独学の大物デザイナー・粟津潔が現代のクリエイターに与えた影響

粟津潔(1929-2009)というクリエイターの肩書を1つ挙げるなら、グラフィックデザイナーになるでしょう。しかし、その表現の領域は、絵画やポスターから、マンガ、映画美術、さらにパフォーマンスや空間設計まで、一人の人間がここまで? と驚くほど多岐にわたります。関連するキーワードをランダムに挙げてみても、『サンパウロビエンナーレ』『大阪万博(日本万国博覧会)』「天井桟敷」、メタボリズム、出雲大社、高速道路の標識フォント(!)まで、重要にして多様な並び。

そんな粟津の活動のうち、これまで未調査だったパフォーマンスの世界にあらためて注目し、その全体像に新たなかたちを与える意欲的な展覧会『粟津潔、マクリヒロゲル1 美術が野を走る:粟津潔とパフォーマンス』が金沢21世紀美術館で開催中です。そこでは鷲尾友公、環ROY、スガダイローら気鋭の表現者たちも、粟津のジャンルを超えた開拓精神に共鳴した「パフォーマンス」を敢行。彼ら新世代の越境者が語る「粟津イズム」も紹介しながら、このプロジェクトの意味に迫ってみましょう。

アーティスト・鷲尾友公が共感したのは、拠り所がない「不安」さえも創作の原動力にしてしまうしたたかさ

金沢21世紀美術館に一度行けば忘れられないのが、館中央の円形展示室。ここで10月13日まで、『粟津潔、マクリヒロゲル1 美術が野を走る:粟津潔とパフォーマンス』展が開催されています。展示室に入る前に、まず目を引くのがその外壁にぐるりと描かれた50メートルの大壁画。粟津ワールドでおなじみのモチーフ、裸の赤ん坊や、巨大なウミガメ、無数の波打つラインや拡大された指紋などが縦横無尽に描かれています。

鷲尾友公『seven years one day』
鷲尾友公『seven years one day』

鷲尾友公『seven years one day』
鷲尾友公『seven years one day』

しかし粟津はすでに他界し、またこの壁画には粟津の絵にはなかったもの、たとえば目玉のついた真っ黒な手などがあちこちに描かれています。音楽好き、ストリートカルチャー好きならピンとくる人も多いはず。この壁画は、音楽レーベル・POP GROUP Recordingsのグラフィックワークなどでも知られる、イラストレーター / グラフィックデザイナーの鷲尾友公による新作です。自ら粟津潔の影響を公言する彼が、自身初のスケールで本作を手がけました。鷲尾さんが粟津潔を知ったきっかけは2007年、やはりこの美術館で開かれた『荒野のグラフィズム:粟津潔展』だったそうです。

鷲尾:友人でアーティストのさわひらきが金沢に帰省した際、僕もこの町に遊びにきて、たまたま展示を観たんです。そこですごい衝撃を受け、その後の自分の描き方が変わるくらい影響を受けました。

粟津潔『ANTI-WAR AND LIBERATION』1971年 シルクスクリーン 109.3×79.3 金沢21世紀美術館蔵 © AWAZU Yaeko
粟津潔『ANTI-WAR AND LIBERATION』
1971年 シルクスクリーン 109.3×79.3 金沢21世紀美術館蔵 © AWAZU Yaeko

粟津の描く奔放かつ繊細な線の魅力に魅せられ、彼が愛用した竹ペンでの描画に取り組むなどもしてきた鷲尾さん。今回は、粟津のアトリエに残された、生前に用いられた絵筆を借りて制作に臨んだとか。さらに「描き方」だけでなく、その「姿勢」にも影響を受けたそうです。

鷲尾:彼の著書『造型思考ノート』は、僕にとって道しるべのようなものになりました。冒頭から、フリーランスでどこにも所属せずにやっていく気持ちを「とにかく不安」と認めつつ、でも依頼仕事も相手のご機嫌伺いではなく、むしろ自分が今やりたい作品にしてしまおうと言う(笑)。その率直さやしたたかさは、仕事のやり方で悩んでいた当時の僕に、もっとシンプルに、そのときやりたいことを表現していけばいいと思わせてくれました。

