アーリー80'sの「内輪のつくりかた」

この世には2種類の人間がいる。何かを好きになったとき、本(同人誌/ファンジン)を作らねばならぬ! と思ってしまう人間と、そうでない人間だ!

……と仮定した場合、あきらかに前者のほうである筆者にとって、このマンガは熱い。熱すぎた。もう大興奮。でも、ここにはそういう種類の人間以外にも伝わるだけの何かがあるのではないか。そうであってほしいなあ、と思うが、さて。

舞台は1982年の東京。オタクという言葉が生まれる以前のオタク少女の青春を、「元祖コスプレ漫画家」と呼ばれる一本木蛮が描いた「自伝的フィクション」である。マンガとアニメの好きな女子高生・藪木珠理(ペンネーム:八吹十兵衛)が、同人誌の世界を知り、コスプレに挑戦してみたところで第一部完。おそらく多くの人にとっては、元祖コスプレ漫画家と言われても何のことやら、だろう。元祖ということは、コスプレもする漫画家さんって他にもたくさんいるの……?

ともあれ一本木先生は、現在よりずっと規模の小さかった同人誌即売会や、まだネットの普及していない時代にとても重要な情報ハブだった雑誌の投稿コーナーで頭角を現し、描いたり装ったり歌ったりの多彩な活動を繰り広げた時代の先駆者。オタクの振る舞いに関しても、そこに限らない社会風俗一般に関しても、「頭で考えたのではこうはならない」鋭い描写が散りばめられている。Dカップのブラは当時あまり流通していなかった、とか。

そういうわけで、本作は濃い生き証人のおしゃべりを聞く楽しさに充ち満ちているのだが、エッセイでも自伝でもなく、あくまでフィクションとしてこれをかたちにした選択に拍手を送りたい。元気な女の子がめいっぱい冒険するコメディだからこその気安さ、風通しのよさがあるのだ。「昔は良かった」でも「ダサかった」でもなく、読者は主人公といっしょに数々の「はじめて」を経験する。何かを好きになって、それを追求し、仲間に出会い、どんどん世界が広がってゆくあの感じ。それは「1980年代のオタク」という文化的・時代的枠組みを越えて、普遍的に絶対的に感動的なものだ。

ある日、裏道の小さな書店に迷い込んだヒロインは、その偏った品揃えとマニアックな客たちを目の当たりにして、心で叫ぶ。

「750ライダーのピットイン… 軽シンのら・くか… ど根性ガエルの宝寿司! 宝島における遠めがね屋ーーーっ …なのか? ココは!?」

たとえば音楽が好きなひとだったら、きっとレコード・CDショップだとかクラブだとかライブハウスだとか楽器屋だとかで同じような体験をしたことがあるだろう。何かの専門店。部室。たまり場。どこかの広場でも駐車場でもいい。もしかしたらウェブサイト、掲示板とか動画サイトとかSNSとか、かもしれない。対象や道具は変わっても、出会いの喜びの真髄の部分は、いまも昔もオタクでもそうでなくてもそう変わらないはず。つけ加えておくと、聖子ちゃんカットのキラキラしたクラスメイトたちへのまなざしもいい。それもまたひとつのお約束を模倣する「パクリ」であり「パロディ」と理解すれば自分たちのしていることと同じ、という発想が出てくるあたり、とても現代のマンガだなあ、と思う。大人の優しさだ。

ちなみに筆者がその道しりそめし頃、雑誌『ファンロード』に『一本木蛮のキャンパス日記』を連載していた彼女は、「上の世代の人気者」だった。「昔ラムちゃんのコスプレで名を馳せたらしいよ」ぐらいの認識。10代にとって5年前は大昔だけど、30越えるとそうでもない。昔はだいぶ年上のお姉さんだと思っていたけれど、いまとなっては同じ「ネットも携帯電話も無かった時代を知っているひと」。『同人少女JB』には、そんな加齢に伴う時間感覚の変化も自覚させられた。もしあなたがいま何らかの「メインストリームとは言えない文化」に関わっているひとならば、いかにも男性向けな表紙にひるまずに、手にとってみてほしい。

作品情報
『同人少女JB』

2011年12月27日発売
著者:一本木蛮
価格:680円(税込)
ページ数:206ページ
発行:双葉社

プロフィール
一本木蛮
一本木蛮 (いっぽんぎばん)

昭和40年1月4日ヨコハマ生まれA型。田園調布雙葉高等学校卒業、玉川大学農学部中退。アメリカからの帰国子女。日本SF作家クラブ、日本マンガ家協会会員。82年ラムのコスプレをきっかけにマンガデビュー。サンリオ絵本からアダルトまで幅広くこなし、エッセイ・マンガ・絵・声や音楽・映像と活動ジャンルも幅広い。最近趣味のオートバイをじてんしゃに乗り換えた。代表作『まんがでわかるバイクライフ』『一本木蛮のキャンパス日記』『じてんしゃ日記』『戦え奥さん!!不妊症ブギ』『勇者コジロー2』等



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