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暴力で他者を支配できるのか?『ショックヘッド・ピーター』

暴力で他者を支配できるのか?『ショックヘッド・ピーター』

桂真菜

露骨な政府批判はせずに、芝居を通して観客が現実に起きていることを考えられるような上演を心がけた。(アシェル・タマーシュ)

ゴシックホラー色の濃い英国版『SHP』は権威を嘲りつつ、タイガー・リリーズの天国と地獄を往還するような演奏と相まって、甘美な拷問よろしく観客を責め苛んだ。対してハンガリー版『SHP』はピンクの壁に囲まれた舞台にパステルカラーの衣裳をつけた人物と獣が共存し、詩情あふれる悪夢が浮遊感をもたらす。また少人数のバンドと俳優たちの歌がアンサンブルとなり、ミュージカルの趣を強めている。さらに母親の役は男優が演じるなど、男女の役が性を交換して演じられる点も大きな特徴だ。

photos by Eszter Gordon
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オルケーニ劇場で行われた訪日公演の記者会見の前後に、このユニークな舞台を作り上げたスタッフとキャストに取材した。まずはハンガリー版『SHP』の上演を最初に提案した演出家、アシェル・タマーシュ。彼の演出した作品は海外のフェスティバルに招聘される機会が多い。オーストラリアのシドニー・シアター・カンパニーでディレクターを務める女優ケイト・ブランシェットの依頼で演出した、チェーホフ作『ワーニャ伯父さん』は今年7月にトップレベルのパフォーミングアーツが集うニューヨークのリンカーンセンター・フェスティバルで喝采を浴びた。政府の検閲に抑圧された時代から活動を続ける63歳のアシェルの握手は力強い。

オルケーニ劇場ビルのテラスに配された等身大の写真に遊び心が漂う photo by Mana KATSURA
オルケーニ劇場ビルのテラスに配された等身大の写真に遊び心が漂う photo by Mana KATSURA

アシェル・タマーシュ:ハンガリー演劇史の生きる伝説? 資料にそう書いてあるのは、ハンガリーがソビエト連邦の影響下にあった時代から40年間頑張ってきたからかな。僕が演出をはじめたころは表現の自由は保証されていなかった。特に首都では監視が張り巡らされ、政権に反対する要素あり、とみなされた作品は上演を禁じられてしまったんだ。

息苦しい体制下でも諦めず自由な創造を目指して試行錯誤を重ねた、と当時を振り返る。

アシェル・タマーシュ:都会は監視の目が厳しかったので、比較的穏やかな環境をもつ地方の劇場に行ったんだ。そこには同じ志を抱く演劇人が集まっていて、斬新な舞台を模索したよ。露骨な政府批判はせずに、芝居を通して観客が現実に起きていることを考えられるような上演を心がけた。一本の戯曲を観客が複数の視点で読み解けるような演出術は、今も大切にしているよ。表現には常に制約を受ける可能性があるからね。

photos by Eszter Gordon
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英国生まれの『SHP』をハンガリーで上演しよう、と思った理由はどこにあるのだろう?

アシェル・タマーシュ:芸術監督のマーチャイ・パールから子供のための音楽劇を上演したいと依頼されたとき、原作を広く知られたこの作品がいいと思ったんだ。この芝居には2つのレベルがある。1つ目は世代にかかわらず誰でも楽しめるというところで、愚かな親の子育て方法を皆で笑えばいい。2つ目は大人に向けた視点で、暴力やルールで本当に他者を支配できるのか? という問いかけだね。

2つ目のレベルでは、親子、家庭内の力関係にとどまらず、政府が国民をコントロールする乱暴な手段が芝居から透けて見える。あらためて『SHP』の原作絵本を眺めれば、髪と爪を伸び放題にしたピーターも、落着かないフィリップも、「健全な普通の子供」の枠からはみ出すな、と警告するためのシンボルと思えてくる。そもそも普通とか常識とかいわれる価値観は時代や場所によって異なり、それに応じて教育の方針もうつろっていくものではないか。その事実を肌で知っているアシェルの、子供たちに向ける視線も興味深い。

photos by Eszter Gordon
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アシェル・タマーシュ:子供向け作品といえば甘くて可愛いものが多いけれど、僕はパターン化された芝居は嫌なんだ。見せ方次第で子供だって物語の深い内容を理解できるはず。『SHP』の笑いは無邪気な笑いとは違う。しつけようとするたびに子供は死んで親は同じことを繰り返す、というグロテスクな内容だもの。だから「これはファンタジーで現実じゃない」って子供が納得できるよう、過剰な表現で面白がらせればいい。その為には男女の性を入れ替える演出も効果をあげたと思うよ。

たしかに大柄な男優がひらひらドレスを着て走って来た瞬間、「さあ、とんでもない事件が起こるぞ」という非日常感で観客はドキドキする。ただし、異装しないキャラクターもいる。そのひとりが語り手であるロボズ博士だ。英国版では毒々しい仕草で観客を挑発したが、ハンガリー版のロボズ博士はコミカルな堕天使の風情。観客に語りかける口調は、頽廃のなかにユーモアをたたえて温かい。

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イベント情報

東京芸術劇場リニューアル記念 TACT/FESTIVAL 2012
ジャンク・オペラ『ショックヘッド・ピーター〜よいこのえほん〜』

2012年9月1日(土)〜9月9日(日)全10公演
会場:東京都 池袋 東京芸術劇場
出演:劇団オルケーニ(ハンガリー)
料金:前売 一般4,000円 こども(高校生以下)1,000円 親子セット券4,500円(高校生以下対象) 65歳以上3,000円 25歳以下2,500円
※ハンガリー語上演、日本語字幕付き

『ひつじ』
2012年9月1日(土)〜9月5日(水)全4公演
出演:劇団コープス(カナダ)
料金:無料
※『ショックヘッド・ピーター〜よいこのえほん〜』開始45分前から上演(約30分)

プロフィール

マーチャイ・パール

劇団オルケーニ芸術監督。1961年生まれ。画家の父のもとで幼少より芸術に親しむ。演劇映画アカデミーを卒業後、俳優として舞台と映画で活躍した後、演出家として古典から現代作家の作品まで手がけ、数多くの賞を受賞。舞台俳優としての代表作はシェイクスピア作『ロメオとジュリエット』のロメオや『リア王』のエドガー。代表的な演出作品にチェーホフ作『かもめ』など。2004年から質の高い演劇で知られる劇団オルケーニを率いて新たな観客を育てながら海外との交流も推進し、ハンガリー演劇を牽引する演劇拠点を築いている。

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