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フィオナ・アップル、誤解と神格化の狭間で 5人の視点で見つめる

フィオナ・アップル、誤解と神格化の狭間で 5人の視点で見つめる

フィオナ・アップル『Fetch the Bolt Cutters』
編集
山元翔一(CINRA.NET編集部)

この記事には2つの目的がある。フィオナ・アップルという不世出の音楽家が生み出した『Fetch the Bolt Cutters』から溢れるエネルギーの正体について、複数の視点から思いを巡らせること。もうひとつは、フィオナ・アップルに対する日本語での批評を未来に手渡すこと。フィオナの場合は特に次作がいつ出るのかもわからないわけだが、その来たるべき未来のために、5つの視点からなる2020年時点でのフィオナ・アップル評を、彼女と人生を共にしてきたリスナーのために、フィオナのことをこれから深く知っていこうとするあなたのような人のために残します。

本稿の指針となったのは、『CROSSBEAT』誌1999年12月号と2000年6月号。そこには、純真かつチャーミングで、そして透徹した眼差しを持つフィオナ・アップルその人の姿が確かにあった。5人の書き手のうちの一人である新谷洋子は、この2つの記事のインタビュアーを務め、『Fetch the Bolt Cutters』の歌詞対訳も手がけている。

大胆で美しく、力強くも繊細で、フィオナ・アップルという個の内側から発せられる衝動が辿った20年以上にわたる歴史を捉え、そして、天真爛漫な天才性、そのナイフのような感性、音楽家として業、あるいはひとりの女性としての怒り……これらを見つめて言語化するために、新谷のほかに、小林祐介(THE NOVEMBERS)、角銅真実、小熊俊哉、野中モモの力を借りた。あなたにとって、フィオナ・アップルがより身近で、特別な存在になったら幸いだ。

フィオナ・アップル<br>1977年NY出身。17才の時に書き上げた作品『TIDAL』でデビュー。彼女の前に道はなく、既存のジャンルに分類することが不可能だとも言われたが、「マーケットがない」と危惧されたウィークポイントを僅か1年で逆にアドバンテージに変え、「比類無き唯一の存在」として自身のアイデンティティーを確立した。これまでに5枚のアルバムをリリースし、通算アルバム売上は1000万枚以上、『グラミー賞』8回ノミネート(うち1回受賞)。2020年4月には8年ぶりとなる新作『Fetch the Bolt Cutters』が発表された。
フィオナ・アップル
1977年NY出身。17才の時に書き上げた作品『TIDAL』でデビュー。彼女の前に道はなく、既存のジャンルに分類することが不可能だとも言われたが、「マーケットがない」と危惧されたウィークポイントを僅か1年で逆にアドバンテージに変え、「比類無き唯一の存在」として自身のアイデンティティーを確立した。これまでに5枚のアルバムをリリースし、通算アルバム売上は1000万枚以上、『グラミー賞』8回ノミネート(うち1回受賞)。2020年4月には8年ぶりとなる新作『Fetch the Bolt Cutters』が発表された。
フィオナ・アップル『Fetch the Bolt Cutters』を聴く(Apple Musicはこちら

「フィオナ・アップルが18歳の僕に突きつけたもの」テキスト:小林祐介(THE NOVEMBERS)

<フィオナ・アップルが鳴り響く地下鉄に 二十一歳の彼女は身を投げる>

僕が思春期を共に過ごしたART-SCHOOLの楽曲“FIONA APPLE GIRL”は、こんな歌い出しで始まる。僕はこの曲でフィオナ・アップルの存在を知った。僕が高校を卒業したばかり、18歳の頃だった。

まだ名前しか知らない彼女の作品(1stアルバム『TIDAL』)を、地元・宇都宮のレコードショップへ買いに行くまでにそう時間はかからなかったと思う。

当時の僕は、自分が尊敬するミュージシャンが影響を受けた音楽をひたすらチェックし、新たな衝撃や感動、驚き、疑問符との出会いを重ねていた時期で、フィオナ・アップルもその一つだった。

『TIDAL』の1曲目“Sleep to Dream”のイントロが流れ、彼女の歌が始まった瞬間の興奮をいまでも鮮明に覚えている。何かに怒っているような、耐えているような、何かを宣言しているような歌声で、まくしたてるように言葉を吐き出すその曲で僕は一気に引き込まれ、しばらくの間ずっとそのアルバムを聴いていた(ちなみにこの曲は僕のバンドTHE NOVEMBERSで、ライブの入場SEとして長いこと使用していた)。以来、彼女についての記事や、インタビュー、ライブ映像などはチェックし続けてきた。

フィオナ・アップル“Sleep to Dream”を聴く(Apple Musicで聴く / Spotifyで聴く

THE NOVEMBERS『At The Beginning』(2020年)を聴く(Apple Musicはこちら

そして2020年、SNS上での「『Pitchfork』がフィオナ・アップルの新譜に10点をつけた」というコメントと共に、僕は新作『Fetch the Bolt Cutters』の存在を知った。そのため、自分が少し構えを作ってしまったように感じ、あえてすぐには聴かず忘れたころにでも楽しもうと思っていたら、本当に忘れてしまい、まさにこの記事のオファーが本作を聴くきっかけになった(ありがとうございます)。

