フィービー・ウォーラー=ブリッジとは?『フリーバッグ』生んだ新たな才能

衣装が完売、最終話は250万人が視聴。「フリーバッグ・エフェクト」を起こした人気ドラマ

主人公が着ていたジャンプスーツが1日で完売し、劇中に登場した「マークス&スペンサー(イギリスのスーパー)のジントニック缶」のセールスが24%増加、主人公が赤いワンピースを着ればファッション検索プラットフォーム・Lystでの「Red Dress」の検索が38%増加した――これらは全てBBCで放送されたイギリス発のドラマ『フリーバッグ』が生んだ効果だ。

『Fleabag フリーバッグ』シーズン2の最終話より。赤いワンピースを着たフィービー・ウォーラー=ブリッジ演じる主人公(右)

イギリスで「フリーバッグ・エフェクト」とでも言うべき現象を起こした本作は、今年4月にファイナルシーズンとなるシーズン2の放送を終え、現在はシーズン1、2ともにAmazon Prime Videoで配信されている。BBCで放送された最終話は250万人の視聴者数を記録し、BBC Threeでは16歳~34歳の視聴者の約4分の1が視聴したという。

魅了されたのは視聴者だけでなく、シーズン2が放送されるとイギリスやアメリカのメディアのレビューには「天才」「傑作」「完璧」といった言葉が踊った。

『Fleabag フリーバッグ』シーズン2 海外版トレイラー映像

製作・脚本・主演を務める33歳。『ハン・ソロ』にもドロイド役で登場

本作で製作総指揮・脚本・主演を務めるのは33歳の脚本家、女優であるフィービー・ウォーラー=ブリッジ。

1985年にロンドンに生まれた彼女は、ロンドンの王立演劇学校で学んだのち、2007年に舞台演出家の盟友ヴィッキー・ジョーンズと共にシアターカンパニー・DryWriteを共同設立した。様々な舞台への出演や脚本執筆を経て、2013年にドラマ版『フリーバッグ』のもとになる同名の一人芝居をジョーンズの演出で初演。その公演がBBCの目に留まり、テレビシリーズとしてシーズン1が放送されたのが2016年。同年には、現在Netflixでも配信されている『クラッシング』でも脚本・主演を務めている。

2018年にはBBCアメリカ製作のサスペンスシリーズ『キリング・イヴ』シーズン1でショーランナーとして脚本家チームを率い、製作総指揮も兼務。さらに映画『ハン・ソロ/スター・ウォーズ・ストーリー』に登場した女性型ドロイド「L3-37」を演じた「中の人」としても知られ、ドナルド・グローヴァーと共演した。

『ハン・ソロ/スター・ウォーズ・ストーリー』に登場するL3-37。フィービー・ウォーラー=ブリッジは声だけでなく、実際にコスチュームを着て動きを演じた ©2018 Lucasfilm Ltd. All Rights Reserved.

自分勝手で性欲強め。怒れる女性主人公を描くドラマ『Fleabag フリーバッグ』

彼女の名前と才能を世に知らしめた『フリーバッグ』は、シーズン1、2共に全6話で構成されるブラックコメディー。1話は約26、7分と比較的短いシリーズながら全話を完走した者には重い余韻を残す作品だ。

主人公は皮肉屋で常識破りで性欲の強いロンドナー、通称「フリーバッグ」。自分勝手で怒れる彼女が周囲の人間を振り回しながら欲望に忠実に生きる物語……かと思いきや、物語が進むにつれて意外な秘密が明らかになり、彼女の心の奥底にある深い哀しみや罪の意識が露わになっていく。

『Fleabag フリーバッグ』シーズン2より

カフェでサンドイッチを「ロンドン価格」と法外な値段で売りつけ、オバマの演説を見ながら恋人の隣でマスタベーションをし始め、人の家から平気で物を盗む主人公の不遜な態度は万人から愛されるキャラクターとは言い難い。それでも傍若無人な彼女の振る舞いの裏側にある痛みを垣間見て、気づけば彼女に深く感情移入してしまっていた視聴者も多いだろう。

