アコースティックギターを構えて、石巻の街を見下ろす2人。曇天の彼方に光るのは、2つの太陽だろうか。
東日本大震災からちょうど15年目の3月11日にリリースされたゆずのニューアルバム『心音』は、近年カラフルなイメージに彩られていたゆずのアルバムからは異彩を放つ一枚となった。
北川の実体験に着想を得た“心音”、被災地の「いま」を訪ねて生まれた“幾重”という、2本の柱を持つ全曲新曲の本作は、どのような日々のなかで育まれていったのだろうか。そこには、昨年10月に行った『トビラ』リバイバルライブで感じたものも大きかったという。
5月からは、弾き語りライブの全国アリーナツアーが、そして翌年にはデビュー30周年へ突入するゆず――北川悠仁と岩沢厚治の2人に、やがて『心音』へと至る、その「めぐり合わせの連鎖」について語ってもらった。
写真左:北川悠仁、写真右:岩沢厚治
「どうした、ゆず?」から25年。過去の「痛み」をひもとき、自分たちの本質と向き合う
―ニューアルバム『心音』について聞く前に、まずは昨年10月に行われた「『トビラ』リバイバルライブ」を終えたあとの心境から聞かせてください。
北川:一言でいうと、すごく良かったです(笑)。実際、このタイミングでしかできないライブというか、このタイミングだからこそ、やる意味のあるライブになったと思います。
北川:というのも、前回話したように、僕らが2000年に出した『トビラ』というアルバムは、ゆずの歴史のなかでも過渡期のアルバムだったんです。もちろん、ゆずのターニングポイントとして、すごく大事なアルバムではあるんですが……。
―あくまでも「通過点」であり、振り返るものではなかった?
北川:そうですね。ただ、昨年5月リリースの“GET BACK”という曲をきっかけに生まれた、「GET BACK」という振り返りモードのなかで、このアルバムにもう一度向き合うことを決めた。
そして、『トビラ』の楽曲をあらためてひもとき始めたんですけど、ひもとけばとくほど、『トビラ』の楽曲が持っている独特な「痛み」とか、自分たちの本質にふれるような感情が浮き彫りになってきて。それをどうやって、いまのゆずでやるのか、結構悩みました。
―前回のインタビューでも、いわゆる「再現ライブ」ではなく、いまのゆずで表現することを重視していましたよね。
北川:リバイバルライブと言いながらも、INGでありたい――「いまのゆず」に、すごくこだわって考えました。それによって、自分たちのことを見直すきっかけになったし、今回の『心音』というアルバムにもいろんな意味で影響を与えているんじゃないかと思います。
―岩沢さんは、どうでした?
岩沢:かなり集中して『トビラ』と向き合いました。ライブの3日間のために、すごく濃密な準備をしたし、練習もかなりして。もう、久しぶりの曲だらけなので(笑)。
そしていざ演奏してみたら、どの曲もいろんなことにもがいていたり、ちょっといびつだなって思うところもあったりして。ライブをしたことで、当時『トビラ』をつくったときの心境を、あらためて実感させられました。
岩沢:あとは演出面ですよね。蓋を開けてみたら、ゆずの得意技が封じられていて……。まず、ライブの本編に、いっさいMCがない(笑)。
―ああ、そうでした。
岩沢:ただ、そうやってゆずの得意技を封じられた状態だったからこそ、僕ら自身が『トビラ』の世界に真正面から向き合えた気がします。自分たち的にはすごく満足のいくライブでした。
「ここからどうする?」全力を注いだ3日間が生んだ、次なる一歩への「空白」
─お客さんの反応はいかがでしたか?
北川:意外と好評で、まあ驚きましたね。お客さんがこんなにも『トビラ』を欲してくれていたのか、と(笑)。
あのアルバムを出した頃、いまみたいにSNSが普及していたら、きっと「どうした、ゆず?」ってザワザワしていたと思うんですよね。そんな異質さが詰まったアルバムのライブを、いまお客さんがこんなに欲してくれたことに、ちょっと不思議な感覚がありました。
岩沢:そうですね。お客さんにも喜んでもらえていてよかったです。ただ、ライブが終わったあとは抜け殻みたいになってしまいました。この3日間のために、本当に集中して準備をしていたので。
北川:そう、3日間をやり遂げたあと、しばらくのあいだ『トビラ』ロスになっちゃった。「あれ? ここからどうやって、俺たち音楽活動をしていくんだっけ?」って(笑)。
―(笑)。「GET BACK」してみたものの、戻り方がわからなくなった?
