『こんな夜更けにバナナかよ』で大泉洋が見せる天性の「人たらし」感

大泉洋の勢いが止まらない。この年末年始は、歴史書『三國志』を福田雄一監督流の新たな解釈で描く主演映画『新解釈・三國志』が公開(12月11日)。大晦日には『NHK紅白歌合戦』で白組の司会を務め、明けて2021年春には、ビートたけしの青春時代を描いた劇団ひとり監督・脚本の主演作(柳楽優弥とのW主演)『浅草キッド』がHuluにて配信される。続いて『罪の声』の著者・塩田武士が大泉をイメージして完全「あて書き」したベストセラー小説が原作の映画『騙し絵の牙』(吉田大八監督)が公開。さらには2022年放送予定のNHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』(小栗旬主演)で脚本家・三谷幸喜と10度目のタッグを組み、源頼朝を演じることが発表された。

福田雄一、紅白、ビートたけし、吉田大八、大河、三谷幸喜……。その錚々たるワードを聞いただけでも大泉がいかに日本エンタメ界の中心に立っているかが窺えるが、そうした中、12月4日『金曜ロードSHOW!』で放送されるのが、主演映画『こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話』。先の作品に比べると決して派手さはないが、大泉洋らしさを存分に味わえる秀作だ。

『こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話』予告編

「自由に生きる」とはどういうことか。首と手しか動かなくても自立した生活を送る実在の男性を大泉洋が演じる

大宅壮一ノンフィクション賞と講談社ノンフィクション賞を史上初めてW受賞した渡辺一史の『こんな夜更けにバナナかよ 筋ジス・鹿野靖明とボランティアたち』(文春文庫)を原作に、虚実を織り交ぜつつつ、ユーモラスかつ感動的に映画化。筋ジストロフィーを患い、20歳まで生きられるかどうかと言われながらも40年以上の人生を歩んだ主人公の鹿野を、大泉がまさに「ハマり役」といった芝居で見せる。

舞台は、北海道札幌市。幼少のころから難病の筋ジストロフィーを患い、体で動かせるのは首と手だけ。人の助けがないと生きていけないにもかかわらず、病院を飛び出し、風変わりな自立生活を始める鹿野靖明、34歳。自ら大勢のボランティアを集め、わがままし放題。しかもずうずうしくて、おしゃべりで、ほれっぽい。しかし、医学生の田中(三浦春馬)や、彼の恋人でボランティアの美咲(高畑充希)をはじめ、最初はそんな鹿野に振り回されていたものの、真っすぐに、自由に生きる彼の姿に、周りの人々は次第に影響を受けていく——。

©2018「こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話」製作委員会

「人に迷惑をかけないで生きたい」という大泉洋の気持ちに影響を与えた役

視聴者も同じだ。本作のタイトル通りボランティアに夜中にバナナを買いにいかせるような、一見わがままで、好き勝手に生きているように見える鹿野の言動に最初は戸惑うかもしれないが、いつしか彼の魅力に引き込まれてしまう。

鹿野を演じた当の大泉も「これまで“人に迷惑をかけないで生きる”ことが唯一のポリシーでしたが、それが大きく揺らいだ。果たしてそれがそんなに大事なことなのか、と。自分一人ではできないことなら人に助けてもらえばいいのではと。人に頼ることを恐れすぎてはいけないとも思うようになりました」(『LEE』2018年12月27日配信)と、自身の心境に変化があったと語るが、ともすれば正しく美しい、ある種の聖人として語られたり、「かわいそう」「苦しい現場」として認識されがちな障がい者福祉及び障がい者という題材を、エンターテイメントとして大勢の人たちに見せた大泉の功績は大きい。時に笑ったり、ほろりとさせられながら、障がいや介助について考えるきっかけを与えてくれる入り口になる作品だ。

また「大泉さんの存在が大きかったと思いますね。原作やシナリオを徹底的に読み込んで独自の鹿野さん像を提出してくれました。実在の鹿野さんとは似ても似つかないのに、同時に瓜二つでもあるという不思議なキャラクター。こういう障がい者が目の前にいたら、もうしょーがねえなあと観る人に思わせてしまうような説得力があった」(『論座』2019年1月5日)と振り返るのは、原作者の渡辺一史。大泉は鹿野になりきるべく減量し、視力を落とすコンタクトを装着した上に眼鏡をかけるなどの役づくりに挑み、実際に存命のときの鹿野さんに触れた人々にも鹿野さんそのものと思われるようになったそうだが、こうした入魂の取り組みに加え、関係者いわく「口から生まれたような、天性の人たらし」という実際の鹿野靖明と似たところが大泉にもあるように思う。

