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そこに広がるのは異世界。アボリジニ・アートに学ぶものの見方

そこに広がるのは異世界。アボリジニ・アートに学ぶものの見方

『ワンロード|現代アボリジニ・アートの世界』
インタビュー・テキスト
島貫泰介
編集:野村由芽 取材協力:ジョン・カーティ(本展キュレーター、南オーストラリア博物館・人類学所長、アデレード大学教授(人類学))、窪田幸子(本展図録監修、神戸大学大学院国際文化学研究科教授(文化人類学))

あなたは「アボリジニ・アート」という言葉を耳にしたことがあるだろうか? ラテン語の「最初から(ab origine)」に由来した名称を持つアボリジニ=オーストラリア先住民について、映画やドキュメンタリー番組を通して知っている人は少なくないと思う。だが、その名を冠した芸術表現がどのようなかたちを持ち、どんな歴史を背景にして生まれたのかについて、深く知る人はそう多くないはずだ。

現在、千葉県の市原湖畔美術館で開催中の『ワンロード|現代アボリジニ・アートの世界』は、作品にじかに接する稀有な機会であるだけでなく、その歴史、そして現在に至るコンテキストを知ることのできる場だ。西欧のものの見方とは全く異なる視点で描かれる、アボリジニ・アートが生まれた背景や、その絵の意図するところを、じっくり紐解いてみたい。

アボリジニの生活を激変させた、砂漠の一本道=「ワンロード」とは何か?

今年6月、大阪の国立民族学博物館からスタートした巡回展『ワンロード|現代アボリジニ・アートの世界』。10月からは千葉・市原湖畔美術館で、2017年4月からは北海道・釧路市立美術館で開催を控えているが、そもそも2010年にオーストラリア国立博物館で行なわれた『Yiwarra Kuju: The Canning Stock Route(イワラ・クジュ:キャニング牛追いルート)』展をもとに企画された。そこで、まずは前身となった展覧会と、その前提について説明しておきたい。

『ワンロード|現代アボリジニ・アートの世界』(提供:市原湖畔美術館 撮影:長塚秀人)
『ワンロード|現代アボリジニ・アートの世界』(提供:市原湖畔美術館 撮影:長塚秀人)(公式サイトで見る

『ワンロード|現代アボリジニ・アートの世界』(提供:市原湖畔美術館 撮影:長塚秀人)
『ワンロード|現代アボリジニ・アートの世界』(提供:市原湖畔美術館 撮影:長塚秀人)

アボリジニの言葉で「一本の道=ワンロード」を意味する「イワラ・クジュ」は、同時に「キャニング牛追いルート」を指している。今回の展覧会の発端でもあり、アボリジニの生活を激変させた「ワンロード」とは、一体どんな道なのだろうか?

鉱山による人口増加と、牛肉の高騰。かつてのオーストラリアで「牛追いルート」が求められた理由

時代は20世紀初頭にさかのぼる。1900年代に入ると同時に、オーストラリアでは空前の鉱山採掘ブームが始まり、それに伴って人口も増加していった。

人が増えるということは、たくさんの資源、そして食料が必要になるということでもある。オーストラリアに移民した白人たちが特に好んだのは牛肉だった。牛の牧畜は、主に西オーストラリア北部で行なわれ、そこから船で各地に輸送されていたのだが、ダニの蔓延によってそれが不可能になり、牛肉価格がたちまち高騰。

そこで提案された解決策が、砂漠経由で牛を南部に輸送するルートの開拓だった。乾燥した砂漠の気候下では、牛に寄生したダニは剥がれ落ちて死んでしまう。長い陸路の旅自体が、ダニ対策にもなり、西オーストラリアの主要産業である鉱業と牧畜業の振興にもなる。この一石三鳥な計画は、政府の支持を得て実行に移された。

その調査の責任者がアルフレッド・キャニング。キャニング牛追いルートを開拓し、その名を後世に残すことになる「偉大な」冒険家である。

1906年。キャニングは、南部の街ウィルナから、北部のスタートクリークまでの1850キロのルートを探索した。新ルートに求められる条件は、交通が容易な地形であること。数か月の旅に牛が耐えられるだけの放牧地が点在していること。そして何よりも、輸送する大量の牛たちに水を与えられる水源があることである。