鷲尾友公壁画制作風景 2014年9月11日 撮影:中道淳 / ナカサアンドパートナーズ
鷲尾友公壁画制作風景 2014年9月11日 撮影:中道淳 / ナカサアンドパートナーズ

また鷲尾さんは独学による絵やデザインに加え、8ミリフィルムでの映像制作も行っています。街角や映画館を学校代わりに、やはり独学で多領域に挑んだ粟津について「知識がないところからやる辛さと、それで失敗しまくりながらも世界を広げていく」部分に共感するそうです。ただ、その想いは単なる憧れとも少し異なるようでした。

鷲尾:粟津さんもベン・シャーン(アメリカで活動したリトアニア人画家)から影響を受けたようだし、葛飾北斎の絵を描いたりもしている。誰かからの影響を認めたり、ときにはその人になりきってみるような表現にも、勇気は要るけど意味があると思う。そして今僕も、彼のやってきたことを呼吸しながら作っている感覚はあります。もちろん単に拠り所にするだけではダメだし、そこから何かを成長させるとしたら、それができるのは生きている僕らだとも思う。その意味で粟津さんって、その表現だけでなく他者とのつながりの幅広さもある。彼とつながる表現者たちの相関図を描いたらすごく面白いと思います。それは過去の話に限らず、今回も学芸員の北出さんに「環ROYさんも参加してくれるんだけど、彼のこと知ってる?」と聞かれて、「知っていますよ。一緒に仕事もしたし」という偶然があったりして(笑)。

鷲尾友公『seven years one day』
鷲尾友公『seven years one day』

なお今回の大壁画『seven years one day』は、鷲尾さんが粟津作品との出会いから7年を経て、その間に自分に起きた様々な出来事を「長い一日のようなもの」と捉えて描いたものでもあるとか。絵を通じたコミュニケーションツールでもあるというあのオリジナルキャラクター「手君」も含め、粟津から受け取ったものと自身の創意が同心円状に広がる絵、とも捉えられます。粟津のモチーフの1つである新生児の顔に、彼の「手君」が重なる大胆なオマージュも、そのことを観る者に伝えてくれます。

多岐にわたる粟津潔の活動、今回はパフォーマンスの部分に迫る展覧会

大壁画を堪能した後、いよいよ展示室内部に進むと、円形空間にぐるりと粟津ワールドが展示されています。東西それぞれの出入口を境に、会場の半周には代表的なポスターや絵画作品が並びますが、もう半分は謎めいたパフォーマンス写真や映像、またその動きを示したスコア(譜面)となっています。

『粟津潔、マクリヒロゲル1 美術が野を走る:粟津潔とパフォーマンス』展示風景
『粟津潔、マクリヒロゲル1 美術が野を走る:粟津潔とパフォーマンス』展示風景

じつは金沢21世紀美術館は、粟津の作品や関連資料を約2,786件も所蔵しています。デザイン、美術、映画、演劇、建築、評論……と多岐にわたるその内容は、未発表作品や創作の手がかりとなるメモなども多数あり、今も調査は続行中。今回はそのうち、詳細が未調査だった1977~79年のパフォーマンスに注目したプロジェクトです。そのため壁半分を埋めるのは、新調査で浮かび上がった当時のパフォーマンス写真や映像、音源レコード、スコアや会場図などなど。これをよく知られるグラフィック作品などと対置し、粟津の全体像を新たな光で照らそうというものです。

環ROYは、展示室を粟津潔の脳内に見立てたパフォーマンスを敢行

この特殊空間に、ソロパフォーマンス『いくつもの一緒』で挑んだのがラッパーの環ROYです。展覧会オープニングプログラムの先陣を切って登場した彼は、身体1つのパフォーマンスを敢行。展示室中央に置かれた机(粟津の愛用品)に歩み寄ると、そこで何かを書きつけ、空を仰ぎながら言葉を紡ぎ、机の周囲を廻って……さらには壁にタッチしながら少しずつ室内の明かりを点灯させていきました。彼が手足から生み出す音も、そこに重なります。最後は自ら出入口を押し開き、空間を外の光で満たすというフィナーレ。その終演直後、本人に話を聞くことができました。

