コラム

IUの変化と確かな信念。「年齢シリーズ」と最新作から紐解く

IUの変化と確かな信念。「年齢シリーズ」と最新作から紐解く

テキスト
菅原史稀
リード文・編集:後藤美波(CINRA.NET編集部)

トンネルを抜け、光が見える──20代に喜んで別れを告げ、旅を進める最新作『LILAC』

大衆が定義する「私」を拒否し、複雑な様相を呈した「私」を発見し、「私」と「あなた」を永遠にする――そんな、彼女の青春のすべてが映し出される最新作『LILAC』の表題曲は、「10年間熱烈に愛しながら喜んで別れを告げる、ある恋人の話」(同曲の公式紹介コメントより)が歌われている。

しかしその別れは、“eight”のように「災害メッセージ」として勝手にやってきて、憂鬱な結末をもたらす存在ではない。華やかでファンキーなディスコサウンドへ、軽快に身を揺らせながらIUが歌う“LILAC”の別れは、心地よい春風がライラック(=青春の思い出)の花を散らす美しい風景のなか<約束のようなさよなら>を交わすことができる、歓喜のクライマックスである。

IU“LILAC“MV

MV冒頭では、トランクケースを持ったIUが、これまでのアルバムタイトルが表示された掲示板のある駅のプラットフォームに佇んでいる。

彼女は自身のV LIVEチャンネルの番組内で「(このMVで)私の20代を、1つの電車旅行として集約したんです。パーティーのようなときもあったし、とても熾烈で戦闘のような時もあったし、戸惑った時、トンネルのなかにいるようだったとき、そしてまた光が見えてきて……こういう20代のすべての状態を、電車旅行として表してみました」と語っている。この“LILAC”でIUが喜んで別れを告げるのは、彼女のかけがえない20代そのものなのだろう。

『LILAC』というタイトルに込めた想いについて、IUはこう明かしている。

「このアルバムのテーマはこれまでより明確に、『挨拶』というものになっています。それは20代へのお別れの挨拶であり、また私の20代を見守ってくれた全ての人に対するお礼の挨拶です」

「20代へ『さよなら』を言うことで、これから踏み出す自分の人生の次なるステージである30代へ『こんにちは』を言うのです」(雑誌『W Korea』インタビューより)

その20代を一人きりで締め括るのではなく、大衆から愛される「国民的歌手」として、また「あなたと私が音楽で1つになる」という意味の名を持つ一歌手として、「私の20代を見守ってくれたすべての人」へお礼の挨拶をすることにより、この10年間を「あなたと私」で駆け抜けてきた時間として共有したこと。

そして時の流れにより、本来ならば勝手に訪れる人生の新たな局面に対して、「さよなら」と「こんにちは」を言うことにより、自ら踏み出す姿勢を表したこと。

そのすべてが、「『私』の過ごしてきた青春=同じ時代を生きた『あなた』の時間」をも丸ごと祝福し、新たな一歩を踏み出すエネルギーへと変換されていくのを感じる。

「国民的歌手」として大衆からの無数の視線を引き受けてきたIU。この10年の間、彼女の作品に描かれてきた「私」は、変化していく儚い姿を成しており、そんな「私」が抱える人間らしい弱さと強さこそが、性別や年齢、立場を問わず痛みを背負う人々の心を慰め、希望となってきたのだろう。

「砂の城」のようにすべてが不確かな世界のなかで、音楽の力を信じ、その力をもって描く「私」という複雑な主体が「あなた」へと届くことを信じる彼女の姿は、疑いようもないほど確かで、力強い。

そんなIUの、音楽家としての「私」が「あなた」へ向けて歌う『LILAC』のラストナンバー、“Epilogue”の歌詞を紹介して本稿を締め括ろうと思う。

<私を知ることができて嬉しかっただろうか / 私を愛することが良かったのだろうか / 私たちのために歌った過去の歌たちが / 今でも癒しになっているのか / あなたがこの全ての質問に「そうだ」と答えてくれたら / それだけで納得してしまう私の人生というのは / ああ、十分に意味があるでしょう>

IU『LILAC』(2021年)を聴く(Apple Musicはこちら

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