
青春コメディというジャンルは、長い間、ストレートの白人少年たちの王国だった
豪州の歌手ステラ・ドネリーが友人に強姦被害を告白された体験をもとにセカンドレイプや犠牲者非難を歌った2017年の楽曲、そして英国の歌手デュア・リパが帰宅途中に男子が近くにいたら鍵を指に挟んで自衛していたことを歌った2020年の楽曲は、どちらも同じ「Boys Will Be Boys」というタイトルが付けられている。「男の子だからイタズラはしょうがない」という身勝手な性的接触や加害性を糾弾した#MeToo時代のアンセムである。
青春コメディというジャンルは長い間、このようなレイプカルチャーを野放しにし続け、異性愛規範に基づいた童貞卒業を目論むストレートの白人少年たちの王国だった。1980年代、郊外に住む中産階級の白人のティーンエイジャーや変わり者の子どもたちを愛情深く描いたジョン・ヒューズは、映画評論家ロジャー・エバートから「青春の哲学者」と評され、ジャド・アパトーやウェス・アンダーソンらに多大な影響を与えた学園映画の巨匠であるが、彼もまたその例外ではない。
ジョン・ヒューズ監督『ブレックファスト・クラブ』(1985年)
高校内の階級制度を特徴づけた彼の作品の中ではそのシステムの中で帰属する方法、階級の移動性が重視された。『すてきな片想い』や『プリティ・イン・ピンク/恋人たちの街角』ではヒロインは金持ちで人気者の男子と結ばれ、『ブレックファスト・クラブ』ではゴスの少女は変身することでジョックに受容された。ある種のシンデレラストーリーが学園を舞台に移植され、従来の社会の美の基準に適合することが成功として提示されていたとも言える。そこには女性を天使か売春婦かに二分するような「マドンナ・ホーア・コンプレックス」的な見方や、少女をオブジェクトとして見る無邪気な少年たちのデートレイプなどが見受けられた側面がある。それ以降の多くのティーン映画もゲイやレイプをネタにしたジョークを内在していた。
Z世代の文化を捉える『ブックスマート』。物語が進むにつれ、各キャラクターのステレオタイプが解体されていく
ハリウッド女優オリヴィア・ワイルドの長編第一作『ブックスマート 卒業前夜のパーティーデビュー』は、このジャンルの慣習、あるいはアパトー以降、潮流となったブロマンスに対するアンチテーゼである。生徒会長で最高裁判事を夢見るモリー(『レディ・バード』のビーニー・フェルドスタイン)とアフリカでタンポンを広める人道的な活動に従事する予定のエイミー(『ショート・ターム』『アンビリーバブル たった1つの真実』のケイトリン・デヴァー)というこれまで疎外されてきたナードな女子ふたりを主体的に躍動させ、彼女たちがくだけた冗談を言い合い、じゃれ合いながら関係を持つことができることに目を向けたのだ(参考:Netflix『アンビリーバブル』。少女は2度被害に遭い、声は潰された)。
米国最高裁判事ルース・ベイダー・ギンズバーグやミシェル・オバマらの写真に囲まれた部屋で、モリーがマインドフルネスのための音声を聴く(その声を『ブライズメイズ 史上最悪のウェディングプラン』のマーヤ・ルドルフが吹き込んでいる)場面から始まるこの映画は、デジタルネイティブであるZ世代の文化を捉えている(彼らは統計的にどの世代よりも瞑想を好む傾向にある)。最も多様性に富み、最も教育を受けているとされる一方で、成功への道が見えない世代だからこそ、モリーは遊んでばかりの同級生を「負け犬」と蔑み、誰よりも勉強に励まなければならないと自身を鼓舞するのだろう。
『ブックスマート 卒業前夜のパーティーデビュー』予告編
ジェンダーニュートラルなトイレがあるような上位中産階級の進歩的な学校に通う彼らは総じてリベラルで、人種やジェンダー、セクシュアリティなどに関して多様で包括的である。それぞれに違いがあることは当たり前で言及すらしないこの世代の感覚が『ブックスマート』では強く打ち出されている。例えば、これまで様々な映画でいじめが展開されてきた空間であるトイレでジョックスがモリーのことを話題にし始めたとき、観客は彼女の容姿が非難されるのではないかと考えるかもしれない。しかし、彼らは見た目や体型ではなく、あくまでも彼女の堅苦しい性格の方を非難するのである(その内のアジア系の男子・タナーは彼女に魅力を感じてすらいる──ただ、彼がモリーの身体をある種性的な客体として見ていること、あるいは別のラテン系の男子・テオとともに卑猥な会話をノリで繰り広げていることは少し留意が必要かもしれない)。
しかし、能天気な快楽主義者だと軽蔑していた彼らも実は有名大学へ進学することを知ったとき、モリーはそれまで自分がどこかで優越感に浸っていたことに気づく。モリーとエイミーは、呼ばれてもいない卒業パーティの会場に辿り着くまでの道のりで、表面的な先入観で決めつけていたのとは異なるクラスメイトの姿を知ることになる。モリーが想いを寄せるニックはジョックだが、性格は優しく、ホグワーツの各寮を理解してるほど『ハリー・ポッター』が好きな側面もある。神出鬼没なジジや目立ちたがり屋な変人ジャレッドは浮かれた金持ちだが傲慢ではないし、一見近寄りがたいオーラを放つクールなホープにもクィアな欲望が秘められている。男子たちからの噂から尻軽だと認識していたトリプルAことアナベルは、実際は不真面目でも愚かでもない。物語が進むにつれ、キャラクターのステレオタイプを解体していくのである。ナードであれクイーンビーであれ一匹狼であれ、タイプと知性を結び付けないあり方は、Netflix作品の『セックス・エデュケーション』や『ハーフ・オブ・イット:面白いのはこれから』などとも通じるものだろう。
作品情報
- 『ブックスマート 卒業前夜のパーティーデビュー』
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2020年8月21日(金)からヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国で順次公開
監督:オリヴィア・ワイルド
出演:
ケイトリン・デヴァー
ビーニー・フェルドスタイン
ジェシカ・ウィリアムズ
リサ・クドロー
ウィル・フォーテ
ジェイソン・サダイキス
ビリー・ラード
ダイアナ・シルバーズ
モリー・ゴードン
ノア・ガルビン
オースティン・クルート
ヴィクトリア・ルエスガ
エデゥアルド・フランコ
ニコ・ヒラガ
メイソン・グッディング
上映時間:102分
配給:ロングライド