映画『四月の永い夢』レビュー 朝倉あきの儚げな演技が冴える

詩情豊かな監督の繊細な手仕事による、やさしく取り扱いたくなる映画

現在28歳の中川龍太郎が脚本、監督を手がけた『四月の永い夢』は、すでに報じられているとおり、昨年の『モスクワ国際映画祭』にて「国際映画批評家連盟賞」と「ロシア映画批評家連盟特別表彰」の2冠に輝いた(参考記事:詩人から転身した映画監督・中川龍太郎に、太賀らの証言で迫る)。その快挙は素晴らしく、当然ながら大変喜ばしいことである――と、ここまで書き出して、キーボードに触れていた指が止まった。ちょっと余計な心配をしてしまったのだ。もしかしてこれって、出し抜けに「おカタい作品」の印象を与えていないか?

いやいや、それは本作の得た、れっきとした栄誉なのだから最初に記しておくべきものであろう、と、もうひとりの自分が囁く。しかしなぜ、そんなにも慎重な姿勢になっているのかと言えば、ひとえにこの映画が、やさしく取り扱いたくなるような、繊細な手仕事による「愛おしい作品」だったからだ。

『四月の永い夢』場面写真 / ©WIT STUDIO / Tokyo New Cinema
『四月の永い夢』場面写真 / ©WIT STUDIO / Tokyo New Cinema

ある日不意に自分の手で、彼岸へと旅立ってしまった恋人。残された女性の「止まってしまった時間」と「それでもゆっくり前へと漕ぎだしていく姿」が丁寧かつ、映画的な飛躍を用いて描き出されていく。公式サイトを眺めると、いろんな方々がコメントを寄せている。たとえば以前、中川監督の『愛の小さな歴史』(2015年)に出演した池松壮亮。彼はこんなステキな言葉を贈っている。「中川龍太郎の映画には今時珍しく詩がある、行間がある、情緒がある。終わりゆく平成も捨てたもんじゃない」。

そう、まさに『四月の永い夢』には、味わうべき「詩」があり、「行間」があり、「情緒」がある。短い文章なのに的確だなあ、池松くん! と感心ばかりもしていられない。「やさしく取り扱いたくなる」と言っておきながら人の力を借りて、これではライター失格ではないか。

『四月の永い夢』場面写真 / ©WIT STUDIO / Tokyo New Cinema
『四月の永い夢』場面写真 / ©WIT STUDIO / Tokyo New Cinema

そこで慌てて何か「つながり」を探す。池松が主演、最果タヒの同名詩集を触媒にした石井裕也監督の『映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ』(2017年)。あれは東京を舞台に、「ひとりぼっち」と「ひとりぼっち」がいかにして、「2人ぼっち」になるかを綴った逸品だったが、最果タヒはくだんの詩集のあとがきに「レンズのような詩が書きたい。その人自身の中にある感情や、物語を少しだけ違う色に、見せるような、そういうものが書きたい」と記していた。考えるに、『四月の永い夢』とは17歳のときに『詩集 雪に至る都』を出版したこともある中川監督が、改めて自らの詩情と向き合い、アプローチは違えども「レンズのような作品世界」を求めた成果なのだと思う。

高畑勲監督『かぐや姫の物語』主役にも選ばれた、朝倉あきの優れたヒロイン像

冒頭の、主人公のモノローグシーンから早くも映画の中へググッと引き込まれる。満開の桜と菜の花が一緒に咲き乱れる幻想的な場所で、喪服姿のヒロインが儚げに美しく佇んでいるのだ。3年前に恋人を亡くした元音楽教師、27歳の滝本初海。先ほど「止まってしまった時間」と紹介したが、正確には、止まっているのは彼女の心だ。時間は無情にも過ぎ去り、流れていく。それに乗れない。追いついていけない。だから日常は穏やかなようで、足元が不安定、彼女は一種「宙吊り状態」のまま生きている。

朝倉あき演じる本作のヒロイン初海 / ©WIT STUDIO / Tokyo New Cinema
朝倉あき演じる本作のヒロイン初海 / ©WIT STUDIO / Tokyo New Cinema

凛としてはいるが、どこか影のある、憂いを帯びたヒロインに扮した朝倉あきがいい。初海役に彼女をキャスティングした理由として、中川監督はその声の魅力も挙げている。それは先日、惜しくも亡くなられた高畑勲監督から主役に選ばれ、「わがままな声」と評された、あの『かぐや姫の物語』(2013年)の「強い意志の表れ」を感じさせる声だ。

ちなみに、筆者は彼女の演技を2度、じかに見たことがある。1度目は深川栄洋監督の『神様のカルテ2』(2014年)の取材で撮影現場に入ったときで、2度目は舞台『書く女』(2016年)。これらでは助演だったが今回は堂々たる主役。思わず手を差し伸べたくなるようなヒロイン像を作りあげ、言ってみればこれは「朝倉あきに心を奪われる映画」でもある。

宙吊り・中断の主題とともに、後半で驚きの展開を迎える初海の物語

その手を差し伸べる役を劇中、代行するのが三浦貴大演ずる近所の染物工場で働く青年である。しかし、相手の心は止まっている。「宙吊り状態」の初海は、彼がデザインをしたという「手ぬぐいの個展」に誘われ、足を運ぶも、最後の一歩を踏み出せずに終わってしまう。

左から、朝倉あき、三浦貴大 / ©WIT STUDIO / Tokyo New Cinema
左から、朝倉あき、三浦貴大 / ©WIT STUDIO / Tokyo New Cinema

また、2人の距離がようやく縮まりかけた帰り道のこと。その余韻から彼女はイヤホンを耳につけ、お気に入りの音楽(赤い靴"書を持ち僕は旅に出る")を聴いて心躍らせ、ひとりで夜道を軽やかにステップを踏んで歩いて行くのだが、途中で我に返って音楽を止め、立ちすくんでしまう。このシーンの朝倉あきの一連の動きと横移動のカメラ(撮影の平野礼、グッジョブ!)が、本作のそこかしこに埋め込まれていた「中断」という主題をはっきりと浮かび上がらせる。

映画の後半部は、舞台を東京(の立川市)から富山県朝日町へと移し、亡き恋人の実家のもとで「初海の物語」は展開していく。中川監督は本作でブレイクスルーにまた一歩近づいたと思うが、前半以上に巧みなのは、心の奥の小さな秘密、実は喪失感だけが彼女を「宙吊り状態」にしていたわけではないのだと、ここで明らかにする点。しかもラストの映画的な飛躍、「中断」のモチーフをうまく変換して使いながら、ある伏線をきれいに回収するあたりもお見事。池松くんではないがホント、このラストシーンを観ると「終わりゆく平成も捨てたもんじゃない」と思わせるのであった。

『四月の永い夢』ポスター / ©WIT STUDIO / Tokyo New Cinema
『四月の永い夢』ポスター / ©WIT STUDIO / Tokyo New Cinema(サイトで見る

作品情報
『四月の永い夢』

2018年5月12日(土)から新宿武蔵野館ほか全国で順次公開

監督・脚本:中川龍太郎
音楽:加藤久貴
挿入歌:赤い靴“書を持ち僕は旅に出る”
出演:
朝倉あき
三浦貴大
川崎ゆり子
高橋由美子
青柳文子
森次晃嗣
志賀廣太郎
高橋惠子
上映時間:93分
配給:ギャガ・プラス



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