建築は会議室で起きてるんじゃない。建設現場で起きてるんだ!

全身無印良品みたいなファッションでよろしくやっている建築家は、世の中的に抜群にカッコいいとされる職業だ。一方、極度に日焼けした顔から黄色い歯をのぞかせて作業着についた土ぼこりをはらいながらコンビニに入ってきて唐揚げ弁当とビッグコミックなんとかを買ってそこら辺で弁当をかっ込んでいる建設作業員は、カッコいい建築家とはどうしても対照的に見られがちな職業だ。

おかしい、絶対におかしいのだ。建築家は具体的には家を作れない。具体的に家を作るのは誰なのだ。「俺たちだ!」と声が連なる本が出た。建築雑誌の「建築知識」に連載されていた「現場の矜持」をまとめたこの一冊。鳶、解体工、防水工、ウレタン吹き付け、建具吊り込み、什器製作……建設現場にかかわる37名もの職人たちにインタビューを重ねた「体感としての建築」に満ちた一冊だ。2012年、最も批評眼に満ちたジャーナリスティックな一冊だと思う。学問から発動する建築は、現場の人間たちのあり様を代替可能と決めつけて、思索に取り込もうとしないように見える。しかし、建設現場の職人たちは、学問から芽生える「思考としての建築」に「呆れている」。当事者の言葉を引っ張ろう。

板金工(薄い金属板を加工し雨どいなどを取り付ける)の下田さんは、建築家に対してこう漏らす。「こんなことを言うと失礼かもしれませんが、最近感じているのは、『イメージとは違う』とおっしゃる先生には、そもそも確固たるイメージが最初からないのではないかということです。詳しく聞いてみると、そうおっしゃる先生に限って、どうも板金のことをよくご存じない方が多いんです」。

給排水設備(上下水道の配管を建物内に巡らす)の小池さんはさらに辛辣だ。「『お客さんがどうしてもというので頼みます』と。そうやって頭を下げてもらえばそれでいい。(中略)逆に、『一晩寝て起きたら、グッドアイディアがひらめいちゃった』みたいな顔で指示されると、こんにゃろとなります」。

林業の田中さんは、この手の職業にたずさわろうとする若者たちをひとまずこうして挑発しておく。「ロクに山にも入ったことないくせに、『私は森林ボランティアです』なんて威張っているのはたいてい文化系の人(笑)。やれ緑が大事だの、環境を守ろうだの言ってる口先だけの人は、ほとんど使えません」。

いくらでも引用したくなる本だ。「机上ならではの理論」をはねのける「現場ならではのキラーコメント」に溢れている。彼らは自分たちが持つ言葉の引力にとても無自覚だ。でも、だからこそ、ビジネス書で繰り返される成功物語のような、イイ体験をだけを都合良くカットし繋ぎ合わせて、結局自分のあり方を売り込んでいくことに専念してしまうあの手の捏造をしない。彼らは理論よりも、人の情けと愚直な労働で得る経験だけを頼りにする。クレーンオペレーターの千葉さんは、新しい現場に入る度に職人たちに試される。初日の朝はそう話しかけてはこない。一通り技術を見せると、朝10時のお茶の時間に「オペさんもこっちに来て一服しなよ」と声をかけられる。これが認められた証拠なのだという。ALC建て込み(鉄骨造の壁を作る)の小堺さんは自分の作ったショッピングセンターの壁を我が子に見せるため、わざわざ道順を変えて通りかかる。子供は「すごいね、すごいね」と窓から身を乗り出して大喜び。「子供に見せられる仕事っていうんですか。そういうのはやっぱりいいもんですよ」。

みうらじゅんが言っていたと記憶しているが、「キープオンロックンロール!」と言うとき、人は「ロックンロール」を重視したがるけれど、本当に重要なのは「キープオン」のほうである、と。この本に出てくる職人さんたちはとにかく「キープオン」の人たちだ。淡々と続ける。最近はもうめっきり仕事が減っちゃってさと愚痴りながら、今日も現場に出ていく。建築がかしこまって議論されるとき、あるいはそれが芸術やアートといった言語と絡めて語られるとき、ロックンロール、つまり、いかにしてその建築そのものを発育させるか、前進させるか、刺激的に見せるかばかりに焦点が当てられる。無論、それはとても有機的な議論ではある。建築は街や風景や暮らしを劇的に変える。でもその「ロックンロール」が「キープオン」に支えられていることを忘れがちだ。建設現場で淡々と働いてきた職人たちの声は、「キープオン」への忘却が根付かせてしまった様々な勘違いを浮き彫りにさせる。誰がその鉄骨を、誰がその木材を、誰がそのドアを、誰がその外壁を、誰がその電気設備を、その建築に投じたのか。この「建築業者」たちだ。彼等が家を作ってきたのだ。

とある刑事ドラマに「事件は会議室で起きてるんじゃない。現場で起きてるんだ!」という名ゼリフがあったが、これはたぶん、事件現場ではなくて、建設現場で使われるべき言葉だったのだ。この名ゼリフを「建築は会議室で起きてるんじゃない。建設現場で起きてるんだ!」に変えて、37名分、37回反芻した。この本のオビ文としても使われている言葉だから最後に引用するのは芸が無いのだけれど、これから紹介するこの発言を引用したくなった編集者の気持ちがよくわかる。とっても批評的な言葉だ。そして、とっても攻撃的な言葉でもある。だからやっぱり引用してしまおう。鳶職の井上さんの言葉だ。「やりがいとは?」と問われてこう答える。「さっき、やりがいなんて話がありましたけどね、そういうものはやっぱり、なければないで一向に構わないんじゃないですか……、そう思いますね」。働くことに悩んだら、そもそもそんな悩みをいっちょまえに抱えていることから問い直すために、この本に戻ってこようと思う。

書籍情報
『建設業者』

2012年10月1日発売
著者:建築知識編集部
価格:1,470円(税込)
ページ数:239頁
発行:エクスナレッジ



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