北川:そう(笑)。それこそ昨年11月に、“幾重”の取材で東北に行くまでは、なんとなくボンヤリしていました。
「弱さ」は隠す必要ない。 “心音”で歌うむき出しの感情
―そこからわりと速いペースで、今回のアルバムがかたちになっていくわけですが、どんな順番でアルバムやツアーが決まっていったのでしょうか?
北川:まずアルバムよりも先に、弾き語りツアーの開催が決まっていました。2024年のアルバム『図鑑』では、ゆずのエンターテイメントをすべて出し切ったツアーができたので、次は振り切って弾き語りにしようと。なので、新しいアルバムをつくっていくうえで、そのあとに弾き語りツアーがあることは頭のなかにあったんです。
弾き語りアリーナツアーは、2026年5月4日の宮城県セキスイハイムスーパーアリーナからはじまる
北川:そして、『トビラ』の準備をしていた頃に“心音”ができて。ライブのあとに“幾重”をつくって。そうして今回のアルバムの柱が固まってきたので、あとはそこに集まるようなかたちでほかの曲ができていきました。
―その“心音”は、最終的にはアルバムタイトルにもなっていますね。どんなふうに生まれたのでしょう?
北川:2024年の10月から翌年3月まで『図鑑』ツアーがあり、そのあいだにオーケストラを交えた初めてのコンサート「ゆず晦日」も入り、精神的にも肉体的にも、すごくハードだったんです。
で、その頃にちょっと体調を崩して、病院で検査を受けたところ、再検査というか「少し気になるところがあるから、ひととおり見てみましょう」ってことになって。
―そうだったんですね……。
北川:はい。で、そこから本格的なメディカルチェックをしてもらって。なかでも特に、心臓の検査が大変だったんですよね。はじめはしんどいなって思っていたんですけど、自分でも調べていくうちにだんだん興味が湧いてきて。
北川:心臓のことを調べれば調べるほど、これは面白いというか、左心房が血流を送り込んで、それを右心房が受け止めて、肺に酸素を流す――そのメカニズムに、ちょっとゆずを感じたんです。
―“心音”の歌い出しも、ライブの立ち位置どおり、北川さんが“左心房”、岩沢さんが“右心房”になっていますよね。
北川:そこは、もちろん合わせました(笑)。つくり始めはちょっとメディカル寄りな歌詞だったんですけど、自分が歌いたいことはそういうことじゃなくて。
その頃は、自分的にもいろいろ苦しい時期で、自分がいま感じている痛みとか恐怖を、そのまま歌にしたいと思ったんです。
―曲調は晴れやかですけど、歌詞は割とシリアスというか、実は結構生々しい歌詞だなと思います。
北川:そうですね。この曲は、さっき言ったように『トビラ』の準備をしているタイミングで仕上げていったんですけど、『トビラ』の曲と向き合いながら、痛みをさらすこと、自分の痛みを叫んでもいいんだってことに、あらためて気づかされて。
「弱さ」って、別に隠す必要はない。そういうものを歌ってもいいんだ。そう思えたからこそ、自分の気持ちに素直になって“心音”をつくれました。
あえて過去作を入れない「全曲新曲」の決断
─アルバム『心音』には、これまでリリースした“GET BACK”や“flowers”が入っていないですよね。これはどういった背景があったのでしょう?
北川:もちろんいままでの曲を入れることも考えていたのですが、“心音”をつくるうちに、自分たちのいまのタイミングでは、あえて含めなくてもいいなって思って。
―というと?
北川:いま自分たちが感じている生々しいものを表現するためのアルバムが、30周年の前にあってもいいんじゃないかって思ったんです。
そのアイデアをスタッフのみんなに相談したら「いいんじゃないですか」って言ってくれて、サブリーダーも「それは面白いんじゃないか」って乗ってくれたので、じゃあ全曲新曲でアルバムをつくろうってなりました。
―岩沢さんは全曲新曲でアルバムをつくることを、どんなふうに受け止めたのですか?
