コラム

劇場版『SHIROBAKO』公開。苦境を生き抜く「私(たち)」の物語

劇場版『SHIROBAKO』公開。苦境を生き抜く「私(たち)」の物語

テキスト
島貫泰介
編集:矢澤拓(CINRA.NET編集部)

SNSでバズらせる、著名人をキャストやPRに配してメジャーなメディアに取り上げてもらうなど、作品をヒットさせるための方策は無数に考えつく(それが功を奏するかは別)としても、結局のところ、その作品が観客にとって「私(たち)の物語」として感じられるか否かが、成否の分かれ目だ。昨年、世界規模でヒットした『ジョーカー』や『パラサイト 半地下の家族』が、どちらも現実社会の貧富の格差や不自由の過酷さに紐づくことで「私(たち)」の物語となりえたのは皮肉な成功と言えるかもしれないが、しかしそのような同時代を生きる人々との結びつきが芸術には不可欠である。その意味で、筆者には忘れられないテレビアニメがある。アニメーション業界の製作現場を舞台にした『SHIROBAKO』だ。

3分でわかるテレビアニメ『SHIROBAKO』


©2020 劇場版「SHIROBAKO」製作委員会

東京・武蔵境駅近辺にある架空のアニメスタジオ「武蔵野アニメーション」に勤める宮森あおいは、新人の制作進行として監督、原画、動画、CG、音響、撮影……など、アニメ制作に関わる人々を結びつけ、励まし、ときに激怒しながら、なんとか各話を完成させて納期・テレビ放送に間に合わせる因果な仕事に就いている。クセの強い現場のクリエイターたちはクオリティやモチベーションを理由に仕事を引き延ばしがちだし、無責任なクライアントや身勝手な同僚・上司は思いもしないトラブルを起こしてはせっかく立てたスケジュールをあっさり覆してしまう。そういったもろもろの調整役である宮森は、ひたすら各所に謝り倒しながら、制作進行としても人間としても成長していく……というのが全24話のあらすじだ。

アニメ業界に限らず、クリエイティブ系の仕事に就く人にはとても他人事とは思えない。「私(たち)」の苦しみを真正面から描く

前半1クール目では、3人のアイドルがマネージャー殺害の容疑をかけられて逃走する全13話のテレビアニメ『えくそだすっ!』と並行しながら、アニメ制作の現場で起こる(かもしれない)あらゆるトラブルを見せてくれる。手描きの作画スタッフとCGスタッフはコミュニケーションの行き違いで衝突し、優秀な制作進行は制作半ばで他社に電撃移籍し、いつまでも絵コンテを完成させない監督はスタジオ内の座敷牢に軟禁される。いっぽう、宮森と同時期にアニメ業界に入った高校時代の親友たちも、アニメーター、CGクリエイター、声優になりたいという夢と、現実の実力の落差に落ち込み「自分は誰からも必要とされていないのでは?」と煩悶し続ける。

制作進行・宮森あおい  ©2020 劇場版「SHIROBAKO」製作委員会
制作進行・宮森あおい ©2020 劇場版「SHIROBAKO」製作委員会
アニメーター・安原絵麻
アニメーター・安原絵麻 ©2020 劇場版「SHIROBAKO」製作委員会
声優・坂木しずか
声優・坂木しずか ©2020 劇場版「SHIROBAKO」製作委員会
3Dクリエイター・藤堂美沙
3Dクリエイター・藤堂美沙
脚本家(志望)・今井みどり  ©2020 劇場版「SHIROBAKO」製作委員会
脚本家(志望)・今井みどり ©2020 劇場版「SHIROBAKO」製作委員会

続く後半2クール目で、宮森は制作デスクに抜擢されて人気漫画『第三飛行少女隊』のアニメ化に取り組むが、ここでも調子だけはよい原作編集者が起こしたトラブルで大幅リテイクの憂き目を見る。これ以外にも次々と起こる騒動は、アニメ業界に限らずなんらかのクリエイティブ系の仕事に関わってきた者であれば、とても他人事とは思えない、みぞおちのあたりが「キュッ……!」となる案件ばかりだ。