キャニング牛追いルートを描いたアボリジニ・アート
キャニング牛追いルートを描いたアボリジニ・アート / 『キャニング牛追いルートのカントリー』Canning Stock Route Country 2007年 パトリック・チューングライ(パプニヤ・トゥーラ・アーティスト) オーストラリア国立博物館蔵

多くの冒険家たちは、砂漠の厳しい環境下で、そんな都合よく水源があるとは考えもしなかったが、キャニングは多くの水源を発見し、井戸を建設。後に54か所にもなる水源を整備し、世界最長の牛追いルートの敷設に成功したのだ。

首に鎖をつけ、与えるのは塩水だけ。アボリジニを悪辣に利用した白人の調査団

さまざまな困難に打ち勝ち、ルートがほぼ現在のかたちになったのが1910年。この年は、オーストラリアに入植した白人たちの栄光を象徴するメモリアルイヤーになり、ちょうど100年後の2010年には、オーストラリア開拓史を祝う様々なイベントが催された。しかしそれは、あくまで白人入植者とその子孫にとっての、誇るべき歴史でしかない。

1906年に撮影されたキャニング調査団の集合写真には、屈強な白人男性21人と、彼らに可愛がられた数匹の犬が写っている。だが、調査団に加わりながらこの列に並ぶことを許されなかった人々がいた。20人のアボリジニの「ガイド」である。

そもそも西オーストラリアの砂漠地帯で暮らしていたアボリジニたちは、この過酷な環境で生き抜くための豊かな知識と経験を持っていた。キャニングはその知見を拝借して、牛追いルートの水源を確保していったのである。

さらに、協力を求められたアボリジニたちの扱いは、「ガイド」とはあまりにもかけ離れたものであった。進んで調査団に加わるアボリジニもいたが、大半が首に鎖をつけられ、塩水だけを与えられて水源への案内を強要された。調査団一行は、アボリジニ女性への乱暴、財産の強奪、不公平な取引など、多くの非道を重ねることで道を切り拓いていった。

奪われたアボリジニの人間的尊厳や文化。その過ちに今、向かい合う

15世紀から始まったヨーロッパ諸国の植民地政策の問答無用な悪辣さと比較すれば、18世紀後半のオーストラリア入植はまだ穏やかなものではあった。だが、推定30万人とされたアボリジニ人口が、衝突による殺戮や病気の蔓延によって19世紀待末には6万人に減少した事実は、約100年の間に起きた事態の残酷さを証明している。

キャニングが牛追いルートを発見した20世紀初頭には「善意」による配慮から、未開人であるアボリジニを白人文化に保護・同化させる動きが広がり、白人とアボリジニの混血児が家族から引き離されて寄宿舎や白人家庭で育てられたり、キリスト教系のコミューンに移住させられたりする人々が増加する。その結果、オーストラリア経済を支える南部では、アボリジニの言語、伝統、習慣はほとんど失われてしまった。これは「盗まれた世代」問題として、今なお続いている。そういったオーストラリア近現代史の暗部に目を向けて企画されたのが、『イワラ・クジュ(ワンロード)』展なのである。

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イベント情報

『ワンロード|現代アボリジニ・アートの世界』

市原会場
2016年10月1日(土)~2017年1月9日(月・祝)
会場:千葉県 市原湖畔美術館

釧路会場
2017年4月7日(金)~5月7日(日)
会場:北海道 釧路市立美術館

アボリジニ・アーティスト来日イベント
『アボリジニ・デーin市原湖畔美術館』

2016年11月3日(木・祝)11:00~16:00
会場:千葉県 市原湖畔美術館

『オーストラリア・ハウス 秋の会』

2016年11月5日(土)10:00~16:00
会場:新潟県 十日町 越後妻有里山現代美術館[キナ-レ]ほか

2016年11月6日(日)9:00~15:30
会場:新潟県 十日町 オーストラリア・ハウスほか

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