岩沢:疑問はなかったですね。たしかに“flowers”だったり“シビレル”だったり、バラエティに富んだ楽曲がすでに何曲かあって、それを入れたかたちでアルバムをつくることはできたんですけど……やっぱり、『トビラ』の3日間が大きかったのかなぁ。
あそこで一回、心がツルツルになったというか、「GET BACK」モードは、そこでひと区切りついたところがあったんです。なので、「これまでの曲は入れない」という話には、自然と「ああ、いいんじゃない」って思えました。
北川:やっぱり、いまの自分たちをみなさんに届けたいし、この“心音”という名の衝動を大切に扱いたかったんですよね。だから、曲のつくり方としても、実はすごくシンプル。サウンド感から出てくるものを大切にしています。
バラエティに富んだ『図鑑』、大きな流れから生まれた『心音』
―前アルバム『図鑑』と比べると、今回は曲のつくり方自体、だいぶ違ったんじゃないですか?
北川:そうですね。『図鑑』は、どれだけバラエティに富んだものをどうひとつのアルバムに落とし込めるかっていうのが、プロとしてやりたいことのひとつだった。だけど、今回のアルバムは、それとはまったく違っています。
「あの『3日間』が分岐点。ゆずが語る、暗闇のなかで『図鑑』へと辿り着いた再生の日々」より、アルバム『図鑑』ジャケット
―関わっている人の数も、だいぶ少ないんじゃないですか?
北川:ああ、そうですね。このアルバムは、釣俊輔くんというプロデューサーと一緒につくった楽曲が多いです。
弾き語りツアーの音楽監修として来てもらっていたところを、「いま、ちょっと曲をつくっているんだけど、これ、どうかな?」って、打ち合わせのときに釣くんに渡してみたりして。
そんな無茶振りを釣くんが来るたびにやっていたら、今回のアルバムの半分以上の曲に、釣くんがかかわっているという(笑)。
―(笑)。それは結構、珍しいつくり方だったんじゃないですか?
北川:珍しいですね。これまでは、「この曲は、このプロデューサーと一緒にやってみたら面白そう」とか、曲ごとにコンセプトを立ててやることが多かったけど、今回はそういう感じではなく。ある種、大きい流れのなかでやっていくというか、その流れに乗ってみたところがあるんですよね。
震災から15年。ゆずだから歌える「伝承」を模索し続けた
―このアルバムのもうひとつの柱である、“幾重”についてはどうですか。この曲は、「NHK東日本大震災15年 伝承ソング」としてつくられていますね。
北川:これはNHK仙台さんから曲のオファーをいただいたことをきっかけにつくった曲です。
僕らも被災地支援の活動には長らくかかわらせていただいていたので、どこかでその想いを曲にしたいと思っていたんです。震災から15年のこのタイミングでお話をいただき、それはぜひ、ということで、昨年の11月に東北へ取材に行かせてもらいました。
―ちなみに、どちらを回られたんですか?
岩沢:宮城県の石巻市と、福島県の浪江町、双葉町の三か所です。
北川:いろいろな場所を回ったり、現地の方々の話を聞いたりしながら、「これはすごいオファーを受けてしまったな」と感じました。
―というと?
北川:震災が起きた頃って、みんなどこかでその痛みを共有していたけど、そこから15年も経つと、気持ちの持ち方や生活スタイルもさまざまで。
そこに戻って来た人もいれば、戻って来たくないという人もいる。それぞれが本当に違う人生を送っているんです。そういう方々に対して、どういう曲を書けばいいんだろう、と。
―この“幾重”には「伝承ソング」という見慣れないタイトルがついていますね。
北川:そう、この「伝承」という言葉が肝になったんですよね。東北の取材が終わったあと、すぐに「幾重」というタイトルが浮かんできたんですけど、現地で聞いた話をそのまま歌にするのも、ちょっと違うなって。それだと「伝承」にならないし、東北出身ではない僕らがやるのは違う気がした。
岩沢:さっき、『トビラ』のライブのあと、「心がツルツルになった」って言ったじゃないですか。まさにその状態で東北に行って、いろんなものを見たり、話を聞いたりしたから、その体験がまっすぐと心に染み込んだんです。
あまりにもリアル過ぎたというか、会いたい人には、もう会えない人たちに、そこでたくさん会ってしまった。
ただ、僕らに話をしてくれた語り部の方々は、みなさん「伝承」という言葉を繰り返し話されていたんです。「私たちが、この記憶をちゃんと伝えていかなければならない」って。それが、ものすごく印象に残りました。
「会えない事に慣れない」。その事実を抱えて歩んでいく
─どうしたら「伝承」になるかを、模索していったんですね。
北川:この曲のゴールが何だったのかっていうのは、すごく難しいんですけど、僕のなかでは確実に、この曲で伝えたいことがあって。それがかたちになるまで、やり直してはボツにして……を、何度も繰り返しました。
そう、この“幾重”があったから、アルバムのアートワークが石巻になったんですよ。アートワークのチームから、「どこかの丘の上に2人が立っている感じがいい」という話があったとき、僕のなかでは一択で。11月の取材のときに石巻の丘の上から見た、あの風景だって。
で、そのジャケット写真を石巻に撮りに行ったのが、12月22日の冬至の日(※)。その帰りの新幹線のなかで、また歌詞を書き直していたときに「あ、これだ」って、ついに見つかった感じがしたんです。で、帰ってからすぐに歌入れをして、ようやく完成しました。
―ちなみに、その「これだ」っていうのは?