©2018「こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話」製作委員会

『水曜どうでしょう』で知名度を増した大泉洋。全国放送に突如現れたときから放つ安定感

大泉の名を世間に知らしめた『水曜どうでしょう』(HTB)を見たことのある人は思い出してほしい。ミスター(鈴井貴之)が、藤やん(藤村忠寿)が、うれしー(嬉野雅道)が「もうしょーがねえなあ」と苦笑いする姿を。筆者も、かつて雑誌の企画でだまされて「誌上サイコロの旅」に出たことがあるが、最初は「マジか~!?」と怒りつつも、カメラが回っていないのにテレビ並みのリアクションで手を叩き、ワキャキャキャと無邪気に笑う彼を見て「しょーがねえなあ」と腹を括った思い出がある(おなじみの深夜バスにも乗りました)。

2018年8月1日当時の鈴井貴之と大泉洋 ©HTB

「人たらし」と聞くとよくないイメージを持つ人もいると思うが、裏を返せば「愛され力」とも言えるだろう。さらには大泉ならではの、いい意味での鈍感力……。これも言い換えれば何事にも動じない安心感、安定感も魅力だ。大泉を最初に全国ネットで観たのは、2000年に放送された『パパパパパフィー』(テレビ朝日)だったが、PUFFYから「誰?」「キモい!」などと散々イジられながらも動じずにイジり返すやりとりが実に楽しかった。2000年といえば、大泉は当時まだ20代の半ば。しかも、地方からいきなり上京してのあの落ち着き。「コイツただ者じゃない」と思った人も多いはずだ。2004年に歌手として出演した『うたばん』(TBS)で「北海道から出てくるなよ~」と、とんねるず・石橋貴明にイジられるも、めげずに切り返していた若き大泉も今思うとすごい。2006年に『HEY!HEY!HEY! MUSIC CHAMP』(フジテレビ)でダウンタウンと初共演した際には、すでに堂々たる振る舞いだった。

『水曜どうでしょう』2013年放送「初めてのアフリカ」より ©HTB

繊細な題材を扱う作品、プレッシャーの大きい作品、すべてを演じることができる大泉洋への信頼。エンタメ界への希望として楽しみにしたい

「ボヤく」などと言われることも多い大泉だが、それでいて決して人を傷つけたりはしない。何を言っても笑いになってしまう、にじみ出る人柄のよさ。2017年放送の『夜の巷を徘徊する』(テレビ朝日)でマツコ・デラックスは「結局誰も傷つけない」と、大泉のトーク力とサービス精神を総評。最後に「あなた天才! 『パパパパパフィー』のころからずっと」と絶賛したのもうなずける。もちろん、そこには『こんな夜更けにバナナかよ』での役づくりしかり。繊細で緻密な計算もあるのだろう(表には見せないが)。だからこそ、障がいを持つ、実在の人物である鹿野さんという難役を「=大泉洋」として嫌味なく演じられたのだろう。

愛され力、安心感、人柄のよさと持ち前のサービス精神——(と、その裏に隠された繊細さ)。『今日から俺は!!』(日本テレビ)の大ヒットを受けた直後の福田組での主演、プレッシャーのかかる紅白司会やビートたけし原作小説の映像化、アカデミー賞監督・吉田大八作品、ヒットして当たり前と思われている大河、三谷作品など、並の俳優・タレントであれば思わず尻込みしてしまいそうな作品(番組)へのオファーが殺到するのも、大泉洋への絶大なる信頼があってこそ。

彼の魅力やエピソードを語ればキリがないが、ともあれ。12月4日放送の『こんな夜更けにバナナかよ』より始まる「大泉洋祭り」を楽しみに。来る2021年は、コロナ禍で元気がなくなったエンタメ界を盛り上げてほしい。

番組情報
金曜ロードSHOW!『こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話』

2020年12月4日(金)21:00~日本テレビ系で放送(放送開始時刻は変更の可能性あり)

監督:前田哲
脚本:橋本裕志
原作:渡辺一史『こんな夜更けにバナナかよ 筋ジス・鹿野靖明とボランティアたち』(文春文庫)
音楽:富貴晴美
出演:
大泉洋
高畑充希
三浦春馬
萩原聖人
渡辺真起子
宇野祥平
韓英恵
竜雷太
綾戸智恵
佐藤浩市
原田美枝子

『水曜どうでしょう』

2020年10月28日(水)HTBで放送

出演:
鈴井貴之
大泉洋



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