環ROY『いくつもの一緒』
環ROY『いくつもの一緒』

:今回のパフォーマンスは、展示空間を粟津さんの頭の中に見立てたものです。あの展示室って円形で音の反響が半端じゃないんです。音源などを使用するには不向きだなと最初に思い、それを逆手にとるような、身体だけのミニマルな表現を考えていきました。設営の最中に2時間だけ、あの部屋に一人で居させてもらえたんですが、それは何か『ドラゴンボール』の「精神と時の部屋」みたいな感覚で(笑)。そのとき、粟津さんの脳内で言葉になる前の微細な何か、たとえば発想とか創意の種が生まれて、やがて言葉やかたちになり、表現として外の世界に出ていくという物語を思いつきました。そこから、それをどうパフォーマティブな表現に落とし込めばいいのだろうと進めて行ったんです。

パフォーマンスタイトル『いくつもの一緒』は、既成のジャンルや枠組にとらわれない粟津の多様な創作姿勢にもつながります。ラッパーとして活動する中、ヒップホップも1960年代から続くポップミュージックの細分化の歴史上にある、と解釈するようになったという環さん。だからこそ、粟津の領域横断的な姿勢に共感する部分があると言います。

:粟津さんは文章の中で「私はすべての表現分野の境界を取り除いて、階級、分類、格差とかも全部取り除いてしまいたい」みたいなことを書いていました。さらに実際、ホントに色々なことを実践されている。たしかに「ジャンル」って言葉は、人間が創造したことの出力方法が違うときに使われているだけだとも言える。僕は自分をラッパーだと思っているけど、「ラッパーってこうだから」ってなるべく決めないようにしたい。曖昧さを残しながら創作に取り組んでいけたら、自身でも思わぬ広がり方をするかもしれない。そういう可能性を大切にしたいです。

環ROY『いくつもの一緒』構想図
環ROY『いくつもの一緒』構想図

そう言いつつ見せてくれた今回のパフォーマンスの手描き構想図は、たしかにラッパーのステージ資料というより、舞台芸術の演出ノートのようでもありました。蓮沼執太さんやホナガヨウコさんなど、様々な才能とのコラボレーションも知られる環さんにとって、今回は時空を超えた粟津との共演?

:どうだろう。ただ残念ながら、もう粟津さんには俺の言葉は聞こえないんだよな~(苦笑)。その意味では、相互コミュニケーションしながらのコラボとは違いますよね。でも今回のことを通して、彼の言葉や、表現に対する姿勢にたくさん触れましたよ。担当学芸員の北出さんが色々な資料を見せてくれるんです。たとえばデザインについて書かれた随筆が印象的でした。「アートはテーマから創造していく行為だけど、デザインはテーマを与えられたところから創造をスタートさせる。その違いを織り込んだうえで、与えられたテーマに自分なりの『見い出し方』を持ち込むことができたら、デザインはデザインを超えていく」みたいなことを言っていて、すごく共感したんです。「見い出し力」の話だー! と思って勇気づけられました。

『粟津潔、マクリヒロゲル1 美術が野を走る:粟津潔とパフォーマンス』展示風景
 『粟津潔、マクリヒロゲル1 美術が野を走る:粟津潔とパフォーマンス』展示風景

今回展示された、粟津の関わった1970年代後半のパフォーマンス群は、親交のあったアーティスト・浜田剛爾の主宰した『Performance』シリーズの公演の中で実践されたもの。その映像や音源に漂う実験性は、商業性とは距離をとったものと言えます。ただ粟津の場合、映画・演劇ポスター、また広告的な仕事にも、「頼まれ仕事」的なやらされ感より、独自の創意が溢れるのが特徴。そのことも、この対比展示の大切なメッセージかもしれません。