主人公が視聴者に向かって話しかける、「第四の壁」を破る演出

本作の大きな特徴が、観客と演者を隔てる、目に見えない「第四の壁」を破って主人公が視聴者に向かって話しかけてくる演出だ。

登場人物がカメラ目線で観客に話しかける演出は特段目新しくはないが、男性と普通に会話していることを装いながら、「たまらない」といった表情で「セクシーな首!」と吐き出したり、セラピーに真摯に参加している振りをして「なかなか手強い」とセラピストに悪態をついたり、チラチラとカメラに視線を送って心の声を吐き出す様子は、ウォーラー=ブリッジの演じ分けも含めてこの作品をユニークにしている要素のひとつと言える。

『Fleabag フリーバッグ』シーズン2、キービジュアル

セクシーな神父「Hot Priest」が人気キャラに。神父と神との三角関係

今年3月から放送されたシーズン2では、新キャラクターである神父の登場によって物語が予想もできない方向に進む。第1話冒頭で主人公が宣言するようにシーズン2は壮大な「ラブストーリー」だが、「宗教」という大きなテーマが加わるのだ。性に奔放なフリーバッグと、神に禁欲を誓う神父。「神なの?私なの?」というセリフも飛び出し、主人公と神父と神の三角関係が展開される。

『Fleabag フリーバッグ』の海外公式Instagramより。神父を演じるのは『シャーロック』のアンドリュー・スコット

スラングを使い、際どいブラックジョークを話す型破りな神父は「Hot Priest(セクシーな神父)」として視聴者の心を掴んだ。演じるのはドラマ『シャーロック』のモリアーティ役で知られるアンドリュー・スコットだ。

また神経質な姉のクレア(シアン・クリフォード)、酒飲みのダメ男であるその夫(ブレット・ゲルマン)、フリーバッグとクレアの父親(ビル・パターソン)、控えめに見えて厚かましく、率直な嫌味を姉妹に向ける代母(オリヴィア・コールマン)など、一筋縄ではいかないキャラクターが揃う。

フリーバッグの姉のクレア(シアン・クリフォード)。フリーバッグとは対照的に堅物で神経質な性格
姉妹の父と再婚する代母は『女王陛下のお気に入り』で『アカデミー賞』主演女優賞を受賞したオリヴィア・コールマンが演じている

MI6の捜査員と美貌の殺人鬼の攻防描くシリーズ『キリング・イヴ』では英テレビ賞で15部門の候補に

『フリーバッグ』と並んですでにウォーラー=ブリッジの代表作とも言える『キリング・イヴ』は、昨年の放送開始前にシーズン2への更新が決定された。今年5月にシーズン2の放送が終了したが、シーズン3の製作も決まっている。

今年の『英国アカデミーテレビ賞』では15部門のノミネートを誇り、主演のサンドラ・オーは『エミー賞』史上初めてアジア系の女優としてドラマシリーズ主演女優賞の候補となったほか、自身が授賞式の司会を務めた『第76回ゴールデングローブ賞』で主演女優賞に輝いた。

『キリング・イヴ』キービジュアル

ルーク・ジェニングスによる小説を原作とした本作は、英国諜報機関MI6の極秘チームに雇われた元MI5職員のイヴ(サンドラ・オー)が、冷酷な暗殺者ヴィラネル(ジョディ・カマー)を追う様を描いたスパイドラマ。知的な捜査官イヴと美しき殺人鬼ヴィラネルは国をまたいで大胆な攻防戦を繰り広げるが、次第に互いを意識するようになり2人の間に特別な感情が生まれる、というあらすじだ。

大筋は捜査官と暗殺者のスリリングな攻防戦を描いたスリラーものだが、ここにもブラックな笑いが盛り込まれている。緊迫したシーンの合間に挟まれる、捜査員同士のコミカルなやり取りには中毒性がある。

『キリング・イヴ』シーズン2のトレイラーにはビリー・アイリッシュの楽曲が使用されている

また主人公が2人の女性であるというのも特徴的で、暗殺者を追う捜査官、組織に雇われて残忍な殺しをする暗殺者という2人の女性の心に徐々に執着心が芽生えていく過程には緊張感とセクシャルなムードが同時に漂う。

