コラム

映画『mid90s』 ジョナ・ヒルが編むパーソナルで普遍的なストーリー

映画『mid90s』 ジョナ・ヒルが編むパーソナルで普遍的なストーリー

テキスト
Casper(Shut Up Kiss Me Records)
編集:後藤美波(CINRA.NET編集部)

13歳の少年が世界に対峙する。非常にパーソナルだが多くの人が共感し得るストーリー

今振り返ってみると、あの時なぜあんなことをしたのだろうとよく思う。というか、そんなことばかりかもしれない。あるいは、当時はなにも思っていなかったけど、考えてみればあの時のあれが今の人生に繋がっているなんてこともあるだろう。虫眼鏡を近づけて覗き込むとそのものがよく見えるが、遠く離すと、像は逆立ちをして浮かび上がる。過去は、虫眼鏡の倒立像のように、あの時とはどこか違って見える。

「スケートボーディングは私に友人を与えてくれました。美学、倫理、そしてものの見方も。パンクやヒップホップが好きになったし、人生を導いてくれました」

監督のジョナ・ヒルが映画の公開にあわせてInstagramにポストしたメッセージが示すとおり、『mid90s ミッドナインティーズ』で描かれるのは、13歳の主人公スティーヴィーが家を抜け出し、世界と対峙し、成長していくさまだ。行き場のない日々を送っていたスティーヴィーはある日、街で見かけたスケーターたちのいるショップに足を踏み入れ、彼の人生は文字通り変わっていく。毎日のようにスケートショップに入り浸っていたというジョナ・ヒルの10代が反映されたストーリーは非常にパーソナルだが、あるカルチャー、ある人、ある場所と出会うことで世界が開けていく感覚は、多くの人が共感できるはず。とはいえ、『mid90s ミッドナインティーズ』は共感ポイントをレトロ趣味で包み上げた、ただのインスタントな青春映画ではない。そこにはスケートカルチャーへの深い愛、そして「自らのスタイルでストーリーを編む」ことに向き合うジョナ・ヒルの意思がある。

『mid90s ミッドナインティーズ』 ©2018 A24 Distribution, LLC. All Rights Reserved.
『mid90s ミッドナインティーズ』 ©2018 A24 Distribution, LLC. All Rights Reserved.

数々のスケートブランドやスニーカー、「はみ出しもの」を受け入れる違法のスケートパーク……スケートカルチャーへの愛とリスペクト

まるで実在するスケーターのVHSを観ている気分になるほどに「溶け込んだ」サウンドトラックもさることながら、まず目を見張るのは彼らが身に纏うファッションだ。今ハリウッドで最も注目すべきデザイナーのひとり、ハイディ・ビヴェンスが衣装デザインを手掛け、Blind、Girl、Droors Clothing、Toy Machine……たくさんのスケートブランドのアイテムが映画を彩る。それぞれのキャラクターのファッションからも物語が汲み取れるのは、多くの人がリアルタイムで、もしくはリバイバルで共有した「90年代」という特別な時代を舞台にする作品の特権である。『ストII』(格闘ゲーム『ストリートファイターII』)のグラフィックTを着て幼く見えていたスティーヴィーが、「タートルズ」(アメコミ原作のアニメシリーズ『ミュータント・タートルズ』)のポスターを壁から外し、やがてShorty'sのロゴTを着るように──もはやそれだけで十分なドラマだ。

特にリアルなのは、急にそれらしい服を着るようになるスティーヴィーの、足元だけは最初に履いていたスニーカーのままなこと。スニーカーは、マインドとスタイルが合致したときはじめて「自分のものだ」と胸を張れる。そんな理想のスニーカーにはそう簡単に出会えないし、なによりスニーカーは高い。アディダスのサンバを「ユニフォームである」と語るジョナ・ヒルの、スニーカーへの深い理解が反映されたリアルな描写である(そのアディダスを劇中で履くのはもちろん、アディダスのスケートボーディングチームの一員でもあるナケル・スミス演じるレイ)。

『mid90s ミッドナインティーズ』 ©2018 A24 Distribution, LLC. All Rights Reserved.
『mid90s ミッドナインティーズ』 ©2018 A24 Distribution, LLC. All Rights Reserved.

スケートカルチャーへのリスペクトが最も感じられるのが、「ウエストLAコートハウス」(裁判所)敷地内でのシークエンス。もともと違法なストリートスケートボーディングのスポットとして数々の伝説的なビデオに登場してきた聖地で、のちにNIKEが買収し正式にスケートパークとして運営されたが、映画で描かれていたとおり、1990年代にはスケーターとホームレス、そして怪しげな人々が入り乱れていたという。もちろん貧困や様々な社会問題と隣合わせの深刻なイシューであり、決してポジティブに言える/消費していい話ではないが、「パーク」と呼ばれる土地が世間から「はみ出してしまった」ものたちを一時的に受容する最後の空間として機能し、その中でお互いを気にかけるさまが描かれるこのシークエンスは、スケートボーディングやストリートカルチャーの美学が感じられるパートとなっている。そしてそんな「はみ出しもの」たちを1990年代から見つめ続けてきたハーモニー・コリンが、劇中ほんの一瞬姿を見せるのもまた象徴的だ。

『mid90s ミッドナインティーズ』 ©2018 A24 Distribution, LLC. All Rights Reserved.
『mid90s ミッドナインティーズ』 ©2018 A24 Distribution, LLC. All Rights Reserved.
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作品情報

『mid90s ミッドナインティーズ』
『mid90s ミッドナインティーズ』

2020年9月4日(金)から新宿ピカデリー、WHITE CINE QUINTOほか全国で公開

監督・脚本:ジョナ・ヒル
音楽:トレント・レズナー、アッティカス・ロス
出演:
サニー・スリッチ
キャサリン・ウォーターストン
ルーカス・ヘッジズ
ナケル・スミス
上映時間:85分
配給:トランスフォーマー

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