「異種対決」を得意とするフリージャズピアニスト・スガダイローは、鈴木ヒラクとのコラボレーションで、粟津と対戦

展覧会初日には、続いて地下ホール(シアター21)でもライブが繰り広げられました。ジャズピアニストのスガダイローと、アーティストの鈴木ヒラクによる演奏&ライブドローイングです。スガさんは自身の率いるジャズトリオなどでの活動と並行し、ダンサーからバスケットボールプレイヤーまで(!)、様々な相手と対決セッションを繰り広げる奇才プレイヤー。鈴木さんとは過去にも「対決」経験がありますが、今回は粟津ワールドを意識したコラボです。しかしスガさんは「対戦相手の情報はなるべく事前に頭に入れない」のが自分流とのこと。

スガダイロー
スガダイロー

スガ:自分にとってこの種の演奏のときは、その場で何とかすること、巻き込まれることも含めて、対象との出会いの「驚き」が表現につながると思うから。そもそも僕がこれまでやってきた対決的企画って、自分で考えたんじゃなく、プロデューサーの企みですから(笑)。でもやっていくうちに、状況に合わせて弾くことを楽しめるようになってきた。たとえば異領域の相手にはジャズの語法を外したり、ダンサーや画家と一緒のときは、音の面では自分が支配する立場なんだなっていうのがわかってきて。

こうした対決では、自分の演奏がジャズという枠を超え、聴く者にただ「音楽」として認識されると感じる、とも語るスガさん。ちなみに粟津潔とスガダイローをつなぐ存在と言えば、スガさんがかつて師事した先輩ピアニスト、山下洋輔がいます。遡ること約40年、山下が文字通り燃えさかるピアノを弾いた伝説の『ピアノ炎上』は、当時の粟津邸近くで彼によって撮影されました(なお企画したのは作曲家の林光。2008年に山下の表現として実行されたパフォーマンス『ピアノ炎上2008』の記録映像は、金沢21世紀美術館の収蔵作品に)。

スガ:あ、あれも粟津さんが関わってるんですね。そうか……何せ前情報を入れないもので(苦笑)。じつは粟津さんのことも、今回オファーをもらって初めて知ったんです。ただ、山下さんの魅力の1つとして、互いに巻き込んだり、巻き込まれたり……そういうところがある気がして、それは粟津さんにも通じそうですね。僕もそうだと言われればそうですが、じつは人付き合いが苦手な人間なので、すごいなあと(苦笑)。

『粟津潔、マクリヒロゲル1 美術が野を走る:粟津潔とパフォーマンス』スガダイロー×鈴木ヒラク ライブ 撮影:中道淳 / ナカサアンドパートナーズ 提供:金沢21世紀美術館
『粟津潔、マクリヒロゲル1 美術が野を走る:粟津潔とパフォーマンス』スガダイロー×鈴木ヒラク ライブ 撮影:中道淳 / ナカサアンドパートナーズ 提供:金沢21世紀美術館

『粟津潔、マクリヒロゲル1 美術が野を走る:粟津潔とパフォーマンス』スガダイロー×鈴木ヒラク ライブ 撮影:中道淳 / ナカサ&パートナーズ 提供:金沢21世紀美術館
『粟津潔、マクリヒロゲル1 美術が野を走る:粟津潔とパフォーマンス』スガダイロー×鈴木ヒラク ライブ 撮影:中道淳 / ナカサ&パートナーズ 提供:金沢21世紀美術館

今回は、回転するロール紙に描いた線や図が、オーバーヘッドプロジェクターによって大画面に投影され、映像にラインや形が表れては消えてゆくという手法で挑む鈴木さんとの即興コラボレーション。演奏前には「彼のドローイングも時間の流れていく感じがあり、音楽的かも」と予測する一方、ジャンルを超えたパフォーマンスにおいては、自分の「そのまま」で向き合うことも大切にしていると語りました。