フィービー・ウォーラー=ブリッジはシーズン1で高い評価を獲得したのち、本作のショーランナーから降板することを発表したが、エグゼクティブプロデューサーとして引き続き参加している。シーズン2で脚本を引き継いだのは女優としても活動するエメラルド・フェネル。これによって『キリング・イヴ』はシーズンごとに異なる女性がショーランナーを務めるユニークな作品となった。

『007』新作脚本家の一人にも抜擢。シリーズ史上2人目の女性脚本家に

惜しまれながらも『フリーバッグ』はシーズン2で完結することをウォーラー=ブリッジ自身が宣言している。『キリング・イヴ』の脚本家からも身を引いた彼女が抱える次のビッグプロジェクトは、言わずと知れたスパイシリーズ『007』の新作だ。

彼女の起用は、『フリーバッグ』のファンだったというジェームズ・ボンド役のダニエル・クレイグの希望で実現したという。監督のキャリー・フクナガをはじめ、ニール・パーヴィス&ロバート・ウェイド、スコット・バーンズと共に脚本に参加する。

『007』の新作『BOND 25(仮題)』ロゴ

英オブザーバー紙によればクレイグは『BOND 25』の仮題で呼ばれる新作の脚本についてもう少し「磨き」をかける必要性を感じ、ウォーラー=ブリッジの得意とするユーモアやオフビートなスタイルを取り入れようと考えたのだそうだ。

『007』シリーズの脚本家に女性が起用されたのは、1962年、63年に製作されたシリーズ1作目、2作目の脚本に参加したジョアンナ・ハーウッド以来、史上2人目となる。彼女の得意とするユーモアだけでなく、女性の視点を持ち込むことも期待されるが、デッドラインのインタビューでは「作品が女性を適切に扱うことが重要」と語っている。

左から『BOND 25(仮題)』製作のマイケル・G・ウィルソン、キャストのレア・セドゥ、監督のキャリー・フクナガ、キャストのアナ・デ・アルマス、ダニエル・クレイグ、ナオミ・ハリス、ラッシャーナ・リンチ、製作のバーバラ・ブロッコリ

本作にはラッシャーナ・リンチ、レア・セドゥ、アナ・デ・アルマスといった女性キャストが登場する。前述のインタビューでウォーラー=ブリッジは「とにかく彼女たちが脚本を読んで『これを演じるのが待ちきれない』と感じてほしいんです。私は女優として、キャリアの初期はそのように感じることがほとんどなかった。その感覚を女優に持ってもらえるというのは非常に嬉しいことです」と続けた。

さらにテレビでの活躍も続く。今年3月にHBOはフィービー・ウォーラー=ブリッジとヴィッキー・ジョーンズのタッグによる新シリーズ『Run』の製作を発表。ドーナル・グリーソン、メリット・ウェヴァーが主演するロマティックコメディースリラーで、ジョーンズが脚本と製作総指揮、ウォーラー=ブリッジは製作総指揮を務めるほかキャストにも名を連ねる。

HBOのドラマ『Run』では『Fleabag フリーバッグ』の舞台版を演出した盟友ヴィッキー・ジョーンズと再タッグ(画像は『Fleabag フリーバッグ』シーズン2より)

『BOND 25』の公開は2020年を予定。『Run』の放送開始日は現時点では未定だが、彼女はハリウッドのへの新たな「ブリティッシュ・インヴェイジョン」として、来年以降もますます活躍の場を広げそうだ。フィービー・ウォーラー=ブリッジの名前を今から覚えておいても遅くはない。

現在日本で観ることのできる彼女の作品はNetflixで配信中の『クラッシング』とAmazon Prime Videoで配信中の『フリーバッグ』。『キリング・イヴ』はWOWOWでの放送が終了してしまったが、再放送に期待したい。

作品情報
『Fleabag フリーバッグ』シーズン1、2

Amazon Prime Videoで独占配信中
出演:
フィービー・ウォーラー=ブリッジ
シアン・クリフォード
オリヴィア・コールマン
ほか



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