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『アイ・キャン・オンリー・イマジン』「赦し」を巡る親子の物語

『アイ・キャン・オンリー・イマジン』「赦し」を巡る親子の物語

『アイ・キャン・オンリー・イマジン 明日へつなぐ歌』
テキスト
木津毅
編集:山元翔一(CINRA.NET編集部)

たとえ実父であろうと「赦す」義務はない。しかしそれでは前に進めなかったバートは、信仰の本質に深く向き合う

抑圧的な父親とどのように向き合い、どのように赦していくか――。それはもちろん、本作のようにクリスチャンや保守層を描いた作品にだけでなく、現在多くのところで発見できるモチーフである。#Metooムーブメント以降とりわけ取り沙汰されることになった男性の加害性や、いわゆるトキシック・マスキュリニティ(有害な男性性)と社会が向き合い、解決していこうというムードと重なるところもあるのだろう。

左から:バート・ミラード、アーサー・ミラード
左から:バート・ミラード、アーサー・ミラード

実際、『アイ・キャン・オンリー・イマジン』のデニス・クエイド扮するミラードの父アーサーは、旧態然とした「男らしさ」を誇示するタイプの典型として描かれている。アメリカで「男らしさ」を象徴するスポーツであるアメフトで息子が活躍したときも、素直に褒めるのではなく、「自分のほうがタックルされた人数が多かった」と言ってそのタフさを競うようなあり様である。タフであることを自身にも息子にも過剰に要求するために、優しさや思いやりといった(「女性的」とされてきた)感情を周りと共有できなくなり、加害的に振る舞ってしまうのである。

映画『アイ・キャン・オンリー・イマジン 明日へつなぐ歌』より
映画『アイ・キャン・オンリー・イマジン 明日へつなぐ歌』より

息子のミラードは被害者であり、暴力の加害者を赦さなければならない義務などもちろんない。しかしながら、彼は自身が「赦さない」という感情に囚われていることを自覚し、そこから解放されるためにこそ父親と真摯に向き合っていくのだ。そこで鍵となるのが信仰である。

ミラードが久しぶりに父親を訪ねると、さほど敬虔でもなかった彼が死を前にして、過去の罪悪感と向き合うためにキリスト教を頼りにしていることを知る。父は自らの罪を赦すために、息子は父を赦せないという桎梏(しっこく、自由を束縛するものの意)から解き放たれるために、「赦し」をつねに掲げる信仰と深く触れることになる。

興味深いのが、その過程で教会やクリスチャンのコミュニティが父子にとってある種セラピー的な役割を果たしていることだ。信仰といっても教義をただなぞり、それに従うのではなく、自身の内面の問題ときちんと向き合うという、心理療法の基本がそこでおこなわれているのである。そして父の死後、ミラードは“I Can Only Imagine”を一気に書き上げる。父を安らかにおくるために。

映画『アイ・キャン・オンリー・イマジン 明日へつなぐ歌』より
映画『アイ・キャン・オンリー・イマジン 明日へつなぐ歌』より

誰もが無縁でいられない「赦し」の物語として

ドラマティックなメロディ展開を持つバラッド“I Can Only Imagine”でミラードは、キリスト教の福音のイメージを並べながら、それを「想像するしかできない」と歌う。それをあくまで聖書のモチーフとして捉えるならば、クリスチャン以外には理解しがたいかもしれない。だが、赦せないとずっと思いこんでいたものを、それでも赦そうとするのを想像することだと考えるとどうだろう。個人の信仰に関わらず、ひとの心にとってとても大切なことが歌われていると感じられるのではないだろうか。

罪を赦すこと、赦そうと努めること。加害的な行為を過去にも遡って断罪する、いわゆるキャンセルカルチャーに顕著なように、「赦し」はいまもっとも困難なもののひとつかもしれない。これは都会と田舎、リベラルと保守といった現代アメリカ社会の断層と関係のない普遍的な問題であることが、本作を観るとよくわかる。だから信仰を本質的な意味で考え直すことは、いまとても重要なことであるように思われる。

そうした意味で『アイ・キャン・オンリー・イマジン 明日へつなぐ歌』は、ともすれば保守的だとしてあまり顧みられることのない人びとの感情や生き方を、歌を通して「想像してみよう」と訴えかける作品である。そして“I Can Only Imagine”が多くのひとの胸を打ったのは、そこにどこまでも人間的な心の動きがこめられていたからだ、と。

 映画『アイ・キャン・オンリー・イマジン 明日へつなぐ歌』ビジュアル
映画『アイ・キャン・オンリー・イマジン 明日へつなぐ歌』ビジュアル(サイトを見る
日本公開版では20才のシンガーソングライターDedachiKentaと、自身が牧師でもあり日本のソウル~ゴスペルミュージックのパイオニアとして1960年代から活躍する小坂忠がエンディングテーマを担当している。オリジナルの英歌詞をクリスチャンならではの解釈で日本語に訳し、より日本人にも歌詞の持つ意味が伝わるカバーソングとなっている。

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作品情報

『アイ・キャン・オンリー・イマジン 明日へつなぐ歌』
『アイ・キャン・オンリー・イマジン 明日へつなぐ歌』

2020年11月13日(金)ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国で順次公開

監督:アーウィン兄弟
出演:
J.マイケル・フィンレイ
デニス・クエイド
マデリン・キャロル
トレイス・アドキンス
ほか
上映時間:110分
配給:Eastworld Entertainment、culture-ville

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