こういったプレッシャーに耐えきれず現場を去る人は少なくないし、長年勤めていた人も将来性の見えなさや不安からまったく別の職種に転職することもざらにある。『SHIROBAKO』は、働くことにまつわる「私(たち)」の苦しみを真正面から描いている。

誰もが「これは私の物語だ」と感じられるエピソードの数々。異世界転生のような現実逃避ではなく、仕事という現実の中で折り合いをつける術を示す

そういった苦しみを、「異世界への転生」のような現実離れしたフィクションで和らげたり慰撫したりするようなことを『SHIROBAKO』はしない。仕事で生じた苦しみや悩みは、結局のところ、やはり仕事のなかで折り合いをつけて晴らすしかないからだが、しかし、その折り合いのつけ方をさまざまに示してくれるのも『SHIROBAKO』の醍醐味だ。


©2020 劇場版「SHIROBAKO」製作委員会

©2020 劇場版「SHIROBAKO」製作委員会

例えば、大幅に内容を変更することになった『えくそだすっ!』最終話を完成させるため、宮森は原画スタッフの確保に奔走するが、もっとも難易度の高い「爆走する馬の群れのカット」を引き受けてくれる人材がどうやっても見つからない。数々のアニメーター(なかには『新世紀エヴァンゲリオン』監督・庵野秀明がモデルの人物も!)に断られた末に行き着いたのが、同じ武蔵野アニメーションに所属する古参アニメーターの杉江茂。現在流行の萌えキャラも、CGと絡めた描画にも慣れないが、長年の経験と動物描写の腕前で、窮地に陥った現場を見事に救ってくれる。さらに杉江が果たす役割はそれだけではなく、アニメーターとして生きていく自信を持てない新人の安原絵麻に、作り手として生き延びていくための覚悟と仕事術を言葉少なに伝えるのも彼だ。

そのようにして、『SHIROBAKO』では先人たちの技術と経験の蓄積、プロフェッショナルとして働く凛とした姿勢を示すことで、作ることの苦しみを喜びへと変えていく方法を示している。ちなみに先述した馬のシーンの作画を担当したのが、『AKIRA』『人狼 JIN-ROH』『有頂天家族』などで辣腕を振るう井上俊之であるというのも作画マニアには心憎いポイント。現実の『SHIROBAKO』制作の現場でも、ベテランから新進アニメーターへの橋渡しがあったかもしれないと想像できるのも本作のメタ的な楽しみ方である。

最後にもう一つだけ付け加えてしまうと、筆者が何度見返しても落涙してしまうのが最終話手前の第23話。『第三飛行少女隊』原作者と監督の和解によって登場する新キャラクターによって昇華される、ある人物が長く抱いてきた「私だけが周囲から取り残されているかもしれない」という暗い感情は、ライター/編集者としていくぶん遅めのスタートを切った自分にとって強く共感できるものだ。そのように、誰もが「これは私の物語だ」と感じられるエピソードをさまざまに散りばめ、言葉少なに励ましてくれるのが『SHIROBAKO』の最大の魅力なのだと思う。

テレビアニメ『SHIROBAKO』の21~24話が、2月28日~3月6日の間YouTubeで無料公開されているので、Netflixを契約していない人も見ることができる

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作品情報

『劇場版 SHIROBAKO』

全国公開中

監督:水島努
シリーズ構成:横手美智子
キャラクター原案:ぽんかん⑧
キャラクターデザイン・総作画監督:関口可奈味
アニメーション制作:P.A.WORKS
原作:武蔵野アニメーション
声の出演:
木村珠莉
佳村はるか
千菅春香
高野麻美
大和田仁美
佐倉綾音
ほか
配給:ショウゲート

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