北川:〈会えない事に慣れない〉っていう2番のBの歌詞があって。そこでようやく「歌えた」って思ったんです。
※冬至の日に湯船にゆずを入れる習慣にちなみ、ゆず結成の1997年から2017年まで20年間、毎年12月22日に無料でライブを行っていた特別な日
北川:「生きること」をテーマにした歌は何度も書いてきたんですけど、これまでは「どんなときでも光はある」というのが前提になっていたところがあって。
ただ、「0×」は「0」なんです。会えない人には、もう会えない。そのことをしっかりと受け入れることができた。
みんながみんな、そういうものを抱えながら、幾重にもわたる地層のような人生を歩んでいる。それを、あまり強い光ではなく、あたたかな明かりで照らすような表現を、この曲ではしたかったんですよね。
ゆずの楽曲にある根源的なテーマとは?ふるさと・横浜の「波止場」に漂う気配
―“心音”と“幾重”という、今回のアルバムの核ができたあと、ほかの曲はどんな感じにしようと思ったのでしょう?
北川:このあとに弾き語りツアーが控えているので、それを見据えつつも、いまのゆずが歌いたいこと――等身大と言ったら言葉が安いかもしれないけれど、『トビラ』でむき出しになった部分や、それまで隠していた部分も含めて、生々しいものをやっていきたいなって思っていました。
―実際、アルバムの後半部は、少しトーンが違うというか、それこそ“日替わり定食”のような、身近なものや感覚について歌った曲が多い印象を受けました。
北川:そうですね。ただ、僕のなかでは、そこまで違う感じでもなくて。“心音”も、自分にとっては非常に身近な話題です。心臓のことを気にしながら、日替わり定食を食べている自分もいるから(笑)。
だから、そこまで分けて考えていないというか、身近なことを歌った曲だからといって、必ずしもリラックスしたものになっているわけではないですね。
―なるほど。東北の取材も、日々のなかで感じたことですもんね。
北川:そう、“幾重”も、日々過ごしているなかでのどうにもならない感情を歌っている。生きていく、生きていくしかないじゃないって。
だから、僕的には、そこまで大きなことを歌った感じはしていないんです。あの曲に関しては、歌っている対象や、見えている景色が、生々しくあるから。
―「生々しさ」というのは、今回のアルバムにおけるひとつのキーワードなのかもしれないですね。岩沢さんは、いかがでしたか?
