コラム

『クイーンズ・ギャンビット』 話題呼ぶチェスドラマの魅力とは

『クイーンズ・ギャンビット』 話題呼ぶチェスドラマの魅力とは

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後藤美波(CINRA.NET編集部)
メイン画像:COURTESY OF NETFLIX © 2020

冷戦期を舞台に、チェスの天才少女の成長と葛藤を描いたNetflixドラマ『クイーンズ・ギャンビット』が話題を呼んでいる。10月に配信されると多くの視聴者の心を掴み、配信開始から28日間のうちに全世界で6200万世帯が本作の視聴開始ボタンを押したとNetflixは発表している。これはNetflixのリミテッドシリーズのスクリプテッド作品としては過去最高の記録だという。

チェスという一般的に馴染みのない人も多いであろう競技を題材にした本作について、「2020年ナンバーワンドラマの一つ」と評する批評家の声も少なくない。『クイーンズ・ギャンビット』はなぜこんなにも人々を夢中にさせているのか? 本作のいくつかの見どころに光を当てながら、作品の魅力を紐解いていきたい。

孤児の少女がチェスの才能を開花。男性ばかりの世界でトップを目指す

全7話のリミテッドシリーズである『クイーンズ・ギャンビット』は1983年に発表されたウォルター・テヴィスの同名小説が原作。1950年代後半のアメリカ・ケンタッキー州、身寄りを失って孤児となった少女ベス・ハーモン(アニャ・テイラー=ジョイ)は、入所した養護施設で用務員のシャイベル(ビル・キャンプ)と出会ったことをきっかけにチェスにのめり込み、人並外れた才能を開花させていく。やがて競争の激しい男性ばかりのチェスの世界でトッププレイヤーの仲間入りを果たした彼女は、孤独やアルコールと薬への依存を抱えて苦しみながらも、世界チャンピオンの座を目指して奮闘する。

脚本・監督・製作総指揮を務めたのはスコット・フランク。映画『LOGAN/ローガン』の脚本や、Netflixドラマ『ゴッドレス -神の消えた町-』のクリエイターとしても知られる。

『クイーンズ・ギャンビット』 KEN WORONER/NETFLIX © 2020
『クイーンズ・ギャンビット』 KEN WORONER/NETFLIX © 2020

視線や表情で強い印象を残すアニャ・テイラー=ジョイ。映画監督としても知られるマリエル・ヘラーが養母役

10代から20代前半までのベスを演じたアニャ・テイラー=ジョイは、これまでM・ナイト・シャマラン監督の『スプリット』『ミスター・ガラス』や、ジェーン・オースティン原作の『Emma(原題)』などに出演しているほか、『マッドマックス 怒りのデスロード』の前日譚を描く新作映画ではフュリオサ役を演じると報じられている注目の俳優だ。『クイーンズ・ギャンビット』において、カメラはほとんどずっとベスの姿を捉え続けるが、アニャ・テイラー=ジョイが演じたベスという複雑なキャラクター、それを体現した彼女のパフォーマンスは、本作を特別にしている大きな要素である。その魅力が際立つのは、ベスが言葉を発していない時の視線や表情だ。特に、チェスのゲーム中、駒を動かし頬杖をついて相手をまっすぐ見据える鋭い視線は、一度見たら目を逸せないような強い印象を残す。

また実際のチェスプレイヤーが監修として参加している対局のシーンは、素早く入れ替わる駒の動きがスリリングで、駒を動かす指の動作も美しく、チェスのルールがわからなくても引き込まれる。アニャ・テイラー=ジョイ自身、事前にチェスの知識はほとんどなかったそうだが、正確かつビジュアルに訴えかける駒の動かし方を習得したのだという。

『クイーンズ・ギャンビット』 PHIL BRAY/NETFLIX © 2020
『クイーンズ・ギャンビット』 PHIL BRAY/NETFLIX © 2020

さらにキャストのパフォーマンスという点では、ベスの養母アルマを演じたマリエル・ヘラーにも注目したい。彼女のことは、映画監督としてその名を記憶している人も多いかもしれない。ヘラーの監督としてのフィルモグラフィーには、『ミニー・ゲッツの秘密』や『ある女流作家の罪と罰』、そしてトム・ハンクスが2020年の『アカデミー賞』助演男優賞にノミネートされた『幸せへのまわり道』といった作品が並ぶ。

彼女の演じたアルマも、ベスと同様に一筋縄ではいかない魅力のあるキャラクターだ。ピアニストの夢を諦め、やがて夫とも離れることになった孤独な主婦。ベスのチェスの才能に気づき、さまざまな大会に同行しては贅沢を楽しむが、チェスにはほとんど興味を示さない。ベスの養父であるアルマの夫が家に戻ってこなくなったことが知られたらベスは施設に引き戻されることになるが、ベスは黙っておくことを選び、またアルマはベスを大会に参加させるため、学校に嘘をつく。それは10代の子供にとっては負担の大きいはずの、互いの面倒を見合うような関係でもあるが、二人の間にはある種の共犯関係以上の確かな結びつきが感じられる。本作はそんなアルマを見事に演じたマリエル・ヘラーの役者としての実力に改めて光が当たる機会にもなっている。