スガ:たとえばすごく美味しいコーヒーと牛乳がそれぞれ別にあって、でもそれを混ぜる際に両者とも「美味いコーヒー牛乳になるぞ~!」とか意識しない、そういうのがジャンルを超えて他者とやるときの理想形です。言い方を変えれば、誰が相手でもブレずにい続けられること、距離感をしっかり持つことも大事だと思う。今回の展覧会を観てすごいなと思ったのは、粟津さんにとっては、相手だけじゃなく自身の表現手段も何でもアリだったのではということ。極端に言えば体だけでもいいような人だったんじゃないでしょうか。僕も究極的には刀の入ってない鞘でチャンバラする、みたいなことには憧れます。言うなれば、そこにあるピアノを弾かずに対決できるくらいの境地かな。まだ当面は無理そうですけど(笑)。

「過去の出来事ではない、今私たちが見ても格好いい粟津潔を伝えたい」(北出)

最後に、この展覧会を企画した同館学芸員・北出智恵子さんと、粟津潔の長男である粟津ケンさんからも話を伺えました。北出さんは今回の試み全体を、「過去の出来事ではないものとして伝えたかった」と言います。

北出:鷲尾さんも見てくださった、2007年の粟津展『荒野のグラフィズム』は、1,700点以上の作品・資料を公開した大規模な回顧展でした。その上で今回あらためて粟津潔を紹介するにあたって、新たに、次につながる視点を加えたかったんです。その基点となったのが、彼のパフォーマンスに関わる表現。収蔵ネガフィルムを粟津家のご寛大なご許諾によりプリントしたり、当時の関係者に丁寧にお話を聞いていくと、これまで独立して点在していた資料や事実が、つながって線になってきました。たとえば『Summer Performance1979』というパフォーマンスの一要素としてロール紙を伸ばしながら、シルクスクリーンで繰り返し刷った『パフォーマンス・スコア』(1979)。板張りされ収蔵されていた本作品を修復するため、紙を板から丁寧にはがしたところ、その下から感熱紙による新たなパターンが現れ、その後の調査で、浜田剛爾作の『Performance no. 4 Tokyo to Seoul- - - - motion』(1978年頃)であることがわかりました。感熱紙のパターンは浜田剛爾の心拍の痕跡である可能性が高いです。また、関係者のご協力であらためてわかってきたことも数多くあります。それらを過去の資料としてではなく、今私たちが見ても格好いい、生きている表現として届けたいと思ったんです。

粟津潔『Summer Performance 1979』』(原画) 1979年 色鉛筆、コラージュ、トレーシングペーパー 29.6×42.0 cm 金沢21世紀美術館蔵
粟津潔『Summer Performance 1979』』(原画) 1979年 色鉛筆、コラージュ、トレーシングペーパー 29.6×42.0 cm 金沢21世紀美術館蔵

粟津潔『0-1965-0』(ポスター・部分)1965年 109.0×79.0cm 金沢21世紀美術館蔵
粟津潔『0-1965-0』(ポスター・部分)1965年 109.0×79.0cm 金沢21世紀美術館蔵

今の時代を生きる多領域の表現者に参加してもらったのも、彼らの姿と粟津の開拓精神の間にあるつながりを示したかったからだそうです。

北出:展覧会タイトルにある「マクリヒロゲル」「美術が野を走る」というキーワードは、粟津の著作や発言から引用しました。会場中央の粟津が愛用した机には、著作『造型思考ノート』にあるエッセイ「美術が野を走る」のページが開かれています。そこには「風景と物の因果律、偶然的な出合い。チャンスオペレーション。そうした部分を人間は見ているのだと思う」という一節があるんですね。粟津のこうした開拓精神は今回の試み全体に通底するものだと思うし、参加アーティストやパフォーマーの方々については、その点で粟津の精神と共振し、拡張していけると思う人に依頼しました。鷲尾さんや「秩父前衛派(笹久保伸、青木大輔、Irma Osnoらによるユニット)」のようにすでに粟津と間接的につながっていた方もいれば、本展をきっかけに関わりが生まれた方もいます。その意味でも、次につながる内容になればと願っています。