いやー、素晴らしい。表現力や倍音の豊かな歌とコーラスワークも、ここ最近とんと触れる機会が減っていたルーム感たっぷりなサウンドも、散りばめられられた犬の鳴き声やなんとなく鳴らしたような楽器の音も、茶目っ気たっぷりなアートワークも、「ボルトカッターを持ってきて」という作品名も、素晴らしい。

フィオナ・アップル“I Want You To Love Me”を聴く(Apple Musicで聴く / Spotifyで聴く

なんて、無邪気にただ楽しめればよいのだけれど、そうもいかない。躍動感や軽快さに溢れた曲もたくさんあったけれど、いま、この作品で僕が味わった感動は複雑でずっしりと重く、心に何かが点火したような、ふつふつとした熱いものを感じている。

思えば、かつて、僕が女性に対して偏向的に抱いていた平和ボケでメルヘンチックな考え方や、ファンタジー的な眼差しを、粉々に打ち砕いたのはフィオナ・アップルだった。

逆説的に、自分が男性であることを強く突きつけられたことで、自己否定に走ってしまう僕に、自己肯定感よりも、自己受容の大切さを感じさせてくれたのもフィオナ・アップルだった。

「いつかぴったり合うようになると言われてた靴を履いて私は育った
あの丘を駆け登るには向いてない靴を、
でも私はあの丘を駆け登らなくちゃならない」

「ボルトカッターを持ってきて、私はここに長居し過ぎた」

フィオナ・アップ“Fetch the Bolt Cutters”より

と彼女は歌う。靴も、ボルトカッター(また、それで断ち切る何か)も、人が作ったものだ。

世界中で起こっている悲惨な出来事は、人の手でなくすことができる。想像し、それを心から望めば、私たちは歩き出せるはずだ。何かに向かって、あるいは何かに背を向けて。

「私の中の傷だらけの『わたし』を奮い立たせる声と言葉」テキスト:角銅真実

じつは彼女の声を聞くと、いつも少しだけぎゅっと苦しくなる
。

それはたとえば、海に浸かった時にいつか擦りむいてできた傷がしみて思わず目をつぶる時の感じです。
だけど、ずっとフィオナ・アップルさんの音楽から声から、目を耳を離せないのはどういうことだろう。


生きることの、続いてゆくことの複雑さの中で、誤魔化さずに他者を求めながらも自分の手で自分自身になろうとする(ように感じる)彼女の声に、言葉に、そこに閉じ込められた空気に、私の中の傷だらけのわたしがいつもなんどもうなずいているからでしょうか。



今回のアルバムは、特にそんなことを感じていました。



とりわけなんども聴いたのは“Fetch the Bolt Cutters”という曲です。
わたしには、自分の声を、身体を、心を、自分の手で掴み / 取り返した人の声が聴こえてきました。
そういった歌って、なんて強いのでしょう。



フィオナ・アップル“Fetch the Bolt Cutters”を聴く(Apple Musicで聴く / Spotifyで聴く

どこに咲こうなんて思っていない花

風に乗ってたどり着いたところで強く萌えるいきもの。

たとえアスファルトの上や灼熱の砂漠だったとしても、気にもとめずたくましく葉を広げ、その花を咲かせようとする。それが叶わなくとも。

諦めと、願いが拮抗してできた、硬いかたい鉱石みたいだ

誇らしいお墓みたいだ

日に焼けた、何かの大きな目印の旗みたいだ



フィオナさん、この歌たちを、こうして記録し作品にし届けてくれて
本当にありがとうございます。


そうして音の風に乗ってやってきたあなたの種たちが、今、音楽を聴いているわたしの部屋や心に芽を出し茎を伸ばし蔓を巻きつけ緑を生い茂らせ、部屋の形を変え、心はいろんなところがめくれ、わたしはその草いきれの中で、前向きに途方に暮れながらこれを書いています。

角銅真実『oar』(2020年)を聴く(Apple Musicはこちら

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リリース情報

フィオナ・アップル『Fetch the Bolt Cutters』日本盤
フィオナ・アップル
『Fetch the Bolt Cutters』日本盤(CD)

2020年7月22日(水)発売
価格:2,640円(税込)
SICP-6338

1. I Want You to Love Me
2. Shameika
3. Fetch The Bolt Cutters
4. Under The Table
5. Relay
6. Rack of His
7. Newspaper
8. Ladies
9. Heavy Balloon
10. Cosmonauts
11. For Her
12. Drumset
13. On I Go
※歌詞、対訳、解説つき

プロフィール

フィオナ・アップル
フィオナ・アップル

1977年NY出身。17才の時に書き上げた作品『TIDAL』でデビュー。彼女の前に道はなく、既存のジャンルに分類することが不可能だとも言われたが、「マーケットがない」と危惧されたウィークポイントを僅か1年で逆にアドバンテージに変え、「比類無き唯一の存在」として自身のアイデンティティーを確立した。これまでに5枚のアルバムをリリースし、通算アルバム売上は1000万枚以上、『グラミー賞』8回ノミネート(うち1回受賞)。2020年4月には8年ぶりとなる新作『Fetch the Bolt Cutters』が発表された。

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