君島大空が鳴らす『縫層』の次の季節 『遠隔夜会「層に電送」』評

『遠隔夜会「層に電送」』は、君島大空にとってどんな意味を持っていたのか? 新曲“光暈(halo)”の存在が際立つ特殊なセットリストを入り口に考える

2020年12月21日、君島大空のバンド編成である「合奏形態」が無観客配信ライブを行った。『遠隔夜会「層に電送」』と名付けられたこの日のライブは、11月にリリースされた作品集『縫層』のリリースライブで、配信元の会場となったのは恵比寿LIQUIDROOM。バンドの機材はLIQUIDROOMのステージではなくフロアに、君島大空合奏形態のメンバー――君島大空、新井和輝、石若駿、西田修大の4人が向き合うように、円を描くような形で配置された。その様相はさながら魔法陣でも作っているようだったが、その円陣から溢れたのは魔法ではなく音楽、素晴らしい音楽だった。

君島大空『縫層』を聴く(Apple Musicはこちら

『縫層』のリリースライブといっても、このライブは『縫層』の作品世界を象徴し再現するためのものではなく、むしろ、あの作品を経た君島大空の現在地を示すためのライブだった。きっと君島大空にとってライブとは音源を再現するためのものではなくて、今この瞬間の生を露わにするためにあるのだろう。それは、この日のセットリストが『縫層』収録曲を基軸にしながらも、『縫層』リリース後に君島が演奏しはじめた新曲“光暈(halo)”の弾き語りを1曲目に、そして同曲のバンドセットでの演奏を本編の最後に持ってきていたことからも明らかだった。

同じ曲を初めと終わりに配置することで循環的なイメージを想起させる本編のセットリストの作りは、バンドの機材配置が、4人が向き合った円形のようだったこととも重なるようで面白い。「円環」的なモチーフを、君島はこのライブに込めていたのかどうか……それは本人に訊かないとわからないのだが。

君島大空(きみしま おおぞら)
1995年生まれ、日本の音楽家。2014年から活動をはじめる。同年からSoundCloudに自身で作詞 / 作曲 / 編曲 / 演奏 / 歌唱をし、多重録音で制作した音源の公開をはじめる。2020年11月11日にEP『縫層』を発表。ギタリストとして、高井息吹、坂口喜咲、婦人倶楽部、吉澤嘉代子、adieu(上白石萌歌)などのアーティストのライブや録音に参加する一方、劇伴、楽曲提供など様々な分野で活動中。

ちなみに、新曲のタイトルに付けられている「光暈」とは、太陽や月に薄い雲がかかったときに光の輪が現れる大気光学現象を指す言葉だが(ここにも「円」のイメージが読み取れる)、私がインタビュアーを担当した去年の取材で、君島自身が語った「縫層」という造語に込めた意味を振り返れば、この曲が明らかに『縫層』の「その先」に産み落とされた曲なのだとわかる。

君島:「縫層」というのは、低気圧のようなイメージです。ずっと瞼の上から上空までの余白を覆っている雲があって、暴れながらも上に進んで、その雲をやっと突き抜けたと思ったら、まだ空は全然晴れていなくて、むしろ、よりすごい厚さの暗雲がそこにはあった。それは人の手には負えないほどの層なんだけど、でも、多分それは人が内省で作り上げてしまう層でもあって。

ひとりの人間の思い込みや不安、そういうものが大きくさせてしまった雲のようなもの。それが、「縫層」なんじゃないか? 今言ったことは、このEPを作りながら段々と言葉になっていったことなんですけど。

「君島大空、苦闘の第二作。狂騒と覚醒の狭間で、ひっつかんだ実感」より(記事を読む

分厚い暗雲の季節の先に視界で捉えた、淡い光――君島大空は次に向かって歩きはじめている、『層に電送』の時点で、すでに

私が“光暈(halo)”を初めて聴いたのは11月19日のBunkamura オーチャードホールでのライブ(『Shibuya Sound Scope ~パラレルとパラドックス~』)で、あのとき君島は、石橋英子と七尾旅人という、自身に大きな影響を与えたふたりの音楽家に出番を挟まれて、この曲をひとりで演奏していた。

穏やかな歌の響きを美しく感じる曲。この曲は『縫層』という季節がなければ生み出されなかった曲なのだと聴いたそばから理解できた。そしてまた振り返れば『縫層』とは、君島の最初の作品にあたる『午後の反射光』がなければ生み出されなかったものだった。

君島大空『午後の反射光』を聴く(Apple Musicはこちら

君島大空の音楽は、自身のその瞬間の命の動きに、あまりに実直だ。それゆえにその音楽は刻々と変化していくのだろう。揺れる波のように、萌えては枯れて再び萌える葉のように、君島大空の音楽は変化し続けていく。ひとつの場所を目指しながら、ひとつの光景を思い出しながら、しかし、君島はその瞬間瞬間において、同じ場所にい続けることができない。こんなことを書いていて、私は君島の発言を思い出す。

君島:改めて振り返ったとき、『午後の反射光』という作品は、作品を通してずっとひと続きの光景が鳴っているような感じがするんですよね。そういうものが、僕は一番好きなんです。