『クイーンズ・ギャンビット』 PHIL BRAY/NETFLIX © 2020
『クイーンズ・ギャンビット』 PHIL BRAY/NETFLIX © 2020

美しい衣装や美術、インテリアがムードを作る。『ザ・クラウン』と共同のバーチャル展覧会も

衣装や美術、セットも独自の作品世界を作り上げる大きな役割を担っている。年齢を重ね、チェスで勝ち上がっていくにつれて、ファッショナブルに変化していくベスの衣装は、それ自体に物語を感じさせる。緑を基調とした家のリビングや、ピンクのベスの部屋、アメリカ国内やメキシコ、パリ、ロシアのホテルなど、様々な場所のインテリアや壁紙も衣装と調和し、自然光を多用したという美しい映像によって『クイーンズ・ギャンビット』の仄暗い特徴的なムードを演出している。

『クイーンズ・ギャンビット』 COURTESY OF NETFLIX © 2020
『クイーンズ・ギャンビット』 COURTESY OF NETFLIX © 2020

アメリカのブルックリン美術館は、エリザベス英女王の半生を描くNetflixドラマ『ザ・クラウン』と『クイーンズ・ギャンビット』の衣装にフォーカスしたバーチャル展覧会を開催中だ。幼少期のベスが着ていたペールグリーンのワンピース(「MOM LOVES YOU」という名前がついている)から最終話、世界大会の決勝戦で着ている似た色のドレス(「ENDGAME DRESS」)まで、アイコニックな衣装の数々を360°の視点で様々な資料とともに見ることができる。

『クイーンズ・ギャンビット』 COURTESY OF NETFLIX © 2020
『クイーンズ・ギャンビット』 COURTESY OF NETFLIX © 2020

女性ヒーローが男性のライバルたちをなぎ倒していく痛快なストーリー。現実世界のチェス人気にも影響

1950~60年代のアメリカを舞台に、突如才能を開花させた女性が男性社会において自身の腕ひとつでトップを目指していくという『クイーンズ・ギャンビット』のストーリーは、同時代アメリカのコメディの世界を舞台にしたAmazon Prime Videoのドラマシリーズ『マーベラス・ミセス・メイゼル』も彷彿とさせるが、ニューヨークで何不自由なく暮らす同作の主人公・ミッジに対して、幼少期に身寄りを失い、天賦の才を受けたがゆえの苦悩を持って葛藤しながらも強敵をなぎ倒していくベスは、少年漫画やヒーロー映画に登場する孤高のキャラクターのような趣がある。並外れた才能の代償として酒や薬に溺れる破滅型のヒーローの物語を、女性主人公でやっているのが本作であり、その主人公がどんどん強くなって年上の男性のライバルたちを倒してくところに本作の痛快な魅力がある。

『クイーンズ・ギャンビット』 PHIL BRAY/NETFLIX © 2020
『クイーンズ・ギャンビット』 PHIL BRAY/NETFLIX © 2020

もっとも本作でベスの最大の壁となるのは、性差や実力のある強敵よりもむしろ、孤独や己のエゴ、依存症など、ベス自身の内面にあるものだ。監督のスコット・フランクは「作品を通して、本質的にベス・ハーモンが彼女自身の敵対者なのです」と本作のプロダクションノートで述べている。チームで戦うソ連と個人主義のアメリカ。意図せずして国の威信をも背負うことにもなってしまったベスがどのように敵と対峙するのか。その決着の付け方は最終話で確認してほしい。

『クイーンズ・ギャンビット』 PHIL BRAY/NETFLIX © 2020
『クイーンズ・ギャンビット』 PHIL BRAY/NETFLIX © 2020

Netflixの発表によれば、『クイーンズ・ギャンビット』は世界92か国のNetflixでトップ10入りし、63か国で1位になったという。配信がスタートした10月以降、Googleにおけるチェスに関する検索数はそれまでの2倍となり、eBayでは「chess sets」の検索数が250%増加、アメリカのゲーム・玩具会社におけるチェスセットの売り上げや、オンラインチェスゲームの新規プレイヤーも大幅な増加を記録している。さらに原作小説は刊行から37年の時を経て、「ニューヨーク・タイムズ」のベストセラーリスト入りするなど大きな反響を呼んでいる。

一方、本作をきっかけに現実のチェス界における性差別や不平等を検証した「ニューヨーク・タイムズ」の記事では、ドラマで描かれているチェスコミュニティーの様子は自分の若い頃の体験と合致するとする女性プレイヤーの声も紹介されているが、男性の対戦相手から誹謗中傷のような言葉をかけられていたという別の女性プレイヤーの体験も紹介されている。ベスの才能を認め、いちプレイヤーとして対等に扱う男性キャラクターたちの様子は、安心して本作を見ることのできる要素の一つだったが、このあたりの描写はフィクションならでは、という部分もあるのかもしれない。それでも本作が巻き起こした大きな反響のなかには、ロシアでの大会でベスが勝ち上がるたびに会場の外に増えていった女性ファンたちが感じたものと似た種類の、「こういう物語・主人公を待っていた」というような確かな興奮があるのでないか。『クイーンズ・ギャンビット』はこの混沌とした世界を生き抜く活力として、フィクションの力を改めて感じさせてくれる快作だ。

『クイーンズ・ギャンビット』予告編

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作品情報

『クイーンズ・ギャンビット』

2020年10月23日(金)からNetflixで配信中

監督・脚本:スコット・フランク
出演:
アニャ・テイラー=ジョイ
マリエル・ヘラー
トーマス・ブロディ=サングスター
モーゼス・イングラム
ハリー・メリング
ビル・キャンプ

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