粟津潔の長男で、現在「粟津デザイン室」の代表も務める粟津ケンさんは、生前の父親の姿を見てきた者として、表現者・粟津潔をこう評してくれました。

粟津:近くで見ていると、本人が色々楽しんでやりつつ、生き方自体もパフォーマンスみたいな面があった人なのかなと思います。それと、とにかくいろんな意味で「巻き込み / 巻き込まれ上手」。それは、彼が他界した今もそう。この世を去ってもなお、こうして若い表現者たちがつながってくれるのも嬉しいし、北出さんのような方の調査研究で、僕らもよくわかっていなかった粟津潔の一面を今回あらためて知りました。だから、未だに粟津潔は人々を巻き込みつつ、表現の可能性を「マクリヒロゲ」続けているのかな、と思います。

『粟津潔、マクリヒロゲル1 美術が野を走る:粟津潔とパフォーマンス』展示風景
『粟津潔、マクリヒロゲル1 美術が野を走る:粟津潔とパフォーマンス』展示風景

印刷技術を含む「複製」の持つ表現の可能性に強い関心を示したり、指紋や印鑑といった日常に潜むグラフィック的要素に人間の深層心理を探るような視点を重ねるなど、思想家のような一面も持っていた粟津潔。今回の展示は、そんな彼の生涯に新たな光を当てると同時に、現代の創作者たちのヒントにもなるいくつもの「徴(しるし)」を秘めたものかもしれません。それこそ関わるジャンルを問わず、気になった方は会場を訪ねてみてはいかがでしょう。

なお、この展覧会、タイトルに「マクリヒロゲル1」とある通り、じつは今後も様々な視点で粟津の表現を捉え直すプロジェクトの第一弾です。今後も新たな視点を加えて継続するそうで、その展開も楽しみですね。

イベント情報
『粟津潔、マクリヒロゲル1「美術が野を走る:粟津潔とパフォーマンス』

2014年9月13日(土)~10月13日(月・祝)
会場:石川県 金沢21世紀美術館 展覧会ゾーン
時間:10:00~18:00(金、土曜は20:00まで)
休館日:月曜(10月13日は開場)
料金:一般360円 大学生280円 65歳以上280円
※小中高生は無料
※『コレクション展 II 感光と定着』との共通観覧券

『高橋悠治×笹久保伸、青木大輔、Irma OSNO/秩父前衛派 パフォーマンス』
2014年10月12日(日)OPEN 18:00 / START 18:15
会場:石川県 金沢21世紀美術館 展示室14とその周辺
出演:
高橋悠治
笹久保伸
青木大輔
Irma OSNO/秩父前衛派
鷲尾友公
武田雄介
ほか
定員:60名
料金:2,000円

島田璃里ピアノパフォーマンス
『ヴェクサシオン:サティと粟津と回遊する』

2014年10月13日(月・祝)
会場:石川県 金沢21世紀美術館 展示室14
出演:
島田璃里
and more
料金:無料(ただし、『コレクション展 II 感光と定着』の観覧券が必要)
※終日開催

プロフィール
粟津潔 (あわづ きよし)

1929年東京都生まれ、2009年逝去。独学で絵・デザインを学ぶ。1955年、ポスター作品『海を返せ』で『日本宣伝美術会賞』受賞。戦後日本のグラフィックデザインを牽引し、さらに、デザイン、印刷技術によるイメージの複製と量産自体を表現として拡張していった。1960年、建築運動「メタボリズム」に参加、1977年、『サンパウロビエンナーレ』に『グラフィズム三部作』を出品。1980年代以降は、象形文字やアメリカ先住民の文字調査を実施。イメージ、伝えること、ひいては、生きとし生けるものの総体のなかで人間の存在を問い続けた。その表現活動の先見性とトータリティは、現在も大きな影響を与えている。



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