岩沢:自分が書いたものに関しては、数曲あるなかで、今回のコンセプトに合うものをチョイスした感じですかね。で、結果的に“ま、いっか”と“出発前”の2曲が入っています。
―そう、“出発前”がまさにそうですけど、今回のアルバムの後半部を聴いて、「別れ」と「旅立ち」は、ゆずの根源的なテーマなんだなってあらためて思いました。
北川:ああ……そこは、無意識に出ちゃったかもしれない。
岩沢:たしかに、後半部分は、そういうものが多いかもしれないです。
北川:これは、僕らの地元である横浜が、港町だからかなってたまに思うんです。同じ神奈川で海に面していても、やっぱり湘南ではないんですよ。
―なるほど。ビーチではなく波止場的な。
北川:別れとか旅立ちとか、人が旅立っていく空気が、もしかしたら横浜にはあるんじゃないかなって。なので、そういうものが、時を経ても色褪せない「エバーグリーン」なテーマになっているのかもしれないです。まあ、自分たちでは、そこまで意識してないんですけど(笑)。
「いまを生きる」ということ。30周年を前に、自分たちの『心音』と向き合う大切な時間
―ただ、同じ別れと旅立ちをテーマとした歌でも、その言葉選びや響き方が、それこそ『トビラ』の頃とは、だいぶ変わっているように感じます。端的にいうと、その深みが増していて。それこそ、本作の最後に収められた“消しゴム”も、結構シリアスな曲じゃないですか。
北川:“幾重”があるからサラッとした感じに聞こえるけど、結構シリアスですね。そういうことを、いまは歌いたいなって思ったんです。やっぱり、『トビラ』が大きかったのかな。
―“ビューティフル”で終わった『図鑑』と比べると、“消しゴム”で終わる『心音』は、出口もだいぶ違ったものになりましたね。
北川:そうですね。まあ、明るいことばかりを考えられない時代ではあると思うので、その切実な部分をすくい取った感じはあります。かといって、重いことだけを考えているわけでもない。
ただ、今回のようなアルバムをつくるジャッジは、いましかできなかったことだと思っています。本当、全部が全部つながっていったというか、ものごとがめぐり合っていった感じなんです。
たとえば、“幾重”よりも前に決めた弾き語りツアーの初日が、東北の玄関口である仙台なんですよ。意図していなかったからこそ、何かすごく大きな流れに乗っているんだな、という感じがしているんですよね。
岩沢:本当に、いろんなものが、全部つながっていったなって感じます。やっぱり、「GET BACK」をやり切れたことが、大きかったんじゃないですか。そこから導かれるように、この『心音』というアルバムができた。
そこには、東北の取材も大きいだろうし、『トビラ』リバイバルライブの成功もあるだろうし、さらに言うならば、その前にやっていた『図鑑』ツアーの充実と成功もあっただろうし。
そういうものが全部つながっていって、いまは『心音』モードになっているんじゃないかと思います。
―その『心音』が震災からちょうど15年となる3月11日にリリースされることも、何かのめぐり合わせを感じます。
岩沢:そうですよね。
北川:3月にアルバムを出そうと思ってカレンダーを見たら、11日がちょうど水曜日で。もう、ここしかないだろうって。
それも含めて、何か大きな流れのなかにいる感じがあるというか、デビュー30周年のお祭りが始まる前に、こういうアルバムをつくることができて、本当にありがたいことだなって思っています。
北川:弾き語りのツアーをやり切った先には、30周年をみんなとお祝いする時間が待っている。なので、そんなに先のことは考えず、「いまを生きる」じゃないですけど、この『心音』と向き合う時間を大切にしたい。それはきっと、僕らの今後の音楽活動においても、とても大事な時間になるんじゃないかなって思っています。
- リリース情報
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ゆず『心音』
2026年3月11日(水)リリース
- イベント情報
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「ゆず ひき語りアリーナツアー 2026 心音」
5月4日(月・祝)、5月5日(火・祝)
会場:宮城・セキスイハイムスーパーアリーナ
5月16日(土)、5月17日(日)
会場:愛知・日本ガイシホール
5月23日(土)、5月24日(日)
会場:広島・広島グリーンアリーナ
5月30日(土)、5月31日(日)
会場:長崎スタジアムシティ HAPPINESS ARENA
6月6日(土)、6月7日(日)
会場:神奈川・Kアリーナ横浜
6月13日(土)、6月14日(日)
会場:北海道・真駒内セキスイハイムアイスアリーナ
6月23日(火)、6月24日(水)
会場:大阪・大阪城ホール
7月11日(土)、7月12日(日)
会場:福岡・マリンメッセ福岡A館
7月18日(土)、7月19日(日)
会場:福井・サンドーム福井
7月24日(金)、7月25日(土)、7月26日(日)
会場:神奈川・横浜アリーナ
- プロフィール
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- ゆず
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北川悠仁、岩沢厚治により1996年3月結成。横浜・伊勢佐木町での路上ライブで話題を呼び、1997年10月、1st Mini Album『ゆずの素』でCDデビュー。『夏色』『栄光の架橋』『虹』『雨のち晴レルヤ』などヒット曲を多数世に送り出す。2026年3月に、キャリア初となる全曲新曲アルバム『心音』をリリース。
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