この間、夢を見たんですけど、日本とは思えないような荒野で、ずっと遠くまで一本道が続いていて、だけど、50メートルごとに季節が違うっていう夢で。『午後の反射光』も、その長い一本道のようなものが貫いている作品だったと思うんです。

「君島大空、苦闘の第二作。狂騒と覚醒の狭間で、ひっつかんだ実感」より(記事を読む

上記の発言で言及されている夢のなかに表れた季節のようなもの――すなわち、反復していく景色のなかにある微細な変化の存在。「反復」と「変化」は矛盾しているようだがそうではない。それは常に同時に起こる。その事実に極めて敏感であることが、君島大空の音楽に刻まれた命の躍動を、その極めて自然的な美しさを生み出している。

命はある場所を経て、次の場所へ行く。「日々」はその字面自体は繰り返しのようだが、「ひ」と「び」という音にも違いがあるように、その内容に同じものはひとつもない。今日の肉体は、昨日の肉体ではありえない。あらゆる瞬間が、無垢な喪失と無垢な誕生を常に同時に内包している。そんな人間の命の運動に、あくまでも自然であるように。君島大空は、今、この瞬間の命を音楽に刻む。『層に電送』というライブは、『縫層』を経た君島自身の命の運動そのものだった。

西田修大、新井和輝、そして石若駿。幾層にも折り重なる悲しみの果てで、君島大空と彼らと共有しているどこまでも得難い感覚

この原稿を書いているのは、ライブのアーカイブ配信期間が終わってしばらく時間が経ってからなのだが、そんな今でも、焦げ付くほどに脳裏に焼き付いている光景の数々。2曲目に演奏された“旅”。この曲について、君島は「知人の歌で、その人が歌わなくなったので自分が歌っている」というように話してくれたが、私はその発言を聞いてこの曲がより好きになった。この曲は、いわば「伝承の歌」だ。東京の、福生という米軍基地のある街で君島が音楽を奏ではじめた頃から、意識的にも無意識的にも受け継ぎ続けている血の流れがたしかにある。

そして、“傘の中の手”の永遠に走り続ける蒸気機関車のような獰猛な躍動感。“笑止”はダイナミックなようでいて、そのデザイン性が優れた曲だ。ギターが派手な印象の曲だが、ギターと同時にシンセもサンプラーも操る君島と西田の鮮やかな手さばきが見事である。滝のように激しく流れる“散瞳”のなかに突如として現れる「さあ行こう!」「イヤだ!」「えっ!?」――そんな悪戯っぽいテンポチェンジに心地よく面食らう。“散瞳”から“火傷に雨”へと繫がっていく狭間の新井と石若の、しなやかに刻まれるリズムの跳躍に胸も踊る。

西田修大
新井和輝
石若駿

“午後の反射光”が演奏されたときに見えた、悲しくて、悲しくて、悲しくて、悲しくて、悲しくて、その悲しさが「生きていてよかった」という命の光に変わっていくような美しさ。そのなかで、「自分は自分でいなければいけない」と青臭いことを思った。そして、“都合”での君島と西田のライオンのじゃれ合いのような、喜びに擦れ合うようなギターセッション……。彼らは微細な変化を自ら生み出し、そして同時に、他の演奏者が生み出す変化を勇敢にも受け入れていく。膨張と収縮を、爆発と再生を繰り返しながら、ときに共鳴し、ときに反撥も面白がり、彼らは「合奏」という関係性によって、全景を生み出していく。

特に印象に残っているのは、“遠視のコントラルト”を演奏し終えた瞬間。君島大空、新井和輝、石若駿、西田修大の4人は、顔を見合わせて爆笑していた。笑いのツボが自分と同じ人なんてこの世界にひとりもいないだろうけど、だからこそ、あの瞬間がいかに尊いものだったのかがわかる。顔を見合わせて笑う4人の姿が、まるで残響のように私のなかに残り続けている。

イベント情報
君島大空
『遠隔夜会「層に電送」』

2020年12月21日(月)

プロフィール
君島大空 (きみしま おおぞら)

1995年生まれ、日本の音楽家。2014年から活動をはじめる。同年からSoundCloudに自身で作詞 / 作曲 / 編曲 / 演奏 / 歌唱をし、多重録音で制作した音源の公開をはじめる。2019年3月13日、1st EP『午後の反射光』を発表。4月には初の合奏形態でのライブを敢行。2019年7月5日、1stシングル『散瞳/花曇』を発表。2019年7月27日、『FUJI ROCK FESTIVAL'19』 ROOKIE A GO-GOに合奏形態で出演。同年11月には合奏形態で初のツアーを敢行。2020年1月、Eテレ・NHKドキュメンタリー『no art, no life』の主題曲に起用。2020年7月24日、2ndシングル『火傷に雨』を、同年11月11日にはEP『縫層』を発表。ギタリストとして、高井息吹、坂口喜咲、婦人倶楽部、吉澤嘉代子、adieu(上白石萌歌)などのアーティストのライブや録音に参加する一方、劇伴、楽曲提供など様々な分野で活動中。



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