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そこに広がるのは異世界。アボリジニ・アートに学ぶものの見方

そこに広がるのは異世界。アボリジニ・アートに学ぶものの見方

『ワンロード|現代アボリジニ・アートの世界』
インタビュー・テキスト
島貫泰介
編集:野村由芽 取材協力:ジョン・カーティ(本展キュレーター、南オーストラリア博物館・人類学所長、アデレード大学教授(人類学))、窪田幸子(本展図録監修、神戸大学大学院国際文化学研究科教授(文化人類学))

アボリジニ自らがワンロードを旅し、「ふるさとの物語」を取り戻す一大プロジェクト

ルート開拓100周年と同じ年に開催された同展は、2007年にスタートした「キャニング牛追いルートプロジェクト」に端を発している。同プロジェクトは、白人であるキャニングによって書き起こされたルートを、アボリジニの視点から読み替えようとする試みだ。

牛追いルートは、白人社会の利便性によって上書きされたものであって、キャニングたちがやって来るまでは、アボリジニのための、まったく異なる生活や旅の経路がそこには根付いていた。太古から受け継がれてきた水場や生活の場があり、そこに棲まう動植物を精霊として崇め、その物語を歌い、踊り、語り継ぐ時の流れがあったのだ。プロジェクトは、それらを今の世代のアボリジニ自身が検証し、ペインティングを中心とする「アボリジニ・アート」として表現し、後世に残す機会となった。

牛追いルート上で停車する、奥地への旅で機械整備を担当したフランク・レーンとクルーたち。 撮影:ティム・アッカー 2007年 オーストラリア国立博物館蔵
牛追いルート上で停車する、奥地への旅で機械整備を担当したフランク・レーンとクルーたち。 撮影:ティム・アッカー 2007年 オーストラリア国立博物館蔵

移動しては、描く。のべ100人のアボリジニ・アーティストによる1850キロの旅

プロジェクトは『イワラ・クジュ』展のみならず、連続性を持ったさまざまな試みによってその全体を構成している。その中でも特に重要だったのが、2007年7月から8月に6週間にわたって行なわれた「旅」である。

1850キロメートルの牛追いルートを南から北へと北上しながら、各所でアボリジニ・アートのワークショップを行なう旅には、のべ100人のアボリジニのアーティストたちが加わった。最初から最後まで旅を続けた者もいれば、途中から旅に加わり、好きなところで去っていく者もいる、アボリジニの定住しない生活様式と重なるような、気ままな旅である。

出会いと別れを繰り返す旅の風景は、例えばこのようなものだった。「井戸36番」と呼ばれる砂丘で行なわれたワークショップでは、最初の朝を70人以上のメンバー(アーティストだけなく、プロジェクトに関わったスタッフもいた)で目覚め、全員で大きな円を作り、ミーティングを行なう。アボリジニの人々は、自らの出自や生活圏について語り、言語によって異なる地域集団の物語を交換し合い、そして5日間にわたってペインティングを描き続けた。

『クンクン』を描きながら、自身の故郷について話すクームパヤ・ギルガバ(Kumpaya Girgaba) 撮影:モリカ・ビルジャブー 2008年 オーストラリア国立博物館蔵
『クンクン』を描きながら、自身の故郷について話すクームパヤ・ギルガバ(Kumpaya Girgaba) 撮影:モリカ・ビルジャブー 2008年 オーストラリア国立博物館蔵

それらの作品はすべての旅の終わり、北部の街ビリルナ近くの湖畔に広げられた。旅に加わったアーティストたちは、作品について自分たちの言語で語り合い、意見を交換し、喜び、笑い合ったという。野外で行なわれた、この即席のお披露目が、キャニング牛追いルートプロジェクトにとって最初の「展覧会」になった。

ニャーナ(ストレッチ湖)にて、共同キュレーターのヘイリー・アトキンスと牛追いルート沿いで描かれた作品たち 撮影:ティム・アッカー 2007年 オーストラリア国立博物館蔵
ニャーナ(ストレッチ湖)にて、共同キュレーターのヘイリー・アトキンスと牛追いルート沿いで描かれた作品たち 撮影:ティム・アッカー 2007年 オーストラリア国立博物館蔵

アボリジニ・アートが「地図」のような文様である秘密(しかし、いわゆる西欧の「地図」ではない理由)

このプロジェクトにおいて、旅すること、アボリジニたちが各集団を超えて交流することが、なぜ重要視されるのか? もちろん、20世紀以降の近現代史をアボリジニの視点から再考するためにこのやり方が選ばれたのは自明である。だが同時に、これはアボリジニ・アートが存在する理由とも強く結びついている。

