまちづくり、観光などの幅広い分野と関わり、社会の再編成を行うこと」を挙げた。

オフィシャルパートナーを代表して挨拶する、株式会社ぐるなび 代表取締役会長 CEO・創業者 滝久雄氏
オフィシャルパートナーを代表して挨拶する、株式会社ぐるなび 代表取締役会長 CEO・創業者 滝久雄氏

今回、東京藝術大学のオフィシャルパートナーとなった協賛企業
今回、東京藝術大学のオフィシャルパートナーとなった協賛企業

元藝大生のアンバサダーたちが思い描く、さまざまな藝大の理想像

一方で、大学にとって最も重要な対象は、学生にほかならない。かつて学生として藝大の環境を体験したアンバサダーたちは、同校の今後になにを望むのだろうか。

バイオリニストの葉加瀬は、6年間の在学後、藝大を中退した経歴を持つ。その理由は「自分の音楽を作りたくなったから」。4歳からクラシック一筋だった彼は、大学入学後、美術学部の学生も含んだ幅広い交流から、「ものを作ることの楽しみ」を知り、ポピュラー音楽にも出会った。新しい世界に傾倒して、結局は大学を飛び出したが、そんな自身の経験から、「藝大には将来を考える、多様な出会いのある場であってほしい」と言う。

130周年記念アンバサダーとして挨拶する葉加瀬太郎
130周年記念アンバサダーとして挨拶する葉加瀬太郎

大学にある種の「開放性」を期待する声が多いなかで、やや違う角度からスピーチをしたのが日本画家の松井だ。藝大が受け継ぐ「伝統」は、一見、新しい試みの前に立ちはだかる不自由さにも見える。だが、「自由なところに自由はなく、不自由なところにむしろ自由がある」と彼女は言う。

130周年記念アンバサダーとして挨拶する松井冬子
130周年記念アンバサダーとして挨拶する松井冬子

「現代美術の世界には、そうした伝統や技術を軽視する方も多いですが、歴史を知らずして新しい作品は生み出せません。その意味で、過去の画家の思考を追体験する模写のような訓練の重要性は変わらない」。芸術の真の追求によってこそ、はじめて意味のある諸分野への広がりが生まれる、というのが彼女の考えだ。

閉会後、ロビーで取材陣の質問に応じる松井冬子
閉会後、ロビーで取材陣の質問に応じる松井冬子

今後も藝大では、来年まで続く130周年の記念事業として、いくつもの展覧会や演奏会からなる『GEIDAI 130 ARTS』プロジェクトや、21世紀型の芸術大学のあり方を問う『5大陸 アーツサミット』など、多くの催しが展開されていく。

閉会後は、東京藝術大学130周年記念オーケストラによる特別演奏会が行われた
閉会後は、東京藝術大学130周年記念オーケストラによる特別演奏会が行われた

ここからはじまる次の10年の活動を通して、藝大はどのように姿を変えていくのだろうか。今後の藝大の活動を、芸術と社会の関係をめぐる壮大な試みと捉え、その活動を追うことで見えてくるものがあるかもしれない。

左から:日本画家・松井冬子、株式会社ぐるなび 代表取締役会長 滝久雄、東京藝術大学長・澤和樹、文化庁長官・宮田亮平、バイオリニスト・葉加瀬太郎
左から:日本画家・松井冬子、株式会社ぐるなび 代表取締役会長 滝久雄、東京藝術大学長・澤和樹、文化庁長官・宮田亮平、バイオリニスト・葉加瀬太郎

イベント情報
『東京藝術大学130周年記念式典』

2017年10月10日(火)
会場:東京都 上野 東京藝術大学 奏楽堂



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