アボリジニ・アートが指している対象は想像以上に広い。2008年に日本で大回顧展が行なわれたエミリー・ウングワレーのような現代アーティストたちの作品を示すだけでなく、数万年前の洞窟壁画や伝統工芸品、かたちに残らないボディーペイントや砂絵もアボリジニ・アートの範疇である。

それらに共通する目的は、情報の記録や伝達だ。記述するための文字を持たなかったアボリジニは、絵の文様に「男」「女」「道」「水場」「足跡」といった意味を持たせ、自分の経験や生活圏の情報を他者に伝えようとしたのだ。

この絵には57の地名のある具体的な場所が描かれており、うち11か所がキャニング牛追いルートの井戸を表している / 《クンクン》Kunkun 2008年 ノーラ・ナンガパ、ノーラ・ウォムピー、ブーガイ・ワイルター、クームパヤ・ギルガバ(マトゥミリイ・アーティスト)オーストラリア国立博物館蔵
この絵には57の地名のある具体的な場所が描かれており、うち11か所がキャニング牛追いルートの井戸を表している / 《クンクン》Kunkun 2008年 ノーラ・ナンガパ、ノーラ・ウォムピー、ブーガイ・ワイルター、クームパヤ・ギルガバ(マトゥミリイ・アーティスト)オーストラリア国立博物館蔵

ペインティングが、しばしば俯瞰して見たような地図を想起させるのは、それが理由だ(もっとも、アーティストたちが表現する地図はきわめて主観的・体感的なものであって、現実の地形とは必ずしも相似しない)。

この絵を白人たちの地図のように読まないで欲しい、これはマルトゥルの地図である」とアボリジニ・アーティストのノーラ・テイラーは語る / マトゥミリィ・ノーラ Martumili Ngurra  2009 クームパヤ・ギルガバ、ジャーカイウー・ビルジャブ、ナーマイユー・ビードゥー、テルマ・ジャドサン、ノーラ・テイラー、ジェーン・ギルガバ(マトゥミリィ・アーティスト)リネン地にアクリル絵の具 324 × 508 cm オーストラリア国立博物館蔵
この絵を白人たちの地図のように読まないで欲しい、これはマルトゥルの地図である」とアボリジニ・アーティストのノーラ・テイラーは語る / マトゥミリィ・ノーラ Martumili Ngurra  2009 クームパヤ・ギルガバ、ジャーカイウー・ビルジャブ、ナーマイユー・ビードゥー、テルマ・ジャドサン、ノーラ・テイラー、ジェーン・ギルガバ(マトゥミリィ・アーティスト)リネン地にアクリル絵の具 324 × 508 cm オーストラリア国立博物館蔵

ガブリエル・サリパン(マトゥミリィ・アーティスト)によるマトゥミリ・ノーラの注釈図。上の絵画の中で描かれた鍵となる沼地や場所を同定している
ガブリエル・サリパン(マトゥミリィ・アーティスト)によるマトゥミリ・ノーラの注釈図。上の絵画の中で描かれた鍵となる沼地や場所を同定している

各集団にとって特別な場所や出来事を指す「ドリーミング」という概念

そして、もう一つ重要な共通点が「ドリーミング」という概念である。ドリーミングを大まかに説明すると、個々の地域集団に伝わる創世神話であり、そこに登場する場所や出来事などあらゆるものを指している。ドリーミングの中では、アボリジニの祖先である精霊たちは太古のオーストラリアを旅して巡り、歌い、出会い、愛し合い、別の精霊と衝突して殺し合ったりする。

そして戦いに敗れた場所は、時に聖地として崇められ、各集団にとって特別な場所になる。つまり、アボリジニ・アートの中で描かれる場所とは、ドリーミングそのものでもあるのだ(ちなみに、ドリーミングの中で示される旅の道程を「ソングライン」と呼び、これもアボリジニたちは非常に大切にしている)。

その意味で、アボリジニのアーティストたちが重視するのは、個人の主観的な思いや表現欲求ではない。精霊へとつながる自分の集団が、どのような歴史、どのような背景を背負って生きているのかを説明することこそが、彼ら / 彼女らの芸術のもっとも重要な使命なのである。

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イベント情報

『ワンロード|現代アボリジニ・アートの世界』

市原会場
2016年10月1日(土)~2017年1月9日(月・祝)
会場:千葉県 市原湖畔美術館

釧路会場
2017年4月7日(金)~5月7日(日)
会場:北海道 釧路市立美術館

アボリジニ・アーティスト来日イベント
『アボリジニ・デーin市原湖畔美術館』

2016年11月3日(木・祝)11:00~16:00
会場:千葉県 市原湖畔美術館

『オーストラリア・ハウス 秋の会』

2016年11月5日(土)10:00~16:00
会場:新潟県 十日町 越後妻有里山現代美術館[キナ-レ]ほか

2016年11月6日(日)9:00~15:30
会場:新潟県 十日町 オーストラリア・ハウスほか

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